第九十三話 JUMとソリ
「一つ屋根の下 第九十三話 JUMとソリ」
さてさて、スキー旅行も早くも二日目。そして冬休みも二日目。要するに、12月24日だ。時間もすでにお昼過ぎ。昼食を食べた僕達はそれぞれゲレンデで時間を過ごしていた。めぐ先輩によると、今日の夜はクリスマスパーティーやるから早めに切り上げるそうだ。そんな僕が今ドコにいるかと言えば、昨日もいた初心者練習場である。最も……「ひゃあー!はや……ちょっと早すぎる…ですぅ……」面子は昨日とは全く違うわけだけどね。「こんな緩い坂でも結構スピードが出るのですね。結構楽しいですわ。」僕の隣でキラ姉ちゃんがソリを持ってニコニコしている。そして、ソリを雪の上に固定するとそれに座り込み、シャーっと颯爽と滑っていく。「銀ちゃん……今頃ビシビシかな……真紅…厳しいから……」「まぁ、いいんじゃないかな。水銀燈から練習に付き合って欲しいって言ってたし。」薔薇姉ちゃんと蒼姉ちゃんがソリを持って登ってくる。そう、今ここにいるのは翠姉ちゃんに蒼姉ちゃん。そしてキラ姉ちゃんに薔薇姉ちゃんと、昨日とまるで正反対のメンバーなのであった。午前中、一番距離が短いリフトに乗って、ようやく普通のゲレンデデビューをした銀姉ちゃん。昨日からの練習の甲斐があってか、初級コースくらいなら難なく滑れるようになっていた。しかし、銀姉ちゃんの目標はあくまで、全員で山頂から滑る事。僕らは明日の夜に帰るので、残された時間は少ない。その時間を無駄にしなように、赤鬼教官の真紅姉ちゃんと練習してるようだ。でだ。滑れる面々も、折角だし他の事で遊びたい!って事でソリと。まぁ、そういう訳だ。
「ボードも面白いですけど、最近のソリもなかなか面白いですねぇ。」「うん、スピードも結構あるし。何より、ボードより遥かに視点が低いから意外にスリルもあるよね。」ソリは昨日、カナ姉ちゃんとヒナ姉ちゃんが使ってた奴だ。ちなみに、二人と柏葉も銀姉ちゃん達と一緒に練習中である。まぁ、あれであの二人はソコソコ滑れるんだけどね。「JUM……滑らないの?」「ん?ああ。じゃあ僕も滑らせて貰おうかな。」僕がそう言うと薔薇姉ちゃんが持っていたソリを置いてくれる。僕はそれに座る。そして出発……と思った所で背中に違和感。背中にモサモサしたウェアの感触。そして嗅ぎ慣れたシャンプーの香りがする髪。「え!?薔薇姉ちゃん!?」「れっつらごー……」シュパッと頬を風が切る。「ちょ、ちょっと薔薇しー!!抜け駆けなんてズルイですよぉ~~!!」上から翠姉ちゃんと思われる声が聞こえる。しかし、風の音が耳に突き刺さるせいで断定はできない。「は……はやっ……」「体重二人分だから……」ボソッと背中から声がする。成る程、一人で乗ったときより体重が増えてるから速度も増えてるわけね。って、そんな冷静に分析してる場合じゃない。予想もしてない速さで僕は混乱気味だ。「……か~ぶ……」「へ?うおあっ!?」薔薇姉ちゃんが重心を左に傾ける。僕の体も一緒に傾けるせいで、ソリは左に曲がっていく。転ぶ!転ぶって!!あと少し体重が左に乗れば、そのままひっくり返りそうです。いや寧ろ、ひっくり返りそうと言うより……「うわああああああああああああ!!!」「きゃー……」ゴロゴロゴロゴロと視界が目まぐるしく回転する。雪の白と空の青が交互に視界に入る。ああ……やっぱり転んだか。
「~~~~かい!?~~君!!~~すいしょ~!!」坂の上から僕を呼ぶ声がする。多分蒼姉ちゃんだろう。正直なところ、大丈夫とは言い切れそうにない。「っつつぅ……薔薇姉ちゃん?」未だに頭の中がグルグル回ってる気がするが、とりあえず気合で意識を維持。付近を見回す。僕らが乗っていたと思われるソリは近くでひっくり返っていた。そして、その近くで……「JUM……埋もれちゃった……」薔薇姉ちゃんが新雪の中に埋もれて、雪の中に体を沈めていた。手足は出てるけど、体が完全に埋まってるようで手足をバタつかせてる。正直、自業自得だと思う。「あ~あ~……出れそう?」「ん~…んっ!ふっ!!……無理そう……」薔薇姉ちゃんはジタバタするが、もがくほど雪に埋もれてる気がする。やれやれ、仕方ない。「JUM……手を貸して……」「はいはい。言われなくてもそうするよ。」僕は薔薇姉ちゃんに近づき、スッと手を差し伸べる。後は、手を持ち上げれば万事OK。しかし、薔薇姉ちゃんは僕の手を握るとニヤリと笑い、思い切り僕を引き込んだ。「へへぇ……道連れ~……」「うわあああっ!??」思いも寄らない出来事に完全に不意をつかれる。薔薇姉ちゃんに引き込まれた僕は、薔薇姉ちゃんに馬乗りのように覆いかぶさった。「キィイイイイイイ!!!こ、こんな公衆の面前で何やってやがるですかぁ!!離れやがれですぅ!!」坂の上から翠姉ちゃんの怒号が響く。いや、完全に不可抗力なんですけど。しかし、薔薇姉ちゃんはさらに企み顔で言い放った。
「JUMったら大胆……動けない私に……でも、JUMなら……雪の上もロマンチック……」普通に雪の上だと寒いんでは。そんなどうでもいいツッコミは置いておこう。「ばっ、なっ、薔薇姉ちゃんが僕を引っ張り込んだんじゃないか。」「うん……でも、転んだのは偶々だよ……だから、先にクリスマスプレゼント……折角神様がくれた機会…」薔薇姉ちゃんはそう言うと、少しだけ頭を持ち上げる。ヒンヤリと冷たい感覚が僕の唇に当たる。「ちょ、薔薇ねえちゃ……」「JUM……好き……」薔薇姉ちゃんはそう言うと、僕の抗議をまるで受け付けるつもりはないようで、僕の頭の後ろに腕を回し、そのまま僕の顔を自分の顔に押し付けた。雪のせいか、冷たい。「何をしているの?貴方達。」ビクッと僕の背中が震える。何で貴方様の声が聞こえるんでしょうか?僕がギクシャクと顔を上げると、真紅姉ちゃん。そして銀姉ちゃん達もいた。「あれ?もしかしてお邪魔だったかな?でも、愛を育む時は他の人に迷惑かからないようにね。」めぐ先輩が何だかとんでもない事を言う。「ち、ちがっ!!ソリで滑ってたら転んで、薔薇姉ちゃんが雪に埋もれて。それを助けようと……」「助けようとしたら、ムラムラしちゃって動けない薔薇しーちゃんに襲い掛かったって事だよね?」「違うって!!そしてら薔薇姉ちゃんが僕の手を……」必死に弁解を計る僕。しかし、そんな僕を地の果てに落としたのは薔薇姉ちゃんだった。「JUM……雪の中なのに、熱かったよ……」瞬間、僕は死を覚悟した。ほら、ある程度の覚悟があるとダメージが減るって言うじゃない。でも僕は思う。オーバーダメージなら意味ないよね……と。
「もうこんな時間だったんだ……知らなかった。」「知ってたら……何だと言うのかしら?」僕は赤くなった頬を擦りながら部屋へと戻っていた。隣にはプリプリして真紅姉ちゃん。「別に。どうだった?銀姉ちゃんは。」「そうね。まぁ、明日の帰るまでには何とかなると思うわよ。明日は、全員で山頂行きたいわね。」山頂か。今日の午前に多少は滑ったけど、山頂までは僕もまだ行ってないな。最悪、ゆっくり滑れば麓まで戻れるだろ。そんな事を思いながら部屋のドアを開ける。「あ、お帰りなさい二人とも。もうすぐ準備できるよ。」部屋の中は、どこから持ってきたのかクリスマスツリーが飾ってある。チカチカと電球がついたり消えたり。雪に見立てた綿も飾られている。「そうみたいだね。蒼姉ちゃんも三角帽子なんて被っちゃって。」「あはは、こういうのは雰囲気も大事だからね。」パーティー用の三角帽子を被って笑う蒼姉ちゃん。冒頭で言ったが、今日はクリスマスイブだ。折角部屋も広いんだし、部屋でパーティーやろうか~とめぐ先輩が手配してくれていたようだ。テーブルには七面鳥やケーキなど定番の食べ物。そして、シャンパン等も置かれている。「あ、お帰りJUM君と真紅ちゃん。後は二人だけだったんだよ。それじゃあ、はじめよっか。」めぐ先輩がそう言いながら僕と真紅姉ちゃんにクラッカーと三角帽子を渡す。僕は、とりあえず帽子を頭に乗っける。そしてクラッカーを用意。「よしよし。えー、大変お待たせしました。それでは、クリスマスパーティーをはじめちゃいま~す!!」めぐ先輩が宣言する。同時に、その開幕を祝うようにクラッカーの破裂音が鳴り響く。雪に囲まれた薄暗い部屋。その部屋を微かに照らす豆電球。そんな中で、聖夜を僕は迎えた。END
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