第百二十話 JUMと残された時
「一つ屋根の下 第百二十話 JUMと残された時」
さて、どっから話したいいんだろうか。父さんが帰国してきたと思ったら、僕の本当の家族を名乗る人達が現れて。そして、僕はその人達に覚えがあって。そして、僕の姉を名乗るのりさんは言った。「一緒にドイツで暮らしましょう。」と。コレについて姉ちゃん達が黙っているはずがない。とりあえずリビングで全員が揃って真剣な顔をしている。テーブルには折角翠姉ちゃんと蒼姉ちゃんが作った御飯が並べられているが、キラ姉ちゃんでさえ手を付けていない。文字通り、それどころじゃないのだ。「JUM君小さかったから覚えてないのねぇ。あのね、実は私小さい時に重い病気にかかったのよぅ。」のりさんが説明を始める。それは、僕がローゼン家の養子になった細かい経緯でもあった。のりさんが、重い病気にかかり外国じゃないと治療できない状態であったらしい。しかも、治療には長期的に滞在しなくてはならないと言う。何とか両親とのりさんのお金は工面出来たのだが、どうしても僕を連れて行くには金銭的に不可能だったと。そんな時、僕の本当の父さん……面倒だからお父さんって呼ぶけど。お父さんの旧知の知り合いだった父さん(ローゼン)が、僕を引き取ることを提案したんだそうだ。お父さんもお母さんも随分悩んだらしいけど、二度と会えない訳じゃないし、父さんは信頼の置ける人だからって事で僕をローゼン家に預けたと。要点だけ纏めればこういう事らしい。「それでぇ……つまり、ようやく病気も治ってきて余裕ができたからJUMを引き取りに来たって訳ねぇ。」「そうなのよぅ。JUM君にはきっと寂しい思いさせちゃったから、早く早くお迎えに来たかったのよぅ。」のりさんが言う。その気持ちは分からなくもない。しかし、それを納得する銀姉ちゃんじゃない。珍しく怒気を含んだ目を向けて、ドン!とテーブルを叩く。その音に僕やヒナ姉ちゃんはビクッとする。「ふざけないで!!今まで散々JUMを放っておいて、余裕が出来たら一緒に住まないかですって!?随分と都合のいい話があったのもね。貴方達なんかにJUMは渡さない!」本気で怒っている証拠に、喋り方がいつもの猫撫で調じゃないことで明らかだ。銀姉ちゃんだけじゃない。それが姉妹全員の意思と言わんばかりに姉ちゃん達は、敵意の視線を向けている。お父さんとお母さんは何とも言えない顔をしている。しかし、こんな空気ですらポワポワしているのりさんはある意味超が付くほど大物かもしれない。「でもでもぅ、JUM君には悪い事しちゃったから、これから一緒に居たいのよぅ。」
のりさんの言葉に噛み付いたのはキラ姉ちゃん。いつものおっとり清楚な姿は今は影も形も無い。相変わらず眼帯はしているが、金色の左目は鋭く三人を見据えている。「JUMと一緒に居たいのは私達も同じことです。私達は十年という長い時間を共に過ごしてきました。一緒に笑って、一緒に泣いて……同じ時を過ごしてきたんです。貴方達がJUMを手放さなくてはいけなくなった理由はもちろん、同情に値すると思います……だからと言ってJUMを再び返すことは許せません。貴方達に……JUMの何が分かると言うのですか?」「そんな……私はただ、その空白の時間を埋めるために一緒に居たいのよぅ。」キラ姉ちゃんは言う。長い空白を作った人達に、今更一緒に居る資格はないと。のりさんは言う。その長い空白を作ったからこそ、一緒に居てそれを埋めたいと。どちらが正しいのかなんて分からない。寧ろ、どちらも正しければどちらも間違っている。父さんはと言えば、静かに目を瞑ってさっきから話を聞いているだけで何も言おうとしない。当事者で決めろ……そんな意味なんだろうか。でも、それはもっともだ。これは父さんが口出しする問題じゃないんだ。これは僕自身の問題。僕がどうするか。でも……正直僕にはどうすることも出来ない。どうしたいのか分からない。姉ちゃん達と居たいのか。それとも、本当の家族と居たいのか。分からない……「そんなにJUMが大事なら、どうして最初から連れて行かなかったですか?大事なら、どんな事してでも一緒に行けばよかったじゃねぇですか……金銭的とかそんな理由……おめぇ達はJUMなんかどうでもいいと思っていた証拠ですぅ!!早く出ていけです!!もう顔見せるなですぅ!!」翠姉ちゃんがボロボロと涙を流しながら近くにあった野菜を掴んで投げつけようとする。でも、それは隣から出てきた蒼姉ちゃんの手に阻まれていた。「止めはしたけど……僕だって翠星石と同じ気持ちです。僕だって本当は……貴方達にこの怒りをぶつけてやりたい気持ちなんだ。でもそんな事しても、JUM君は何も喜びなんかしない……」蒼姉ちゃんも手に握り拳を作って自分を抑えているみたいだ。ギリギリと歯軋りが聞こえてくる。しかし……なかなか気弱そうなのりさんではあるけど、これだけ姉ちゃん達が威圧して見せても決して退こうとする気配は見えない。その芯の強さの元は僕なんだと思うと、さらに僕はどうしたらいいのかが分からなくなってしまう。のりさんは、ふぅと息を吸い込むと少し言葉を強めて言った。
「それでも!私はJUM君と居たいのよぅ。JUM君は私のせいで、まだまだ小さかったのに、はなればなれになって。忘れられないのよぅ……お別れする時の泣きじゃくってたJUM君の顔が。ずっと……ずっとずっと決めてたの。絶対に病気を早く治してJUM君をお迎えに行こうって。それがやっと叶ったんだものぅ。」僕だって覚えている……夢にまで見てたんだから。僕は本当に泣きじゃくっていたんだ。お父さんとお母さんとお姉ちゃんとお別れしないといけない。子供心に置いていかれたのがきっと分かってた。「JUMと一緒に居たいのは……私達も同じ事よ。でも、気持ちは同じでも願いは違う。JUMの居るべき場所はどこなのか。それは私達も強制はできなければ、貴方達にもできないはずよ。」「そうかしら!JUMがこっちに居たいって言うんなら、こっちに居させるべきよ!」真紅姉ちゃんとカナ姉ちゃんが少しだけ声を荒げて反論する。そこでようやくのりさんは少しだけ困った顔を見せた。そして何かを考えるように目を瞑ると、ポンと手を叩き言った。「じゃあじゃあ、やっぱりJUM君に決めてもらえばいいのよぅ。ね、JUM君。JUM君はお姉ちゃんと一緒に居たいよね?」のりさんが、僕の右手を握りながら言う。選択肢は二つ。一つはのりさんの言うようにドイツに行く事。「ふざけないで……JUMは絶対に渡さない……」薔薇姉ちゃんが左手を握りながら言う。もう一つは、ローゼン家に残り今まで通り騒がしい日々を過ごす事。言われないでもそんな事は分かっている。いや、分かっていた。でも僕は……分かっていながら選べないでいる。僕自身がどうしたいのかが、全然分からない。そもそも、何でこんな事になっているんだろう。「JUM君、お姉ちゃんよね!」「貴女が姉なんて名乗らないで!JUM、私達の方よね。」目の前でのりさんと、姉ちゃん達が言い争ってる。僕はどうすればいいの?分からない、分からない。「JUM君!!」「JUM!!」大きな声で名前を呼ばれる。僕はそれにビクッと反応したと思えば……目から頬を伝うモノを流していた。なんで泣いてるのか分からない。どうして、こんなことに……「だめぇぇぇぇぇーーーーーーーー!!!」大声を上げる金色の髪の小さな少女。少女は、僕の周りに居る人達を突き飛ばして僕の体を小さな体で精一杯抱きしめてくれた。
「JUMを苛めたらダメなの!JUM泣いちゃってるのよ?どうしてJUMを苛めるの!?」その小さな体はヒナ姉ちゃんだった。ヒナ姉ちゃんは精一杯体を使って僕に群がっていた姉ちゃん達やのりさんを追い払うと、両手を広げて通せんぼをしていた。「ちょっと、どきなさいよ雛苺。」「どかないの!今姉妹がしてる事は、この人達がしてる事となに一つ変わらないのよ?無理矢理JUMを引っ張って、JUMを苦しませて……なんでJUMが泣いてるか分かってるのなの!?」銀姉ちゃんを一喝するヒナ姉ちゃん。その言葉に銀姉ちゃんはおろか、他の姉妹ものりさんも言葉を失っている。「ごめっ……ヒナねえちゃ……ぼくっ……」「大丈夫なのよ、JUM……ヒナが一緒に居るからね。守ってあげるから。だから、泣かないで……」ヒナ姉ちゃんはそう言って僕の体をギュッと抱きしめてくれる。それがとても心地よくって……「……ごめんなさいねぇ、JUM……」「ごめんね、JUM君。」姉ちゃん達とのりさんが言う。それでも、僕は分かっている。これで話が終わった訳じゃない。決めなくちゃいけない事は、まだ何も決まっていないんだから。「JUMはどうしたいのなの?ヒナ達と一緒に居たい?それとも……JUMの家族の人と一緒に居たい?」「ごめん……やっぱり分からないんだ……僕自身がどうしたいのか……余りにも急だから。」本当に急な話だ。前々からそんな話があって、まだ決めていないならただの優柔不断だろう。でも、僕はまだ家に残るかドイツに行くかの話を聞いてから一時間程度しかたっていない。そんな短い時間で、こんな大事なこと決められる訳がないんだ。「ふむ……だったらこういうのはどうかな?」話が停止したのを見計らって、今まで傍観を決め込んでいた父さんが席を立つ。そして、一つの提案をした。
「確かに、今回の話は急だからね。JUM君が困るのはよく分かるよ。だからって、実はそんなに長々と相談している時間はないんだ。今回も十日くらいしか滞在できないからね。そこで……明日から八日間、JUM君に考える時間を設けようと思うんだ。そして、九日目に決断をして貰う。もし、決まらなければ僕が決める。ちなみに、僕はJUM君は桜田さんと一緒にドイツに行かせるよ。」父さんが言う。つまり、その八日の間に自分で考えて悩んで、そして決断しろって事だ。「この八日間をどうするかは君の自由だよ。一人で必死で考えるのもいい。今まで通り、姉妹や友達と過ごすのもいい。ただ、九日目には必ず答えを出してもらうよ。」タイムリミットは明日から八日間。答えが出なければ父さんの鶴の一声でドイツ行きって訳か。「みんなそれでどうかな?最終的に決断するのは他でもないJUM君自身。それなら文句もないだろう?」「……分かりました、お父様……」「はい、分かりました。私もそれでいいですよぅ。」姉妹とのりさんはそれを承諾する。父さんはそのまま僕の見据える。「いいかい、JUM君。男はいつか決断し、運命は自分で切り開く物なんだ。君には……できるかな?」僕はただ、静かにコクリと頷く。それを見た父さんは少し微笑むと再び席についた。「それじゃあ決まりだね。さ、今日の話はここまで!折角みんながこんな料理を作ってくれたんだ。早く食べようじゃないか。沢山あるんで、桜田さんもご遠慮なく。」父さんはそう言って、ナイフとフォークを持つと器用に少し冷めたステーキを切って口に運ぶ。それを見て、僕達もようやく豪勢な御飯に手をつけ始める。誰も言葉は発さない。もしかしたら、これが最後の晩餐になるかもしれない。それは、全て僕の意思一つ。多分、僕の人生で一番初めの大きい決断をする事になるであろう八日間。僕と彼女達の生きる道を決定する運命の八日間が、はじまろうとしていた……END
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