LikeじゃなくてLove
ユサユサ・・・。安穏とした眠りの中微かに感じられる振動。「・・・・・・」ユサユサユサ・・・。目覚めを促す小さな囁き。「・・・起きて」ユサユサユサユサ・・・。決して強くは無いが継続して与えられる振動に次第に覚醒に近づく意識。「うぅ・・・」ユサユサユサユサユサ・・・。しかし布団の温もりと夢の継続を求めるジュンはそれを拒む。「・・・朝」
「薔薇水晶~、ジュン起きたぁ?」部屋へとやって来たエプロン姿の水銀燈が尋ねる。ふるふる。「・・・起きない」「しょうがないわねぇ、ジュン朝よぉ起きないとキスしちゃうわよ」ぎゅっ。「あら、ふふ冗談よぉ」心配そうな顔をして、エプロンのすそを掴む薔薇水晶に優しく微笑むと、ベッドの枕元へ近づき耳にフッっと息を吹きかける。突然の刺激に一瞬ビクッっとするジュン。やがてゆっくりと起き上がる。「うー、水銀燈か? おはよ」「おはようジュン。朝ご飯出来てるわよぉ、早く着替えてらっしゃい」そう言って部屋を出て行く。「あぁ・・・ん、薔薇水晶もおはよ」「・・・おはよ」
よそから見たら微笑ましい家族の一コマに見えるだろう。だが彼らは家族ではない。いわゆる『幼馴染』という物だ。
元々両親が仕事で海外に行ったきりで、姉ののりと二人で暮らしていたのだが、彼女が大学進学と共に一人暮らしを始めたのでジュンもまた一人暮らしと相成った。縛られることの無い生活を楽しんでいたジュンだが、やがてカップ麺やジャンクフードばかりの食生活、家事も手抜きばかりで部屋は荒れ放題散らかり放題。そんな状況を見かねた水銀燈と薔薇水晶が押しかけてきたという訳だ。元々家が隣同士で家族ぐるみで付き合いが在った為双方の両親からの反対は無く、逆に『息子を頼む』と合鍵やら生活費の管理やら一切合財を任せてしまった。初めは嫌がっていたジュンだが毎朝の食事から掃除や洗濯までしてもらっている内に頭が上がらなくなっていた。
着替えが終わり階下に降りテーブルに着く。そこには焼鮭、ひじきの煮物、ほうれん草の御浸し、豆腐とワカメの味噌汁、きゅうりと白菜のお新香、納豆、と完璧なまでの和朝食と何故かヤクルトが置かれていた。 「乳酸菌摂らなきゃだぁめ」「どうでも良いけど人の家の冷蔵庫ヤクルトで一杯にしないでくれ・・・」
お昼休み、中庭で水銀燈作の弁当を食べている時の事だ。「ねぇジュン今度の日曜空いてる?」「んー? 特に用事はないけど」甘く味付けされた玉子焼きを頬張りながら答える。「だったらちょっとこの娘に付き合ってあげてくれないかしら」隣に居る薔薇水晶を見る。「薔薇水晶に?」「・・・アッガイ」何処か落ち込んだような声で呟く薔薇水晶。「なんでも今度の日曜に限定品のがんぷらが出るとかで朝から並ぶって言うのよぉ。でもほら女の子一人じゃ不安じゃない? だからぁ、一緒に行って来てくれない?」 「むー、確かに一人じゃ危ないけどな・・・」くいくい。袖を引っ張りながら見つめてくる。「・・・ダメ?」知ってか知らずか並みの男ならまず断れないであろう潤んだ瞳と上目遣い。「うっ・・・」「お昼ご飯奢るからぁ、ね?」水銀燈にまでお願いされて断ったら一部の野郎どもに末代まで祟られそうだ。「はぁ、分かったよ」
そして日曜日、早朝。日が出るか出ないかという時間から並んでいるため指先が冷たくなってくる。「うぅ、寒い・・・薔薇水晶はよく平気だな」それほど厚着に見えない格好をしている割りに平気そうな薔薇水晶は鞄から何かを取り出す。「・・・カイロ・・・あげる」「さんきゅ」
寒さに耐えること数時間、薔薇水晶は無事に『PG1/60アッガイコレクターズエディション』を入手できた。「・・・アッガイ・・・ふふ♪」ガンプラを胸に抱え周りまで幸せになりそうな笑顔を見ていると先程までの苦労も報われるというものだ。
その後昼まで適当に時間をつぶして水銀燈と合流。「お疲れ様ぁ、上手く買えた様ね」「あぁ、早起きした甲斐があったよ」「・・・ん・・・ジュンありがとう」
ファミレスで昼食を済ませてから水銀燈の買い物に付き合う。「うーむ・・・これは嵌められたか」ジュンの両手には大量の荷物が握られていた。「ジュン遅いわよぉ」「ハイハイ今行きま、す・・・よ? って、こっ、ここは」目の前には面積の小さな布が所狭しと並べられ男どもを拒絶する聖域が在った。「ちょ、ちょっと水銀燈!」「なあにぃ?」「ここって下着売り場じゃないか!」「そうよぉ」慌てて抗議するも水銀燈は気にもしない様子だ。「・・・僕は外で待ってるからな」「あらぁ残念ジュンに選んでもらおうと思ってたのに」
それから数分後買い物が終わった二人が店から出てくる。「おまたせぇ」水銀燈はニコニコとしながら袋の中身を取り出していく。「見て見てぇ、これ似合うと思う?」それはやけに面積の少ない黒の布地と紐で構成された如何にもアダルトな下着であった。「ぶっ、何出してんだよ! 見せるな! 早く仕舞え!」「あらぁ、黒は刺激的過ぎたかしらぁ」赤くなってそっぽ向いているジュンをからかいながら次なる武器を取り出す。「だったらこっちはどうかしらぁ」それは先程の物とは打って変わって可愛らしい清純派な白いレースの下着だ。「んなっ!」「お姉ちゃん!」真っ赤になった薔薇水晶が慌てて下着を隠す。「あらぁ、でもジュンは満更じゃないみたいよぉ」そう言われたジュンは水銀燈の下着を見せられた時以上に顔を赤くして俯いていた。
その後も何軒かの店を連れ回されぐったりし始めた頃ようやく水銀燈の買い物は終了した。
(はぁー・・・疲れた・・・)ベッドに横になり体を休める。ふと目にしたカレンダー。(後二週間か・・・どうしよう・・・)
薔薇水晶は服を買うときはいつも水銀燈に見立ててもらっている。自分で服を買おうとするとどうしても値段重視でユニクロになってしまうからだ。「・・・お姉ちゃん放課後空いてる?」「ごめんねぇ、今日は約束があるのよぉ」いつもなら薔薇水晶の頼みならば他の約束を反故にしてでも付き合ってくれるのだが今日は違った。「・・・ん、大丈夫」恐らく大事な用事なのだろうとさして気にはしなかった。
結局駅前のユニクロで服を買ってしまった薔薇水晶はあるものに気が付く。「・・・あれ?」それは手を繋いで宝石店に入っていく水銀燈とジュンの姿だった。「・・・・・・」外からではどんな会話をしているのかは分からない。だが楽しそうにアクセサリーを見ている二人は仲睦まじい恋人同士のように見えた。
この日ジュンは珍しく誰かに起こされること無く一人起きてきた。「ふぁぁ・・・おはよ水銀燈。薔薇水晶は居ないのか?」台所に立つ幼馴染に朝の挨拶をしながら姿の見えないもう一人の幼馴染の事を尋ねる。「ジュンおはよう。何か用事があるからって先に行っちゃったのよぉ」味噌汁の味見をしながら答える水銀燈。「日直か何かかな」ジュンはそういう日もあるよな、と朝のニュースを見始めた。
いつもの様に学食で飲み物だけ買って薔薇水晶を迎えに行く。「おーい薔薇水晶~昼飯食おうぜ」だが今日はいつもと違う返事が返ってきた。「・・・ゴメン・・・友達と約束した」「なら仕方ないな、水銀燈と食べるか」「・・・うん、ゴメン」薔薇水晶は申し訳なさそうな顔で再び謝る。「いいって気にするなよ」その頭をくしゃりと撫でてから薔薇水晶の分の飲み物を渡して中庭へ向かった。「友達と食べるってさ」一人で中庭にやって来た理由を説明しながら弁当の蓋を開ける。「珍しいわねぇ、いつも一緒に食べてるのに」「たまには良いだろ。アイツの人見知りも解消されてきたって事だ」ジュンはさほど気にしていない様子で食事を始めたがだが水銀燈は何処か心配そうな顔をしていた。
放課後、帰宅部の二人は校門で薔薇水晶を見かけた。「薔薇水晶も一緒に帰りましょぉ」いつもなら速攻でついてくるのだが・・・。「・・・寄っていく所ある」「買い物か何かか? だったら俺たちも・・・」「一人で大丈夫・・・じゃ」ジュンの言葉を遮ると次の言葉を言わせる前に走って行ってしまう。「・・・行っちゃったわねぇ」「・・・行っちゃったな」残された二人はいつもと違う薔薇水晶の行動に首を傾げる。「ジュン何か嫌われる様な事でもしたんじゃなぁい?」「んなことしてねーよ」
これといった原因が思い当たらないまま数日が立った。「なぁ薔薇水晶・・・って待てちょっと話聞くだけでいいから」今日もさっさと一人帰ろうとする薔薇水晶を何とか捉まえる。「俺何か気に触るようなこと言ったか?」そう言って薔薇水晶の顔を窺うが反応は無い。「そうだったら謝る、な、だからさ機嫌直してよ」両手を合わせて拝むように頭を下げた。「・・・別に何も無い」話してはくれる物のやはりいつもと違う。
更に数日後。今日も反応の薄い薔薇水晶に根気良く話し掛けていく。「薔薇水晶はもう聞いたか? 駅前のケーキ屋で新作が出たって。しかも新作は3種類だってさ」お気に入りのケーキ屋の話題を振ってみるがやはり反応しない。「あそこのケーキ甘さ控えめで旨いんだよなぁ。今度の日曜にでも3人で食べに行こうぜ」
今日も原因不明のまま終わるのかと諦めかけた次の瞬間だった。「えっ・・・」
薔薇水晶の頬を透明の雫が流れた。
「・・・目にゴミ入った。大丈夫先帰る」服の袖で拭いながら走り出す。「ちょっ、薔薇水晶! 待って」ジュンは驚きつつも慌てて追い掛けた。
相手は体力の無いジュンである逃げ切れると思っていた。だが数十m走った所で地面のわずかな段差に足を取られ転倒する。「あっ、痛っ」その際捻ったのか右足に鋭い痛みが奔る。
「うっ、うっく、ぅう・・・」涙が止まらない、足の痛み以上に胸が痛い。「薔薇水晶! 大丈夫か!?」自分が転んだ事に驚いたのかジュンが心配そうに駆け寄ってくる。
嬉しかった。
「・・・来ないで!」でも口から出た言葉は拒絶。
「・・・もういい、放っておいて。ジュンは・・・お姉ちゃんと幸せになればいい。だから・・・だから優しくしないで」
嘘。放っておかれたくなかった。嘘。誰にも渡したくなかった。嘘。優しくして欲しかった。
しかしジュンは拒絶されようとも歩みを止めなかった。直ぐ近くで屈み込み膝の下と腋の下に腕を入れ持ち上げる、俗に言うお姫様抱っこだ。「・・・や、止めっ」慌ててもがく。「止めない」「・・・離してっ」腕を振って暴れる。「離さない」「・・・降ろし、痛っ」足も振ったとき捻った右足にまた痛みが奔る。「保健室行くぞ」
捻挫した薔薇水晶を保健室まで運び先生に診てもらう。先生は大泣きしている原因が怪我だと思ったのか、あるいは他の何かが原因だと勘付いたのか、何も聞く事無く治療に専念してくれた。先生にお礼を言いつつ少しは落ち着いた薔薇水晶に肩を貸して保健室を後にした。だが保健室を出ると一人で歩いていくつもりか振り払われてしまった。「はぁ・・・」そんな薔薇水晶の前に立ち背中を見せてしゃがみ込む。「ほら、乗れよ」「・・・いい、歩ける」「嘘付くな、乗らないなら家までお姫様抱っこしてくぞ」「・・・・・・」色々と内心葛藤があったのだろう、それでも渋々と背中に体重を預ける。
最初は大人しくしていた薔薇水晶だったがしばらくするとモゾモゾと動き始めた。「・・・やっぱり降ろして」「何で?」「・・・誤解される」「誤解じゃないからいいんだよ」「・・・え?」動きを止めキョトンとした表情の薔薇水晶。「何勘違いしてるか知らないけど俺と水銀燈は何でもないぞ?」「・・・嘘」「嘘じゃないっての・・・」「・・・だって楽しそうにアクセサリー見てた」「あー・・・あれはだな・・・仕方ないか・・・」見られてしまった事の気恥ずかしさと計画の甘さに俯く。それでも決心する。「ちょっと俺の胸ポケットの中身出してくれない?」「・・・?」薔薇水晶は言われて胸ポケットを探ってみる、そこには小さな紙袋が入っていた。「開けてみろよ」袋の中には薔薇の意匠のブレスレットが入っていた。「お前にやる、明後日誕生日だろ」「・・・あ」本気で忘れていたらしい。「はぁ自分の誕生日忘れるなよ・・・お陰で計画も台無しだ」「・・・計画?」「もういい、あーくそー・・・雰囲気出して格好よく決めるはずだったのに」明後日の為にと一週間は悩んで考えていた台詞なんて吹き飛んだ。「一回しか言わないからな」度胸を見せろ、こうなったら直球勝負だ。
「好きだ」言った。「・・・・・・」「Likeの方じゃなくてLoveな」ずっと言えなかった言葉。ずっと言いたかった言葉。
心なしか回された腕が強く締められた気がした。
長い沈黙・・・。告白の熱気も何処へやら冷静になってくると気恥ずかしさが増してくる。「・・・頼むから何か言ってくれよ」沈黙に耐え切れずに問い掛け、振り向く。
「・・・私も好き」頬を朱に染めて真っ直ぐに見つめるその瞳には涙の雫が残っていたが、その顔はこの上なく幸せそうに微笑んでいた。
「うっ、ぅぁ・・・」(ちょっ、おまっ、勘弁してよそれ反則だっての・・・)
その後ジュンは家に着くまで顔を上げることが出来なかった。
-END-
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