あなたを感じていたい
「とにかく、翠星石は僕がいない間に無茶苦茶するなよ。僕がいなくなったとたんにせいせいして、いろいろやんちゃしだすからな……」 ジュンはこれでもかというぐらいに私に釘を差す。「うるさすぎるです、チビ人間」 本当にうるさい。 そこまで言わなくても分かっているですよ。 ――そんなに……しゃべらなくも……。「また雛苺にいらないちょっかい掛けるなよ。雛苺から泣きの電話が入るのはうんざりするのだからな」「いちいちうるせえですよ!翠星石はそこまでひでえ奴じゃねえです」 ジュンのさらなる言葉に私は顔を膨らませた。「ははは、本当に翠星石は可愛い奴だな」 そんな私の反応を見て吹き出すジュン。「ジ、ジュンこそちょっかいかけてるじゃねえですか。だったらこうしてやるです」 私はそう言ってジュンの首元をくすぐる。「ち、ちょっとやめてくれよ、ははは」「もっとやってやるですぅ」 ジュンが笑いながら、私のくすぐりの手から逃れようと体をよじらせる。 それを見て笑ってしまう。 ――ジュンがそんなにしゃべらなくても……翠星石は笑っていられるですから。 いつも一緒にいるとよくやっていた光景。 でも……この後は……。 やがて、そうだと思わせるように……遠くから駅に近づいてくる列車の音が聞こえてきた。 私たち2人以外誰もいない、駅のホーム。 ジュンは今日、都会に帰る。そして忙しい日々に終われることになるのだろう。 それまでのわずかな間……せめてジュンと一緒にいたい……。 ホームに冬の寒い風が吹き込んできた。肌寒い。「じゃあ、翠星石も元気でな。体に気を付けろよ」「そんなことお前に言われなくても分かっている……」 私がそこまで言い返しかけたとき……ジュンは私の体をいきなり抱いた。 そして、私の唇にそっと口づけをした。 ――!! 私は何も言えず、ただ体を震わせる。 寒さで震える私の唇に、ジュンのぬくもりが伝わってくる。 このままずっといたいです――でも、それはできないです……。 今こそ、一緒にいるけどこの先どうなるか分からない。 ひょっとしたら……もう会えないかもです。 考えすぎとは思うですけど……でも! せめて、せめて……。 私はここで言いたい事を口にしようとした……が。 列車がホームに滑り込んできて、ドアがゆっくりと開いた。「じゃあ、帰って来れるのはいつになるか分からないけど……元気でな」 ジュンは私の体から手を離すと、そのまま列車に乗り込む。 笑顔で私に手を振りながら。「あ、あばよです!ジュンこそ野たれ死ぬんじゃねえです。じゃあな、ですぅ」 私はジュンにあかんべえをした。「ははは。そんな翠星石だったら大丈夫か。じゃあな」 ジュンがそう言ったとき――列車のドアは閉まった。そしてゆっくりと列車は動き出してホームを去っていく。 私はただ……手を振ってジュンの乗った列車を見送ることしか出来なかった。 やがて、列車は見えなくなり、ホームには私だけが取り残された。 ――行っちまったですか……。 私は何も言わず、駅を後にした。 街中はクリスマスが近いという事もあって、街路樹にイルミネーションやキャンドルの飾り付けがされていた。 夕方遅くともいうこともあり、周囲が暗くなりだすと同時に一斉に点灯する。 やわらかいキャンドルの光が周囲を包み込む。 その中をいろいろな人がせわしそうに行き来する。 仕事や買い物を終えて家路につく者、これから一緒に食事に行こうとはしゃいでいるカップル……。 そんな中私は一人ぼっちで、家へと力なく歩く。 思わず……ため息をつく。 かなりの寒さのせいで、その息が白くなっていた。 ジュンとは幼馴染みで、いつもからかっては楽しんでいた。 その度にジュンはムキになって私をどやしたりもしていたが……。 好きだった。 それはジュンも同じで……やがて付き合うようになった。 といっても、好きだなんて口にしたことはなかったけど。 でも……ジュンのことが好き。一緒にいたい。 そんな気持ちが私の心の中にはあった。 ジュンの仕事の都合で遠くはなれた都会に彼は引っ越してしまい、離れ離れになる生活が2年前から続いている。1週間前に休暇が取れたという事で、この街に帰ってきて、そのときは嬉しかったのだけど。 だけど……やはり別れた後は……切なくて。 家に帰った。妹の蒼星石はまだ家には帰っていない。 私は台所に行くと、コーヒーを淹れて、そのまま居間まで持っていく。 暖房をつけて、そのまま暗くなった窓の外をぼんやりと眺めながら、コーヒーをちびりちびりと啜る。 ジュンは多分、大丈夫だと思うけど……。 この先、何があるかなんて想像が出来ない。 都会の中で流されて……このまま会えなくなってしまうのかもしれない。 そんなのは、いやです! できるのならすぐにでもジュンを追っていきたい。 でも、私には妹もいるし……放っぽり出して行く訳にはいかない。 せめて……ジュンは元気でいて欲しい。 忙しい都会の中でも、それに呑まれることなく力強くやって欲しい。 そして、再びあの顔を見せて……ずっと一緒にすごしたいです。 ふと窓を見ると……雪が降っていた。 そして、私は飲みかけたコーヒーをテーブルに静かに置いて……思った。 どうして……さっき……素直に言えなかったですか……。 翠星石はずっとジュンを待っているですから……と。 素直になれない自分。不器用な自分。 そんな自分が時々嫌になってくる。 でも、待つしかない。ジュンはきっと帰ってくるのだから。 私はただ、それを信じてずっと待とう。 そして、今度こそ素直になって、好きだと言おう。 雪は静かにただ……やさしく降り続いていた。
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