Ace combat rozen 『第一話 戦場』
―――二〇一〇年十月二十五日 午前五時五十八分 茨城県境付近 上空八五〇〇メートル―――
早朝の静寂を切り裂くように、鋼の機体が紫色の空を駆けていた。朝日を反射し銀色に輝く五機の戦闘機。それがVの字を形作り、一矢乱れぬ飛行を続けている。キャノピーを通してパイロットの姿が見えた。パイロット達は各機器を確認しながら操縦桿を操っていた。その中の一機。一番右端の機体に少年の姿があった。顔に垂れかかるぼさぼさの黒髪、その間から覗く目は、睨みつけたもの全てを射殺すような鋭さを持っている。 部隊は茨城の県境を通過した。そのとき、彼の瞳の先に、えもいわれぬような光景が写った。瓦礫と黒煙に覆われ、猫の子一匹居なくなったであろう街並み。しかしそれは珍しいものではない。これから赴く激戦区となった東北には、このような情景がそこいらに広がっている。だが、彼はそれから目を離すことが出来なかった。その街は、滅ぼされた彼の故郷とそっくりだったから……眼下の惨状を見詰め、苦い思いに身を浸していた彼は、通信機から聞こえてきた声で現実に引き戻された。「こちらミーディアム4。どうしたのミーディアム5? 機器に不調でも?」ふと気が付くと、自分だけが他の四機から大きく離れていた。「……なんでもない。気にしないでくれ」ミーディアム5――桜田ジュンは素早く気持ちを切り替えると、機体を加速させ、他の僚機と合流した。整備が行き届き、操縦桿、電子機器、各種武装、どれをとっても良い反応を示してくれる機体に満足しつつ、彼は焼け落ちた街にひそかに誓いを立てた。
(俺は力を手に入れた。もう昔のような無力なガキじゃない。 もう、二度とこんなことを繰り返させはしない。絶対に……)
かくして彼等は遥かなる戦場へ向けて飛び去って行く。それは、後の世に語り継がれる伝説のエース達の軌跡の始まりだった。
―ACE COMBAT ROZEN THERevenger 『第一話 戦場』―
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―――二〇一〇年十月二十五日 午前六時十分 北緯三十八度線付近―――
東北の冷たい空気が浸透し、深い霧があたりを覆っていた。そこは、鬱蒼と生い茂る山々と一面の田畑に囲まれた田園地帯だった。稲刈りが終わり、まっ平らとなった田んぼを縫うようにあぜ道が走っている。その側には、田畑の持ち主であろう者の住宅がてんてんと存在した。それは、どこにでもある田舎の風景。辺りはしん、と静まり返り、虫の音一つ聞こえない。
突如として山の向こうから射撃音が起こった。長細い鉄の塊が虚空を切り裂き飛翔する。ミサイルだ。数瞬後、放たれたミサイルが爆炎と轟音を上げて民家を吹き飛ばした。それを合図にそこら中から銃声と怒号が響き渡る。 日の丸をつけた兵隊が、山の稜線にそってやってくる敵兵を迎え撃つ。アサルトライフルの甲高い響きが空を突き抜け、迫撃砲の砲声が大地を揺るがした。敵戦闘ヘリのプロペラが濃霧を散らし、戦闘機が宙を舞い、戦車が田畑を踏み荒らす。
戦車の砲撃音――マシンガンの射撃音――ミサイルの滑空音――
戦場が奏でる全ての音を聞きながら、豪雨のようにふりそそぐ銃弾と砲弾の中で兵士がさくり、さくりと死んで逝く。十分もしないうちに元は田園地帯であったその一帯も今では平坦な平地と化し、草の根一本残っていなかった。
「ここで食いとめろ! 奴らを先に行かせるな!」
しかし敵は殺れども殺れどもやってくる。あきらかな物量作戦。日の丸の兵士たちは除々に押されて行く……
「このままではらちがあかん! 全軍突撃ぃーーーー!」
民家から、田畑から飛び出し、叫び、走り、撃った。兵達はもう何も考えなかった。自分が何処にいて、どこの誰なのかも考えていなかった。死体を越え、瓦礫を越え、まだ火薬の匂いのする砲弾の痕に沿って走った。兵士たちがバタバタと倒れていく。まるで悪夢の霧に包まれているようだ。向こうに、オレンジ色が揺らめいている。燃える炎だ。足元には赤い水溜りが見える。誰かの血だ。――戦場は彼等にとっては想像をはるかに超える過酷なものだった。それでも彼等は戦わねばならなかった。大事な人を守るために……どこかの誰かの未来の為に……
一人の兵士が戦場を一直線に走りぬけ、ミサイルの着弾痕であろうくぼ地の中へと飛び込んだ。
「よう中西、お前も生きてたか」 そこに二人組の兵士が飛び込んできた。中西と呼ばれた茶髪の男が振り向いた。「沖田、よく生きてたな」「当たり前だ。俺は悪運が強いんだよ」 沖田と呼ばれた小太りの兵士が笑って答えた。「中西、そっちの部隊はどうした?」「俺以外は全滅だ。お前の隊はどうだ?」「こっちは俺とこいつだけだ」
側に居た男――いや、少年の頭の上にポンっと手が置かれる。黒ブチメガネをかけた十四、五歳の少年が銃を握り締めてガクガク震えていた。貧弱な体型――気弱そうな面構え――その姿は戦場よりも、部屋でがり勉してるか引きこもってパソコンをやっている方が似合っているように思えた。
「なんだこいつは?……まだガキじゃねえか」「ああ、三日前にうちに来た」そう苦笑しながら沖田。少年は涙と鼻水を垂れ流しながらぶつぶつと独り言を呟き続けている。
「なんでこんなことになんでこんなことに……ぼ、僕のママはPTAの会長なんだぞ。 町内で一番偉いんだぞ。その息子の僕がち、徴兵されるなんて間違ってる絶対間違ってる。 死にたくない死にたくない死にたくない、ママ、助けて助けてママ助けてたす……」「いい加減にしろぉ!」 中西が憤怒を抑えきれず、少年の頬に正拳を叩き込んだ。「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃ」血反吐と共に、折れた歯が吹き飛んだ。「い…痛いよう! 痛いよう! 僕のお顔が……お顔が……」 中西は少年の顎を掴むとぐいぃっと顔を近づけて怒鳴った。「ママママうるせぇんだよこのマザコン! いいか、戦場じゃママは助けてくれねぇ、 頼れるのは自分と戦友だけだ。その手に持ってるのはおもちゃか? 死にたくなけりゃ一人でも多くの敵を撃ちやがれ!」少年の顔につばが飛ぶ。その鬼気迫る雰囲気に少年はガクガクと首を縦に振った。中西は少年から手を離すとくぼ地から身を乗り出して銃を撃ち始めた。
「こんなくずを戦場に送るなんて、やってられるかこんな戦争……」 沖田は懐から取り出したタバコを燻らせながら空を見上げた。
こんな戦場には似合わない、どこまでも飛んでいけそうな快晴の青空。そこでは飛行機雲たちが互いに回り込みあい、複雑なループを描いていた。沖田は飽くことなく、美しく遠い空の戦いをながめ続けたバタバタとどこか布団叩きにも似た音。その音は次第に大きくなっていく。どうやらこっちに近付いているようだ。
「ヘリだ。敵のヘリが来たぞっ」 中西が叫んだ。その声に沖田はもそりと頭を上げ、双眼鏡で周囲を確認すると、きらっと光る物が視界に入った。視線の先にはこちらへやってくる戦闘ヘリの姿があった。「けっ、こっちには対空バズーカどころか手榴弾もろくにねぇってのによぉ」 中西が自嘲ぎみに呟いた。「伏せろ!」 沖田が叫んだ。中西がとっさに頭を引っ込めた直後、そのすぐ前に20mmの銃弾が突き刺さり、ビシッビシッと小さな砂埃が上がった。「畜生。このままじゃ俺らも地獄行きだ」「俺もそう思うな」「この調子じゃ、次の休みは三途の川で過ごすことになりそうだな」「冗談はよせよ」と沖田が突っ込もうとしたとき、それをかき消すかのように今度はミサイルが打ち込まれ、猛烈な爆風と熱波で、三人はそのままくぼ地から放り出された。少年が目を覚ますと、沖田が自分に覆い被さるように倒れている。
「大丈夫ですか? 沖田たいちょ……」 肩を抱き起こそうとした少年はぎょっとしてその手を放した。ミサイルの破片が沖田の後頭部をスパッと切り裂き、地面にその中身がぶちまけられていたからだ。中西は自分達より数メートル遠くへ吹き飛ばされ、彼の体は……下半身だけになっていた。 口元を抑えた彼の指の間から吐瀉物が漏れ出した。自分の肩を抱いてガタガタ震える少年目掛けて、中西達を葬った戦闘ヘリが降下してきた。彼は、その20mm機関砲の銃口がこちらに向いているのに気が付いた。
「あ……ああ……」 少年は尻餅を付いたまま後ずさる。軍服から黄色い染みが広がっていくのは、恐怖の余り失禁してしまったからだろうか。
(僕は死ぬんだ。隊長達みたいに、体をバラバラに引き裂かれて……)
すぐ目の前にある機関砲が、大きなトンネルのように見えた。生ある者を地獄へ引き摺り込む、巨大なブラックホール。
……だが、彼目掛けて鉄の雨を降らせるかと思われた戦闘ヘリは、なにか慌てた様子で攻撃を中断して上昇を開始した。それを狙っていたかのように、後ろからミサイルが追いすがり、鈍い爆発音と共にヘリは彼の目の前でバラバラになって地面に落下した。空を見上げると、そこには味方の戦闘機が悠々と上空を飛行していた。日本自衛軍の主力戦闘機。F-15Jだ。見事に敵機を撃墜したF-15Jはすぐさま次の敵を求めて飛び去った。
「た、助かった……」 ほっと溜息をつく少年。そのまま逃げ出そうと立ちあがり……
――途端
少年は頭にハンマーで思いきり殴られたような感覚を覚え、そのままどさりと横向きに倒れ込んだ。体が地面に付いたとき、すでに彼は事切れていた。流れ弾か、狙撃兵が放った銃弾か。鉛弾に当たった少年の頭は半分無くなり、脳や骨の破片が霧状になり辺りの地面にぶちまけられている。
「退却。退却ーー!」彼の周りを日本兵が走り去る。しかし誰一人少年に目を向けるものはいない。皆、自分が生き残ることに精一杯だった。逃げる兵に向かって敵戦車が砲弾を放つ。直撃弾が命中した瞬間。爆発にまき込まれた少年『だった』ものは一欠けらの肉も残さずに消滅した。その場所には生の欠片も、死の欠片も無く、ただ焦げ臭い硝煙野臭いが漂っているだけだった。
ヘリを粉砕したのはジュンが操るF-15Jだった。体重の何倍ものGが彼の体を容赦無くシートに押しつける。 ジュンは目を細めて地上の様子を確認した。至るところで黒煙と炎が立ち上り、十数機もの車両が無残に潰されている。地面に横たわる無数の人影も見えた。恐らく、彼等はもう死んでいるのだろう。「くそったれが……」 彼の脳髄が怒りで沸騰した。
味方のAWACS(空中管制機)からジュン達に向けて通信が入った。「こちら空中管制機スカイネット、味方地上部隊は戦力の四十三%を喪失。航空部隊は味方の撤退を支援せよ」「ミーディアムリーダーより各機へ。聞いての通りです。味方を追撃する敵部隊を一機でも多く撃墜しなさい」隊長からの命令。ジュンは「了解」と答えると眼前の敵に目を向けた。「なんでこんなことを……」 大地を蹂躙する敵軍への憤怒に打ち震え、こちらへ向かってくる敵機目掛けてジュンは憎しみを込めて叫ぶ。
「そんなに戦争をしたいのか!? お前たちはぁーーーーーーー!」
二〇〇八年四月九日 日本近海に天然資源発見の報を機に北方の新生国家『エイリス共和国』が日本に対して宣戦布告。日本戦争が開幕する。日本は自国の存続のために、エイリス軍と戦うことを余儀なくされた。北海道方面から日本へ進軍するエイリス軍に対し、当初は善戦を続けた自衛軍であったが、法の整備不足と装備面の不備のせいで満足に戦えない日本自衛軍は、北海道から進軍するエイリスに次々と敗走、わずか二ヶ月年足らずで、北海道をエイリスに占領されることとなった。
二〇〇八年十月八日開戦から半年経ったこの日、一つの事件が起きる。エイリス軍航空機による民間地域への毒ガス攻撃である。強風の日に決行されたこの無差別攻撃によって、多数の民間人が死傷。わずか一週間の間に、約二万人もの命が失われた。この虐殺事件は、毒ガス散布が薔薇学園を中心に行われたため『薔薇学園の悲劇』と呼ばれることとなる。この大虐殺を切欠に、当初は反戦一色だった世論やマスコミも除々に徹底抗戦へと傾き始める。しかし時既に遅し、このとき自衛軍は戦力の半数以上を失い、北緯三十八度線以北の領土をエイリスに奪われていた。この時点で、もう日本に戦う力は残されていなかった。
二〇〇八年十一月十五日 事態を重く見た日本政府は二つの法案を可決し、起死回生を図らんとした。一つはエイリス軍の首都進行を阻止するための各航空基地および陸上基地の戦力増強。もう一つは民間人の強制徴収。世に言う『根こそぎ動員』である。満十四歳から八十歳までの民間人が、学籍、職業、健康状態を問わずに日本中からかき集められた。その数約五十万人以上。これらを即席の兵士として前線に投入、本土防衛のための「統率された軍隊」を再編するための時間を稼ぐのである。彼ら徴収兵の多くは三年以内に死亡するであろうと言うのが専門家の一致した意見であった。
それから二年。まだ、戦いは続いている――――
次回
―ACE COMBAT ROZEN THERevenger 『第二話 ミーディアム隊』―
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