第八十話 JUMと八女
「一つ屋根の下 第八十話 JUMと八女」
ある冬の雨の日だった。薔薇水晶は、今日もバイトの帰り道を歩いていた。「えへへ~、来週は給料日……今度は何買おうかな…PS3は様子見として…・リメイクTOD……連ザ2も捨てがたい……あれ……?」パシャパシャと水溜りを踏みながら歩く彼女は、ふとその場に立ち止まって辺りを見回した。「……見つけた……」彼女は足元から聞こえる鳴き声を察知し、その場にしゃがみこんだ。「よしよし、寒かったでしょ?私のお家においで……」薔薇水晶は片手で傘をさしたまま、もう一方の手で足元にあったダンボールを持ち家路を急いだ。ダンボールの中から二つの弱弱しい「にゃー」という鳴き声だけが響いていた。
「薔薇しーちゃん遅いですわね……」キラ姉ちゃんが時計を見ながら言う。時間は9時半。何時もなら薔薇姉ちゃんはバイトを終えて家に帰って来てる時間だ。しっかし、キラ姉ちゃんは相変わらず薔薇姉ちゃんには過保護だなぁ。「そんな心配いらないでしょう。あの子が痴漢に会ったとしても、逆に締め上げるのがオチだわ。」真紅姉ちゃんが本を読みながら言う。もちろん手元に紅茶は欠かしてない。「そうだね。薔薇水晶はあれで強いからね。でも、天気悪いし事故とかは心配だね。僕、見に行こうか?」夕食の洗い物を終えて、リビングにやってきた蒼姉ちゃんが言う。そんな時だった。ガチャリと家のドアが開く音がする。言うまでもなく、薔薇姉ちゃんが帰ってきたんだろう。「ただいま………」帰宅した薔薇姉ちゃんがリビングに入ってくる。入ってきたのはいいけどさ……何故かダンボールを抱えていた。「薔薇しーちゃん、それは何ですか?」みんなの目がダンボールに向く。すると、中から「なー」と鳴き声が聞こえてきた。
「捨て猫……雨に打たれてたからつい……」薔薇姉ちゃんがテーブルにダンボールを置く。中には、2匹の子猫がいた。「わー、子猫さんなの~。可愛いのぉ~!!」ヒナ姉ちゃんが目を輝かせて子猫を見ている。対して、猫嫌いで有名な真紅姉ちゃんはと言うと……「な、な、な、な……薔薇水晶!!貴方私が猫が大嫌いなの知っててこんな……」わなわな震えていた。すでに部屋の隅っこに退避済みである。どうしてここまで猫が嫌いなのか。その理由は全然語ってくれない。まぁ、どうせ比較的どうでもいいような理由なんだろうけどね。「あらぁ、真紅ったら鬼ねぇ。こぁんな小さな捨て猫をも捨てて来いって言うのぉ?」「なっ!?そ、そこまでは言ってないでしょ……」銀姉ちゃんがここぞとばかりに真紅姉ちゃんを弄くり始める。時間も時間だし、あんまし騒がないようにね。「捨て猫ならお腹空いてそうですね。牛乳……でいいんですかねぇ?」「だ、駄目かしら!牛乳なんてあげたらお腹壊しちゃうかしら!専用のミルクがいいんだけど……この時間なら近所の動物病院で見てもらえるかもかしら。」カナ姉ちゃんが牛乳をあげようとした翠姉ちゃんにストップをかける。お、妙に物知りだな。「そっか。先ずは病院で見てもらったほうがいいね。じゃあ、僕先に病院行って聞いてくるね。」蒼姉ちゃんが一足先に傘をさして近所の動物病院まで走っていく。「あ、ペットボトルにお湯入れて。それにタオル巻いて湯たんぽ作って温めてあげるかしら。」家ではカナ姉ちゃんの指示の元、子猫に一種の応急処置が施されていく。その後、蒼姉ちゃんから連絡が来て、時間も夜10時近いのに診察してくれるとの事で、僕らは動物病院へ向かった。
「さて……この子達どうしましょうかねぇ?」銀姉ちゃんがスヤスヤ寝息を立てている2匹の子猫を見ながら言う。診察の結果、発見が相当早かったらしく、特に異常もないそうだ。僕達は、とりあえず色々と病院の先生に育て方等を聞いた。「うん……子猫の時ならいいけど……大きくなると……真紅が……」「わ、私が悪いと言いたいの?しょうがないでしょう、嫌いなモノは嫌いなのだから。」まぁ、どうしても嫌いなモノだから仕方ないとは思うけど。ヒナ姉ちゃんとカナ姉ちゃんは目を輝かせたまま子猫を楽しそうに見ている。「と、なると……そうだ兄さん。デジカメあったよね?ちょっと貸して貰えないかな?」「デジカメ?別にいいけど……何するんだ?」僕は蒼姉ちゃんにデジカメを渡す。蒼姉ちゃんは子猫を色々な角度から写真に取り始めた。「これでよしっと……兄さん、パソコンも借りていいかな?」「ちょ、ちょっと蒼星石?一体何をしてるですかぁ?」まさか可愛いから写真に納めてるって訳でもないだろうけど。蒼姉ちゃんはデジカメを片手に言った。「うん、ウチだとさ、まぁ諸事情で飼えないでしょう?だからインターネットで飼い主探そうかなと思ってさ。ほら、こんな可愛いんだからきっとすぐ飼い主見つかるよ。」成る程、それはいいかも知れない。ウチで飼えれば一番なんだろうケド、アレルギー並に拒否反応が出る御人がいるんだから仕方ない。「さっすが蒼星石ですぅ!普段からパソコン弄ってるのに思い浮かばなかったどっかのおにぃとは大違いですぅ。」ほっとけ。飼い主が見つかるまでの期間なら、真紅姉ちゃんも問題ないだろう。今の子猫は自分ではほとんど行動できないから、真紅姉ちゃんに飛び掛るとかないだろうし。「あ、それでさ兄さん。その……あっぷろぉどとか僕分からないから教えて欲しいんだけど……」「ん、そうだな。じゃあそれは僕がやるからさ。早く見つかるといいな……」
さて、そんなこんなで子猫の面倒を見始めて実に二十日が経っていた。その間、面倒は真紅姉ちゃんを除くみんなで見ていた。特に、子猫は3時間置きくらいにミルクをあげるのが望ましいとの事で、薔薇姉ちゃんは熱心に深夜でも頑張って起きてミルクをあげたりしてたようだ。日中は、誰かが学校抜け出したり、どうしても無理な場合はお隣の桃種さんに頼んだり……そんな日々を過ごしたせいか、子猫もスッカリ可愛らしい目がパッチリ開いたり、2匹の子猫同士でじゃれ合ったりして遊ぶなど元気になっていた。「はぁ……本当可愛いわぁ……全く、真紅のお馬鹿さんが猫嫌いなんて信じられなぁい。」「そんな言い方はよくないよ、水銀燈。でも、可愛いよね……」家では銀姉ちゃんと蒼姉ちゃんが、デレデレしながら子猫を愛でていた。二人ともなかなかしない表情をしてる。「ただいま……子猫ちゃん元気かな……?」薔薇姉ちゃんが帰ってくる。すると、子猫も一番嬉しそうにニャーニャーと鳴いて薔薇姉ちゃんを出迎えてるようだった。どうやら、薔薇姉ちゃんに一番懐いてるらしく、もしかしたら母親って思ってるのかもしれない。「えへへ……元気にしてた?うしおととら……」「勝手に名前付けてるのか……って、何その漫画みたいな名前。」「うん……こっちの虎模様なのが『とら』…だからこっちは無条件で『うしお』……」無条件でなのか。そんな感じで、ようやく一人前…と言うのも変だが一人前の子猫になったある日だった……「兄さん、薔薇水晶!!この子達の引き取り手が見つかったよ!よかったね、この街の人みたい。」熱心に引き取り手を捜してくれてた蒼姉ちゃんが言う。しかし、薔薇姉ちゃんは浮かない顔をしていた。「薔薇、どうかしたか?よかったじゃないか、飼い主が見つかって。」「……うん………」薔薇姉ちゃんは、ただ一人俯いて子猫の『うしお』と『とら』を見ていた。
「それじゃあ、この子達をヨロシクお願いしますね。」次の日曜日、引き取り手の方が僕らのウチに来た。とても優しそうな女性の方だった。「はい。大事にしますね。同じ町内ですし、宜しかったらこの子達に会いに来て下さいね。」女性は言う。姉ちゃん達も、子猫とのしばしの別れを名残惜しそうに過ごしていた。「ほら、薔薇水晶。お前もさ。」薔薇姉ちゃんは一人少し離れて俯いていた。僕はポンとその背中を押してやる。きっと、大好きな薔薇姉ちゃんが近くに来たのが分かったのか、うしおととらは嬉しそうにニャーと鳴いた。「あ、あの!!……こっちの子が『うしお』で……こっちの子が『とら』です……」「そう。うしおちゃんと、とらちゃんって言うの?いいお名前ね。」薔薇姉ちゃんが子猫を撫でる。子猫も嬉しそうに薔薇姉ちゃんの手に擦り寄っていた。薔薇姉ちゃんがスッと後ろを向く。震えてるのが見て分かる。「じゃ……じゃあね…うしお、とら…ぐすっ…ま、また……会いに行くから…絶対…ひっく…遊びに…」子猫には薔薇姉ちゃんが泣いてのは見えないだろうケド、僕らには丸見えだ。女性は、僕らにお辞儀をするとうしおととらと一緒に、車で去っていった。僕は、未だに震えてる薔薇姉ちゃんに近づいてギュッと抱きしめた。「ほら、薔薇。お前の可愛い子供達は見てないから…泣きたいなら泣いていいんだぞ?」「あ、あに……き……ぐすっ……うわあああああああああ!!!!」今まで薔薇姉ちゃんがここまで感情を露に泣いた事があったろうか。他の姉妹も何も言わない。ただ、薔薇姉ちゃんの泣き声だけが、冬の空に響いていた。
「どうだ?少しは落ち着いたか?」その日の夜、僕は自分の部屋で薔薇姉ちゃんと一緒にいた。いや、居ただけですよ?やましい事はしてません。「うん……ありがとう、兄貴……」僕はギシッと音を鳴らしてベッドに腰掛ける。「なぁ、聞いていいか?どうして……って言うと変だけど、どうしてそんなに子猫に思い入れがあったんだ?」自分が拾ってきたからってのもあるんだろうけど、それでも子猫に対する思いは尋常じゃなかった。「……あの子達は……私と兄貴と一緒だから……幼い頃親と離れて……知らない人の所で暮らして…」薔薇姉ちゃんが小さな声で言う。ああ、成る程。つまり、自分と重ねていたんだろうな。「あ……もちろん、私はこの家に来れて幸せだよ……きっと、うしおととらも、幸せになれると思う……凄くいい人みたいだったから……でもね……ふと思っちゃったの……私も何時か……あの子達みたいに別れる時が来るのかなって……そう思ったらね……なんかね…」薔薇姉ちゃんが再びポロポロと涙を流しだす。僕は再び薔薇姉ちゃんを抱きしめた。か細い体。普段は何を考えてるかさっぱり分からないけど……色々詰め込んである体。「大丈夫だよ。僕は何時も……他の姉妹も……僕達は何時も一緒にいる。離れないから……」「兄貴……うん……じゃあ、約束…しよ?」薔薇姉ちゃんがすっと右手の小指を出す。僕も、それに右手の小指を絡ませる。「指切った……約束だよ、兄貴……」
「って夢を見たんだ。どう?面白かったでしょ?」ええ、全て夢です。アヴァロンです。全て遠き理想郷です。夢ってのは不思議なもので、現実では一日でも夢では何日も経ってるのはザラな訳で。しかし、笑い話と思って話したのに姉ちゃん達は神妙な顔をしていた。「JUM……これだけはどうしようもないの。姉萌えもいいものよぉ?」「夢はその人の願望を表すと言うかしら……」「JUM!!てめぇはこんな夢見たいな環境にいながら…とんだ姉不幸者ですぅ!!」「あ、あのJUM君…君が望むなら僕、妹らしくしようかなって……」「別に私には関係ないわ。さ、紅茶を淹れなさい。」「JU~M!!ヒナはさっきのお話とっても面白かったのよ~~!!」「お腹が空きましたわね……お菓子でもなかったでしょうか。」「JUM……私は無問題……何時でも妹になれる……」ああ、何時もどおり騒がしい。まぁ、毎回こんなもんだけどね。「じゃあ、桜田君。私が妹になろうか?誕生日も君より遅いし。」「ちょ、ちょっと巴!!貴方どこから出て来たのよォ!?」本当に騒がしい。そんな光景を見ながら、僕は冬の到来をその身で感じていた。END
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