第百十九話 JUMと再会
「一つ屋根の下 第百十九話 JUMと再会」
さて、春休みに入って数日。我が家はいつになく家の中がソワソワしているわけで。「JUM、お掃除サボったらめーなのよ~!」「へーへー、分かってますよぉ。」ヒナ姉ちゃんに厳しい指摘を受けて念入りに窓を拭く。うん、ピカピカだ。「ふぅ、重かったわぁ……翠星石ぃ、買ってきたわよぉ。」「ん、ちゃんと買ってきたですねぇ。じゃあ蒼星石、作り始めるですよ~。」「うん、分かったよ。」銀姉ちゃんが大きなビニール袋を持って買い物から帰ってきたかと思えば、その中身は翠姉ちゃんと蒼姉ちゃんが持って台所へ向かっていく。「ちょっと真紅~!いつまでお風呂入ってるかしらぁ~?」「五月蝿いわね、もう少し待ちなさいよ。今日は特別な日なんですから……」お風呂場からカナ姉ちゃんと真紅姉ちゃんの声が聞こえてくる。「薔薇しーちゃん、このお洋服変じゃないでしょうか?」「うん……バッチリ……きっとJUMも欲情する……」しませんから。薔薇姉ちゃんとキラ姉ちゃんはさっきから頻繁に着替えて服を選んでいる。さてさて、何でこんな家の中が慌しいかと言えば、理由は一つしかない。「お掃除も終わったしぃ、御飯は翠星石と蒼星石に押し付けたでしょぉ?そろそろ私もお着替えしようかしらぁ。」珍しいことに銀姉ちゃんさえも、さっきからソワソワして落ち着かない感じだ。それも仕方ない。なんせ……「折角お父様が帰ってきて下さるのだものぉ。ちゃぁんと綺麗になったの見てもらわないねぇ。」そう……今日は遂に父さんが帰国する日なのだ。若干ファザコンな気がありそうな感じだけど……それも仕方ない。聞いた話だけど、母さんはキラ姉ちゃんを産んですぐに亡くなったらしい。今でこそ姉弟で家を切り盛りしてるけど、昔は父さんが家を一人で維持してた訳だ。たった一人の親の帰国。これが楽しみじゃあない訳がないって事さ。
そういえば……よく考えれば今まで家の事情を話した事なかったよね。父さん、つまりローゼンさんは世界的に有名なデザイナーらしい。表向きはデザイナーだけど、実質は芸術関係は何でもこなすらしい。例えば、人形を作ったりね。元々父さんはドイツ人らしくて、昔日本に来日した際に母さんと結婚して国籍も取ったとか。だから、その娘の姉ちゃん達も日本人ってわけ。んで、母さんと死別してから数年は僕や姉ちゃん達を育ててくれて、全員が小学生になった時くらいからはちょくちょく家を空ける事があったんだ。もちろん、当時はお手伝いさんが沢山いたから家事には困らなかったよ。それから、僕等が高学年になると家を空ける期間が徐々に長くなっていった。今みたいなスタイルになったのは、僕が中学二年生の時……つまり銀姉ちゃんとカナ姉ちゃんが高校生になった時なんだ。家事はみんなで分担して(まぁ、ほとんど翠蒼コンビがやってるんだけど)、姉弟だけで暮らして。こう言うと父さんが随分薄情に思えるかもしれないけど、父さんは家に居る時は思う存分僕達を可愛がってくれるから、普段は父さんが居ない事も全然問題なかった。もうね、密度が凄いから……前回父さんが帰国したのは、約一年前。どんなに仕事が忙しくても必ず一年に一度は父さんは帰国して僕達と一緒の時を過ごしているんだ。そして、今年は今日から約十日ほど家に居れるらしい。もちろん、都合によって数日の誤差は出るだろうケドね。そんな訳で……一年ぶりの父さんとの再会を心待ちにしている姉ちゃん達は、念には念を入れすぎるくらい準備をして父さんの帰りを待っていると……そういう事だ。
ふと、銀姉ちゃんの携帯から着信音が響き渡る。いそいそと携帯を開いた銀姉ちゃんは恐らくメールを読むと、満面の笑みでみんなに言った。「お父様、こっちに着いたそうよぉ。後一時間もすれば家にお帰りになられるわぁ。」その声に姉ちゃん達は本当に嬉しそうな声をあげる。あと一時間かぁ……父さんに会うのも久しぶりだなぁ。え?あんまり僕が喜んでないように思えるって?いや、そんな事はないよ。どっちかと言えば、姉ちゃん達の喜び方が異常なくらいなんだって。
メールから約一時間後……ふと家の中にチャイムの音が鳴り響いた。待ちわびていた姉ちゃん達はみんな揃って玄関先へ向かっていく。もちろん、僕も一緒についていく。銀姉ちゃんが鍵を開けると同時にドアがゆっくり開かれ、太陽の光をそのまま吸い取ったような気さえする金色の髪の男性が入ってきた。「ただいま帰ったよ、僕の子供達……」その男性は最早言うまでもないだろう……父さん、つまりローゼンその人だ。『お帰りなさい、お父様!!』姉ちゃん達は我先にと父さんの元に駆ける。その光景に、何故か僕は少しだけ嫉妬したのは内緒だ。「水銀燈、今年も家を任せてすまなかったね。長女として姉弟をまとめてくれて感謝してるよ。」「光栄です、お父様ぁ。」銀姉ちゃんがめぐ先輩の大好きなタレ目になって、随分乙女な顔をしている。「金糸雀、大学合格おめでとう。来年からは大学生だけど、今まで通り君の好きなようにやりなさい。」「はい、分かりました!」カナ姉ちゃんは父さんに頭を撫でられて猫のように目を細めている。「翠星石、蒼星石。二人は修学旅行でドイツに来て以来だね。相変わらず家事をやってくれて助かるよ。」「翠星石にかかればちょろいもんですぅ。」「僕も好きでやってますから。」とは言いつつ、父さんに褒められてどう見ても嬉しそうな翠姉ちゃんと蒼姉ちゃん。「やぁ、真紅。以前会った時より美しくなったんじゃないかな?レディとして精進してるみたいだね。」「有難う御座います、お父様。お父様にお認めになってもらえれば、これ以上はありません。」うわ、真紅姉ちゃんが気持ち悪いくらい自分を下に見てるよ。父さんに対してだけだから、余計珍しい。
「雛苺は随分見違えたね。高校生になって大人っぽくなったみたいだね。」「はいなの~。ヒナも高校生でお姉ちゃんだから、しっかりしてるの~。」ヒナ姉ちゃんは頭をゴシゴシと撫でられ褒められとってもご満悦の様子だ。「雪華綺晶、今日は美味しいドイツのお土産買ってきてあるんだ。後で美味しそうに食べる君を見せて貰うよ。」「はい、お父様。とても楽しみにしております。」父さんも、きっと幸せそうに食べるキラ姉ちゃんを見るのが好きなんだろう。キラ姉ちゃんは本当に至福の顔で食べるからね。見てるほうがお腹が空く位にね。「薔薇水晶、姉弟とはキチンと仲良くやれているかな?」「はい、お父様……お姉ちゃんもJUMも優しいから……大丈夫です……」薔薇姉ちゃんは養子になった時にしばらく馴染めなかった事が今でも引きずっているんだろうか、父さんは未だにそれを心配してるみたい。充分すぎるほどに馴染んでいるのにね。そして……「JUM君も、一年で随分見違えたように男らしくなったね。去年はまだ少し頼りなさがあったけど……この一年は君が人として、男として成長するには充分な日々だったみたいだね。」父さんはそう言って、僕の頭を撫でてくれる。その手は優しくて、どこか懐かしい手で……「はい、僕はこの家で唯一の男だから……」僕がそう言うと、父さんは嬉しそうに微笑みかけてくれる。これで一年ぶりの父子の再会が終わればよかった。でも……これでは終わらなかったんだ……それと同時に、僕の運命の歯車が音を立てて動き出したんだ。「さぁ、お父様リビングに行きましょぉ。沢山お料理用意していますからぁ。」「うん、でも少しだけ待っておくれ水銀燈。JUM君、この前の手紙で書いたプレゼント覚えてるかな?」一瞬思考し、思い出す。正月に届いた父さんからの手紙とバレンタインの日にチョコと一緒に届いた謎の手紙。「十年ぶり……かな?きっと君にとって最高のプレゼントになると思うよ。」父さんはそう言ってドアを開けて三人の人を招き入れる。その人達を見て、僕の頭の中は歪む。一人は男性。一人は女性。そして……もう一人は眼鏡をかけた、銀姉ちゃんと同じ歳くらいの女の人だ。急激に僕の記憶の様々な情報が入り乱れる。知ってる……僕はあの人を知っている。「お父様、この方々は?JUMと関係のある……まさか……」銀姉ちゃんの顔から血の気が引いていくのが分かる。しかし、そんな光景すら無視して……というか、関係ないかのように眼鏡の女の人は僕に駆け寄ると抱きついてきた。「あぁ……JUMくぅん……会いたかったわよぉ~。」
「なっ!?なっ!?」訳も分からず僕は眼鏡の女の人に抱きつかれている。ううむ、この破壊力は銀姉ちゃん並……って今はそんな事考えてる場合じゃなさ過ぎるって!でも、それでも考えるのが悲しい男のサガ……か。「ちょっ、何勝手にJUMに抱きついてやがるですかぁ!離れやがれですぅ!!」真っ先に飛び掛ったのは翠姉ちゃん。父さんの前なのをすっかり忘れて眼鏡の人と僕を引き剥がす。「あらあらぁ……もしかして、JUM君の彼女?綺麗なオッドアイねぇ~。もうっ、JUM君ったらこんな可愛い彼女がいるなら教えてくれてもいいのにぃ~。」「なっ、かっ、じょっ!?ちがっ、翠星石とJUMは姉弟で、こんな奴彼氏でもなんでもなくって……あっ、でも別にJUMが嫌いって訳じゃなくて寧ろ好きで……あ、あ、あ、ああああああ……ほあーーっ!!」「とりあえず落ち着こうよ、翠星石。」暴走して壊れた翠姉ちゃんを蒼姉ちゃんが落ち着かせる。もっとも、翠姉ちゃんじゃなくっても混乱する気持ちは分かる。実際、僕だって何がなにやら分からない状態だ。「うんうん、でもやっぱりJUM君はJUM君よねぇ。十年前から変わってないわぁ。あ、でもやっぱり男の子らしくなってるわねぇ~。」そう言って、再び眼鏡の人は僕をギュッと抱きしめる。むむっ、まさかこれは銀姉ちゃんを超える破壊力か?ああ、もう!!何で真っ先に出てくる感想がこれなんだよ!もっと考えることがあるだろうJUM!「失礼ですけど……貴方達は何なんですか?」流石に落ち着いている真紅姉ちゃんが三人を見据えて言う。銀姉ちゃんは何故かさっきから顔面蒼白状態だ。「あらっ、私ったら嬉しくってついつい取り乱しちゃった。ええっと、はじめまして!私は桜田のりって言います。JUM君のお姉ちゃんです!」眼鏡の女の人はそう言った。桜田のり……手紙に書いてあった名前。そして、言った。僕の……姉だと……「そんっ……なっ……」それを聞いた真紅姉ちゃんが目を見開いている。驚愕の顔の見本って言ってもいい顔だ。「紹介が遅れたね。この人達は、JUM君の正式なお父さんとお母さん。そしてお姉さんなんだ。」父さんは言った……この人達が僕の本当の父さんと母さんと……姉さん。でも……僕にはもしかしたら分かっていたのかもしれない。偶に見る、僕が誰かに置いていかれて一人になる悪夢。この人達は……その夢の登場人物と同じ人なんだから……僕が何も声を発せないでいると、のりさんは言った。「よかったわよぅ、JUM君が元気そうで。あのね、JUM君。よかったら今度こそ家族全員でドイツに行かない?」運命の歯車は回る。時は止まらない。永遠は……ないんだ……END
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