エピソード009 竜の渓谷 ドラゴンバレー
「ここがドラゴンバレーね……巴、ここはどんな所なの?」ジャリッと、砂と石の入り混じった地面を踏む。真紅達はエルフの森を抜け、ギランへの最短距離であるドラゴンバレーへと足を運んでいた。「うん、元は単なる渓谷だったんだろうけどね。このドラゴンバレーのケイブの奥深くには四竜のうちの一匹である、土竜アンタラスが住んでいるって話があってね。それから、いつの間にかドラゴンバレー。竜の渓谷と呼ばれるようになったらしいよ。」ジャリジャリと地を踏みながら六人は地図を片手にギランへと抜ける道を進んでいく。渓谷とは言うが、道は案外平坦で歩くのは別段苦労するわけではなさそうだ。「アンタラスですかぁ…知ってますかぁ真紅。アデン王国で起こる地震は、アンタラスの咆哮のせいって言われてるんですよ?」「あら、そうなの翠星石?でも、竜は人間の想像を遥かに超える力を持った生物。たとえそうでも全くおかしくないわね。」「そうだね。少なくとも、竜の力は全ての生物。そして全ての精霊さえも超越してると思うよ。地震はアンタラスの咆哮のせいと言われてるし、ここから北にあるウェルダン村が暑いのは、近くに住む火竜ヴァラカスのせいだと言われてるしね。」蒼星石が言う。そんな話をしながら道を進んでいると、ふと地面に何かの影が見えた。
「う?影?トゥモエー!これなーに?」雛苺がその影を踏む。それを見て、巴は叫んだ。「雛苺!!危ない!!」影を踏んだ瞬間。正に巣に獲物がかかった蜘蛛の如くそれは降りてきた。「餌だ餌だ!!」バッサバッサと手でもある羽をはばたかせ、数匹のソレが雛苺に襲い掛かる。見た目は人のようだ。だが、手は羽になっており、足の爪も人間とは比べ物にならないほど鋭い。鳥人ハーピーだった。「ちっ…雛苺!!」JUMが瞬時に盾を構えて雛苺の前に立ちふさがる。ハーピーは雛苺目掛けて足の鋭い爪を振り下ろすが、ガンと盾に阻まれる。「お…さすがはエルフ製の盾だな。衝撃が全くない…」JUMは改めてエルフの盾の性能を身をもって感じる。しかし、今はその感傷に浸っている暇はない。「みんな、戦闘よ!コイツらを蹴散らすわ!」ジャキンと音を立てて真紅がホーリエを抜く。太陽の光を浴びた剣は、目がくらむほどの輝きを放つ。「JUM、有難うなのぉ~。」「お礼は後だな。先ずはハーピーの群れを倒してからだ。」「1,2,3,4,5…充分倒せる数だね。頑張ろう。」巴が腰のカタナを鞘から解き放つ。白銀の刃は、今かと出番を待ちわびていたようだった。「ほら、翠星石。僕等も出番だよ?」「面倒くせぇですねぇ……ま、ここは真紅達の実力でも見せてもらうですよ。」蒼星石は背中から、身の丈近くはある大剣レンピカを抜く。しかし、翠星石は闘う素振りを見せなかった。
「はあっ!!」巴がハーピーに向かってカタナを振るう。しかし、相手は圧倒的な制空権を持つ相手だ。上空に上がるだけで巴の攻撃をかわす。そして、隙を見れば急降下して足の爪で巴を引き裂こうとする。これ以上のヒット&アウェイがあるだろうか。真紅一行は6人。ハーピーは5匹と数では勝っていながらも、未だに1匹も仕留めれていない。「くっ……鬱陶しいわ…雛苺!!魔法で何とかなさい!!」痺れを切らした真紅が雛苺に叫ぶ。雛苺は言われるままに詠唱を始める。が……「う~と…猛き炎よ……きゃ!?」詠唱を察知したハーピーが雛苺に襲い掛かる。JUMが盾で攻撃を防ぐが、雛苺は精神の集中ができずに詠唱が機能しない。手詰まりだ。「……やれやれ、しゃあねぇですねぇ。まぁ、剣だけで闘うには相手がわりぃですね。」「そんなの相手を見れば分かるのに。翠星石は意地悪なんだから……」蒼星石がハーピーの攻撃をかわしながら言う。彼女の大剣も巨大ではあるが、かなり上まで飛行するハーピーまでは刃が届かなかった。「いいですかぁ、真紅!翠星石が打ち落としてやるですから、そこを狙えです!!」翠星石が弓を構え、弦を引き絞る。翠星石の弓、スィドリームは風の精霊サイハの加護を受けた特別な弓だ。力あるものがその弓を引けば、風が矢を形成する。即ち、矢要らずの弓。ギュリッと音を立てて翠星石が弓を引き絞る。すると、たちまち風によって作られた白い矢が現れる。ヒュン!!とその風の矢が上空のハーピー目掛けて飛来していく。矢は見事に右翼を貫いた。
「ぎゃっぎゃっ!!?」翼を打ち抜かれ、バランスを崩したハーピーの1匹はそのまま地表まで落下していく。「今ね、貰ったわ!!」その落下地点で待ち構えていた真紅の剣が横に振るわれる。一閃された剣により、ハーピーは切断され、ようやく1匹倒す。残り4匹。ハーピーは翠星石が危険と判断したのか、一斉に彼女に襲い掛かる。「っと……チビ!!手が空いたらなら魔法使えですぅ!」飛来するハーピーの爪を弓でガシッと受け止めながら言う。翠星石は相手を見たままバックステップで距離を取り、弓を引き、放つ。矢筒から矢を取り出す必要のないぶん、モーションが非常に早い。「分かったの!猛き炎よ 汝矢となりて敵を討て…ファイアーアローなのー!」雛苺の魔力が奔流する。マザーツリーから貰った杖、ベリーベルの先端に嵌め込まれたピンクの宝石がその魔力に呼応し、マナを集約する。集約されたマナは、幾本の炎の矢に姿を変える。「数が増えてるな……」JUMがそれを見ながら言う。杖の性能と、本人の力量があがったお陰だろう。一度に発生する炎の矢の本数がJUMの記憶より確実に増えていた。炎の矢は、唸りを上げながらハーピーに向かっていく。「ぎぃぃぃぃぃぃ!!」3本の炎の矢の直撃を受けたハーピーはそのまま炎に飲まれ消し炭になる。残り3体も、倒すまではいかないが、確実にダメージを受けている。今までは全く攻撃の当たらない高さまで飛んでいたが、今ではそれも安定しない。人が歩くのにもほんの少しでも体力がいるように、ハーピーが飛ぶのにも体力が必要なのだ。1匹が、疲労でだろうか。何とか上空に逃れようとするが、ズルズル落ちてくる。巴がそれを見逃すわけもなく、落ちてきたハーピーは問答無用に切られる。
「これで終わりですぅ!」翠星石が残りの2体のうちの1匹に矢を瞬時に3本放つ。エルフの弓術の一つトリプルアロー。瞬時に放たれた矢は回避が難しい。翠星石のような熟練者なら尚更だ。3本の白い矢は胴体部を見事に貫いた。これで残りは1匹。もっとも、それも……「この高さなら……たぁあああ!!」跳躍しながら大剣を振り上げる蒼星石の一刀の元に切り捨てられた。「やれやれ……結局僕は何もしなかったような……」JUMが剣を腰の鞘に収める。「まぁ~ったく、チビ人間は役にたたねぇですねぇ。その剣は飾りですかぁ?」実際、JUMは今回の戦闘では敵を仕留めていない。「あら、そうでもないわ、JUMの本分は守りよ。その証拠に誰も怪我していないでしょう?」真紅が剣に付着した血液を払い、剣を収める。「そうだよ、翠星石。ごめんね、JUM君。ほら、翠星石も謝って。」「な、何で謝らないといけないんですか。べっつに翠星石はチビ人間になんざ守ってもらう必要ねぇです。」翠星石はツーンとソッポを向いてしまう。JUMは若干苦笑しながらも「別にいいよ、蒼星石。僕が魔物を倒してないのは本当だしね。」と言った。その後も、小規模な戦闘を繰り返しながら真紅達はドラゴンバレーを進んでいく。そして、ギランまであと少しと言う所で、一際大きな羽を羽ばたかせる音が近づいてきた。
「!?この音は……?」「真紅、不味いかも…もしかしたらこれは……」巴が即座にカタナを抜き、戦闘態勢に入る。他のみんなもその、羽の音が異常なのは分かっている。「ドラゴンバレーの名前の由来…説が二つあるんだ。一つはさっき話した土竜アンタラスが住んでるから。そして、もう一つは……」巴が後ろを向く。その視線の先には、茶色の鱗を持ち飛行しながら真紅達に向かってくる中型の竜!「この中型の竜……ドレイクが何匹か生息してるから!!みんな、散って!!」巴の声の元、全員がその場から散る。次の瞬間には、ドレイクの口から吐き出される高温の炎のブレスがその場を直撃していた。「うわ~……凄いの、とっても大きいのぉ~!!」雛苺が現状を把握してるのか、してないのか。感嘆の声をあげる。デカイ。全長は人間の何倍あるだろうか。大きく開かれた口には鋭利な牙が生え揃え、人間なんぞ一噛みにしてしまいそうだ。「ちょ、ちょっと!!こんなのどうするのよ!!」「……やるしか…ないでしょ…とてもじゃないけど、逃げ切れない…」蒼星石が剣を構える。ドレイクは蒼星石に向けて、足の爪を振るう。ガキン!!と大きな音とともに、蒼星石は吹き飛ばされるが、そのまま着地しドレイクを見据える。蒼星石の大剣でなければ、剣もろとも引き裂かれていたかもしれない。ドレイクは、次に近くにいた翠星石に狙いを定める。「!?いけない、翠星石!!」「あっ………」ドレイクの口からブレスが吐き出される。しかし、それが翠星石に当たる直前。翠星石の前を騎士が遮る。
「うおおおおおおおおおおお!!!」JUMが盾を全面に押し出し、ブレスを防ぐ。これが、魔法力の通ったエルフの盾でなく、並みの盾ならば盾と一緒にJUMと翠星石はブレスに焼かれていたに違いない。ブレスの放射が止み、JUMが盾での防御を解除する。しかし、それが不味かった。「JUM!!危ない!!!」真紅が叫ぶ。しかし、それも間に合うわけもなかった。JUMはブレスを防ぐために全面に盾を押し出した。これは悪くない。完全な防御体勢だ。しかし、これには一つだけ穴があった。それは盾で完全に視界が遮られた事。JUMが次に見たのは自分の目の前に迫り来るドレイクの鋭い爪だった。「がっ……!!?」鮮血が飛び散る。JUMの体が宙を舞い、そのまま地面に打ち付けられる。ドレイクの2段攻撃。ブレスで相手の視野を奪った後の渾身の爪での攻撃。JUMはそれをまともに喰ってしまったのだ。シパッ!シパッ!と、飛び散ったJUMの地が地面に舞い降り、地を朱に染める。それを目の当たりにした翠星石は目を見開いて叫んだ。「チ……チビ人間!!」To be continued
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