第二十話 「罪」
第二十話 「罪」「……“思い出”の世界か」「納得して頂けたでしょうか?」「……まぁ一応」僕は死んだ。で、此処に居るのはどうやらあの世というより思い出の世界だという。簡単にいうと、“記憶の中で生きる”という言葉が当てはまっているのだろうか。まぁようするに幽霊のようになっている訳だ。「……暇だな」「“思い出”でも覗いたらどうです?」「もう結構だ」ラプラスの魔はずっと僕の側に居る。暇だからだと。そして先程まで暇つぶしに色々な世界を見てきた。“第0世界”、何も無い“無”というやつだ。“現の第1世界”、現実の事だ。“歓喜の第2世界”、喜びの思い出。“憤怒の第3世界”、怒りの思い出。“悲哀の第4世界”、哀しみの思い出。“悦楽の第5世界”、楽しみの悦び。“無意識の海”、“混沌”で何もかもが混ざっている。
これだけの世界を見てきたのだが第4世界はやはり辛かった。虐められた記憶など余命宣告された宣告など全てがあった。幻想だとわかっていたがかなり気分が悪くなるようなものだった。あんな所、もう二度と行かない。「ほうほう、第三の花が咲かれましたか」「何言ってるんだ?」「見ればわかります」僕はラプラスの魔が指差す方向を見た。そこには光の筋、今にも光が溢れそうな状態だった。「なんなんだ?あれは?」「誰かが此処に入ろうとしているのですね」……入ろうと?誰が?僕には死んだ友人なんて居ないから此処に来る人も居ないだろう。来るはずが無いんだ。光が溢れた。目一杯溢れてまぶしくて何も見えなかった。少しすると光は消えていった。小さな光になっていき最終的には消え去った。代わりに、そこに人が一人倒れていた。「誰だ?」僕は少し警戒しながら言った。死んでるから何もされようがないがそれでも反射的に警戒してしまう。
「……誰ですぅ?」……え?「お前……」目の前の光景が信じれなかった。“居る筈が無いんだ”こいつが此処に居る筈が無いんだ。此処は“思い出の世界”死んだ人間しか来れる筈が無いんだ。だから有り得ないんだ。「その声……」倒れてる人がこちらを向きながら言ってくる。嘘だろ?そう言ってくれ。「ジュン……ですか?」人は僕の名前を呼んだ。僕の信じたくない事は起こった。僕を知っていて、更には変わったこの口調。左右で色が違うオッドアイ。僕が知っている友達だった。「翠星石……?」「ジュン……どうして此処にいるですぅ?と言うより此処は何処ですぅ?」
「此処は……あの世みたいなもんだ。 どうしたんだ?老衰ででも死んでしまったのか?」時間とは“概念”のものだ。つまり、人によって感じる時間は違う。僕が此処に居てる間にもう何十年も経ったのかもしれない。きっとそうだ。まさか、事故にでもあって死んだなんてある筈がない。そんなの悲しすぎる。「ふむ、あなたが死んでから今現の第一世界でが一ヶ月近く経っていますね。 老衰で逝ってしまうには早い」ラプラスの魔が言った。期待を全て裏切る一言。「一ヶ月……?まだ一ヶ月……? 僕が死んでから一ヶ月後になんで死ぬんだ……?翠星石……」僕の声は震えていたと思う。悲しくて、信じたくなくて。けど、翠星石はそれより悲しい筈だ。落ち着くんだ、落ち着け。もしかしたら翠星石は気付いてすら居ないかもしれない。“死んだ事に”死んだ事にすら気付かず一瞬で死んだしまったかもしれない。その場合、説明しなきゃならないんだ。現実を。悲しい現実を。言うのすら恐ろしい現実を。
「そうですか……ジュンとこんなに早く再会できるなんて思ってなかったですぅ」……おかしいな。やけに冷静な気がする。自分が死んだ事にいやに納得してる。翠星石の性格からして錯乱すると思ったのだが。「何で……死んだんだ?」「……蒼星石を殺そうとしたら、逆に殺されてしまったですぅ」……え?「あっけないですね、人間ってのは鋏で刺されただけで死んでしまうのですね」……え?「全く、私も蒼星石もほんとに馬鹿ですぅ」……え?「どういうこと……?」全く予想外だった。事故でもあって不運にも死んでしまった。僕はそう思っていた。けど、嘘だろ?翠星石が蒼星石を殺そうとした?そして逆に蒼星石が翠星石を殺した?翠星石の目は悲しそうだった。今にも泣き出しそうで。
「なんで……そんな事に……?」「少し……長いですが説明させてもらうですぅ……」「嘘だろ?」「……違うですぅ」翠星石から話を聞いた。だけど信じれなかった。蒼星石が僕の死の影響で通り魔になった事。それを翠星石が見てしまって一緒に死のうと蒼星石を殺そうとしたら逆に殺されてしまった事。タチの悪い、いつも翠星石が雛苺に話すような作り話かと思った。けど、此処に居ると言うことはつまりそういう事だ。「嘘だ……」「……蒼星石は今頃償ってくれてるですぅ。 私達は待つしかできないですぅ」「……見に行ってみよう」「へ?」「ラプラス、早く案内しろ!」「お安い御用」ラプラスの魔が空中で腕を妙な振り方をする。振った後には光の軌跡が残る。その軌跡が輝いた瞬間ドアが出来上がった。
「早く行くぞ!」「へ?何ですぅ?」僕は翠星石の手を強引に引っ張って急いでドアの向こうへと行った。目指すは“現の第一世界”信じたくなかった僕は自分の目で確認すると決めた。「ど、どこに行くですぅ?」「僕らが生きてた世界だ」「どういう事ですぅ?」「浮遊霊の話とか聞いた事あるか?それと同じようなもんだ」「つ、つまりは……」「蒼星石の所に行くって事だ!」そう言った瞬間景色が変わった。生きてた頃見ていた空。その真ん中に僕らは漂っていた。そして降りていく。「信じられない光景ですぅ……」「何せ幽霊だからな、これぐらい許されるさ」「で、どこに行くですぅ……?」「え、えっと……」そういえば何処に行けばいいだろう?翠星石が殺されたという公園でも行ってみるのがいいか?けどもしかしたら自首してるかもしれないな……。……まぁ先に行ってみるか。
「ひとまずはお前が死んだという公園にでも行ってみよう」「わかったですぅ、私の死体とかがあるだけですよ?」「もしかしたらまだ蒼星石が居るかもしれないし一応だ」翠星石を殺してしまったショックからすぐ立ち直れるとは思えない。恐らく、ショックで固まってるのでは無いだろうか?まぁそれも見てみればわかるか。僕らは空からゆっくりゆっくりと地面へと降りていった。地面の感触は感じられない。だって死んでるから。「……信じれないですぅ、死んでるなんて」「……僕もだ」僕達は公園の方へと歩いていった。僕はしつこくこう思っていた。“いつもの翠星石のじょうだんじゃないかって”タチの悪い冗談。それが今の僕の望む結果だった。「……騒がしいですね」「だな、何かあったのだろうか?」やけに周りが騒がしい。何かに怯えるように、何かに向かうように。よく見るとパトカーが走っていくのも見える。三台も走って行っていた。「……なんか嫌な予感がするですぅ」
……確かに。状況から考える蒼星石は自首する前に通報されたのだろうか?そしてそれを聞きつけた警察が公園に行っている。それが妥当な線だろう。「見えてきたですぅ」僕達は人ごみを通り抜けていく。生きていた時の癖でどうも人を避けながら行ってしまうので中心に行くのに少々時間がかかった。中心に行って見えたものは警察に囲まれた血まみれの翠星石と蒼星石。……信じたくなかった。嘘であって欲しかった。けど……現実なんだな……畜生……。しかし、蒼星石は何をしているのだろう?死んだ翠星石を抱きしめている。しかし、何か様子がおかしい。何か……“決心した”ように見えて……。「翠星石……僕は自分の地獄で償いの“哀歌“を歌い続ける」蒼星石が大衆に囲まれて初めて喋った。警察もそんな蒼星石に近付いて捕まえようとする。……一体何を言っているんだ?「翠星石……僕は自分の地獄で償いの“哀歌”を歌い続ける。 “哀歌”を歌い終えたら……君の地獄へと行くよ。 ちょうど僕で十三人目……。まるでキリストの処刑だな」十三というのは蒼星石が殺した人の数だろうか?地獄で歌い続ける……僕の遺言の引用だろうか?僕で十三人目?人の数は犠牲者の数だろう?まさか、まさか……。
「さよならこの世よ……!僕は地獄で償いの哀歌を歌う!」警察が蒼星石に向かうが遅かった。その前に蒼星石が血まみれの鋏を思いっきり胸に突き立てた。野次馬の悲鳴が聞こえる。そりゃそうだ、いきなり目の前で死ぬ光景を見せ付けられれば誰でもショックを受ける。が、一番ショックを受けた人が隣に居た。翠星石。「そ、蒼星石……ばか……ばか……馬鹿野郎ですぅ……! いや……いや……いや……」涙が溢れていた。いつも強気の翠星石に似合わない涙は流れていた。僕も、泣きそうだった。けど、目の前の光景の驚きで泣くどころじゃなかった。「……まさか」「死は平等、貴方達と違う事が起きる訳はない」いつの間にかラプラスの魔が後ろに居た。という事は、蒼星石もやはり……。蒼星石の体から光が出る。周りの野次馬や警察には見えていないであろう光。死者の僕達にだけ見える。「……蒼星石」光が消えた後には蒼星石が立っていた。反応からして戸惑っているようだ。
蒼星石は自分の体を見回す。暫く見つめた後、僕らの事を見る。「死んだ君達が見えて、僕も死んでるようだ。 つまりは……僕達は幽霊なのかな?」「……そういうことだ蒼星石。……久しぶり」「葬式以来だね」そう言うと蒼星石は泣いている翠星石の側へと行った。そして屈み泣く翠星石に視線を合わせる。「……ごめんね」「ほんとに……ほんとに馬鹿野郎です……おめぇは……。 あれが……おめぇなりの償いですか?「いや、まだ終わってない」翠星石は予想外だったのかきょとんとしている。正直僕も翠星石と同じ事を考えていたのだと思う。殺した“罪”に対する罰、償いとして自殺した。そうじゃなければ……何なんだ?「僕は死ぬだけでは許されないような人間だ。 死んでからも……“罪”に苦しみ、重みを知り “哀しみ”……償わなければならない」
……“死”だけでは許されないか。蒼星石らしい考えだ。「僕は君に会う資格すらない。そんな人間なんだ」「……」「だから翠星石、さっき言った事をもう一度言うよ」一息置く。そして蒼星石は言った。「翠星石……僕は自分の地獄で償いの“哀歌”を歌い続ける。 “哀歌”を歌い終えたら……君の地獄へと行くよ」蒼星石の顔は悲しそうに見えた。自分で決めたことだけど、暫くは姉に会えないんだ。辛いのだろう。「ばか……」翠星石が一言。そして次の瞬間、翠星石は蒼星石を思いっきり殴った。蒼星石は後ろへと吹っ飛ぶ。「馬鹿野郎ですぅ!勝手に歌ってろですぅ!」翠星石は泣きながら叫んだ。悲しそうに、寂しそうに。蒼星石の方を見る。蒼星石も同じだった。悲しそうで寂しそうだった。
「……そうさしてもらうよ」それだけ言うと蒼星石は僕達の前を通り過ぎていった。翠星石は蒼星石と目を合わせようとしない。そんな中で翠星石が呟いた。「いつまでも……待ってやるですぅ……」それを聞いて蒼星石は振り向いた。翠星石は振り向かない。「別に……寂しくなんかないですぅ……。 けど……なるべく早く戻ってくるですぅ……」蒼星石は黙って翠星石の後ろへと歩いていった。そして、ゆっくりと後ろから翠星石に抱きついた。力を込めて抱きついた。「……ごめんね、本当にごめんね」泣いていた、滅多に泣かない蒼星石が泣いていた。「何回も言わないでさっさと行きやがれですぅ……。 別に翠星石は……寂しくなんかないですから……」「……うん」蒼星石は抱いていた腕を離す。そしてラプラスの魔の方へと向かった。
「君は……ジュン君や翠星石と一緒に居る所からしてあの世の使いとかそんな感じのものかな?」「当たらずとも遠からず、察しのいい方だ」「そうか、ならお願いがある。償うにいい場所へ連れて行って下さい」「ふむ、いいでしょう。ちなみにそこからはいつでもあなたの恋人の所へ帰れます」「帰らない、例え帰れても帰らない」「わかりました、案内しましょう」ラプラスの魔がそう言うと蒼星石の体が浮き上がる。それより上空にラプラスの魔は移動し先導した。「また……会おうね」蒼星石はそう言った後、涙を拭いた。「ジュン君、側に居てあげてね」蒼星石はそう言うと空を向いた。翠星石との長い別れ。振り向かず、ゆっくりと昇って行って……やがて見えなくなった。「……」「ほんと、蒼星石は馬鹿ですぅ……」「……ああ」「ほんとにほんとに馬鹿野郎ですぅ……」「……ああ」「寂しくなんか……悲しくなんか……うう……うう……」翠星石の声はもう出なくなった。声が枯れたのだろう、そして泣いてばかりいた。ずっとずっと泣いていた。悲しくて寂しいのだろう。
「また会えるよ」「……」「僕らは……待っていよう」「ですぅ」そう言った後も翠星石は泣き続けていた。僕らが見えない野次馬に囲まれながらずっとずっと。ただ泣いていた。けど、涙は中々止まらなかった。
――十年ほど後「はぁ……早く誰か来ないですかね」「いつもそれを言っているな」此処には僕ら二人しか居ない。ラプラスの魔も居るが。“思い出”を覗いたりしてるものの暇を持て余すのはいつもの事だった。“現の第一世界”にずっと居たいがそうもいかないらしい。僕らは死んでると確信している。そう確信しているので、どうやら長くは居られないらしい。もしかすると“無”となる事もあるというので僕らは行かないようにしている。それに、“伝わらない、伝えられない”そんな状況で水銀燈に会うのは嫌だからだ。いつか会った時、思いを伝えたいのだ。「誰か来ないですかね」「まだまだ来る訳ないよ」「それもそうですぅ」僕らは死ぬのが早すぎた。だから誰かが来る筈はない。「で、お前は何の用だ?」「お知らせがありまして」
こいつからの知らせなんてロクなもんじゃないだろう。……まさか、誰か死んだのか?「多分、あなたが予想している事は当たっているでしょう」「まさか……この歳で死ぬような奴なんて居ないぞ……!」「ええ、貴方達の友達は健康だ。故にこの歳で死ぬ人なんて居ない」「じゃあ誰だ?」「“貴方の友達”に居るでしょう?」貴方達ではなく貴方の友達。つまり僕単体での知り合いの事だろう。しかし、死にかけの奴なんて……。「もしかして」「中々持っていたですね」柿崎メグ。あいつなら何時死んでもおかしくはない。「すぐ案内してくれ」「わかりました」「翠星石も行くですぅ」「いや、翠星石は知らない人だしいいよ。待っていてくれ」「そう言うなら……待っといてやるですぅ」「ありがとう、じゃあ行ってくる」
僕は急いで“現の第一世界”へと向かった。メグに久しぶりに会える。ずっと死にたがっていた彼女。僕は会いたい。「……居た!」メグは昇ってきていた。僕は急いで近付く。「……君は」「メグ、久しぶり」メグは全く変わっていなかった。身長も伸びず、痩せたままだった。髪は更にびている気がする。「幽霊ってやつだな」「みたいだね、私もなっちゃった」「もう……体の限界が来たのか?」「ううん、自分で死んだ」……という事は自殺?「人に甘えず自分で死ぬ事にしたの」「……そうか」
死んでしまってはもう何を言おうと無駄だ。……もう深く聞かないようにしよう。「じゃあ行こうか」「……うん」どうもメグは気乗りしていないようだた。何でだろうか?言いづらいが望みどおり死ねたのに。「……あれなに?」メグが指差して聞く。そこでは光が灯っては消えていく。第0世界、完全な“無”へと還る所。「第0世界って言うんだ、あそこに行くと“消える”」「そうなの」メグはいつものようににやけていた。けど、僕がそう言った瞬間いつもより嬉しそうににやけているように見えた。……何故だ?「私ね、ずっと疲れてたんだ」メグはいきなり呟きだす。それが……どうした?
「もうね、充分なんだ。私は幸せ」「幸せか、そりゃよかったじゃないか」「うん、だからもういいの。幸せにまでなってほんと贅沢。 ほんとに恵まれていると思う。だからもういいの」何を……言っている?「これ言うのニ回……三回目だったかな?“ありがとう”」そう言うとメグは僕に軽く口付けをした。戸惑っているとメグは第0世界へと向かっていった。……え?「メグ!戻って!」メグは第0世界の所で止まりこちらを振り向いた。メグは微笑んでいた。いつものように。“幸せ”そうに。僕はいけない、下手すると消えるからだ。「メグ!早く……」そこまで言って言葉が止まってしまう。メグの体が消えてきたからだ。このままじゃ全て消え去る。
「お願いだ!早く!」メグは向かってこようしなかった。消えてきているのに微笑んだままだ。……メグはもうほとんど見えなくなった。僕はひたすら叫んでたけどメグは戻らなくて、消えた。メグの居た場所には何も無い。“無”「嘘だろ……」僕は目の前の惨状にそれしか言えなかった。「これが彼女の望んだこと」後ろからラプラスの魔が喋ってきた。「……何かしたのか?」「一切干渉しておりません」「……そうか」「ですが、私のわかる事が一つあります」「……」「彼女は“幸せ”でした。最後の最後まで。可哀想などではない」「……」「ただ貴方達と“幸せ”の形が違った、ただそれだけの事です」「……」
メグ……幸せだったのか。君の望んだ事か……?……なら文句はつけれないな。他人の“幸せ”に文句なんかつけられないもんな。けどさ、なんかさ……寂しいよ。ほんとに……寂しいな。……畜生。こんなのおかしいよ……。
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