第百七話 JUMとケータイ
「一つ屋根の下 第百七話 JUMとケータイ」
「う~ん、困っちゃったな……」学校も終わり、家で薔薇姉ちゃんと対戦ゲームをしていた時だった。何だか困り顔の蒼姉ちゃんが携帯電話を片手にウロウロしていた。お、蒼姉ちゃんがミニスカートにニーソックスなんて珍しい格好してる。う~ん、実に絶対領域が眩しいな。こ~、細いんだけど引き締まった太股が……って、何見てるんだ僕は。「どうしたですか蒼星石?ケータイ壊れたんですか?」「うん、どうやらそうみたい。電源は入るんだけど、ボタン押してもあんまり反応してくれないんだよ。」両手でケータイを持ってボタンをカチカチと触っている。ま、仕方ないかなと思う。だって蒼姉ちゃんのケータイは…「いい加減ケータイ変えやがれですぅ!今時の女子高生が初期型のストレートタイプなんて持ってるのがオカシイんですぅ。蒼星石は一度も機種変更してねぇじゃないですか。」とまぁ……翠姉ちゃんの言ったように蒼姉ちゃんのケータイは実に古いのだ。確か父さんが五年くらい前に僕達姉弟全員に買ってくれた時から一度も変えていない。当然、折り畳みじゃないしカメラもついてない。それどころか液晶も白黒。着メロは最大四和音と……まさに生きた化石っぷりだ。キャリアも僕が使ってる『英雄』の前身の『伊藤』のまんまだ。ちなみに、我が家ではキャリアがバラバラだったりする。銀姉ちゃん、真紅姉ちゃん、キラ姉ちゃんは『DOQUMO(ドキュモ)』。僕と翠姉ちゃんと、一応蒼姉ちゃんは『英雄』。そしてカナ姉ちゃんとヒナ姉ちゃん。薔薇姉ちゃんは『孫銀行』である。「ショップで直してもらえないかなぁ?」「多分無理だと思う……さすがにそこまで古いのは……部品も作ってない……」恐らく薔薇姉ちゃんの言うとおりだろう。大体、今まで壊れなかったのが不思議なくらいだ。「ま、丁度いい機会ですぅ!機種変更して新しいのに変えるですね。」「う~ん、お父様に頂いた物だけど……使えなくなっちゃったら仕方ないかぁ。」心底残念そうな蒼姉ちゃん。多分、蒼姉ちゃんにしか知らない思い出が沢山詰まってるんだろうな。「じゃあさ、蒼姉ちゃん。今から一緒に英雄ショップ行かない?僕もそろそろ機種変したいからカタログ欲しいし。」「む……JUMは孫銀行にキャリア変えようよ……そして私とLOVE定額……」「そもそも家で話せばタダなんだから必要ないでしょ。」とりあえず薔薇姉ちゃんを軽くあしらう。蒼姉ちゃんは少し悩む素振りを見せたが、このままでも不味いので「うん、じゃあお願いするねJUM君。僕ケータイの機種とかよく分からないから。」いやはや、本当に今時の女子高生にしては珍しい人だ。まぁ、その古風なトコも魅力ではあるけどね。「決まりですね。じゃあ晩御飯は翠星石が作っておいてやるですから、さっさと行って来いですぅ。」とまぁ、そんな訳で僕と蒼姉ちゃんはケータイを変えるために英雄ショップへ歩いて行った。
「いらっしゃいませ~!こちらのお席の方へどうぞ~!」ショップに入ると店員のお姉さんが営業スマイルで迎えてくれる。「じゃあお店の人に話を聞きながら機種決めなよ。僕はモックとか見てるからさ。」「ム、ムック?そ、それより一緒に居てよぉ~。僕本当に全然分からないんだからぁ~。」蒼姉ちゃんは僕の上着の裾をギュッと握って目をウルウルさせて懇願してくる。うぅ、可愛い……何が怖いのか分からないけど、とりあえずこんな顔されたら断れる訳がない。そんな訳で僕は蒼姉ちゃんと一緒に席につくのだった。「いらっしゃいませ。今日はどのようなご用件でしたでしょうか。」「あーええっと、機種変更を『あ、あの!』しようかと……」僕が喋っている所を蒼姉ちゃんが遮る。そしてあの化石ケータイを机にコトンとおく。「あの、これ……壊れちゃったみたいなんですけど、直せないでしょうか。」お姉さんは苦笑しながらケータイを手に取る。そして裏に回って何やら話し、戻ってくる。「申し訳御座いません、こちらの機種の方はちょっと部品等は製造していなくて……」「そう……ですか。そうですよね。あ、すいません、お話の続きを。」分かってはいたけど。蒼姉ちゃんはやっぱりガッカリとした顔で俯いてしまった。「えっと、それじゃあ機種変更の話を聞きたいんですけどいいですか?」「はい。機種変更ですと、今春モデルのキャンペーンの方をやっておりまして、ご契約に応じて割引しています。」お姉ちゃんがペラペラとカタログを見せてくれる。う~ん、いいなぁ。僕もキャンペーン中に機種変更しようかな。「ね、ねぇJUM君。キャンペーンはいいけど新商品って高くないかな?僕は別に最新じゃなくても……」「ん、大丈夫だよ。すいません、今このケータイのポイントどれだけ溜まってますか?」僕はお姉さんに聞く。そう、これだけ長く使っていればポイントは恐らく鬼のように溜まっているはず。長く使ってるのもあるけど、元々の料金プランが高めだしね。お姉さんはパチパチとパソコンで照会してる。「お待たせしました。え~、現在ご利用可能なポイント一万二千ポイントとなっております。一ポイント二円となっており、キャンペーンも御座いますのでどの機種でもタダとなりますね。」予想通り!元々英雄は機種変の値段は業界でも屈指の安さだ。いかに最新機種であろうとほとんどお金はかからないと思ってた。蒼姉ちゃんはいまいち理解してないけど、タダなのは分かってくれたようだ。「じゃあ、機種だけど……蒼姉ちゃんどれがいい?さすがにこれは僕は決められないからさ。」僕は蒼姉ちゃんにカタログを渡す。蒼姉ちゃんはパラパラとページを捲り品定めを始めた。
「えーと……着うた……PCサイトビューアー……ワンセグ……あはは、沢山あって何が何だか分からないや。」「まぁ、機能はあれば便利だとは思うよ。使わないなら使わなければいいけど、無いものは使えもしないからね。」「大は小をかねるって事だね。う~ん……何だかみんな一緒に見えるなぁ。」まるで今時の若いもんは全員同じに見えるのぉ~なんて言う老人のような事を言う蒼姉ちゃん。「折角でしたらこちらの彼氏さんと同じに致しますか?」お姉さんが笑顔でそんな事言う。ていうかさ、お姉さん。僕は何度も蒼姉ちゃんって言ってるよね?「いや、僕達そもそも姉弟で……」「か、か、か……彼氏!?そ、そんなんじゃ……あ、違うんだよJUM君。JUM君が彼氏なのが嫌なんじゃなくって僕達は姉弟で、姉弟じゃなかったら嬉しいなぁって、そうでもなくって……」蒼姉ちゃんは顔を真っ赤にして慌てふためいている。とりあえず落ち着いてください。「ほら落ち着いて蒼姉ちゃん。早く決めないと翠姉ちゃんが怒っちゃうよ。」僕は蒼姉ちゃん肩に手を置いて落ち着かせる。すると、蒼姉ちゃんはプシュ~っと何かが抜けたように落ち着いてくれた。心なしか頭から湯気が出てるけど気のせいだろう。「えっと、どうしようかな……やっぱり決まらないよJUM君。」「ん~……じゃあさ。もう見た目で決めちゃおうよ。どれでも電話とメールは出来るしさ。蒼姉ちゃんの好きな形、好きな色のケータイにするのが一番いいよ。」我ながらナイスアイデアだったと思う。多分、蒼姉ちゃんはそんなに機能が使いこなせない気がする。だったら、完全に見た目で決めさせた方がいいに決まってる。大体の機能は付いてるんだし。「見た目かぁ。う~ん、そうだなぁ……あ!これいいかも。」蒼姉ちゃんが指差したのは今までのストレート型に形状が似ているスライド式のケータイ。もちろん色は蒼だ。「こちらでよろしいですか?では、データの方を移させて貰いますね。」お姉さんが化石ケータイから新ケータイへメモリ等のデータを移していく。とりあえずこれで一件落着かな。「あの、こっちの古い方……メールとかって……見れますか?」「あ、はい。今まで通り充電などして頂ければ送信等はできませんが、受信したものは見れますよ。」「そうですか。よかったぁ……」それを聞いて一安心したのかようやく蒼姉ちゃんは笑ってくれた。蒼姉ちゃんが今まで機種変更を拒んできた理由ってもしかしてメールに秘密があるのかな。
すっかり日は暮れて僕達の帰り道には街灯の光が溢れていた。蒼姉ちゃんはオニューのケータイを触ってる。「そういえばさ、蒼姉ちゃん。何か大事なメールでもあるの?」「え!?な、何でそれを?」いや、普通気づきますよ。でも、そんな無粋はツッコミは置いておいて蒼姉ちゃんは理由を話してくれた。「僕にとってメールは大事な物なんだよ。ほら、お手紙みたいなものでしょ?だから、嬉しかったメール。楽しいメール。喧嘩したメール。仲直りしたメール。全部全部僕の宝物なんだ。」蒼姉ちゃんはエヘへと笑う。きっと蒼姉ちゃんの化石ケータイのメールボックスは丁寧にフォルダ分けされていて、その宝物のメールを何時でも見れるようにしてあるんだろう。「そっか……じゃあさ、そのメールも宝物で一杯にしなきゃね。僕もあまり姉ちゃん達にはメールしないけどさ。やっぱりメールだから言える事や伝わる事ってあると思うし。蒼姉ちゃんは僕が送ったメール、宝物にしてくれる?」我ながら随分恥かしい事を言ってる気がする。いや、気がするだけだな。気にしたら負けだ。「ふふっ、もちろんだよ。こっちのケータイにだってJUM君との思い出が沢山詰まってるんだから。だから、この新しいケータイも……君との思い出で一杯にしたいな……」蒼姉ちゃんはそう言って僕の手をギュッと握ってくれる。僕はその柔らかい手の感触を感じながら閃く。「そうだ、蒼姉ちゃん。新しいケータイちょっと貸して?」僕は新しいケータイを蒼姉ちゃんから受け取る。ええっと、基本はどんな機種も同じはずから……よし、カメラモードになったな。上手く撮れる様に光の位置を調整してっと……「じゃあさ、蒼姉ちゃん。このケータイ一番最初の思い出。ケータイのカメラ撮ろうよ。」僕はカメラを掲げて蒼姉ちゃんの肩を抱いて顔を寄せる。ふと、頬がふれる。温かい蒼姉ちゃんの肌を感じる。「J、JUM君ったら……えっと、レンズ見ればいいのかな?」「うん、そうそう。それじゃあ撮るよ?チーズサンドイッチ!」カシャリ!と気持ち良いほどの快音を上げてシャッター音がする。僕等は撮った写真を見つめる。素人で、しかもケータイのカメラではあるけどよく撮れてると思う。僕は蒼姉ちゃんの肩を抱いて頬をくっ付けて映ってる。蒼姉ちゃんも少し恥かしいそうに顔を赤くしながらも笑顔で映ってくれていた。「わ、凄い。ケータイでこんな綺麗に撮れるんだね。」「うん、凄いでしょ。これをこうして……ああして……ははっ、待受け画面にしちゃったよ。」蒼姉ちゃんのケータイはスライド式。起動させる度に大きい画面に僕等の写真が出てくるわけだ。「わわっ、何だか照れるねこういうの。うん、でも……やっぱり嬉しいよ。えへへ、ねぇJUM君……」蒼姉ちゃんはその待受けのままケータイをしまうと僕の腕に腕を絡ませてきて言った。「今度僕にケータイの事、色々教えてね。そうすればもっと、思い出が増えそうだから。」END
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