第三十六話 JUMとお祭り
「一つ屋根の下 第三十六話 JUMとお祭り」
夏休みももうあと少しとなった日の夕方だった。僕がリビングへ降りると、姉ちゃんたちが浴衣に着替えていた。「帯が緩いわね。もう少しキツクするのだわ。」「あらぁ、ごめんねぇ真紅ぅ。胸がきついと思って緩めにしたけどぉ……」「……やっぱりこのままでいいのだわ。」すでに漆黒の逆十字の入った浴衣を来た銀姉ちゃんが、真っ赤な薔薇柄の浴衣を着ている真紅姉ちゃんに着付けをしていた。また下らない事でケンカでもはじまりそうだ。「これをこうして……はい……できたよ金糸雀……」「こっちもこれでいいですわ。苦しくないですか?ヒナ。」薔薇姉ちゃんがカナ姉ちゃんの、キラ姉ちゃんはヒナ姉ちゃんの着付けをして上げていた。カナ姉ちゃんは黄色の花柄の浴衣で、ヒナ姉ちゃんはピンクだ。帯が小さい子がする金魚帯なのはヒナ姉ちゃんらしい。一方、薔薇姉ちゃんは紫の薔薇柄の浴衣。同じくキラ姉ちゃんも白のお揃いだ。「ん~……カナもしかしたらちょっと太ったかしら……?少しキツイかも…」「うーい!みんなで浴衣は面白いの~!」いやさ、カナ姉ちゃん。浴衣は多少キツメにするらしいですよ?「お?みんなもう準備できてるですかぁ?」「そろそろいい時間だしね。JUM君は浴衣着ない?」後ろから翠姉ちゃんと蒼姉ちゃんがやってくる。すでに二人はお揃いの緑と青の浴衣だ。「ん、僕は別にいいや。面倒くさそうだしね。」まぁ、私服でも問題ないだろう。うん……姉ちゃん達はみんな浴衣に着替え終わったようだ。さて、出かけるかなってトコで銀姉ちゃんが僕に言った。「じゃあ、最後の仕上げねぇ~。JUM、髪結ってぇ~。」
とまぁ……僕は言われるままに銀姉ちゃんの髪を結い、カナ姉ちゃんの髪を結い、翠姉ちゃんの髪を結う。正直な話、実はこの作業嫌いじゃない。姉ちゃんたちはみんな髪綺麗だし、弄ってて面白いなぁって思う。お祭りの雰囲気が出るように、アップにして簪や小物で髪を留める。うなじが露になって、何時もと違う髪形の姉ちゃん達は何だかとても新鮮だった。「よし、翠姉ちゃんもお終いっと……蒼姉ちゃんは?」「へ?ぼ、僕……?」蒼姉ちゃんは自分は全然呼ばれると思ってなかったのか、ビックリしていた。「うん。蒼姉ちゃん。そのままでいいの?」「……うん、僕は髪も短いしきっと似合わないよ……でも、JUM君楽しそうだね。」蒼姉ちゃんが辞退したので、真紅姉ちゃんが椅子に座る。僕は髪を梳かして、アップにしながら言う。「ん~、結構楽しいよ。姉ちゃん達は髪綺麗だから、弄ってて面白いしさ。」「そっかぁ……」蒼姉ちゃんがシュンとする。僕は少しだけ気になったけど、まだまだ髪を結うのに先が詰まってたので、気にせずに真紅姉ちゃんの髪を結う。これで後はヒナ姉ちゃんとキラ姉ちゃんと薔薇姉ちゃんか。「う~……JUMの指はとっても気持ちがいいのぉ~。」ヒナ姉ちゃんの髪を弄ってるとそんな事を言い出す。女の人って、髪を触られたりするだけでも感覚が敏感に感じ取るらしい。男の僕だと、全然分からないんだけどねぇ。さて、そんなこんなで蒼姉ちゃん以外全員の髪を結い終わると、ようやく僕等は全員でお祭りの会場である近所の神社へ向かった。ただ……蒼姉ちゃんだけが元気がないのが、やっぱり気懸かりだった。
神社はすでに、出店の提灯や人で埋もれていた。「ん~、これじゃぁはぐれてもおかしくないわねぇ。まぁ、家は近いし最悪みんな各自で帰宅ねぇ~。」銀姉ちゃんが言う。確かに、人が多い。カナ姉ちゃんやヒナ姉ちゃんなんかはあっと言う間に人ごみに……「きゃーーー!!か、カナはそっちに行きた……………かしら~~~~……」飲まれました。南無阿弥陀仏。まぁ、いくらカナ姉ちゃんでも家の近辺で帰って来れないって事はないでしょ。「そういえば懐かしいですぅ……よくこの神社で遊んだものですぅ。」翠姉ちゃんが言う。そういえば、昔はこの神社でよく遊んだ気がする。僕等にとって、ここは遊び場であり、僕にとっては……秘密の場所でもあった。そこは、神社の裏側。街を一望できる所で僕のお気に入りの場所だった。嫌な事とかがあると、僕は……いや、僕達姉弟はかな。よく、そこで景色を眺めていた。そこにいると、嫌な事が全て忘れられる。そんな素敵な秘密基地だった。僕はそんな事を思いながら出店とかを見て回る。徐々に姉妹達は人ごみに飲まれたり、出店に留まったりで離れ離れになっていた。そんな時、翠姉ちゃんが慌てた顔で言う。「JUM、蒼星石見てねぇですか?」「蒼姉ちゃん?見てないけど……一緒じゃないの?」一気に翠姉ちゃんの顔が泣きそうになる。「一緒にいたですけど、いつの間にか居なくなってて……それに今日の蒼星石は何か変だったですぅ……」そう、確かに今日の蒼姉ちゃんは確かに変だった。そして……僕は何となくその原因は分かってた。きっと、僕のせいだ。だから僕は……蒼姉ちゃんを探さないといけない。「ごめん、翠姉ちゃん。僕、蒼姉ちゃん探してくるよ。きっと見つけるから。」「ちょ、ちょっとJUM!?」翠姉ちゃんの声は聞こえていたが、僕はそのまま走り出す。きっとあの場所にいる。僕はそう確信していた。その道中……僕は出店であるものを見つけた。
やがて、ついたのは神社の裏側。僕等の幼い頃の秘密基地だ。そこの石段で、蒼姉ちゃんは何やら塞ぎこんだ顔で座っていた。「蒼姉ちゃん……」「JUM君……?どうしてここが……?」僕は蒼姉ちゃんに近づいていき、隣に腰を下ろす。「ここしかないと思ってたよ。だって、ここは僕等の秘密基地だから。」「そうだったね……」蒼姉ちゃんはそう言って再び顔を伏せる。僕はポケットの物をしっかり確認すると、蒼姉ちゃんを正面から抱きしめた。蒼姉ちゃんの髪の匂いがフワッと僕の鼻をつく。手の中で綺麗な髪が流れる。「J、JUM君!?いきなり……その…恥ずかしいよ…」「ちょっとじっとしててね、蒼姉ちゃん。」僕はそう言うと、蒼姉ちゃんの後ろ髪を纏める。露になったうなじがとても色っぽい。浴衣にうなじってどうしてこうそそられるのだろうか。僕はポケットからある物を取り出す。そして、それはバチンと音を立てて蒼姉ちゃんの髪を留めた。「よし……上手く出来たな。」「JUM君……これ……」僕が出店で買ったもの。それはバレッタだった。はめ込まれてる硝子玉が宝石のように輝いている。「蒼姉ちゃんは髪凄く綺麗だからさ。似合うと思って……可愛いよ、蒼姉ちゃん。」姉妹はみんな髪には気を使ってる。でも、僕はその中でも一番蒼姉ちゃんが綺麗だと思ってる。蒼姉ちゃんは、バレッタを確認するように後頭部に手を回す。そして、それを何度も何度も触った。「JUM君……グスッ…エグッ……JUM……くぅん…」蒼姉ちゃんの瞳からボロボロと涙がこぼれて来る。僕はそんな蒼姉ちゃんを抱きしめた。僕の服の胸の辺りがちょっとだけ冷たくなった。
「ごめんね、蒼姉ちゃん。僕がちょっと無神経すぎた。」「JUM君……ううん、僕が勝手にネガティブになってただけだよ。だから…ごめんね。」蒼姉ちゃんの元気のなかった原因は、僕が姉妹の髪を結ってた時の発言だろう。思えば、あのときから蒼姉ちゃんは何だか元気がなかった。「JUM君、このバレッタ…本当に有難う。僕ね、凄く嬉しいよ……」「うん、僕も蒼姉ちゃんに喜んでもらって…嬉しいよ。」僕は蒼姉ちゃんを抱きしめながら髪を撫でる。纏められた髪が風でソヨソヨと揺れる。「だからね……僕の気持ちとお礼……受け取って欲しいんだ……」蒼姉ちゃんはそう言うと、顔をあげて……僕の唇にキスをした。何だか、凄く長い時間が流れた気がする。「ンンッ・・・・僕なんかがお礼じゃJUM君は嫌かな・・・?」「いや、そんな事ないよ。」顔を赤くして言う蒼姉ちゃんは本当に可愛い。少なくても、僕はそう思う。「本当?えへへ……じゃあ……JUM君も証拠見せて欲しいな?」「証拠?証拠って……」僕は再び蒼姉ちゃんと見詰め合う。蒼姉ちゃんは、もう一度目を瞑った。僕は、その瞳と唇に吸い込まれるように、もう一度蒼姉ちゃんとキスをした。長い夏の終わり……それはもう、すぐそこまで来ていた。END
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