ねえ、ジュン
ふと時計を見た。03時35分あと三十分もすれば一日が動き出す。その前に家に帰ろう。そう思った蒼星石はシングルベッドから降りた。「う・・・ん・・そ・・・蒼・・・星・・・石・・・」「じゃあジュンくん。また学校でね」蒼星石はジュンの頬に軽くキスをすると、朝日が登るころにジュンの家を出た。
『ジュンさまと蒼星石さまのお二人が付き合ってるのは、世間には秘密であります』
~『ねえ!ジュン!』~
目が覚めた。ジュンは寝ぼけながら隣を見る。さっきまで彼女がかけていた布団を触ると、すこしひんやりとした。顔を洗い、台所に出ると、既に朝食の用意がされていた。釜を開けると、白いご飯の上に備長炭が乗っていた。ご飯をよそり、チラシをどけると、はなまるハンバーグが鎮座していた。「朝から花丸ハンバーグかよ・・・いただきます」この家にはジュンしかいない。両親は海外赴任、姉は留学。絶対的な放任主義。それもいいさ。いつもジュンは思う。生活はできている。仕送りなんてあまるくらいだ。両親は遠く離れた息子に愛を金銭で表しているようだが、ジュンは冷め切った目で受け止めていた。「・・・ごちそうさま」学校へいこう。
蒼星石がいるから。
「おはよう。ジュン」「おはよう」通学路。見計らったように、真紅がいつも同じ場所で待機している。「・・・寝不足のようね」「ああ、昨日も遅くまで、インターネットしてたからな」ジュンは大きくあくびをして言葉を濁らす。嘘だからだ。「また通販して、クーリングオフを繰り返したりしてるの?あまり、変なことしちゃダメよ。おばさまによろしく言われているのだから」「そうだな」「なにその素っ気無い返事」「いつものことだろ」もう、と言いながら、真紅はジュンのあとをついていった。
『真紅さまはジュンさまの幼馴染であります。お家が近いため、昔からよく行き来しておられました。けれど、かつてのジュンさまの思いは、受け止めてもらえることがず、真紅さまの一方的な愛に、ジュンさまは冷め切ってしまいました』
「おはよう。蒼星石」「おはよう。水銀燈」歩いていた蒼星石の後ろから、水銀燈が駆け寄ってくる。「今朝は遅いのねぇ。昨日はどこかにお泊り?」「そんなわけないだろ。今日は朝練は休みだからだよ。ボクだって毎日毎日、朝早く学校いかないよ」蒼星石は鼻で笑う。「言われてみればそうね・・・」水銀燈は横目に蒼星石の目をじっと見る。(・・・とても純粋な目。もし、蒼星石と・・・ウフフ)「なんだい?」「ううん。なんでもないの!ところで蒼星石、ジャンケンして、負けたほうが買ったほうにヤクルト買うってのはどお?」蒼星石は少し考える。ま、300円前後の出費は痛くない。「いいよ。でもボク、ジャンケン強いよ」
『水銀燈は人には言えない秘密があります。彼女はかわいい、美しいものが大好きなんです。犬でも、猫でも。男でも、女でも』
昼休み―。この時間、いつもジュンはどこかへ消えてしまう。同じ包装をした弁当箱を二つ持った真紅はため息をついた。「どうしていつもいなくなってしまうのかしら」仕方なしに弁当箱を開ける。卵焼き、タコさんウインナ、ブロッコリ、豚の生姜焼き。真紅の好きなおかずばっかりである。「あら、おいしそうじゃない」水銀燈が卵焼きを一つ失敬した。「どうしたの?浮かない顔して?」「ジュンがいないのよ。ここ最近はずっと一人でお昼食べてるみたいで」「・・・そういえば、蒼星石もいないわねえ」水銀燈はあごに指を当てながら、天井を見た。「まさか。二人でいるわけないでしょう?」真紅は食事を続ける。「真実はいつも『ありえない』ことが基本なのよぉ♪」真紅の箸が止まる。まだ昼休みは始まったばかりだ。もしかしたら見つかるかもしれない。「水銀燈。探しにいきましょう」真紅は手早く弁当をしまうと水銀燈と二人一緒に教室を飛び出した。
『お二人は考えられる場所を必死に探しました。屋上、学食、体育館の裏、図書室、PCルーム。しかしどこを探せど、ジュンさまと蒼星石さまを見つけることはできませんでした』
「水銀燈・・・もう・・・ないの?」真紅は息を切らせながら、質問する。「あとー。あとは、剣道部の部室くらいかしら」「たぶんそこね」二人は走り出す。蒼星石は朝は早くから、夜遅くまで練習をしている。部室の鍵の管理を任されていたっておかしくはない。
バン!乱暴に扉が開かれる。中にいた二人は突然の来訪者に驚きを隠せなかった。「ジュン・・・蒼星石・・・なんで?」ジュンの口に運ばれていたおかずがポロリと落ちる。蒼星石のフォークから。「あら♪二人でなにこそこそしてるの~?」心なしか、水銀燈の声は弾んでるように聞こえた。「ねえ、ジュン。答えて!なんで私じゃなくて蒼星石なの?」真紅は悲痛な声を上げながら、ジュンの肩を揺さぶる。ジュンはなにも答えない。蒼星石は真紅の手を掴んだ。「なに?」真紅の声は低く、冷たかった。蒼星石はジュンの目を見たあと、頷いた。「ボクとジュンくんは付き合ってるんだ・・・。だから、真紅・・・わかるよね?」「わからないわよ!今はあなたに話をしてるわけじゃないの!ジュンに!ジュンに聞いてるのよ!」ジュンは口を閉ざしたまま。「答えて!」ジュンは真紅の目を見る。嘘偽りのない目だ。だが。「・・・自分の胸に聞いてみるといい」ジュンは立ち上がると部室を出て行った。「真紅・・・」「なによ!?蒼星石に同情される覚えなんてないわ!男みたいな女のくせに!」涙を流しながら真紅は部室を飛び出していった。残ったのは水銀燈と蒼星石二人。「どうするのぉ?」水銀燈がいたずらっぽく笑う。「ねえ。魔法をかけてあげようか?」「なんの?」「そ れ は 」水銀燈はいきなり、蒼星石にキスをした。蒼星石は『なぜか』抵抗できずに水銀燈に唇を任せている。舌と舌が絡み合い、艶のある息使いが聞こえた。「ぷあッ。なにするんだ。水銀燈」「うふふ。魔法をかけてあげたの。あなたの殻を破る魔法をね。なぜなら私は天使だから」蒼星石は口を拭く。「・・・そんな必要はないよ。さっきの真紅の言葉で目が覚めた」蒼星石は部室を出て行った。
(その迷いの中に見せる真っ直ぐな色。素敵だわぁ)
『ジュンさまと蒼星石さまのお二人の関係をお知りになられて、真紅さまはたいそう凹みました。しかし、その一方で、真紅さまはジュンさまが仰った言葉がわからず、何度も反芻していました。水銀燈さまはじつはお優しいかたなのでした。そして、蒼星石さまの思惑は、いったいなんなのでしょうか?』
夜―。ジュンは風呂に入っていた。昼間のことを思い出す。あれでよかったのか?真紅を傷つけてしまったか?蒼星石は・・・?ジュンはシャンプーをつけ、頭を洗い出す。
ガラッ。
風呂の戸が開いた。ジュンは頭を洗っているため、後ろを振り向くことはできない。だが、誰かは気配でわかった。「ジュン・・・」「なんのようだ?真紅」「昼間の・・・あなたに言われたことがわからなくて・・・だから、私なりに考えたことを・・・」真紅はジュンの後ろへ跪き、ジュンを後ろから抱きしめた。ジュンは背中に真紅の温もりを直接感じた。未発達な真紅の体とジュンの背中が密着する。真紅は何もいわず、ジュンの下半身へ、手を伸ばした。
が。
ジュンはお湯を一気にかぶると、真紅の手を払いのけた。「お前は、本当にバカだな」「え?」ジュンは真紅から離れると脱衣所で体を拭く。湯気で、鏡が曇った。「2.3年前、僕が真紅のことを好きっていったよね?でもその時真紅は笑い飛ばしてたよね。僕は本気だったのにそのくせ、今日の今まで、僕に一方的に愛を押し付けてくる。それってなんか矛盾してないかい?知ってると思うけど、僕の両親は何年も僕や姉さんを放りっぱなしで、金しか送ってこない。もう顔なんて忘れたよ。真紅も、僕の両親と同じじゃないかな?僕の愛は受け止めてもらえずに、自分の我を通すのは」ジュンは真紅の顔を一度も見ないまま、部屋へ帰っていった。真紅はなにも言えなかった。ジュンの言ってることがただしすぎて。自分の行動で、ジュンを苦しめていたことに。
「男みたいな女のくせに!」昨日の真紅の言葉が胸にささる。男みたいな女。なんども言われてきたけれど、あそこまでストレートだと、少し落ち込んでしまう。
なら、100%女になるしかないな。
蒼星石は巻いていたサラシを取り、久しぶりにブラジャーを着けた。下もボクサーパンツではなく、ショーツ。スカートもいつもより、5センチ上に。メイクもナチュラルに。蒼星石はいつもより、30分早く家を出た。ジュンを向かえにいくために。
真紅はいつもの時間。いつもの場所でジュンを待っていた。もう芯から嫌われてしまった。でもこの場所に立っている自分がバカらしくて。
謝ろう。
そう思っていた。けれど・・・。
ジュンは知らない誰かと歩いていた。その人はとても美人で。蒼星石だと気づくのに時間がかかった。彼女とすれ違う人は男性も女性も関係なく振り向いていく。真紅は話かけることもできず、気づいてもらえることもなく、ただ立ち尽くした。(私・・・小さい人間なのね・・・)真紅はジュンの携帯にメールを送った。来なくてもいい。そう思った。
休み時間。ジュンは来た。「あの・・・ジュン。あなたに言わないといけないことがあって・・・」ジュンは無言のまま真紅を見てる。「私・・・今まで、ジュンに酷いことしてきた・・・それがわからなくて・・・・謝りたいの」真紅はジュンに抱きつきたかったが、今朝の蒼星石の顔が浮かんで、それはできなかった。「でも私。ジュンのことが好・・・ううん。もう言わないわ・・・私が悪いんだもの」涙を抑えながら、真紅は続けようとする。「ごめんな真紅。僕の言い方も悪かったな。こんなにも傷つけてしまってな」「ジュン・・・ごめんなさい」
ジュンは真紅の額に軽くキスをした。
『真紅さまは自分がどうあるべきかを理解したかはわたくしどもにはわかりません。ただ、今の真紅さまには蒼星石さまが眩しく見えてしまったのでしょう』
「ねえ、ジュン。一緒に帰ろう♪」授業が終わって間もない教室。残っている生徒は多数なのに、蒼星石は大きい声でジュンの隣にぴょんと寄ってくる。「お前・・・なんか変わりすぎてないか?」「そんなことないよぉ。ね、ね。今日はパフェでも食べにいこう」蒼星石はジュンの腕を引っ張る。「やめろ・・・みんな見てる」「キニシナイキニシナイ」(なんか水銀燈色が出ているような・・・)今日一日で偉い美人に格上げされてしまった蒼星石。これが本当の彼女。キレイな容姿も、かわいらしい性格も、今日一日では違和感があるが、きっとすぐ馴染んでいくだろう。彼女の殻は魔法によって破られたのだから。まだ廊下には部活へいく生徒、帰宅する生徒でごったがえしていた。その中を蒼星石が掻き分けていく。彼女が通ると誰しも振り返った。「ねえ!ジュン!」「なんだよ蒼星石」「今日、セックスしよう!」「なに言って/////」「あはは!だって今まで、キスしかしてなかったじゃない」ジュンに殺意の目が向けられる。
『そして蒼星石さまは駆けていかれました。ジュンさまの腕を引っ張り、・・・・どこまでも』
「真紅」「なに?水銀燈」「ヤクルト、飲む?」「・・・いただくわ」
『ねえ!ジュン!』 ~完~
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