第百二十一話 JUMと銀姉ちゃん
「一つ屋根の下 第百二十一話 JUMと銀姉ちゃん」
太陽の光が部屋に差し込んでくる。その光が僕の顔に当たり急激に眠気が覚めるのを感じる。昨日の騒動の次の日……タイムリミットへのカウントダウンは始まっている。今日から八日間……その短い期間で僕は答えを導き出さなくてはならない。「くそっ……どうすればいいんだよ。僕は……どうしたいんだ?」ゴシゴシと頭を掻く。しかし、それくらいで考えが纏まるなら苦労はしない。とりあえず、朝なんだ……朝食でも食べにリビングに行こう。そう思ってベッドから立ち上がろうとすると、コンコンとノックする音がした。「JUM……入っていい?」「銀姉ちゃん?うん、入っていいよ。」すると、銀姉ちゃんはドアを開けて僕の部屋に入ってくる。僕より早く起きていたのか、すでに家着だ。「おはよぉ、JUM。よく眠れたぁ?」「おはよう、銀姉ちゃん。まぁ、そこそこってトコかな。」銀姉ちゃんは「そう」と言うと、ギシッと音を立てて僕のベッドに座った。僕の隣に腰掛ける。「あのね……昨日JUMが寝てから姉妹で話し合ったのよぉ。最終的にJUMが決めた事には絶対に口出ししないようにしようって……その答えがどうであれ、それはJUMが導き出した事だものねぇ。だからせめて……私達はお父様がくださった時間を一分一秒でも貴方と居ようと思ってるのぉ。お父様がくださった時間は八日。そして、私達は八人姉妹。偶然か意図的かは分からないけどぉ……お父様は私たちにも配慮して下さったと思うの。だから、決めたの……一日一日、交代で貴方と一緒に居ようって。今まで通り、みんなで時を過ごすのもいいかもしれないわぁ。でも、私達が欲しいのはJUMと共有する二人だけの時間だから……」「そっか……じゃあ今日僕は、ずっと銀姉ちゃんと一緒って事だね?」「そうよぉ。明日の朝十時まで、貴方は私の物……そして私は貴方の物って事ねぇ。」残された時間は、何も僕だけの時間じゃないんだ。姉ちゃん達にとってもそれは、残された時間。お互いにとって、後悔が残らないくらいに密度の濃い時を過ごす。きっと、それが今の僕等に必要な事なんだ。「さっ、一緒に朝ご飯食べましょ?今日は私が作ったのよぉ。」銀姉ちゃんは僕の手を引く。改めて感じる。銀姉ちゃんの手は、凄く温かいなって……
「そういえば、他の姉妹や父さんはどうしてるの?」朝食を食べた僕と銀姉ちゃんは、銀姉ちゃんの運転する車に乗ってドライブをしていた。「お父様は『僕が居るとJUM君が遠慮してしまうかもしれないからね』と言って、ホテルに宿泊されてるわぁ。姉妹も、友達の家に泊まって貰ってるのよぉ。」「そっか……はじめてかもね。僕達が完全に二人っきりになるってのもさ。」「誰かしら居るものねぇ……二人っきりになりたいってのは、姉妹全員の望みの一つだものぉ。」そんな話をしながら、車は走っていく。思えば銀姉ちゃんの運転も上手くなった。初めにドライブした時は緊張で汗ダクだったのに、今では口笛なんて吹きながら余裕で運転している。あれ?そういえばこの道は……「覚えてるぅ?ここ、初めてドライブした道よぉ。これからあの海に行くのぉ。」やっぱりそうだったかぁ。あそこは、僕と銀姉ちゃんの思い出の場所だからな……しばらくすると、その海が見えてくる。僕と銀姉ちゃんは車を降りて、砂浜に立っていた。「あの時は冬だったから寒かったけど……今は結構温かいわねぇ。」「まぁ、春になったしね。」「そうね……時は絶対に過ぎ、季節は移り変わる……同じ時間は、二度と来ないものねぇ。」銀姉ちゃんの髪が海風に吹かれて舞う。銀姉ちゃんは右手でその風に逆らうように髪を押さえている。「ん……やっぱりちょっと寒いわよねぇ。車に戻りましょうか……」銀姉ちゃんはそう言って僕の手を引いて車に行く。そして、車を少し走らせてあの駐車場に止めた。「ここで……JUMとディープキスしたわよねぇ。あの時は真紅のお馬鹿さんの邪魔が入ったけどぉ。」そんな事もあったなぁって思う。あの時、真紅姉ちゃんから電話が来なかったら、僕は銀姉ちゃんとここで……と言うか、今なら邪魔が入らないんじゃないのか?そんな破廉恥な事を考えてしまう。「ふふっ、JUMなんだかエッチな顔してるわよぉ?」「そ、そんな事は……」銀姉ちゃんがクスクスと笑う。僕はそんな銀姉ちゃんが可愛らしく思えて、愛しくて……銀姉ちゃんを抱きしめるとそのままキスをした。あの時と同じように、お互いの存在を確かめ合うように……
「ここは高校だよね?」「そうよぉ。ここも思い出の場所だものぉ。」海から帰って、行き着いた先は僕達が通う高校。銀姉ちゃんは少し前まで通っていた学校だ。校門をくぐって、中庭に向かって歩いていく。校庭では部活動に燃える生徒達が汗を流しているのが見えた。「相変わらず無駄に整備されてるわねぇ……アリス像……」中庭にあるのは、学校の象徴と言われているアリス像だ。究極の少女を模して作られた像は、非常に短い周期で業者が点検や清掃をしているらしい。それくらい、大事な物って事だね。「覚えてる?ここで私とJUMは永遠に結ばれる約束したのよねぇ。」「あれは銀姉ちゃんが即興で作った伝説でしょ。」このアリス像の前で、卒業式の日にキスをしたカップルは永遠に結ばれる……それが銀姉ちゃんが卒業式の日に即興で作った伝説だ。ああ、どちらかが必ず卒業生じゃないといけないとも言ってたかな。「私はね、今でも伝説を成し遂げようと思ってるわよぉ。もし……もしJUMがドイツに行く事になっても……私は大学でドイツ語を専攻して、沢山勉強して……そしてドイツに渡るのぉ。そうしたら、また貴方に会える。」ヒュウと風が吹いて、中庭の草がユラユラと揺れている。僕はただ、銀姉ちゃんの言葉を聞いていた。「JUMがどんな決断するのか……それは私には全然分からないしぃ、強制も出来ないわぁ。でもね、例えJUMがどんな選択をしても、永遠に会えない事はないでしょう?永遠なんてないんだから……って自分で言っておいて変よねぇ。都合のいい永遠はあって欲しくて、悪い永遠はないだなんて。」銀姉ちゃんはクスッと笑う。でも、僕は何だかその言い分が分かる気がした。楽しい事が続くことを望む人は沢山居る。でも、辛い事が望む人なんて居やしないだろう。我侭ではある。良い事ばかりがあった欲しいだなんて。でも……それでも、人は幸福を願うんだから。「銀姉ちゃん……もっかい、キスしない?」僕が言うと、銀姉ちゃんは少し驚いた顔をする。でも、すぐに微笑んでくれてゆっくり目を閉じた。僕は、そんな銀姉ちゃんの頬に触れる。肌の温もりが手に伝わり、熱は僕の体を伝う。そして、僕は多分この生涯の中で初めて……本気のキスをした。これが、伝説になるように……
時はすでに夕方。僕は銀姉ちゃんと商店街を歩いていた。僕の腕は銀姉ちゃんに絡められていて、まるで離さないって意思表示をしてるかのようだ。そんな時、後ろから僕等を呼ぶ声が聞こえてきた。「水銀燈~、JUM君~、やっほ~。珍しいね、二人でお買い物?」「あらぁ、めぐぅ。今日は私がJUMにご馳走しようと思ってるのよぉ。」「こんばんは、めぐ先輩。」その人はめぐ先輩。寒いのが苦手なのか、ロングスカートにジャケットと春にしては少し厚着気味である。「へぇ、水銀燈がお料理なんて珍しいなぁ。私もお呼ばれしたいなぁ~。」めぐ先輩はニコニコしながら言う。しかし、そんなめぐ先輩に銀姉ちゃんは申し訳なさそうに言った。「御免さないねぇ、今日はどうしてもJUMと二人で食べたいのよぉ。めぐは、また今度必ず招待するからぁ。ね?」めぐ先輩は目をパチクリさせる。そして「そっか。」と言うと、笑いながら頭に手を置いて言う。「あははっ、これは私とした事が空気読めなかったかなぁ?」「そんな事ないわよぉ。でも、今日だけ……今日だけは……ねぇ。」銀姉ちゃんは心底真剣な顔だ。めぐ先輩も相変わらずどこかおちゃらけてはいるけれど、銀姉ちゃんの気持ちは完全に汲んでいるんじゃないかって思う。だって、二人は親友だから。僕と、銀姉ちゃんが出会うより昔から。「じゃあ、私達そろそろ行くわねぇ……ああ、よかったら明日からしばらくめぐの家に泊めてくれなぁい?」「ん?私の方はいつでも構わないわよ。着替えは持ってきてもいいし、持ってこないなら私が厳選したお洋服着せてあげるしね♪あっ、そうそうJUM君ちょっと……」めぐ先輩はそう言ってチョイチョイと僕を手招きする。僕は少し銀姉ちゃんから離れて、めぐ先輩に寄る。すると、めぐ先輩は僕の耳に口を近づけて、小さな声で言う。「スキーの時、私の話覚えてるよね?水銀燈は……君の事が好きなんだから。そして、君も私に言ってくれたよね。選べはしないけど、姉妹の事は好きだって……今がその気持ちを吐き出す時なんじゃないかな?」「めぐ先輩……」「私は何が起こってるのか分からないけどさ。でも、頑張れ若人。正しきは、自分の信じた道だけさっ。」そう言って、めぐ先輩はバンバンと僕の背中を叩いた。いや……僕の背中を押してくれたんだ。夕日を背にめぐ先輩は家へと歩いていく。そして、一度だけ振り返るとブンブンと手を振りながらこう叫んだ。「水銀燈!JUM君!また……またね!!」「またね」それは、別れの言葉じゃなくって、再会を願う言葉。それは、彼女なりの願いなんだって。そう思った。
夜……銀姉ちゃん手作りの晩御飯を食べて、電気も付けないで月明かりだけが窓から差し込む僕の部屋で。ベッドに腰掛けて体を寄せ合ってただただ、時を過ごしていた。何をするでもなく、触れ合う肌からお互いの存在を確かめ合うように。「JUM……聞いて欲しい話があるの。」銀姉ちゃんがゆっくり僕を見る。その瞳は、いつもの強気にして余裕の銀姉ちゃんではなく、どこか頼りなく弱弱しい少女のような瞳だった。「私は、貴方が来た時はただ嬉しいだけだった。女姉妹の中で初めて弟が出来て……そして長い時を共有していく中で、私は弟としてじゃなくって、男の子として貴方を想うようになったの。」銀姉ちゃんの目は、寸分の狂いもな僕の瞳を見ている。僕の顔の温度が急上昇するのを感じる。「だから、言うわ……JUM、私は貴方が……好き……」その「好き」は今までのどの「好き」よりも重く心に響いて圧し掛かった。今まで聞いた何回の、何十回の、何百回の、何千回の、何万回の「好き」よりも。今日聞いた一度の「好き」が。だから、僕は銀姉ちゃんの体を抱きしめる。情けない事に僕と同じくらいの身長の銀姉ちゃんだけど、今だけは僕より全然小さく感じる。いや……きっと今は、僕が大きくなったんだって思う。「僕も……少し意地悪だけど、本当は妹弟の事を一番思ってて、優しい銀姉ちゃんが……好きだよ。」そう言って、僕は銀姉ちゃんにキスをする。口の中でお互いを絡ませあって、その想いを確かめ合う。何度も何度も、どれだけ時が流れようと、近づく別れの時を拒むように。「JUM……私は貴方の側に居たい。でも……それも叶わないかもしれない。だから、せめて今日だけは貴方と同じ夢が見たいわ。貴方と同じベッドで……」
銀姉ちゃんはそう言うと、僕を抱きしめたままゴロリとベッドに横になる。同じベッドの上、同じ布団にくるまれて。
「うん……おやすみ、銀姉ちゃん……」
僕は彼女の温もりを感じながら、意識を闇の中に落とした。
次に僕が目覚めたのは太陽がすでに昇って頂点に近づいていくような時間だった。「あさ……?銀姉ちゃん!?」腕の中に銀姉ちゃんの感触は残っているだけ、今はない。でも……彼女は変わらず僕の側に居た。「おはよぉ、JUM。ふふっ、本当に可愛らしい寝顔してたわねぇ。幸せそうで……」銀姉ちゃんは僕のベッドに腰掛けてずっと僕を見ていた。少しだけ安心する……まだ時は残されている。「はい、JUMの朝ご飯よぉ。今日も頑張って作っちゃったんだからぁ。ほらぁ、あーんしてぇ。」銀姉ちゃんは笑顔を向けながら箸に乗った御飯を僕の口の中に入れてくれる。僕は、その一噛み一噛みを懸命に味わう。時間はすでに九時三十分。残り三十分ほどだ。そして、僕が食べ終わったのが五十分前後。もう……残された時は余りにも少なくて。「さってぇ……そろそろ時間ねぇ……」銀姉ちゃんはそう言うと、ベッドから立ち上がって部屋のドアの前に立つ。「あぁ、次は金糸雀が来るのよぉ。その次は翠星石……って言う必要ないわよねぇ。」次はカナ姉ちゃんかぁ。年功序列って奴だろうか。「私が言う必要ないでしょうけどぉ……姉妹はみんな、貴方の事想っているわぁ。だから……出来ればみんなの想いに答えてあげて欲しい……ずっと想いを溜めたまま生きていくのは、可哀想な事だもの。」銀姉ちゃんは言う。僕は、ベッドに座ったままその話を聞いていた。少しだけ……少しだけ銀姉ちゃんの声が震えて鼻声気味なのは、きっと花粉症のせいだろう。そうに決まっている。だって、最後に振り向いた銀姉ちゃんは涙を流していたから……「それじゃあね……JUM……私、水銀燈は貴方に出会えて……幸せだった……」その言葉だけ残すと、銀姉ちゃんはまるで最初からドアの前から居なかったように、僕の視界から消えた。本当に消えたんだ……だって、僕の眼鏡は涙で曇って真っ白になっていたんだから。END
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