第八十六話 JUMとバス
「一つ屋根の下 第八十六話 JUMとバス」
「ちょっとぉ、誰よスペードの4止めてるのぉ~。」「さぁ、誰だろうね。水銀燈が私にキスしてくれたら出してあげてもいいかもよ?」席の近くからワイワイ声が聞こえる。ここはめぐ先輩の家のバスの中。そして、バスはスキー場へ向かって夜間運行中だ。元気な事に、すでに12時近いというのに姉ちゃん達やめぐ先輩、柏葉はトランプを興じていた。若干眠い僕は早く寝たいけど、騒がしくて寝れない。それに、この面子の前で一番初めに寝るのはいささか危険な行為な気がした。「JUM君は一緒に遊ばないのかな?」僕が窓から外を見てると、ギシッと横の席から音がすると共に、蒼姉ちゃんの声がした。スキー場ってのは山の中に多いせいか、今僕が見てる景色は、街のように明かりはあまり点いていない。「ん?僕はちょっと眠いしね。遊んでてもいつの間にか寝ちゃってそうだし。蒼姉ちゃんこそ。」「あはは、僕は早く負けちゃったからね。端の数字ばっかりで真ん中の数字がなかったんだよ。」なるほど、7並べでそれは後半に入れれば強いだろうケド、序盤は間違いなく弱い。下手したら、あっと言う間にパスを積み重ねて終了だろう。「ははっ、そうなんだ。そういえば、蒼姉ちゃんって冬になると翠姉ちゃんとかとスキー行ってるみたいだけど、やっぱり滑るの上手だったりする?」「どうかなぁ。スキーは最近はあまりしないかな。僕と翠星石はボードばかりだからね。あ、でも多少は教えてあげれるよ。でも、JUM君も小さい頃は一緒に滑ってなかったっけ?」小さい頃。つまり、父さんがまだ家に居た頃はよくスキーに行っていた覚えはある。でも、父さんが海外での仕事が多くなると、僕はわざわざスキー場には行かなかった。
「うん、よく家族で行ってたね。でも、父さんが海外行ってからは全然だからね。」「それなら大丈夫だよ。勘を取り戻せばきっとすぐだからさ。一緒に滑ろうよ、JUM君。」蒼姉ちゃんがニッコリ笑う。果たして、蒼姉ちゃんに着いて行けるかは怪しいんだけどね。「あー、面白かった。水銀燈で遊ぶのはこれだからやめられないなぁ。」僕が蒼姉ちゃんと話していると、めぐ先輩が満足そうに毛布を持ってやって来た。「あれ、めぐ先輩も負けたんですか?」「うん、水銀燈のカード止めてたら負けちゃった♪でも、いいんだ。水銀燈が可愛かったから♪あ、JUM君と蒼ちゃん、これ寝るときの毛布ね。バスの中は暖房入れてるけど寒いだろうから。」めぐ先輩はそう言って、僕と蒼姉ちゃんに毛布を渡してくれる。確かに、これいあから行くところはスキー場だ。気温だって相当に低いだろう。着いてからも暖房入れっぱなしって訳にもいかないだろうし、毛布がなかったら凍えてしまいそうだ。「有難う、めぐ先輩。そういえば、何時ごろ着くんですか?」「そうだね、朝の5時頃にしか着かないかな。で、8時くらいまではバスの中で寝てて貰う予定だよ。」着くまでにもまだ5時間以上ある。案外早く着くなら、ホテルで寝させてもらおうと思っていたが、どうやらそうもいかないようだ。そう思うと、何だか急に眠気が襲ってくる。「くぁ……ふぁ…そういう事なら僕は一足先に寝させてもらおうかな。」「あら?寝ちゃっていいのかなぁ~?JUM君の額に肉って書いちゃおうかなぁ~?」めぐ先輩が悪戯っ子のようにニヤニヤしてる。せめて、書くなら水性ペンにして下さいね。「ふふっ、嘘嘘。ゆっくり寝てていいよ。ちゃんと起こしてあげるから。それじゃあね!」めぐ先輩はそう言って、再び遊びに行く。「じゃあ、僕もさっきから翠星石が呼んでるし行くね。おやすみ、JUM君。」「うん、おやすみ蒼姉ちゃん。」僕はそれだけ言うと、眼鏡を外して傍らに置く。そして、目を瞑るとそのまま意識を落とした。
「……M……なさい……JUM……起きなさいJUM!!」体をガクガク揺さぶられる。そういえば、誰か呼んでる気がする。そして、僕は意識を覚醒させた。「ようやく起きたのね。全く、本当に使えない下僕だこと……」バスの中は暗い。というか、バスはまだゴトゴト言いながら走っている。何だ、まだ着いてないのか?「ふぁ……何だよ真紅姉ちゃん……僕は眠い……」「べ、べつに……ただ私は貴方が、その…暗くて一人で寝れないと思って…」真紅姉ちゃんがボソボソと小さな声で言う。ああ、そういう事ですか。「えーっと?つまり、寝てはいたけど起きちゃったと?」真紅姉ちゃんがコクリと頷く。「で?起きちゃったはいいけど、暗いのが怖くて寝られないって事?」「な、なに馬鹿な事言ってるの!?私が暗闇が怖くて一人で眠れない子供だと言うの?」いや、実際そうなんじゃないんですか?まぁ、言わないけど。「じゃあ、いいじゃん。僕は一人で問題ないから。おやすみ真紅姉ちゃん。」僕は再び毛布に包まって眠ろうとする。が、その毛布を真紅姉ちゃんに剥ぎ取られる。「寒いんだけど……」いや、暖房効いてても寒いぜ。これは毛布なかったら風邪引いていたかもなぁ。「ふぅ……もういいわ。JUM、抱っこしなさい。そうしたら毛布返してあげるわ。」おっと、人質を取りました。全く、翠姉ちゃんもそうだけど、どうしてこう素直じゃないのか。一度やってみるか?「はいはい…じゃあ、真紅姉ちゃんこっち来て。べ、別に勘違いするなよな。僕は毛布が欲しいだけだからな。」「何翠星石みたいな事言ってるの?」「ははっ、何となく言ってみただけだよ。」そう、あくまで何となく。僕は真紅姉ちゃんを抱っこすると、再び毛布に身を包んだ。
「暑い……」真紅姉ちゃんと密着して、さらに毛布を被ってるせいかさっきまでより遥かに暑かった。「そう?私はそうでもないわ。」真紅姉ちゃんがサラリと言う。暗闇の中でも分かる金色の髪が綺麗だ。「これさ、別に抱っこしたまま寝るのはいいんだけどさ……朝、姉ちゃん達に見られたらマズイんじゃない?」「問題ないわ。だって、貴方は私の下僕でしょう?貴方が私を抱っこしたいと言った事にしておくわ。」相変わらず無茶苦茶なお人だ。いつの間にか僕が真紅姉ちゃんを抱っこしたいから、抱っこしてるって事にされている。まぁ、真紅姉ちゃんらしいっちゃらしいけどね。「……JUM、少し寒いわ。もっと抱きしめなさい。」「は?僕は暑いくらいなんだけど……」「口答えする気?貴方は私が抱きしめろと言ってるのだから、そうすればいいのよ。」イエス、マスター。そもそも真紅姉ちゃんに逆らっても無駄なのはこの10年でよく分かってるはずだ。僕は、言われるままに真紅姉ちゃんを強く抱きしめた。小さな細い体を包み込む。「んっ…いい子ね、JUM。聞き分けのいい子は……好きよ。」何故か『好きよ』という言葉に僕はドキドキしてしまう。暑さのせいか、顔も随分熱い。「ま、まぁ…真紅姉ちゃんに逆らっても無駄だしね。」ちょこっと強がり。僕は動揺を隠すのが下手だなって心底思う。「ふふっ……貴方は温かいわね……お陰で眠くなってきたわ……おやすみ、JUM…」真紅姉ちゃんはそう言って、少しだけ僕にキスをすると、そのまま寝息を立て始めた。「……おやすみ、真紅姉ちゃん…」僕はそれだけ言って、再び眠りに落ちた。次に目が覚めるときはきっと、白銀の世界が待っているんだろう。END
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