『退魔の戦乙女達』十三章
妖気と瘴気に当てられて周りの景色は既にいびつに歪んでしまっている。正直な話こうして自分達が正気を保っていられるのが不思議で仕方ない。今私と銀姉さまの目の前にいるのは日本の数多いる妖怪の中でも最強と謳われている古の大妖怪、妖怪の王とまで言われたあの『白面金毛九尾』だ。とは言えやはり私達二人を相手にしていては余裕もないらしく既に本性である金毛を蓄えた白面の九つ尾の巨大な狐の姿になっている。その両目には既に私の水晶が突き刺さっており視力はもはやない。しかし九尾は鋭い嗅覚によって私達の動きを完全に把握している。それに全くダメージになっていないようだ。 「ち、流石は獣の妖怪ね…嗅覚だけで私達の位置を把握するなん…て!!」水銀燈に向かって猛り狂ったように九尾が襲い掛かる。流石に水銀燈も回避するしかない。翼を使って飛翔し羽を飛ばして反撃をするが羽は悉く九尾の尾によって叩き落とされてしまう。次に九尾はその大きな口を広げてまるで巨大な隕石のような火の玉を幾つも吐き出す。 「ねぇ、あれって狐火………なのよねぇ?」 「ふざけんなってぐらい大きいけど多分…」普通に狐火のレベルを越えていた。これでは大魔法に分類されるメテオスォームである。兎に角これも防御するよりも回避した方がいいと判断した二人はこれをギリギリのところで回避し続ける。九尾の本気を出した猛攻に二人は近付くこともままならずイタズラに二人の体力は消耗され続けてしまう。その時だった、九尾の足元に蔓が纏わりついて動きを封じる。すると今度は超音波による衝撃が妖狐を直撃した。 「これは………」 「水銀燈、薔薇水晶、待たせて悪かったね。」 「蒼星石……翠星石に金糸雀まで…久し振りねぇ。」 「二人とも怪我してねーですか?してたら遠慮せずに翠星石に言うです。」 「怪我はしてないわぁ。まぁ怪我をしていたとしても治療は後回しねぇ。」 「うゅ?」粉塵が止むと其処には全くダメージを負った気配のない九尾の姿があった。足に絡みついた蔓も既に切れ掛かっている。 「そんな、今の攻撃でも全く傷付かないなんて可笑しいかしら!?」 「何の作戦もなしに勝てる相手じゃない………」 「そうだね…此処は皆で力を合わせて戦うのが好ましいね。」しかし九尾もバカではない。作戦を立てる暇を与えまいと此方へと猛進して来た。すかさず翠星石は如雨露から霧を出して全員の姿を九尾から隠す。この霧を通して翠星石にはこの空間にある全ての事象を感知することが可能になりあらゆる感覚神経を通じて薔薇の退魔士達の頭の中に直接語りかけることが可能となり更には逆に翠星石にもこの霧の中にいる存在の頭の中を読むこともできる。そして蒼星石が翠星石に作戦を提示した。それを翠星石は如雨露の霧を使って全員に伝える。 (それじゃあ皆頑張るです!敵の位置は翠星石が教えてサポートするですぅ!)まず、翠星石は金糸雀に指示を出す。金糸雀の持つ結界発生装置を九尾の側面と背後に設置して身動きを取れないようにしておく。此処からが攻撃を仕掛けるところだ。雛苺の蔓と翠星石の世界樹の根を絡ませあい幾つもの巨大な大蛇のようにして金糸雀の造りだした結界の牢獄の中へと九尾を押し潰す。そして世界樹の根によって九尾の妖気と瘴気を吸収し始めた。この吸収攻撃から逃れようと九尾はもがくが雛苺の蔓の大蛇によってしっかりと体中を固定されているので逃れることができない。 「こ、小賢しい…ッ世界樹を使うとはぁ………ッ」九尾は狐火を吐こうとするが霧の中で相手が見えないために正確に狙うことができない。更には世界樹に力を吸い取られているので無駄な力を使うのは合理的ではない。このまま行けば勝てるのだが蒼星石の作戦はこのままゆっくりと力尽きるのを待つほど甘くはない。弱った九尾の止めを刺すために近接攻撃の可能な水銀燈と薔薇水晶と蒼星石が九尾の許へ駆け出す。水銀燈は黒薔薇の剣を、薔薇水晶は水晶の剣を、蒼星石は巨大過ぎる鋏を使って九尾に斬りかかる。しかしその刃は九尾を傷付けるまでには至らなかった。濃縮された妖気が九尾を守る盾となって三人の斬撃を防ぐ。 「おのれぇ…調子に乗るなぁ!!」妖狐は己の九つの尾を器用に動かして四肢に絡みついた蔓の蛇を断ち切り世界樹の根から脱出して接近戦をしていた三人に飛び掛った。三人は避けようとする。しかし水銀燈の体に異変が起こった。彼女にかけられている悪魔の呪いが今になって発作的に発動した。彼女の体に激痛が走り咄嗟の反応を鈍らせてしまう。それを逃す九尾ではない、その大きな口を開けて噛み砕こうとする。しかし薔薇水晶が水銀燈を突き飛ばし代わりに咄嗟に水晶の剣を突き出した右腕を九尾に食われてしまった。負傷している二人を逃がすために金糸雀は九尾の今度は四方に再び結界発生装置を設置して閉じ込める。暫くの間はこれで大丈夫だった。やがて二人は霧があるために少し移動しただけで九尾の視界から消える。 「薔薇水晶、大丈夫!?」 「平気………私は家に帰れば治せるから…」かなりの激痛のはずなのに薔薇水晶は痩せ我慢して平気な様子を装っている。しかし利き腕を無くしたのは相当の痛手だ、これでは水晶の剣は振るえない。怪我人が二人…万策が尽きてしまった薔薇の退魔士達だったが残っていたジュンが九尾に近付く、そして魔眼を開眼させた。その頃、赤薔薇の園では真紅が既に目を覚ましていた。腹部の傷は既に塞がっており肋骨が折れた鈍い痛みはあるものの命に別状はなかった。巴も今では安らかに眠っておりもともと外傷はなかったので回復しているのかはわからないが此処に居れば安全だろう。
それとうろ覚えだが自分を治してくれた黒髪の少女は巴のベッドにうつ伏せて眠っていた。私は自分の毛布を彼女にかけてやる。暫くして真紅は父親に自分以外の薔薇の退魔士達が九尾討滅に向かっているが苦戦していることを知らされる。このままではいけない、そう思った真紅はその体を押して宝物庫へ向かう。其処には何か役に立つアーティファクトがあるかもしれない。 「何をしているんだ真紅。」 「お父様…私は行きます。こうしている内に皆が…ジュンが危ないのでしょう!?私も薔薇の退魔士です。討滅戦で死ぬ覚悟はありますが死のうとは思いません。 勝って、皆と共に此処に帰って参ります。だから…あの神剣の封印を解除して下さい。」 「あの神剣…まさか『神殺しの剱』か!?無茶だ、体調が万全でないお前では反動で扱いきれんぞ!?」 「それでも今の私達には必要でしょう!?九尾の力は既に妖魔を超えて神の領域になっています。仮に倒せても今度は呪があるわ。 それに九尾のあの噂が本当ならばあの神剣がなければ確実にみんな死んでしまいます。薔薇の退魔士が断絶するのよ!?」 「…わかった、しかし絶対に帰って来るのだぞ。」真紅の父親はこんなまだ年端もいかない娘たちにばかりこのような重責を負わせて苦渋の思いを常にしている。しかし何よりも恐れているのは娘が後悔した姿を見ることだったのだ。嘗ての自分が愛娘である彼女と仲違いをして家を飛び出したことを後悔したように。やがてあの神剣の封印を解く、その刃の長さは十の拳分もあり諸刃の剱であった。華美な装飾こそないがその無骨な荒々しい部分が強烈な印象を与える。 「それでは行って来ます。お父様…」真紅は父親に別れを告げて鏡の中へ、『nのフィールド』へ突入しかけがえのない仲間の許へ駆け出す。彼女の父親はその後姿を見えなくなるまで見送っていた。今度はジュンが九尾の前に立ちはだかる。そしてその巨大な獣に向けて彼の唯一の武器、時を操る魔眼を発動した。妖狐の動きは徐々に鈍くなり一度完全に停止する。だがジュンは更に魔眼に意識を集中させる。何時しか彼の黒い瞳は段々と金色の色となり赤色の刻印のようなものがその瞳に浮かび上がる。 「童…お主、いったい妾に何をしようとしているのだ?生半可な術式では妾に対抗することなど…」 「お前の時を喰らっているんだ。」 「時……だと?」 「そう、僕がこれまで数百年という時を生きたのは生けるものの時を、寿命を喰って来たからだ!!」九尾の体に今まで受けたこともないような激痛が迸る。それはまるで直に命を喰われているようなものなので発狂しても可笑しくはない。しかし九尾もまた妖怪の王と言われた存在、そうそう倒れはしないしそれ以上にジュンへの反動が大きい。ジュンの目を中心に顔中に血管が浮き出ていた。それに気付けたのは霧を媒介に今起こっていることを把握できる翠星石のみだった。 「や、やめるですジュン!このままだとジュンが死んじまうですぅ!!」 「ジュンが…ジュンが死んじゃうのぉ!?そんなのヒナいやぁ!」 「落ち着くんだ雛苺!ジュン君も…そんなことをしても九尾の寿命を全て喰らう前に君の体が持たないよ!?」 「じゃあ他にどんな方法があるんだよ!!」止めようとする皆の雑言を一蹴する。一瞬の迷いが出ればすぐにこの術式はキャンセルされてしまう。しかしこの術式さえキャンセルされなければ相手は苦痛のために身動きが… 「身動きが…何だ?」 「な…(あの苦痛の中で動けるなんて…ッ!?)」次の瞬間にジュンの体は中に浮いていた。九尾の前足によって薙ぎ払われたからだった。もはや満身創痍だったジュンには回避することも防ぐこともできなかった。 「童達よ…此処まで妾を追い詰めたのはあの忌々しい陰陽師ぐらいであったぞ。」九尾は更に妖気を増幅させて当たりに撒き散らすと翠星石の如雨露の霧は消し飛ばされ皆の姿があらわになった。 「そんな…まだあんな力を持っていたかしら!?」 「妾の魂は九つある。今までは一つ分の魂しか力を解放していなかったがな…だがもう童との遊びも飽いた。失せよ!」ありったけの妖気を九尾は狐火に変える、その大きさは先ほどのものよりも巨大でもしも放たれればこの辺り一帯が消し飛んでしまうだろう。誰もが死を覚悟したとき、『nのフィールド』から彼女が帰って来た。その手に神剣を携えて狐火を発射されるまえに九尾に斬りかかりそれを相殺してしまう。 「待たせて悪かったのだわ皆…」 「真紅…傷は大丈夫なんですか!?」 「私だって薔薇の退魔士なのだわ…あの程度で寝込んでいては皆に申し訳ないじゃない。それよりジュン…よく頑張ったわね?」 「………心配かけやがって…。」 「今更死にかけの退魔士が増えて何になる!?大人しく妾に消されるがよいわ!!」九尾は再び狐火を繰り出そうとする。しかし真紅はその手に持った剱で再び相殺し更には九つある尾の一本を斬り落とした。呪が発動すると誰もが思ったのだが真紅には何の変化も見られない。 「何故だ!?何故呪が発動しない!?その剱はなんだ!?」 「これは『天之尾羽張』…自身も神でありながら神を殺したと言われる十拳剣なのだわ。」嘗て記紀神話でイザナギが妻を焼き殺した息子であるカグツチを斬ったとされる神剣。その無骨な剱が今、真紅の手の中で繚乱し次々と九尾の尾を斬り落とし続ける。しかしその反動は凄まじく負傷していた真紅の体では5分持てば良い方であった。皆もそれを重々承知していた。真紅の剱が避けられないように翠星石は如雨露の水で九尾の邪悪な妖気を中和し蒼星石は真紅の援護を、金糸雀はヴァイオリンの音波による竜巻で九尾を牽制し雛苺は真紅の足場のために蔓の大蛇を作り出す。そして九尾には最後の尾しかなくなった。九つあった魂は今ではたった一つしかない。そして九尾の本性があらわになる。それは先ほどのような美しい姿ではなく土気の燻った色をした毛の古狐という容貌であった。 「さぁ、これで最後なのだわ…」 「く…何故だ、先刻まで死にかけていた退魔士どもがどうして此処まで妾を追い詰めれる!?」 「それは退魔士の誇りでも報奨金のためでもない………大切な信頼している者達がいるからこその強さ、人はそれを絆と呼ぶのよ!!」最後の一振りを振るい九尾に突進する。九尾も最後の悪足掻きで逃げようとするが倒れていた薔薇水晶の水晶の飛礫と水銀燈の羽で足止めを喰らってしまい真紅により背後から真っ二つに切り伏せられた。その死骸は石となることはなくそのまま消滅してしまい周囲からは九尾の邪悪な妖気はまるで拭き取られたかのようになくなり歪んでいた空間も元通りとなった。戦いの全てが終わった後、真紅は力が抜けて倒れてしまいそうになるが寸でのところでジュンに支えられた。 「やったぞ…勝ったんだ。お前のおかげで…あのバケモノに!」昂揚が抑えられない声でジュンは自分達の功績を称える。真紅はそれに微笑んで度重なる疲労のために気を失った。 「い、生きてるかしら…あの九尾と戦って生き残れるだなんて…」 「あったりまえですぅ!この翠星石と蒼星石のコンビが着いてるんですのから!!」 「ちょっと、翠星石イタイよ…。」翠星石の求愛行動(?)で蒼星石は抱き締められ苦笑いをする。こうして生きていられることが金糸雀も実は翠星石自身も不思議だった。 「うゅ…薔薇水晶、右腕痛くないの…?」 「ん………帰ってお父様に治して貰うから平気…それよりも腕が残ってたらロケットパンチごっこが出来たのに…」この体の節々の痛み、これが生きていると実感できる一番分かり易い方法であると薔薇水晶は感じ今はそのことを内心では喜んでいた。ただ感情に表すことができないだけでこの胸の躍るような躍動感は今にも暴れ出したい気分だった。 「大したものねぇ…あんなに弱虫だったアナタが此処までやるなんて…」今は眠っているかつては自分が見下していた退魔士…それがこの戦いを勝利に導く英雄へと姿を変えた。何故ここまで強くなったのか、水銀燈は考えるがその答えはとっくに分かっていた。ただ自分が認めたくなかっただけで…。 「さーて、辛い戦いも終わったことですしそろそろ帰るですぅ。」 「トモエ、元気になったかなぁ…帰ったら雛苺のうにゅーあげよっと。」 「あ、そう言えばめぐがあっちにいるから迎えに行かないと…ハァ、気が進まないわねぇ。」 「姉さま、家出少女。」 「いや、そもそも家がないしぃ…」結局は此処にいる皆で今夜は打ち上げなるものをやることになった。何て言うか学生みたいな奴だなコイツ等…などと思ってしまうが久し振りに七人全員が揃ったのだ。そう考えてもいいのかもしれない。そして僕等は戦いの傷跡を癒すために『nのフィールド』へと帰還する。今日宿った小さな胸にある勇気と達成感を握り締めて。 「絆…か。」蒼星石は真紅の言ったことを復唱していた。その表情からは双子の姉である翠星石ですら彼女の心情は見抜けなかった。薔薇の退魔士たちの宴が終わった夜の帳…あの壮絶な戦いのあった場所で蠢く影が一つだけあった。それは酷く衰弱した九尾の狐でもはや退魔士と戦う前の威光は殆ど見受けられない。ただし妖気だけは強大でその器である肉体がなくなってしまった以上、それはただのお荷物でしかなく非常に不安定な存在へと成り下がってしまった。
屈辱を噛み締めて生き延び、何時の日にかあの退魔士達に復讐するための執着、其処へあの者があらわれた。 「やぁ、九尾様……どうだい、最強の座からコケ降ろされた気分は?」 「貴様…ッやはりそうだったのか!!その声……貴様もあの戦いの中にいたのだな!?」 「さぁね………けれども君はよくやってくれたよ。退魔士達をあそこまで痛めつけてくれれば大丈夫さ。後は僕が殺るだけだからね。でもその前に…」その者は懐にしまっておいたローザミスティカを取り出す。その禍々しい輝きは普段のときよりも増し、何か底知れぬ空洞に吹き荒ぶ風のような音がした。「僕の糧となるがいい!!」存在の不安定だった九尾の魂は赤い宝珠へと吸い込まれその妖気と更に呪はそっくりそのままローザミスティカの力へと還元された。全てが自分の思惑通りに運んだ、あとは自分がそれを実行するだけ。迷いを振り切り、ただ自分の愛する者と自分のために…。そして狂喜に酔いしれる彼を監視している白い影がいた。目には白い薔薇を蓄えた真っ白な影が…。薔薇「どうも『退魔の戦乙女達』今回は此処まで…」金「何だか今回はキャラが多過ぎて訳分からない気がするかしらー」雛「単純に作者の力量不足なのー」蒼「愚痴はそのくらいにして…えっと物語もようやく動き出す予定かな…」翠「そうです、ようやく翠星石と蒼星石が目立ち始めるです。」薔薇「とまぁ期待を膨らませる発言もこのくらいに…次回予告『宴 ~それぞれの大事なもの~』です。 一応は九尾を倒した後の宴の話らしい…ワケ有りな双子の過去が明らかに?」
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