《Working girls》
《Working girls》 「どぉしたのぉ、真紅ぅ?」これが全ての発端だった。年の瀬も押し迫って、冬休みを目前に控えた、最後のHRが行われている時のこと。通信簿が配られ、騒がしい教室で、机に頬杖をついてる暗い顔の真紅を見た私は、 「あらぁ、大して可愛くもない貴女の沈んだ顔って、見るに耐えないわねぇ。 さては……散々な成績だったから、首を吊りたくなったとかぁ?」例によって、幼なじみで小生意気な金髪の娘をからかう。普段の彼女ならば、すぐに噛み付いてくる筈だけれど――真紅は、顔を向けるどころか、チラッと目を動かしもしなかった。拍子抜けというか、なんとなくシカトされたみたいで癪に障る。この水銀燈さんを小馬鹿にするなんて、いい度胸してるじゃないの。背後に回り込んで頸を絞めると、真紅は呻き声を放って、やっと反応を見せた。 「なにするのよ、水銀燈っ!」 「だぁってぇ~、真紅が無視するんだものぉ」 「……それは……ごめんなさい」 「? 随分と、しおらしいじゃないの。な~んか気持ち悪いわねぇ。 ははぁ~ん。さては、彼とケンカでもしたってワケぇ?」 「……別に。ジュンは関係ないわ」成績のことでも、彼氏のことでもない。と、すると――?いくら真紅が紅茶ジャンキーだからって、朝の紅茶を飲まなかった程度では、こうも落ち込まない筈だ。
気丈な彼女を、こうも失意の淵に追いやるほどだから、つまらない原因とも考え難い。もしかして、家庭の問題かしら? 私は腕組みして、頸をひねった。すると、真紅は苛立たしげに私の肩を掴み、ぐいと引き寄せ、ひそひそと耳打ちしてきた。彼女の吐息が耳元の髪を揺らして、ちょっと……くすぐったい。 「……あぁん♪」 「ちょっ! ヘンな声ださないでちょうだい。まじめに聞きなさいよ!」 「だぁってぇ」私の弁解など聞く耳持たずといった感じで、真紅は言葉を続けた。 「実は、私――――インターネットで、とんでもない失敗をしてしまったの」 「ふぅん? あ……さては、ワンクリック詐欺に遭ったのね。 真紅ってば、ホントにおばかさぁん♪」 「違うわ。そんなんじゃないのよ」 「ん? じゃあ、調子こいたコト書いたブログが、炎上したとか?」真紅は唇を引き結んだまま、ただただ頸を横に振るばかり。じゃあ、一体なんだというのだろう。訝る私の前で、真紅はこめかみに指を当てて、悩ましげに眉を寄せた。 「水銀燈、貴女……煮chって知ってる?」もちろん、知っている。私も、しょっちゅう利用しているもの。誰でも気軽に書き込めることが売りの、大規模なインターネット掲示板だ。名前の由来は、参加者の意見を鍋の具に例えて『ごった煮』にする場所ってコトだとか。話の流れからすると、どうやら、真紅は煮chで失敗したらしい。
でも、どんな失敗をしたのかしらん?私は「常識でしょ」と頷き、顎をしゃくって続きを促した。 「……じゃあ、お金が掛かるってコトも?」 「はぁあ? それ、本気で言ってるのぉ」基本、煮chは無料。課金制度があるなんて、聞いたこともない。 「誰に吹き込まれたんだか知らないけど、そんなデマを信じるなんてね。 貴女って、私が思ってた以上のおマヌケ――」 「金糸雀に教えてもらったのよ。あの子、コンピュータ関連に詳しいでしょう。 証拠も見せられたわ。だから、私も驚いたし、焦っているの。 ウソだと思うなら、自宅のPCでこの操作をしてみなさい」言って、真紅は私にメモ書きを突き出した。ざっと走り読んだ限り、大して難しい手順でもない。まあ、百聞は一見にしかずと言うし、試してみるのも一興かもね。どうにも釈然としないまま、私は紙片を受け取った。HRが終わるや、脇目もふらず自宅に戻り、真紅に教えられたとおりの手順を踏んだ。その結果、煮chの名前欄に表示された数字は―― 【586920円37銭】私は両手で瞼をゴシゴシこすって、もう一度、まじまじとディスプレイを覗き込んだ。
「……ウソでしょぉ? なによ、これぇ」いくら見直しても、結果は同じ。細かい金額が、リアルすぎて怖い。まさか、ホントに有料だったの? 信じられない。信じたくない。とにかく、真紅に電話しなきゃ。私は携帯電話で、彼女に連絡を入れた。 「あ、もしもし、真紅ぅ? 出た! 確かに金額が表示されたわよっ!」 『言ったとおりでしょう。私の方でも、もう一度、金糸雀に問い合わせたの。 そうしたら、スレ立てや書き込みをする毎に課金されてるんですって』 「あわわわ……どうしよう。私、そんなこと知らなかったから―― 調子に乗って【ヤク中姉ちゃんが…】スレ立てて1000まで全レスしてたし、 【H・O・T】スレ立てて、バシバシAA貼りまくってたわよ」 『いやだわ。あのヤクルト中毒スレの>>1って、貴女だったのね。 ところで【H・O・T】って、なんなの?』 「えっと……HYPER OCHINCHIN TIMEの略なんだけどぉ」電話の向こうで、ブフォーっ! と液体を噴き出す音が聞こえた。多分、食後の優雅なティータイム真っ最中だったのね。悪いコトしちゃった。 「もしもーし、真紅? 聞いてるぅ?」 『あああ! ディスプレイとキーボードが紅茶まみれに……って、なんなの?』 「貴女の方は、いくらって表示されたの」 『……82633円よ。貴女は?』 「586920円37銭ですって。あうぅ…………どうしたらいいの? こんなことが、お父様に知れたら叱られちゃうわ、私ぃ」 『それは、私も同じよ。こうなったら、私たちが選ぶべき道は、ふたつ。 両親に撲たれるのを覚悟で泣きつくか、請求がくるまでに、バイトで稼ぐしかないわ』
確かに、真紅の言うとおりだ。でも、両親に泣きつくというのは、私のプライドが許さない。自分の不始末だもの。親に尻拭いをしてもらうほど、私は子供じゃないわ。 「いいわ、真紅。私と一緒に、バイトしましょう!」 『簡単に言うわね。アテはあるのかしら?』 「巴が働き手を探してたのよ。あの子の親戚って神社だから、初詣の時は毎年、 巫女のバイトが必要なんですって。今から電話すれば、まだ間に合うかも」 『本当? だったら、お願い。巴に連絡してみてちょうだい』 「任せておいて。話が決まったら、また電話するから……ばいばぁい」真紅との通話を切って、私は震える手を必死に抑えながら、友人の巴に電話をかけた。――そして、私は真紅とともに、柏葉神社で巫女のバイトをすることになった。 ~ ~ ~その夜のこと。 「もしもし、カナちゃん? ありがとう、まんまと人足をゲットできちゃった♪」 『くっくっくぅ~。カナの知略を以てすれば、この程度のこと楽勝かしら。 それでね、巴ちゃん……報酬の方だけど――』 「用意してあるわ。ヨード卵『光』一年分でいいのよね」 『モチロン♪ あんたのたーめでしょ、かしらー♪』 「うふふふ。懐かしいね、そのコマーシャルソング」二人の策略だったことを、真紅と水銀燈は知る由もない。
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