第一章『再開、混沌』
「いいかぁ、みんなー。二年生になってんますます勉強が忙しくなる、この一学期、ボケッと過ごしていたらあっという間においてかれるからなぁ。気を引き締め行くように!」 気の抜けた返事をする生徒を他所に一人張り切る梅岡。いつもこうだ。「それとみんなんに知らせたいことがある!入ってきなさい」梅岡は一段とうれしそうな声で廊下に向かって話し掛ける。ガラァッ開いた扉の向こうにいたのは…「!し、真紅ぅ!?」「し、知ってるですか!?ちび人間」あの金色の髪に青い目、そして凛とした表情。間違いない、真紅だ。「紹介するぞ、新しくうちのクラスの仲間となる真紅だ」「宜しくなのだわ」「桜田~、知り合いなのか?」「えぇ、まぁ一応…」「それじゃあ真紅の席は桜田の隣だ」なんでだ?イギリスに行ってたんじゃ…「あらっ、帰ってきたのよ。久しぶりねジュン」読心された。そういえばこいつには隠し事できなかったよな…「よ、よぉ!久しぶり。戻ってきてたんだ」か、変わった?なんか、その…「どうしたの?ジュン」「い、いやなんでもない。ちょっと変わったかなって…」「あら、それは褒め言葉?ありがたくいただくわ」彼女はからかう様に言って教科書に目を落とした。(き、強敵ですぅ~~)休み時間のたびに教室は沸く。真紅が質問攻めにあってるのだ。「綺麗な髪~」「どこに住んでるの~?」「つ、付き合ってください!!」他愛のない質問は放課後まで続いた。
放課後の鐘と同時に僕は下駄箱に向かう。いつも帰りは一人なのだが…「ジュン、一緒に帰りましょう」後ろから呼び止められる「何で僕が」「あら、私はこの辺の地理に詳しくないのだわ。そんなレディーをほっとくの?」「はいはい、わかったよ。ご主人様」「それでこそ私の下僕だわ」中学の時からこの何ともいえない主従関係は続いてるようだ真紅からイギリスの話を聞いてるうちに家の前まできていた。「うちここなんだけど、真紅のうちまで送っていこうか?」「大丈夫よ、そこの駅から電車に乗ってすぐのところだから」「そ、そう?なら大丈夫か。じゃっ、また明日な」「ええ、また明日」ねぇちゃん帰ってるかな?真紅のことはなしたら驚くかな?そう思いながら玄関の取っ手に手をかける。「ただいま」「あら、お帰りなさい。早かったのね」「寄り道しなかったしね」軽い会話を交わして二階の部屋に上がる。足をとめ耳を澄ます。聞こえてくるのは不快な鼾。胸糞が悪い。出来るだけ足音を立てずに自分の部屋に入る。着替えを済ませ、勉強に取り掛かる。十分、二十分、勉強に集中できない。頭の中ではまったくべつのことを考えている。どうして、どうしてねぇちゃんはあいつをこの家においとくんだ?何時までいるつもりなんだ?
夕食は手作りのパスタだった。見た目も味も最高だ。姉の作る料理はとてもおいしい。「今日転校生がきたんだ」「へぇ~、女の子?」「それが聞いてよ、あの真紅だよ!イギリスから帰って来たんだって」「真紅ちゃん?ジュン君の仲良しだったわよね、よかったわね~♪」「ま、まぁ久しぶりに会えて素直にうれしいけどね」幸せだと思う。姉は優しいし、学校も楽しい。あいつさえいなければ…ガチャッ「……」「(糞ッ!)」「お、お酒ですか?」「……」「…どうぞ…」無言で姉から酒を奪ったそれはもと来た道を引き返す。「…」「…」「何時までいるの?あいつ」「行くところがないのよ、あて先が見つかるまでは…」「でも…」「短かったけどお世話になった人なのよ?これぐらいは…」「…」食事中、それ以上の会話はなかった。また静かに二階に上がる。酒のにおいと、野球中継の音声が漏れている。全てが癪に障る。目障りな顔と体、耳障りな声に鼾…嫌だ、理由はあいつが存在すること。それがあいつを嫌う理由。
いつのまにか朝になっていた。いつもの様に身支度をし、おいしい朝食をとって姉と一緒に家を出る。二人とも友達と待ち合わせているので途中で別れる。「おはようですぅ!」「おはよう、ジュン君」「おはよう、ジュン」いつものメンバーに今日は真紅が加わっていた。双子とは家が近いらしい。楽しそうに翠星石と真紅が話している。ちょっとだけ安心した。
一日もすぐに終わり、今日も真紅と帰る。「ジュン、覚えてる?私たちがはじめてあった時のこと」「うん、一応な。確か中一のマラソンの時だよな?」「えぇ、厳密には同じクラスなのだから入学式の時からだけども…」「それがどうした?」「いえ、ただ、またこうして合えたのも何かの運命かと思ったのだわ」「なんだよ突然」「デートしましょう」「あぁ、いいよ」いつものことだ、からかってるんだろう。その手には乗らないぞ「いつにする?」「そうだな、今度の日曜でどうだ?」「いいわ、じゃあ日曜の12時に迎えに来るのだわ」そう言うと顔を真っ赤にして走っていってしまった。「……」取り残された気がした。肩透かしを食らったような…あれ?俺嬉しがってる?まさか
「ただいま~」姉はまだのようだ、二階に上がる。隅の一室からラジオの音が漏れている。競馬だろうか?あいつお金ないんだよな?何で競馬なんかしてるんだ?くそっ、やめだやめ。あいつの事なんか詮索していても胸糞悪いだけだ。昨日全然勉強してないし、宿題もたまってきた。勉強道具を机に広げる。大学には行きたいが姉に負担をかけることになるので、国立の大学に通おうと思っている。私立よりは学費が安くて済む。それには人一倍勉強しなくては…
「おねぇちゃん?」夕食の時の姉は少し暗かった、「ジュン君、あの…」「何?」「(いえないわ、通帳のお金が減っているだなんて…)」「あいつの事?」「ち、違うわよ!」「やっぱり…、あいつが何したんだ!」「あの人と関係あるかは知らないけれども…、その、預金が減ってるの…よ」「!…あいつが取ってるの?」「そ、それはわからない…」糞ッ!どれだけ迷惑かければ済むんだ!しかも親の遺産に手をつけるだと?糞ッ!糞ッ!糞ッ!糞ッ!糞~ッ!「ジュン君!」姉に呼ばれはっとする。噛み締めた唇には血が滴っていた。握り締めたこぶしは真っ白で、手のひらにつめがめり込んでいる。眉は今にもくっつきそうだ「まだ、まだあの人と決まったわけじゃないから…」「……あいつ、夕方に競馬してた…」ポツリと呟き自分の部屋に向かおうとする。「ジュン君…」「…あいつに出て行ってもらえよ」強く扉を閉める。姉は弱みでも握られているんだろうか?あんな寄生虫なんてすぐに追い出せばいいだろ?
…もし、もし姉が弱みを握られてるとしたら?……僕がやるしかないのかな?やるって、何をやるんだよ…。心に片隅にどす黒い感情が湧いた。自分でも気づかないような、小さな小さな変化…
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