翠星石が怒った日
翠星石が怒った日(翠星石が変わった日の続き)「うわーい!海なのー早く泳ぐのー!!」「雛苺、走るのはやめなさい!…全くはしたないわ」「そう言いながら一緒に走ってるのはどこの誰ですぅ?」日差しが痛く感じる今日、僕は走っていく三人を微笑ましく見る。発案者は誰だったか、気付けば真紅、雛苺、…それに翠星石と海に来ていた。「チビ人間、何ボケッとしてるですか!早く来るですぅ!」「…だったら、少しは荷物を持ってくれませんか、お嬢さん方?」そう、お約束というか当たり前というか、僕は荷物持ちをさせられていた。全員分のかばんとシートやらで、かなりの重さとなっていた。まぁ…、これがないとしても、彼女らに追いつける自信はないけど。「ジュン、ありがとなのー!お礼にうにゅーあげるのー!」「貴方は私の下僕でしょう?荷物を持つのは当たり前なのだわ」「全く、こんぐらいの荷物で根を上げるなんて情けねーですぅ」やっとで追いついた僕に、三者三様の声がかけられる。唯一お礼を言った雛苺だけにどういたしまして、と言う。…お礼はいいよ、うん。海に来てそれは食べたくない。----------海からそれなりに離れた場所にシートを広げ、四隅にかばんを置く。そこに僕、真紅、翠星石が座る。雛苺は浮き輪をふくらませている。僕は泳ぐ気はないので横になろうとすると、目の前に水筒が現れた。「ジュン、紅茶を淹れて頂戴」下僕にそこまでさせますか。断っても無駄なので、素直に水筒の中身をふたでもあるコップに注ぐ。湯気が出ているから魔法瓶か、と思いながらそれを真紅に渡す。「ありがとう。いい子ね、ジュン」そう言って僕に笑い、優雅に紅茶を飲み始める。もしかしてそれを言うために?と自惚れてみようか。「10℃温いわ!」「仕方ないだろ!?」やっぱりそんなことは無いな。漫才みたいな会話をしつつ、僕はそう思った。----------そんな二人の様子をじーっと見ている一人の少女。実はさっきから気付いていたが、あえて無視していた。しかし、我慢し切れなくなったのか、いきなり怒鳴ってきた。「チビ人間!!」「っ!…そんな大声で呼ばなくても聞こえるよ。で、何?」「え、あー…そのぅ…」呼んでおきながら、急に考え込む翠星石。そのまま十秒ほど待つと、何かを思いついたのか顔を上げた。「翠星石も紅茶が飲みたくなったです。淹れやがれですぅ」「…なんでまた急に。紅茶好きだったっけ?」「急に飲みたくなっただけです。つべこべ言わず淹れるですぅ!」「それはいいけど…、この紅茶は真紅のだし」「私は構わないわ」間髪入れずに返ってきた回答。真紅が自分の紅茶をあげるなんて珍しい。そんなことを思いつつ、紅茶を汲もうとしたところで気付く。「…でも、コップはこれしか無いわよ?どうやって汲む気?」「ガーン!!ですぅ…」結局、翠星石は紅茶を飲むことが出来なかった。----------「そろそろ私も泳ぎに行ってくるわ」そう言って海の方へ歩いていく真紅。既に雛苺も泳いでいるし、一緒に遊ぶんだろう。横にはまだ翠星石がいるが、僕はお構い無しに横になる。「ジュンは泳がないのですか?」翠星石が話しかけてくる。今日、初めて性悪じゃない話し方をされた気がする。しかし、わかってて聞くあたり、やっぱり性悪なのだろう。「僕が泳げないの知ってて聞いてるだろう?」「当たり前ですぅ。嫌味で言ってるですからね、ヒッヒッヒ…」「その魔女みたいな笑い方はやめてくれ、全く…。 まぁ、荷物を見てないと駄目だし、一人は残ってた方がいいだろ?」そう言って、海に行けと手をシッシッと動かす。しかし、翠星石はそれを無視し、僕と同じように横になる。「一人だと死んじゃいそうですからね。一緒にいてやるです」「…はいはい、ありがとうごぜーます」海に来てただ寝てるだけの二人。でも、悪くない。----------子供が騒ぐ声、男がナンパする声、様々な声が聞こえてくる。そんな声の中、近くを通ったお年寄りの声が聞こえてきた。「あらあら、お似合いのカップルねぇ…」一瞬で顔が赤くなる。試しに横を向いてみると、それと同時に顔を背けられた。また自惚れる気はないが、多分顔は同じ色をしてるのだろう。「…カップルですかぁ」「…男女二人で並んで寝てるし、仕方ないよな」苦笑をしつつ、適当な言葉でごまかす。ちょっと前までの僕なら、ありえねぇとか言いそうだが、つい最近の告白未遂?のせいで正直意識してしまった。「全く、うちらがカップルなら真紅や雛苺はどうなるんですか…」「うーん…、雛苺は子供って感じかなぁ」「ぶっ!そういう意味じゃねえですよ!! …まぁ、チビ苺は子供って感じはするですけどぉ…」「じゃあ、真紅は?」「真紅?…真紅は姑ですかねぇ、ヒッヒッヒ!」「あはは…、そりゃいいな。ぴったりだ」「誰が姑ですって?」「「ひっ!!」」二人して叫び、上半身を起こして後ろを振り向く。しかし、眼に映ったのはすごい速度で迫る金色の鞭だった。----------「痛いですぅ…」「自業自得よ」真紅に睨み付けられながら、頬を抑える僕と翠星石。確かに調子に乗ってた僕らが悪いが、この威力は反則だろう。「泳ぐのも疲れたから、辺りを歩いていたのよ。 でも何も無かったから帰ってきたら…、全く失礼なのだわ」「ごめん…。でも真紅、どこから聞いていたんだ?」「『真紅は姑ですかね』あたりからよ。それがどうかしたの?」「いや…」それはグッドタイミングだったのか、バッドタイミングだったのか。とにかく、その前の会話が聞かれなかっただけ良しとしよう。それより…、「なぁ真紅。雛苺はどうしたんだ?一緒に泳いでたんじゃ…」「雛苺?それなら、まださっきの場所で泳いでいるわ。 確か…、あっちの方の海にいるは…ず…?」急に歯切れが悪くなる真紅。その指が指す海を見る。確かに「あった」。雛苺の浮き輪だけが。気付いたら、僕は海へ走り出していた。浮き輪だけ置いてどこか歩いているのかもしれない。あるいは雛苺の浮き輪に似た浮き輪なのかもしれない。でも、今の僕にはそんな楽観的な思考は出来なかった。海に潜ると目を開けて、必死で雛苺を探す。…いた。少し先に、まるで人形のように沈んでいく雛苺が。僕はがむしゃらに泳ぎ、なんとか雛苺の腕を掴む。あとは上にあがれば…、ここで僕の意識は途切れた。「ジュンッ!!」自分の名前を呼ぶ声に気付き、僕は目を開ける。目の前には、涙目で僕を見る翠星石がいた。痛む頭を押さえ、上半身を起こすと抱きついてきた。「ジュン…、良かった…良かったですぅ…!」「翠星石…?あれ、なんで…僕は確か…」確か雛苺を探しに行って、見つけて、掴まえて…「あら、目覚めたのね。ジュン」「うぃー。良かったのー!」横を見ると真紅と雛苺がいた。「泳げないのに助けに行って…、逆に助けられてどうするのよ」「うー、ジュンを責めないでなのー!ジュンはヒナのせいで…」雛苺の声が頭に響く。でも、おかげで大体状況は掴めた。助けに行った僕も溺れて、ライフセーバーかなんかに救助された。そして、先に雛苺が目を覚ましたが、僕はついさっきまで眠っていた。そんな感じに状況分析をしていると、翠星石がうずめていた顔を上げた。「真紅の言うとおりですぅ…。なんでこんな無茶したんですかぁ…」「翠星石…」翠星石は、僕の顔を見ながら大粒の涙を流し続ける。「…友達を、雛苺を失いたくなかったから。…それに」「…それに?」「雛苺が亡くなったら…、真紅やお前が泣いちゃうだろ…?」「…!!」「あの時…、僕が馬鹿だったから翠星石を泣かした…。 すごい後悔したんだ。だから、二度と泣かせるもんかって…」「ジュン…」「でも…、結局泣かしちゃったな…。ごめんな、翠星石」「うぅ…、やっぱりジュンは大馬鹿者ですぅ…。 そんなこと言われたら、泣くに泣けなくなるじゃないですかぁ…」そう言って、頑張って笑おうとする翠星石。その気持ちが嬉しくて、翠星石に微笑む僕。まるでカップルが作る雰囲気にのまれたのか、翠星石が目を閉じて顔を近づける。そんな翠星石を、僕は肩を掴んで止めた。「もう意識はあるんだから、人工呼吸は必要ないぞ?」ピシィッ!!後ろめたさを感じて言った一言によって、雰囲気が音を立てて壊れた。翠星石は顔を離すと、すっと立ち上がって片足を高く上げて、「こ、こ、この馬鹿アホチビ人間ッ!!!」「グフォッ!!!」僕のお腹に振り下ろした。まだ残っていたのか、口から水が溢れた。「ちょ、ちょっと翠星石!さすがにやりすぎよっ!!」珍しく慌てている真紅。「そんなデリカシーのないチビはほっとけですぅ!!」さっさと帰ろうとする翠星石。「うぃー!!まだ、ジュンにお礼言ってないのー!!」その翠星石に引きずられる雛苺。そんな三者三様の声を聞きながら、僕の意識は深い海へと沈んでいった。
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