第十三話 「絶望」
第十三話 「絶望」「しっかり!しっかり!」目が霞む、前が見えない。そんな中で微かに声が聞こえる。聞き覚えの無い声、恐らくお医者さんかな?ついさっきのこと――僕は倒れた昨日は雨が強い日だった。僕は学校帰り傘が無くて思いっきり打たれたんだっけ。そして当然の如く風邪を引いた。熱がひどく出てずっと寝込んでいた。熱が39度近く出ていただろうと思う。体温計が示す高い温度を見てお母さんはすぐに解熱剤を飲ました。そして氷嚢を頭に当てていた。数時間もすると熱は落ち着いて37度まで下がった。それでも体がだるくてだるくてまた眠りについた。だが、起きてもそのだるさは消えることが無く体が更に熱いように感じた。体温計で計ってみると体温は四十度、悪化していた。すぐに解熱剤を飲んだのがいけなかったのか?これは病院に連れて行かないとお母さんは思って僕の手を引いて近くにある病院まで連れて行こうとした。そして信号で待っていた時――いきなり僕が倒れた。
病院まで行く体力すら削られていたようだった。すぐにお母さんは近くの公衆電話へと駆け込んで救急車を呼んだ。少しすると救急車の中から白衣をきたお医者さん達が出てきたが僕は視界が揺らいできてそこからは周りの景色すら把握できなかった。その内聞こえてきた声も小さく小さくなり段々と聞こえなくなっていった。まさに死の境地というやつなのかな?体がだるいが意識がはっきりしてきた。僕は寝ていたのだろうか?自然と目が覚めたらしい。って事は病院かなここは?そう思って目を開けると其処には病院でも何でもない紫色の光景が広がっているのを目にする。なんだ?ここ?「おやおやお目覚めですか」後ろから声がする。思わずビクッとしながら後ろを振り向く。……なんだ?こいつ?幻覚なのだろうか?
タキシード姿に杖を持っていてかなり変わった格好をしている。変な人だ、と思って顔を見るとその思いは消えうせる。顔は白兎、これ……人?「不審に思わないでくださいよ、私はあなたなのですから」……は?「私はあなた、あなたは私、何故なら私は“思いそのものなのですから”」「……というと神様とでも?」「そう思っていただいて構いません、悪魔でも何でも。 人は私の事を全や一、自然や神、悪魔や天使などと色んな風に思考しているのですから」「……名前は?」「はて?“名などありません、お好きに呼んで頂いて結構です”」……とりあえず変な人、いや兎だという事がわかる。自分から“名乗らない”ような所がそうだ。別に名なんて知りたくはないのだが。しかし……此処は何処なんだ?折角だ、自称神様やら何やらに聞こう。「じゃあ……此処は何処なんだ?」「あの世とこの世の境界線という所ですかね」「……へ?」「あなたは今死に掛けていますからね。 此処は“第0世界にも至らない魂の漂流場”」「……天国?」「の近くとでも言っておきましょうか」
と言うと僕は……死ぬかもしれないのか?「死にたく……ない……」「じゃあそう思う事です、医者は手助けをするだけであって 肝心なのはあなたが助かりたいか死にたいかという事です」「死にたくない、死にたくない……」「思い続ければ助かるかもしれません、ですが思わなければ助かりません」「……何なんだ?お前……」「何とでも思って頂いて構いません」「……」考えてもわからないから尋ねたのだけどな。けど……あいつの言うとおりなら思い続けるしかない。死にたくない、死にたくない、死にたくない。「おや?意外と早かったですね」「何が?」「自分の体を御覧なさい」見てると体の色が薄くなってる気がする。半透明状態だ。まさか……幽霊にでもなったとでも。「いやだ……死にたくない!」「死んでませんよ」
「え……」「この混沌の世界からあなたの存在が薄れている。 つまり現の第一世界でのあなたの存在が確立されてきたという事。 もうそろそろ目が覚めるんじゃないでしょうか?」「って事は……死なないの?」「ええ」「よかった……」ほっとして息をつく。ほんとに死ななくて良かった……」体を見てみると益々薄くなっている。「そろそろお別れのようですね。 次に会う時はあなたが寿命を迎えるか病気か何かで 今のように死に掛けている時でしょう」「そう……って事はお前はやっぱ……」其処で声が途切れる。声が出なくなった。驚いてるのもつかの間で僕は眠くなって目が瞑れて……。
「そして目が覚めたら病院だった訳ですよ」「ふーん、って事は夢だったのぉ?」「でしょうね、ですがめったにないですが 珍しく夢の内容を覚えていましてね。 今もあの不思議な兎の事を忘れないようにこうやって兎グッズばっか身近に置いています。 あんな経験を忘れるのは勿体無いですからね」「へぇ……それでその……兎はもう夢に出なかったのですか?」「ええ、もう丸っきり会えないですね。 彼の言うとおりもう会えるのは死に近付いた時だけでしょう」不思議な夢だな。死の間際に現れるなんて、丸っきり天使そのものだ。最も、顔が兎でタキシード姿だというのだから天使みたいに愛らしくないが。「じゃあまだまだ会うことはなさそうねぇ」「ええ、彼は何なのか知りたいのですがね……」まぁ確かにそんなものが何かは気になってしまう。僕も会ってみたいもんだ、と言っても数十年後ぐらいでいいが。「それじゃあ水銀燈、そろそろ何処か別のところに行こう」「そうねぇ、ご馳走様でしたぁ」「ええ、ではお気をつけて」
水銀燈の手を握り立ち上がる。サービスの紅茶だけなので料金はないのでそのまま店を出る。うおっまぶし。日光がまぶしく思わず手をかざす。水銀燈は見てみると鞄の中から帽子を取り出して被っている。賢い奴だな。「それじゃあどこいくぅ?」「じゃあ買い物でも行くか」幸せなひと時。水銀燈とのデートはほんと……幸せだ。「ただいま」「おかえりージュン君」のりが廊下に出てくる。晩御飯を作っていたのかエプロンをしている。そして味見したのかソースが口についている。「ご飯食べるー?」「ああ、それとソース口についてるよ」家族とのこんなやり取りもほんと幸せなひと時。
デートで色々な店を回ったのでやけに眠たい。かなり疲れてしまった……が、それが嫌ではなくむしろ幸せだ。パジャマの袖を通し電灯の紐を引っ張る。眼鏡を外し暗い視界の中机へとそれを置く。引っ張ってから数秒すると電気が消える。反応が遅いなぁ。ベッドに入ると更に眠気が増す。そして眠気に飲まれ飲まれて……。「ゲホッゲホッ……ゲホッ!」眠りそうな所で咳き込んでしまう。思わず吐いてしまうんじゃないかと思える程。最近は咳がひどい。風邪を引いてるようには思えないんだけどな……。今度病院でも行くか。再び目を瞑り体を布団へと沈める。静かな静かな夜、やがて寝息が聞こえてきて――。
「ふぁーあ……」寝起きのあくびをしてしまう。いつもならノリが僕の事を起こしにくるのに自分で起きるなんて久々だ。体を起こし目を擦る。眼鏡を外していて視界が確保できないので眼鏡をかける。うし、これでよく見える……って、此処何処?周りは紫色の空気が漂っていて何も無い。自分は空中に浮いてるようだ、夢か?「ええ、夢です」何処からか声がして回りを見回す。が、誰もいないようだ。それでもきょろきょろ頭を回してると空間に蝶が漂うのが見える。と言ってもただの蝶ではなくて光輝いた蝶。その蝶が空中で停止する、そして下降したかと思うと蝶の通った筋に光の軌跡が残る。そしてその軌跡の線がどんどん広がり……やがて光は人一人が通れそうな大きさまでに広がる。一体何なんだあれは?大きさからして人が通るようなもの。だが、それは違ったようだ。人の大きさのものが中から出てくる。ああ、やっぱ人の通り道かと思うとそれは人じゃなくタキシード姿の兎……だった。
「こんばんわ」丁寧な口調で喋りかけてくる。何なんだこいつは?思考を駆け巡らせるが覚えは……あった。見た事は無いが聞いた事はある。ちょうど今日、白崎さんの話に出た死の間際に現れる白兎。「あ……あ……お前……」「おや、私を知っているのですか?あなたに会った事はないのですが」「僕が……死にかけてるとでもいうのか……?白兎!」思わず怒鳴る。当然だ、僕の体は健康そのもの。最近風邪っぽいが死ぬ要因など見当たらない。「はてはて、何故そんな事を知ってるのでしょう? 恐らくは誰かたまたま私を覚えてる人のお話でも聞いたのですかな? まぁそんな事はどうでもいいでしょう」「よくない……!何しにきた……!?」「何も、あなたが私が見えるような状態になったというだけです」「僕は死んでなんかないぞ!悪い冗談だ!」「ええ、今あなたは現で眠りについてるだけ……。 ですが、もう決まってるのですよ」「……何が?」「あなたの……終焉の時が」そこで急に意識が途切れた。
「はぁ……はぁ……ゲホッ!」僕は布団から起き上がり思いっきり咳こむ。中々止まらなくしつこく何度も咳をしてようやく収った。調子悪いな……。汗までかいてる。汗だらけになったシャツを触る。着替えようか?いいや面倒くさい。再びベッドへと入る。濡れてて少し気持ち悪い。何か……嫌な夢でも見たのかな……?昔の夢にしてはひどいし……なんか嫌な感じだ。調子も悪いし明日病院に行こう、水銀燈に一緒に来てもらうように言うか。――幸せの崩壊の音が響き始める――
「医者から病院紹介されるなんてぇ……大丈夫なのぉ?」「大丈夫だろう、そんな事よくあるさ」僕と水銀燈は近所の病院から出て話していた。どうも医者がもたもたすると思っていらついていると封筒を渡されて違う病院を紹介された。全く面倒くさい。「タクシーで行こう、値は張るけどしんどいし」どうも色々な検査をされたせいか体がしんどい。歩いていくのは辛そうだ。「いいわぁ、あのタクシーに乗りましょう」水銀燈が手を上げてタクシーを止める。後部のドアが開き僕らはタクシーの中へと入る。普通の車とは違う独特な匂い、滅多にかがないこの匂いは何処と無く好きだ。「有栖川病院までお願いします」そう言うとタクシーは走り出した。病院は意外にもかなり大きかった。思わず広い病院を二人揃って迷うが暫くしてようやく場所がわかり今は順番待ちしている。
「広い病院ねぇ」「ああ、あのヤブ医者、わからないからってこんな所に送りつけて」これでただの風邪だったらあの医者は一発ぐらい殴っといたほうがいいかもしれない。けど……ただの風邪じゃなかったら……?「呼ばれたわぁ」水銀燈に言われて気付くと僕の番だった。僕は受付から少し距離のある診療室まで歩いていく。ただ子供とかが居なく歳をとった老人など、若くても中年ぐらいしか入り浸っていない。何でこんだけ平均年齢高いんだ?「桜田さんどうぞ」医者の声がして中へと入る。水銀燈も僕の後に続いて入っていく。「ええ……桜田さんとあなたは?」「恋人よぉ」「お、おい……」確かに恋人だがこうやって人にいうのはいつでも恥ずかしい。
「……そうですか、失礼ですが桜田さんの病状についてご存知なのですか?」「僕らは病院で此処の事を紹介されて来ただけで全く知りません」「成る程、ではちょっと水銀燈さん席を外してもらえないでしょうか? 検査などがあるので席を外してもらえないでしょうか?」「わかったわぁ、またあとでねぇ」「ああ」診療室から出て行く水銀燈に手を振り医者の方へと振り向く。医者は受付で渡した封筒を持っていてその中に色々な書類を直す。その中にレントゲン写真があった。あの病院で撮ったものだがそれを見て医者が首を傾げていた。レントゲンを見てわからないのだったら撮る意味ないのに。「レントゲンについても全く説明は?」「ありません」「……では病状について説明さしてもらいます」「え?検査は?」「……いりません。レントゲンで結果が出ていたようなので。 ですがその病院の専門外の事なのでこっちで説明するよう要請された訳ですね」専門外?普通の病院の専門外って?内科とかのレベルじゃないのか?心臓がどくんと跳ねる。聞いてはいけない、聞いてはいけない、聞いてはいけない。自分の頭のどこかがそう指示する。だが、僕は聞かないといけないんだ。
「……覚悟をお持ちですか?」覚悟ってなんだ?風邪の結果を聞くのに覚悟はいらないだろう?「ええ」口からは思いとは別の言葉が出る。その言葉を聞いた医者が一息おいて喋りだした。「率直に言います、末期の肺がんです。 余命は恐らくあとよくて三ヶ月……という所だと思います」何もいえなかった。頭が真っ白になった。――幸せがあっけなく簡単に壊れた――
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