第七十一話 JUMとラブレター
「一つ屋根の下 第七十一話 JUMとラブレター」
「さ、ご飯できたですよぉ~!」翠姉ちゃんの声が台所から聞こえてくる。ああ、お腹すいた。今日のご飯はなんだろうな。「お疲れ、翠姉ちゃん。お、今日はコロッケなんだ。」「そうですよ。蒼星石が手伝ってくれなかったから、大変でしたよ。蒼星石ぃ!!ご飯ですよぉ!!」翠姉ちゃんが二階に向けて声を上げる。しかし、蒼姉ちゃんがいるはずの二階からは何の反応もない。「寝ちゃってるんじゃなぁい?帰って来た時少し疲れたような顔してたしぃ。」リビングではすでに蒼姉ちゃん以外がテーブルを囲んでいた。「しょうがねぇですねぇ。JUM、ちょっと蒼星石を呼んできやがれですぅ。」「ん、分かったよ。」僕は翠姉ちゃんに言われるままに蒼姉ちゃんを呼びに階段を上る。蒼姉ちゃんの部屋の前。ドアには『蒼星石の部屋』とプレートがかかっている。「蒼姉ちゃん!おきてる?」ドンドンとドアをたたく。反応なし。もしかして、寝てるのかな?「蒼ねぇちゃ~ん?入っちゃうよ?」またも反応はない。僕は仕方なくドアをあける。すると、蒼姉ちゃんは机に座ってため息をついていた。「はぁ……どうしよう……」「蒼姉ちゃん?」僕はトントンと蒼姉ちゃんの肩を叩いた。ん?何か見てるな。手紙……かな?「わ、うわぁ!!J、JUM君!?ど、ど、ど、どうしたのさ?」全く気づいてなかったのだろうか。蒼姉ちゃんは目をまん丸にしてビックリしていた。「蒼姉ちゃん、それもしかしてラブレター?」「わ、わ、駄目!!見ちゃ駄目!!」蒼姉ちゃんは慌てて手紙を隠す。その動作のお陰で僕は確信した。「へぇ、ラブレターなんだぁ。やるじゃん、蒼姉ちゃん。」「う、あ、う……あうぅ……」
「やっぱり蒼姉ちゃんはモテるんだね。」普通に考えてモテないはずがないんだが。髪は短いけど顔は可愛いし、スタイルもいい。性格もいい。欠点と言えば、ネガティブで思い込みが少し激しいトコくらいだろう。自分では男の子っぽいって思ってるけど、残念ながらどっから見ても今の蒼姉ちゃんは女の子です。「うぅ、JUM君には見られたくなかったのにぃ。あ、そうだ。姉妹には絶対言ったら駄目だよ?恥ずかしいから。」本当に恥ずかしそうに言う。これで僕が姉妹に言えば、蒼姉ちゃんマジ泣きしそうだ。そんな罪な事はできない。「うん、分かったよ。とりあえずさ、リビング行こう?ご飯出来てるからさ。」「う、うん……」蒼姉ちゃんは手紙を机の中に閉まってから僕と一緒にリビングへ向かった。が、我が家には悪魔の長女が…「あらぁ、モテモテの蒼星石さんじゃないのぉ。お姉ちゃんも鼻が高いわぁ。」速攻でバレていた。いや、僕じゃないよ?大体、僕は蒼姉ちゃんと一緒にいたんだし。「え、ちょ、な、何で!?」「JUMが呼ぶついでに蒼星石が抜け駆けしないかぁ、ちょっと尾行しただけよぉ。もっとも、もっと面白いモノが見れちゃったけどぉ。蒼星石がラブレター貰うだなんてねぇ。」どうやら、一番知られたくない人に知られたようだ。「蒼星石!!誰からですか!!クラスのやつですか!?きいいいいい!!!」翠姉ちゃんがイライラしてるのが見て取れる。相変わらずの過保護っぷりだ。「……教えない。クラスの人だから……翠星石にはいえないよ。」「な、何でですかぁ!?言ってくれれば蒼星石を狙う不届きな輩をとっちめてやるですのに。」力ずくですか、翠姉ちゃん?もう少し落ち着いてせめて話し合いになりませんかね。「それにしても、恋文だなんて古風な方ですのね。」キラ姉ちゃんがコロッケをかじりながら言う。確かに、今時ラブレターなんて古いもいいトコだろう。「うん……真面目な人……だと思うから。」蒼姉ちゃんが言う。翠姉ちゃんはたぶん、頭の中で真面目そうなクラスの男子をリストアップしてるんだろう。「それで……貴方がそれだけ悩むと言う事は……断りきれない気持ちがあるのね?」真紅姉ちゃんが言う。そうか。確かにそうだ。でも、何でだろう……それを聞いて僕の胸が少し苦しくなった。
「………確かにラブレターなんて古風だなぁって思った。でもね、何て言うのかな……手紙から凄く気持ちが伝わってきたんだ。その……僕も今まで少しくらいは…こ、告白とかされたけど…今までで一番気持ちが伝わって来たって言うのかな……」蒼姉ちゃんは言う。人の恋愛沙汰に興味はないのか、カナ、ヒナ、薔薇姉ちゃんはコロッケを食べ終えてゲームを興じている。マイペースな3人組だ。一方、残りは人の恋バナは蜜の味な人たち。「いいじゃない。好きじゃないと言えば。何を悩んでいるの?」「告白された事ない真紅じゃわからないわよねぇ。断るのも気ぃ使うのよぉ?」「な!?べ、べ、べ、別に告白くらい、あ、あ、あるある探検隊なのだわ。」真紅姉ちゃん、挙動不審ですよ~?まぁ、そこは置いておいて。「気になるなら、受けてみてはいかがですか?(ライバル減りますし。)」あ、何か今キラ姉ちゃんの優しい言葉の裏からは黒さを感じたぞ?「そんなもん、破り捨てればいいんですよ。」「だ、駄目だよ!!きっと一生懸命書いてくれたんだから…気持ち篭ってるから…僕にはできない……」本当に蒼姉ちゃんは優しいと思う。それは、時に優しすぎると思うくらいに。「うん……あの…JUM君はどう思うかな?」蒼姉ちゃんが聞いてくる。僕は後悔する。何も考えないで気軽に答えた事を。「ん?まぁ、別にいいんじゃない?蒼姉ちゃんがいいと思うなら。」「えっ……?」僕が答えた瞬間、蒼姉ちゃんは泣きそうな顔をした。そしてすぐ、元の顔に戻る。いや、戻した。「あ、あはは…そ、そうだよね……僕、馬鹿だな…何を勘違いしてたんだろ……うっ…」蒼姉ちゃんは走って部屋に戻っていってしまう。微かに頬が濡れてたのを僕は見てしまった。「~~~~~~!!!JUM!!てめぇ、ふざけてるんですかぁ!!?」翠姉ちゃんが僕の服の首元をつかんで怒気を含んだ顔で僕を見る。「え?いや、僕は……」「分かってねぇですね!!蒼星石は……JUM!おめぇに言って欲しかったんですよ!!断りなよって!!何でわかんねぇですか!?何で蒼星石の気持ちわかんねぇんですかぁ!?背中押して欲しかったんですよ!蒼星石は臆病だから……だから、好きな人に……JUMに言って欲しかったですのに…なのに…おめぇは…」翠姉ちゃんは怒りながらもポロポロ涙を零していた。もし、時が戻るならあの時の僕を殺してでも止めたい。今は、自己嫌悪に陥る。自惚れじゃない…僕は知ってるじゃないか…蒼姉ちゃんの好きな人を…
「行ってきなさぁい…あの子思いつめてるから…このままじゃ本当に……」「でも、僕…蒼姉ちゃんに何て言えば……」パシッと…乾いた音が耳に響く。頬が熱い。殴られた……?「全く、本当に使えない下僕ね!言葉なんて何でもいいの。行くな!でも…僕の傍にいろ!でも……早く行きなさい。貴方、自分の手で姉を失うことになりかねないわよ?」姉を失う……そのフレーズを聞いて僕の中にとても嫌なものが這いずり回る。こんな気持ちは嫌だ……姉ちゃんと離れるのは……これ以上…姉ちゃんと別れるのは…嫌だ!!僕は走った。「蒼姉ちゃん!!」蒼姉ちゃんの部屋に入ると、蒼姉ちゃんは手紙を眺めていた。少し、頬の涙の後が見える。「JUM君……どうしたの?そんなに急いじゃって。」蒼姉ちゃんは変わらない優しい顔で言う。僕は……こんな優しい姉を失うところだったんだ……「蒼姉ちゃん、手紙貸して。」「え……うん、いいけど。」僕はそれを受け取る。しっかりと、几帳面な字で書かれた手紙。きっと、思いを込めて書いたんだろう。「蒼姉ちゃん……ごめん!!」僕は、その手紙を……二つに破った。蒼姉ちゃんの目が見開かれる。「え……JUM……君……君は何て事を…!言ったよね?この手紙には気持ちが篭ってるって…」「分かってる!!でも…蒼姉ちゃんには、手紙で告白なんて軟弱な奴には…渡したくないんだ。それに…蒼姉ちゃんと離れたくないんだ!!僕、あんな事いって蒼姉ちゃん傷つけて……でも、分かったんだ。僕は、まだまだ蒼姉ちゃんと一緒にいたい…エゴだけど…姉ちゃんが他のトコ行くなんて嫌だ…」僕は情けない事にボロボロ涙を流していた。蒼姉ちゃんは、そんな僕の頬を撫でる様に叩く。そして、その後僕を優しく抱きしめてくれた。「JUM君の馬鹿……僕だって…君と一緒にいたいんだから……初めから…そう言って欲しかったんだから…」「ごめん…蒼姉ちゃん…」蒼姉ちゃんは一層僕を強く抱きしめてくれる。そして、僕の目を見て言った。「駄目……許してあげない…」
僕は何も言えない。当然だ……僕は…許されないことをしたんだから。「だから…罰として。今日は僕をギュッて…強く抱きしめたまま…一緒に寝て…僕がもう、どこにも行かないように。君から離れないように……そうしたら、許してあげる……」蒼姉ちゃんはそう言ってニッコリ笑った。僕はまた泣いた。今度は…嬉し泣きだ……
「ふふっ、全く。JUM君はお姉ちゃん離れが出来ないんだから。」僕は蒼姉ちゃんのベッドで蒼姉ちゃんを抱きしめながら横になっていた。「う……でも、蒼姉ちゃんも。むしろ、他の姉ちゃんも弟離れできてないじゃん。」蒼姉ちゃんはそうだね、と笑う。正直、僕は本当に怖かった。姉と離れ離れになる。それが、記憶の奥底。覚えてはいないけれど……もう二度と姉ちゃんと離れたくない。そんな気持ちが働いた。「そういえば、手紙くれた人にどうやって断るの?」「ん?面と向かってかな。僕には好きな人がいるから、お付き合いできませんって。」告白ってそう断るものなんだなぁ。僕はされたことないから分からないけど。「えへへー……ね、JUM君?」蒼姉ちゃんが僕に唇を近づける。僕は、その唇を愛おしいほどに感じる。蒼姉ちゃんが。姉ちゃん達がいる幸せ。何もなくても。ただ、一緒にいるだけの幸せ。「JUM君……もう二度と……僕を離さないでね。」離すわけない。もう二度と離さない。僕は、落ちていく意識の中で、確かにそう心に誓った。END
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