第三話 「微動」
第三話「微動」「オディールさん?」「ええ」「成る程、わかりました……」「まぁいきなり向かい合って話せるわけじゃありませんし 今日の所は帰って休んでください」「……そうさせてもらいます、また明日来ます」そう言って僕は立ち上がる。まだ少しふらふらするが何とか帰れそうだ。ドアを開けて通路へ出る。「オディールさんはトイレに行かしたので大丈夫ですよ」「わかりました……どうも」通路に居て会ったらまたさっきの二の舞になりかねない。そうならないようにしてくれた白崎さんに感謝しよう。そんな事を思って通路を通ってカウンターの方に出る。横に従業員専用、つまりは白崎さん専用の入り口があるのでそこを通ってカウンターから外に出る。喫茶店のドアを少し開けて外に誰か居ないかを確認する。人が少し居るのを見かけたのでドアを閉めて中に引っ込む。全く此処まで弱い自分が情けなくなってくる。することも無いので時計をずっと見る。ゆっくりゆっくり針が進んでいく。
もし僕が死んだりしても時が止まる事は無いだろう。この時計の針は進んでいくだろう。時の終わりは無い。自分はその中で何の為に生きてるのだろう。何を考えてるんだ僕は。普段勉強などに思考を使わないからこんな変な事を考えてしまう。全く、典型的なダメ人間だ。……気付くと針は10分ほど進んだ所にあった。そろそろ人が居なくなっただろうか?ドアを開ける。人が居ないかを見ようと思って外に顔を出そうと思った瞬間何かが僕にぶつかり僕の体は後方へと飛んでいく。一体何があったのかと思いぶつかった物を見る。見てみると制服を着た人がうずくまっている。服装からするに僕と同じ学校の人。制服に入ってるラインの色を見るからに同じ学年。急いで僕はカウンターの方へと隠れる。鳥肌が立ってきて怖いとしか考えれなくなる。テーブルの下に身を潜める。「い、痛いかしらー……」その人の声が聞こえるが無視する。気付かれて喋りかけられでもしたらとんでもない。「ご、ごめんなさいかしらー!って誰もいないかしら……」音だけなのでよくわからないがパンパンと叩く音が聞こえたので埃を払っていたのだろう。
「誰か居るかしらー?」そう言うと奥の部屋の方から足音がする。白崎さんが声に気付いてこっちに来たのだろう。「はてはて……すみません、取り込んでたもので……」「女性を待たせるなんてなんて人かしらー」「はは……すみません」ぱっと振り向く。謝りながら女性の方に白崎さんが近付いていくようだ。白崎さんのズボンを掴む。すると白崎さんは僕に気付いてくれたようだ。僕に軽く目配せをして女性の方に行く。「お客さんでしょうか……」「違うかしらー」「はて……では何でしょうか?」「今日は暇なのかしらー、だから此処でバイオリンを弾かしてもらってもいいかしら?」「……あの、言ってる意味が理解できないのですが」「見た所此処の店は客が少ないみたいかしら だから此処で曲を弾かせてもらいたいのかしらー」「はぁ……またその理由は何ででしょう? 何事にも理由はあるでしょうに」「そ、そんな事どうでもいいかしらー 兎に角弾かせて欲しいかしらー」「んー困りましたね……」
随分と図々しい客のようだ。いきなりバイオリンを弾かせろなどと意味のわからない事を言って白崎さんを困らせている。一体何を考えてるのだろう?「兎に角弾かせてもらうかしらー」そう言った後テーブルの上に何かを置くような音が聞こえる。少しした後ガチャンと何かを開けるような音が聞こえる。何かはわからないがバイオリンを弾くやらなんやら言ってたので恐らくバイオリンを入れてるケースか何かなのだろう。「おやおや……随分と使い古した……と言うより“使い古された”バイオリンですね」「!」さっきまで騒々しかった女が急に言葉を詰まらせる。使い古された?人を見るのは怖いけどどういう事が気になる。少しの間苦悩した後僕はこっそりと覗く事にした。カウンターからほんの少しだけ顔を出す。白崎さんとさっきの女がバイオリンが乗っかったテーブル越しに向かい合っている。いつこっちを向くかがわからなくとんでもなく怖い。鳥肌が未だに治まらなく再び隠れようとしたが好奇心がそれを止めた。さっき白崎さんが言ってた“使い古された”というバイオリンを見る。
うーん成る程。確かに少しボロっちい気もする。確かに使い古されてるようだがやけに傷などが多かった。 「バイオリンにこんなに傷が付くなんて話は聞いた事が無いですね。 いや傷付けたのでしょうか?それすらあやふや。 “傷付けられた”という事も有り得るのですからね」その言葉で女が体を振るわせる。傷付けたじゃなく傷付けた?って事は他の人が……?「弦の近くに傷がほとんどありません。 自分の演奏中に傷が付くなら大体ここらへんに付くのですのにね。 なのに他の部分に傷が多い。普通ならば傷などつかないような場所に……」「……」「何か理由があるのでしょう?誰にだってあります。 だから此処に来た、言ってごらんなさい。 癒せるかどうかはわかりませんが聞く事は私にも出来ますよ」「……聞いてくれるかしら?」「……ええ、あなたが満足するまで」
白崎さんがそう言うと女は涙を流し始める。何か言おうとしてるようだがうまく喋れてない。しかしこの女に何か事情があるのだろうか?自分と同じような。それから暫く女は泣き続け白崎さんがずっと側に付いていた。30分ほどしてようやく落ち着いてきたようだ。「ところであなたの名前は何なのでしょう?それがわからなければ呼ぶ事が出来ませんので」「……金糸雀……かしら」「成る程、可愛らしい名前ですね。 で、金糸雀さん大丈夫でしょうか?もう」「大丈夫……かしら」「どうにか大丈夫なようですね、ゆっくりで良いので話してみたらどうです?」「そ、そうさして……もらうかしら……」そう言って鼻をすすった後、金糸雀は喋りだした。「こういう……事なのかしら……」
「金糸雀ー?何処の部活に入るのー?」「カナはバイオリンが弾きたいから吹奏楽部に入るかしらー!」そんなやり取りをしたのは入学式の直後。たまたま席が隣になった女の子から喋りかけられた。「ふーん、カナが入るなら由奈も入ろうかなー?」「ホントかしらー?なら一緒に入るかしらー!」この時全く気付いてなかったかしら。だって初対面でこんな事言う人がバイオリンを弾けるかどうかいやそれ所か“興味があるかどうか”なんてわかる訳も無かったかしら。「えーと……あなた達二人ね?入部希望者は?」「うん、そうです。カナと私の二人でーす。仲良しの二人でーす」「く、桑田さん恥ずかしいかしらー!」やけに仲良しだったかしら。いや仲良しというよりやけに“仲良くしようとしてきた”。桑田由奈が。「桑田さん弾いた事ないのかしらー?」「うん……弾けないけど前から興味があったしカナが入るから入ったし……」「なら私が教えてあげるかしらー」「ほんとにっ!?ありがとうっ!」
そして一回目の練習。嵐の前の静けさと言うのか桑田由奈はやけにおとなしかったかしら。「こうやって持つのかしらー」「んーと……こう?」「んーと、ちょっと違うかしらー」「ん……じゃあこう?」「ちょっと手首を右に……」この時が言うならば境界線。彼女の演技の終わりと“遊び”の始まりの。「カナってバイオリン好きー?」「好きかしらー、小さな頃やっててそれで好きかしらー」「へぇーそうなんだぁ、じゃあこんな事をされたらどう思うの?」そう言うと桑田由奈は急に部の備品のバイオリンを拳で叩く。元々ほとんど顧問が放任主義の人でたまにしか練習を見には来なく今日も例外では無く顧問は部活に来ていなかったのかしら。元々部活は入る人がこの二人だけ、しかも二、三年は最初から居なかったので誰もこの光景を見るのは居なかった。「な、なにをするかしらー!?」「んー?楽しいかなぁなんて」
そう言うと由奈は次にバイオリンの弦を取ってピアノを叩く、叩く、叩く。それを金糸雀が止めようとするが止めない。由奈はピアノを叩く事でではなく“必死に止めようとするカナを見て”満面の笑みを浮かべていたのかしら。「たーのしい」「やめる……かしら……」何度言ってもやめない桑田由奈にカナは泣き出して何も出来なかったのかしら……。それが今までずっとだったのかしら。いつも部活に行く度にそうなってずっとずっと虐められていや、“遊ばれてた”のかしら。部の備品に傷を付けないように言ったら今度はカナのバイオリンが傷付けられちゃったかしら……。もう耐え切れなくて今日部活をやめてバイオリンを何の心配も無く弾ける所を探してたのかしら……。
「ざっとこんな所かしら……」金糸雀が話を終える。只の虐めの話なら良かった。それならば此処まで、顔が青ざめるまで気分が悪くなるなんて事も無かったから。彼女も桑田由奈に“遊ばれた”んだ。僕と同じように。それを考えただけでやばくなってくる。「そんな事があったのですか……」「……かしら」「金糸雀さん、あなたは……」白崎が続きを言おうとした瞬間に地面にうつ伏せに倒れてしまう。金糸雀と白崎さんが気付いてこっちを見てくる。金糸雀が見てくる、見てくる、見てくる、見てくる。怖い、怖い、怖い、怖い。何故だ何故だ何故だ何故だ。彼女だって同じ境遇の子なのに。何故怖がるんだ。いや、もういや、いや、いや。うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!其処で意識のブレーカーが落ちたらしい。
また夢を見た。あの夢。悪夢、黒歴史、悲しみ、恐怖とも言えるあの夢。助けて助けて。夢の中で叫んでも誰にもとどかない。心を傷付ける言葉が僕を蝕んでいく。そこで夢は終わった。僕が“逃げた”から。恐怖から。「はぁ……はぁ……」頭を左右に動かす。目の前にある景色は自分の知る光景。此処は……。「家……?」何時の間にか僕は家に居た。確か……そうだ、金糸雀の話を聞いて気分が悪くなったところまでは覚えている。多分それで気絶して此処まで運ばれてきたのだろう。運んだのは恐らくあの店に居た白崎さん、そして金糸雀、オディール。ホント僕が迷惑をかけてばかりだ。「あ……ジュン君」ビクっと体が振るえ後ろの壁へと後退する。誰だ!……と思ったらどうやらノリのようだ。
「わわわわわわわ……」「ご、御免ねジュン君!お姉ちゃん部屋に戻るからねっ!」そう言うとノリは急いで部屋に戻っていった。それは僕が姉との会話もままならないのを知ってるから。このままではもう……本格的にだめだ。今もまだ呂律がうまく回ってない。……明日も“ローゼンメイデン”へ行こう。唯一喋れる白崎さん。そして同じ境遇のあの二人。その三人が居るあの店。傷を……癒そう。心の傷を癒したい。せめてあの二人と喋れるようになりたい。このままではもう……。進むも地獄、戻るも地獄、留まるのも地獄。何処も地獄だ。そして今も地獄だ。どうせ地獄なら進んでみよう。進めるかはわからないけど。兎に角……自分を変えたい。汗ばんで震える弱い弱い拳を握る。届くかはわからないけど手を伸ばそう。理想の自分……強い自分に。
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