第百二十二話 JUMとカナ姉ちゃん
「一つ屋根の下 第百二十二話 JUMとカナ姉ちゃん」
銀の少女が置くの部屋から去って数分。再び僕の部屋のドアがコンコンとノックされた。「カナだけど、入っていい?」「んっ、ちょっと待ってね……いいよ、カナ姉ちゃん。」僕はまだ溢れていた涙を無理矢理止めて袖で目を拭ってからカナ姉ちゃんを招き入れる。カナ姉ちゃんはヒョコッと顔だけ出して僕の様子を伺い、部屋に入ってくる。「JUM……泣いていたかしら?目が真っ赤……」「う……ちょ、ちょっとだけだよ?そんなに大泣きした訳じゃあ……」嘘だ。間違いなく大泣きしてたよ、僕は。カナ姉ちゃんはそんな僕を見ながらベッドに腰掛ける。「……水銀燈もね、泣いてたの。玄関で会って……あの水銀燈がね……カナに抱きついてね。しばらく泣いてたの。それから、カナに頑張れって言ったの。」カナ姉ちゃんは泣いていた銀姉ちゃんを思い出すように訥々と語る。何となく……バレてはいるだろうけど、大泣きしてないなんて嘘ついたのを後悔する。「少し羨ましいかしら。JUMと水銀燈の事。」「羨ましいって?」カナ姉ちゃんは不思議な事を言う。お互い泣いた事が羨ましいとはどんな意味なんだろうか。「うん、羨ましい。だって、泣いちゃうほど別れたくないくらい、お互いを想ってるって事かしら。カナは……正直あんなに泣けるほどJUMを想えてる自信がないかしら……」カナ姉ちゃんは少し俯きながら言う。泣くほど別れたくない関係……か。カナ姉ちゃんは、そんな自信はないって言った。だったら……今からそんな関係になればいいんだ。だから、僕はカナ姉ちゃんを抱きしめる。「J、JUM……」「僕も正直それほどカナ姉ちゃんを想えてるか分からないよ。だったらさ……今から想える様になればいいと思うんだ。残された時間を精一杯使って……ね?」僕はギュッと少し力を入れてカナ姉ちゃんを抱きしめる。カナ姉ちゃんは僕の腕の中でコクリと頷いた。
「そういえば、カナ姉ちゃんはみっちゃんさんの家に泊まってたの?」僕とカナ姉ちゃんは、昼食は外食で済ます事にした。二人で街を歩きながらそんな話をする。「うん、みっちゃんの家かしら。よくお泊りしてたし……今回はちょっと長いけどね。」確かに長い。七日間も世話にならないといけないんだから。いくら親しくても、遠慮したくもなるだろうに。「でも、みっちゃんは結構喜んでくれてるかしら。家の中でファッションショーになっちゃってるけど。」想像する。みっちゃんさんお手製の洋服を次々と着せられて、写真を撮られまくるカナ姉ちゃん。僕は、その光景を想像すると何だか可笑しくてついつい吹き出してしまう。「はははっ、何だか面白そうだね。」「うん、面白いかしら。みっちゃんね、姉妹の分も作ってあるって言ってるから、今度みんな連れて遊びに行くかしら。あ、JUMに見て欲しい服もあるって言ってたかしら!」僕は夏休みのバイトの時以来、結構頻繁にみっちゃんさんと会って、洋服の相談とかをされていた。今度はどんな洋服作ったんだろうなぁなんて思う。「そっかぁ……じゃあ、今度みんなでお邪魔しないとね。」僕がそう言うと、カナ姉ちゃんは嬉しそうな顔をして僕の腕に抱きついてくる。「うん……みんなと一緒に行こうね……きっとよ?」まるで、友達と遊ぶ約束をするかの様にカナ姉ちゃんは言う。その言葉にどんな願いが懸けられているのか僕には知る由も無い。でも……カナ姉ちゃんは、僕が今まで通りローゼン家に居て、みんなと一緒に暮らすのを誰よりも望んでいる……僕と一緒に居るんだけなくて、あくまでみんなと居たい。そんな気がした。「よっし。それじゃあ今日はここで食べよっか。カナ姉ちゃんは何食べる?」「ええっとね……カナはてんしーはんがいいかしら。」結局、僕達はそんな他愛もない話をしながら昼食を食べ終わって夕食の買い物をしてから家に戻っていく。今日の夕食は決まっている。いつかまたカナ姉ちゃんに作ってあげようと思っていた、アレだよ。
昼食後、僕とカナ姉ちゃんは僕の部屋で時間を過ごしていた。カナ姉ちゃんの持つ楽器から、いつもの音が響いてくる。僕はその音にしばし酔いしれてしまう。音楽なんて普段は興味ないけどカナ姉ちゃんの演奏は別だ。昔からずっと聞いている心地よい音。昔から色々と変わってはいるけど、これだけは全然変わっていない。「いつ聞いてもいい曲だね。これ、何て曲なの?」「これ?適当に弾いてるだけかしら。」カナ姉ちゃんは言った。適当だって……ってマジですか?もう十年近く聞いてるけど、まさか今までカナ姉ちゃんが僕に聞かせてくれてたのは、全部適当の曲なのか?「え……僕はてっきり何かの曲だと思ってたんだけど。」「ううん、適当よ。あ、カナはもちろんちゃんとした曲弾けるわよ?でも、JUMに聞かせてあげる時はいつも適当かしら。多分、一番最初に聞かせてあげた時から。」なかなか衝撃的な言葉を聞いた気がする。僕は今の今までこれはきっと、難しい曲なんだろうと思ってたのに。「そうだったんだ……でも、何で?カナ姉ちゃんなら曲とか弾けるんでしょ?」「うん、あのね……昔ね、カナがまだ全然下手っぴだった時ね、そんな演奏でもJUMはカナの演奏を凄く楽しそうに聞いてくれてたかしら。きっと、JUMは曲なんて関係なかったと思う。バイオリンって楽器が奏でる音が楽しかったんだと思うかしら。」思い出してみる。ピアノの音くらいなら聞いた事はあったけど、バイオリンなんて当時の僕には新鮮な楽器だった。だからきっと、カナ姉ちゃんの言うように僕はバイオリンの音を聞くだけで楽しかったんだろう。いや……きっと今だってそうだ。僕はカナ姉ちゃんの奏でるバイオリンの音が好きで聞いているんだ。「音楽に携わってるカナが言うのも変だけどね、カナは曲とかなんてどうでもいいと思うの。だって、音を楽しむのが音楽だから。それを教えてくれたのは、あの頃のJUMかしら。」カナ姉ちゃんはそう言って微笑んでくれる。それがきっと、カナ姉ちゃんの音楽の原点なんだろう。そう思うと、適当な曲だって事に少しガッカリした僕自身が少し情けなく感じる。「カナ姉ちゃん……続き、聞かせて欲しいな。」だから、僕はカナ姉ちゃんに言う。カナ姉ちゃんの音楽に対する想いをもっと感じたいから。カナ姉ちゃんは頷くと再びバイオリンを奏でてくれる。幼い頃聞いた不思議で楽しい音。その音は今も変わらずに僕の胸の中に響いてるんだなぁって。そんな柄にもない事を思った。
「ねね、JUMが御飯作ってくれるの?」さて、時間もすでに七時過ぎ。僕はカナ姉ちゃんと台所に居た。「うん、任せてって。僕がとっておきを作ってあげるからさ。」そう言いながら僕は卵を割る。カナ姉ちゃんはチョロチョロと台所を動き回って僕が何を作ろうとしてるのか探っているようだ。そんなに心配しないでも、ちゃんと食べれるの作るってば。「カナ姉ちゃんは御飯よそったらリビングに居ていいよ。すぐ作って持っていくからさ。」「う~……カナの手料理食べて欲しかったのに……でも、JUMが言うならそうするかしら。」カナ姉ちゃんは二人分の御飯をよそってリビングへ持っていく。カナ姉ちゃんの手料理か……正直、どんな贔屓してもデンジャラスに違いない。真紅姉ちゃん、カナ姉ちゃん、ヒナ姉ちゃんは我が家での料理危険人物だ。「さって……代わりに僕の上達ぶりを見てもらわないとね。」僕はそう言いながら、フライパンに油をひいて卵を入れる。まぁ、上達なんて言えるほど難しい物を作る訳じゃないんだけどね。さて、これでよしっと……後は、あの時みたいに作ってっと……「お待たせ、カナ姉ちゃん。御飯できたよ~。」僕はお皿に黄色い物体を沢山乗せて持ってくる。それは言わずもがな玉子焼きだ。「わぁ、玉子焼きが沢山かしらぁ~。いただきま~す!」カナ姉ちゃんはご満悦な顔を浮かべて玉子焼きに箸をつけて口に運ぶ。僕は、その動きをじっと見る。「あっ……甘くて美味しくて……何だか懐かしい味かしら……」「へへっ、ちょっと頑張ったんだよ。ほら、これ見てよ。」僕は箸で玉子焼きを掴んでひっくり返す。すると、裏面は少し焦げて黒くなっているのが分かる。いや、焦げて……じゃないね。僕は意図的に焦がしたんだ。「スキー行った時さ、カナ姉ちゃん言ってたよね。僕とカナ姉ちゃんがまだ小学生の時に、僕が作った玉子焼きの味が忘れられないってさ。砂糖が沢山で甘くって、でも少し焦げてて黒くなって……見た目は少しグチャグチャでお世辞にも美味しそうには見えないだろうケド……でも、カナ姉ちゃんがこの玉子焼きを超える玉子焼きを求めてるってさ。どうかな?あの時より……美味しい?」カナ姉ちゃんは玉子焼きを食べながらポロポロと涙を流している。決して、塩の効き過ぎのせいじゃない。そもそも、塩なんて入れてないしね。調味料はお砂糖一択さ。いや、秘蔵の調味料が一つだけ……「う、んっ……ぐすっ……美味しいかしら……あの時と同じくらい……ううん、あの時よりも美味しいかしら。」「よかった。実はね、あの時より一つ余分に調味料入れたんだ。何だと思う?」「調味料を……?んっと……分からないかしらぁ。」
カナ姉ちゃんは何だろうって顔をしてる。僕は少しだけ笑いかけると、カナ姉ちゃんの顎を少しだけ持ってその小さな唇にキスをした。カナ姉ちゃんの体がビクッと震えるのが分かる。多分、ビックリしてるんだろうな。「んんっ……JUM……?」「答えはね……僕の気持ち。料理は愛情が一番の調味料って言うし、ね。カナ姉ちゃんがあの時より美味しいと思ってくれたんなら、きっと僕の気持ちが届いたんだと思うよ。」僕の顔がドンドン赤くなるのを感じる。我ながら赤面するほど恥かしい事を言っている気がする。でも……それが今日一日ずっとカナ姉ちゃんと居て分かった僕の気持ち。小さくて、ドジで、泣き虫で……とても次女には見えないカナ姉ちゃん。放っておけないと言えば、カナ姉ちゃんに怒られそうではあるけど、それは側に居てあげたい。側に居たいって言葉の照れ隠しなんだと思う。「JUM……あのね、カナも今日JUMと二人で居て分かったかしら……朝、カナは水銀燈ほどJUMを想えてるか分からないって言ったかしら。でも、今なら分かるわ……カナだって、水銀燈に負けないくらいJUMが好き。カナだって、JUMの側に居たい……」カナ姉ちゃんはそう言いながら僕の胸に飛びつくように抱きついてくる。僕はそんなカナ姉ちゃんの頭をゆっくりと撫でる。あまり強く巻いてなかったせいか、カナ姉ちゃんの巻き髪は少しウェーブ感を持ちながらもストレートになっていく。以前も感じたことがある。ストレートのカナ姉ちゃんは、ビックリするほど色っぽい。「僕だって、カナ姉ちゃんの側に居たいよ。だってさ、カナ姉ちゃんは放っておくと何をするか分からないしね。僕が居てあげないとね。」
「むぅ~!カナはお姉ちゃんよ?カナがJUMの側に居てあげるかしら!だから……今日はその手始めかしら……」
カナ姉ちゃんはそう言うと、ソファーで横になってチョイチョイと僕に手招きをする。
「一緒に寝たいかしら……そうすれば、その日の初めから一緒にいれるから……」
カナ姉ちゃんが言う。一日一日というのは、独立した日々だ。カナ姉ちゃんはその一日の最初から共に居てくれるって言っているんだ。
「うん……一緒に寝れば明日は朝から一緒だもんね。」
わざわざ部屋に帰るのも面倒くさい。それに、体を寄せ合ってれば温かい。僕はカナ姉ちゃんを抱きしめながらその日を終えた。そう……次の日は、初めから共にあるために。
僕がリビングのソファーで目を覚ますと、僕の腕の中には安らかな顔で眠る一人の少女が居た。僕はその少女の髪を撫でる。いつもの面影のない髪型は、どこか今までより大人びて見えるのは気のせいか。「んんっ……JUM……おはようかしらぁ。」続いてカナ姉ちゃんが目を覚ます。ゴシゴシと目を擦ると時間を確認する。僕だって起きてすぐに確認した。もう、残された時間はあまりに少ない。それでも……僕達はゆっくりとした朝を過ごす。「おはよう、カナ姉ちゃん。いい夢、見れたかな?」「うん。きっと、今まで見たことないくらい。そしてきっとこれから見れないくらいいい夢だったかしら。」カナ姉ちゃんはニッコリと笑う。その笑顔が愛しくて挨拶代わりに彼女のオデコにキスをする。「ひゃっ!?JUMにデコチュ~されちゃったかしら。」「ははっ、何だかしたくなっちゃってさ。」そんな他愛ない会話も、今では惜しむほどの大切な会話。「あっ、昨日の夕飯の後片付け忘れてたかしら……カナ少し洗い物してくるかしら。そのままだと、翠星石に怒鳴られて嫌味言われちゃうかしら。」カナ姉ちゃんはいそいそと食器を台所に運んでいく。僕はただ、リビングで彼女の帰りを待つ。数分後、洗い物を終えた彼女はリビングに戻ってきた。でも……僕の座っているソファーまでは戻ってこない。いや、戻って来れないんだ。約束の時間はすぐそこに迫ってるから。「……じゃあ……またね、JUM。カナはそろそろ行くかしら……」カナ姉ちゃんはそう言って、ドアに手をかける。でも、僕はカナ姉ちゃんにどうしても聞きたい事があった。「待って、カナ姉ちゃん!」カナ姉ちゃんはドアにかけていた手を止める。でも、振り向かずに待っている。「カナ姉ちゃんは、まだ僕と銀姉ちゃんの事羨ましく思ってる?僕は……昨日よりずっとずっと……全然比較できないくらいにカナ姉ちゃんを想ってるよ。」カナ姉ちゃんは何も言わない。ただ、リビングの床が少しずつ濡れていく。おかしいな、雨漏りなんてしないのに。「JU……ごめっ……カナ……いく……ぐすっ……から……えぐっ……」カナ姉ちゃんは言葉にならない言葉を置いて、走ってリビングから出て行った。カナ姉ちゃん……貴女にとって僕は、泣くほど別れたくない人になれましたか?END
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