『笑ってはいけないオーベルテューレ』 3
―あらすじ―水銀燈にゲームで負けた僕(蒼星石)と真紅、金糸雀、薔薇水晶。後日、彼女からいきなり飛騨高山に呼び出されたが……実態は罰ゲーム!ルールは何が起こっても絶対に笑ってはダメ。笑うとハエ叩きで尻を容赦なく叩かれる、キツイお仕置が!本家、ガキの使いばりの罰ゲーム!!行く先々には水銀燈が徹底的に仕掛けた笑いの罠や刺客が待ち受ける!耐え切れるのか……本気で自身がないよ、まったく。
「……で……案内人のアホ兎がいない今……どうしろと?」 何時の間にか、普段のポーカーフェイスに戻っていた薔薇水晶は周囲を見回す。「そうね。迎えの車をよこすなんて言ってたけど、それらしき車もないみたいね」 真紅も同じように周囲を見回していた。 ていうか……すぐさまシラフに戻れる君らもある意味大物だよ。「タクシーとかもあるけど……あれ何かしらー?」 金糸雀がふと指差した先には……数台の人力車が停まっていた。 その脇では人力車を曳く人夫らが、通りすがりの観光客らに乗っていかないかと呼び込みを掛けている。人力車は戦前にあったような幌つきの、レトロなもので、人夫もはっぴを羽織っていて、その時代の人間であるかのようないでたちだ。「人力車だよ。大昔には結構走っていたけどね。観光案内をしながら、人をあの車に乗せて、ゆっくりと曳きながら街中を進むんだろうね。古風な街並みを売りにしている観光地ではよくあるよ」「そうなのかしらー」 金糸雀が人力車を見ながら、感心していたそのとき。「やあ、待たせたな、貴様ら。遅れてすまん」 背後から僕らを呼ぶ男の声が。 それも聞き覚えのある……というか、聞くだけで鬱陶しくなる、あの人物の。 嫌な予感がして振り返ると……目の前にはいたのはそいつだった。 独特のM字禿の、ベジータだけど!
「ははは。銀嬢に頼まれて貴様らを案内するように言われたのだけどな。途中でタイヤがパンクしたから遅れてしまった」 ベジータは爽やかな笑みをこぼしながら、車に乗るように促してきたのだが。 問題はそんなのではない。「ちょっと、ふざけるのも……ぷぷぷ!」「な、何考えているかし……ふふふ!」 目にした途端に真紅と金糸雀が吹き出してしまっていた。「金糸雀、真紅、アウトぉ!」 水銀燈の宣告とともに、彼女達は漏れなく強烈なハエタタキの一撃をお見舞いされていた。「さすがに……これはないよ……」 絶叫を上げる二人をよそに、薔薇水晶は顔をしかめながら、目の前のベジータのなりをじろじろと見ていた。 それもそのはず。 人力車の人夫のつもりなのだろうが……。 奴は継ぎはぎだらけの作務衣を纏い、薄汚れたほっかむりを付けていた。 曳いてきた車は……ゴミ運搬なんかでよく使う、ボロボロのリヤカー! おまけに、奴の額には……米の文字が! まさかこの車に乗れなんて言わないよね!? てか、この車でパンクするわけ?
「いいかげんにしてよ……!」 思わず僕は吹いちゃったけど。「蒼星石、アウトぉ!」 宣告とともに、ハエ叩きの強烈な一撃による痛みが、僕の尻に走る。「うあっ!」 思わず叫び声を上げてしまう僕だった。「さあ、今から案内するぞ。貴様ら早く乗れ」 ベジータはリヤカーの方を親指で指差す。「お断りよ!」 当然のように乗車を拒否する真紅。 当たり前だ。僕だって嫌だ。「……銀ちゃんからメール……これに乗れって……」 薔薇水晶が落ち込んだといった口調で、携帯のディスプレイを僕らに見せる。「水銀燈、後で覚えていろかしらー!」 頭から湯気を出しそうな勢いで、吠え出す金糸雀。「早く乗れ!俺だって好きでこんなことしているのじゃないのだからな! しなかったら、梅岡に1ヶ月飼い殺しにされちまうんだ!」 僕らにすがりつくベジータ。 そんなこと僕らの知ったことじゃないけど。 てか、そうなった方がありがたいのだけど。
それを見て、僕はむかついて、懐から庭師の鋏を取り出した。「斬るよ?」「ま、まあまあ押さえるかしらー?こんなことで事件を起こしたらそれこそ笑いものになってしまうのかしらー?」 慌てて僕を止めにかかる金糸雀。「……それに……おまわりさんも見てる……」 薔薇水晶が指差した先、そこには、駅の脇にある交番の前に立った警官が僕らのやりとりを眺めていた。「分かったよ……」 僕は渋々、鋏を懐にしまった。 納得はいかないけれど、これで警察のお世話になるというのも嫌だ。「とにかく乗るかしら……」 力ない様子で金糸雀はゆっくりとリヤカーに乗り込む。 真紅や薔薇水晶……それに僕も何も言わずにそれに従っていた。「で、まずはどこに行ったらよいのだ?」 ベジータは、僕らの乗ったリヤカーをゆっくりと引っ張りながら話し掛けてくる。「あまり大声で話し掛けないでよね。君と関わりがあるなんて思われるの嫌だから。 話し掛けたら分かってるよね?」 僕は懐に手を潜ませて、ベジータを睨みつける。「分かってる。で、どこに行くのか言ってくれ」
「……宮川の朝市よ」 押し殺した声で真紅が言うと、ベジータはリヤカーを引く手を止めて、その場でじっと考え込む。 嫌な予感がする。「それ、どこだ?俺にも分からん?」 信じられないような返事をするベジータ。やはり予感は的中。 案内する人間が場所も知らないなんてどうかしてるよ!「だったら、地図を見るか、人に聞くなりしなさい。ほら、警官もいるでしょ?」 真紅はそっと駅の脇の交番を指差した。 その前では相変わらず警官がじっと僕らのことを見つめていた。 もっとも、帽子は被っていなく、両手をズボンに突っ込んでいながらだけど。 頭皮が見えかかったスポーツ刈りの頭に、一つに繋がった眉。 口はぽかんと開いたままで、一枚の前歯が覗かせている。 警察の制服は着ているけど、本当に警官なのかなとも思う。 ベジータは交番の前までリヤカーを引っ張ると、その警官に道を尋ねた。「何でしょうか?」 その警官は表情を変えないまま受け答えをしている。「宮川の朝市がどこにあるのかを訊きたいのだが?」「う~んと、それはですね……う~ん、う~ん……」 その警官はなぜか頭を抱えながら、考え込んでいた。 表情は変えないままだけど。
ちょっと、地元の警官まで知らないわけ? てか、飛騨の朝市は結構名が知れた、有名な観光地なのだけど。「う~ん、う~ん……」 その警官は額に汗をたらしながら、相変わらず考え込んでいた。「な、なんか雲行きが怪しいのかしら~?」 金糸雀が空を指差す。 今まで暑いぐらいに照らしていた太陽は黒雲に隠れていた。 風が吹き出し、みるみるうちにその強さを増していく。おまけに、遠くから雷鳴が聞こえてきたりする。「……本当だね……あっ、雨……」 薔薇水晶が手をかざすと、雨粒が彼女の手に落ちてきた。 みるみるうちにその数は増していき……てか、勢いが強くなっているけど!?「う~ん、う~ん!!」 その警官はさらに深刻そうに悩み出す。 それに比例して、風雨の強さはさらに増し、さながら台風のようにまでなっていた。人のうめき声のような、風の唸りが嫌というほど耳に入る。 てか、晩秋のこの時期に台風なんてありえないよ!「とりあえず雨宿りしよう!」 僕らはすかさずリヤカーから降りた。暴風雨が容赦なく、僕らを叩きつける。 だが、すでに街路樹がしなるほどの強さになった暴風で、思うように歩けない。 挙句の果てに、木の葉や紙くずや看板までも空を舞っているから、たまったものではない。
なんとか、交番の中に僕らが駆け込むと同時に……それは起こった。 なんと、ベジータの着ていたボロボロの作務衣が、風で吹き飛ばされたのだった。 さながら紙くずのように、いくつかに破れながら空のかなたへと消える。 彼の体に残ったのは……ふんどし一枚だけ!「ぬおおお!」 ベジータは絶叫を上げながら、素っ裸同然の体を手で隠す。 が、何の意味もないように思える……って、それに僕は笑っちゃったけど!「ベジータ……ぷぷぷ……」「アホかしらー」 薔薇水晶や金糸雀までも吹き出してしまっていた。「金糸雀、蒼星石、薔薇水晶、アウトぉ!」 こんな暴風雨の中でも、執行部隊の男達は動じることなく、僕らに駆け寄る。 そして、お約束のお仕置を容赦なく、僕らに浴びせた。「ここに地図があるわね……って、貴方」 真紅は辛うじて笑いをこらえながらも、交番の中に張り出してある地図を眺めていた。そして、悩みに悩んでいる警官の肩を叩く。「朝市って、ここのこと?」 地図に記された一角を指差して、警官に示す真紅。 そこには確かに宮川朝市の文字があった。「あっ、そうです。すみません」 その警官は照れた様子で礼をした。
と、同時に……暴風雨は止み、太陽が顔を覗かせたけど。 さっきの台風は嘘のようになくなり、秋のやわらかい日差しが何事もなかったかのように照らしつける。 もっとも、街中は台風一過であるかのように木の葉だのが散らかっていたけど。「……嵐を呼ぶ……警官ってやつかな……」「そうなのかしら……」 薔薇水晶と金糸雀は呆然としたという様子で、空を眺めている。「しっかりしてほしいわ。とにかく行きましょ」 真紅はため息をつきながら、交番を後にした。「で、歩いていった方がいいかもね」「そうしたいところだけど……そうは問屋が卸さないでしょ」 僕と真紅は目の前の光景を眺めながら、思い切りためらう。 ずぶ濡れになったリヤカーを引こうとスタンバイしている……ふんどし一枚のベジータ。 そして、真紅が手にしていた携帯に目をやると……水銀燈からのメールが。『なお、送迎車の乗車を拒否した場合は、笑っていなくていなくても、お仕置き執行よぉ♪』「あとでぶん殴ってやるわ!」「同感。胴を切り離してジャンクにしたいぐらいだよ」 そんな不穏なことを口にしながら、僕と真紅は渋々リヤカーに乗り込む。 服が汚れるかもしれないが、そんなこと気にしちゃいられない。
「……行こう……」「かしらー……」 薔薇水晶と金糸雀も、ため息をつきながらリヤカーに乗る。「では出発進行だな」 ベジータはゆっくりと、僕らの乗ったリヤカーを曳きながら、朝市の会場へと進んでいった。 もっとも、街中を進む他の人力車と一緒にだけど。 笑いの的になったのは言うまでもない。 この恨みはたっぷり晴らさないと気が済まない……と思いながらも、地元の人や他の観光客の視線を避けるので精一杯の、僕だった。 -to be continiued-(蛇足) 今回の特別出演:天地無用@ついでにとんちんかん
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