「ねぇかなりあ、好きってなぁに?」
金糸雀のバイオリンを弾く手が止まる。
「ど、どうしたのかしら雛苺~? いつもは皆好きって言ってるのに……」 雛苺は唸り、ベランダの手すりに肘をつく。「あのね、ひな告白されたのよ」 バイオリンをしまうと、同じくベランダに肘をついてみる金糸雀。「悔しいけど、雛苺は密かに人気あるから……ついにってところかしらー」 教室内では他の生徒達が雑談をしていた。「それでひなね、まだ少ししか話してないけど、その人のことも、かなりあ達のことも好きって言ったのよ」「……雛苺、それは違うかしらぁ……」「うゆ……金糸雀もそんなこと言うのー?」「……カナも?」「その人も、それは違うって言ってたのー……。そういう好きじゃないって……」「っていうかその人って誰なのかしら?」「同じクラスの笹塚君なのー」「何かと廊下に立たされてるあいつかしら……」 ちらり、教室の中を見る金糸雀。 今は昼休みということもあって、平和そうだ。「それでどこが違うの? かなりあー」「そ、そう言われると…………」 ふと時計に目を向ければ、昼休みはもうすぐ終わる時間だった。「とりあえず中に入るかしら。そのことはあとで皆に聞けばいいかしら~」「うぃ~……」
「翠星石、翠星石ぃ」 雛苺は、こっそり制服の裾を引っ張りながら、斜め前の席に座る翠星石に声をかける。 勿論、授業中なので声は小さめだ。「もう、何ですかちび苺。授業中ですよ?」 翠星石は教科書で口元を隠し、黒板を見たまま返事をする。「翠星石は好きな人いるの?」 びくっと一瞬翠星石の身体が震え、教科書で顔全体を隠す。 けれどその隙間からはちらり、誰かをみつめている。「そ、そんなこと聞いてどうするですぅ!」「好きってなぁに?」「な……ちび苺にしては珍しいことですぅ……。 でもそれは翠星石にもよくわからんのです……。蒼星石にきいてやるから、待ってるですよ」「うゆ、お願いなのー」 そう言うと、隣にいる蒼星石に話す翠星石。「というわけなのですぅ。蒼星石、説明してや……」るですぅ、と言いかけて蒼星石の異常の気付く。「え、ぼ、僕には無理だよ、そんなの……っ!」 教科書を立てたまま両手で顔を隠しているが、耳が真っ赤になっている。「……わ、わかったですぅ、しゃあないですねぇ」 そして雛苺のほうを見て「ちび苺、あとで真紅にきけですぅ」「うぃ~……」
空が紅く色づく時間、雛苺はとことこ、帰り支度をしている真紅の元へ行く。 ベランダでの金糸雀によるバイオリン演奏が、教室内に響いていた。
「ねぇ真紅、水銀燈と薔薇水晶はいないのー?」「あら、あの二人なら駅前のケーキを食べに行ったわよ」「うゆ……真紅にだけでも聞くの。真紅には好きな人いるの?」「えっ!?」 声が裏返り、目を泳がせる真紅。顔は夕陽のせいか紅く染まっていて、身体も固まっている。「その好きな人は一人なの?」 真紅は、はっと一度両手を頬に置くと、こほん、と咳払いをし、平静を装いながら「え、えぇ、そうよ」 とこたえた。「ヒナのことは嫌いなの?」「そ、そういうわけじゃないけれど……ちょ、ちょっと体調がすぐれないわ、先に帰るわね」「あ、真紅ぅ……!」 ダッと駆け出して、教室を飛び出す真紅。「うゆ……誰にも教えてもらえないの……」 がっくりと肩を落とすと、自分の机に向かい、鞄を手に取る。 そしてベランダに顔を出すと、「かなりあ、ヒナもう帰るの。また明日なのよ」「わかったかしら、また明日かしら~」 挨拶をすませて、学校を出た。
「皆してひどいのよ……」 ぽつん、と呟き涙を浮かべる雛苺。「な、泣かないのよ、ヒナはもう子供じゃ……」 制服の袖で涙を拭っていると、気付く。「子供だから……わからないの……?」 そう言って立ち止まる雛苺に、声が掛けられる。「どうしたの?」「……トゥモエー!」「相変わらずね、雛苺。私で良かったら話聞くけど……」「トモエ、大好きなのー!」 雛苺の表情が、ぱっと明るくなった。
二人は手を繋ぎ、歩く。「それにしても久しぶりね、同じクラスなのに……。 最近部活も勉強も忙しくて、なかなか話せなかったの。ごめんね」「ううん、いいのよ。トモエと話せて嬉しいの!」「ふふ……。それで、何があったの?」「うゆ…………」 途端に雛苺の顔が曇り、俯いてしまう。
「ねぇトモエ、ヒナはトモエも金糸雀も真紅も蒼星石も……皆好きなのよ。 でも告白してくれた人は、その好きとは違う好きって言うのよ……」 雛苺は続ける。「……それで、どう違うのか皆に聞いてみたのに、誰も教えてくれないの」
心配そうにしていた巴が、柔らかい笑みを浮かべた。「雛苺はとても難しいことをきいていたのよ。 皆違いを知っているけど、それを説明するのはとても大変なの」「そう……なの……?」「そうよ。例外もあるけど、大抵皆自分で知るの。だから雛苺もいつかわかるようになるわ」 少し考えるように、上を向く雛苺。「……うゆ……わかったなの」「その告白してきた人にも、正直に言ったほうがいいと思うわ。わかってくれるはずだもの」「……うん、そうするの。トモエ、ありがとうなのー!」「ふふ、頑張ってね」
休み時間。笹塚の机へ向かい、話し掛ける雛苺。 「昨日はごめんなさいなの。ヒナ、まだ好きとかよくわからないのよ……」 そう言って、恥ずかしそうに目をそらす。「だから、今は友達として仲良くしてほしいのー。 これからたくさん話しかけるから……いいかしら?」 言葉が出ない様子で、何度も大きく頷く笹塚。 雛苺もえへへ、と嬉しそうに笑っている。
「そう・……。よかったわね、雛苺」 昼休み、雛苺の話を聞いて微笑む巴。 しかし、本人はため息をついて続ける。「でもねトモエ……。笹塚君いつも立たされっぱなしで、なかなか話せないのよー……」 そう言ってがっくり肩を落とす雛苺。「それは……」巴が言いかけると、廊下から「お前は次の授業中も立ってろよ」という声がする。 それを聞いた巴は右手で頭をおさえ、「……それは宿命だもの、仕方無いわ」 と、ため息をつきながら首を左右に振った。 雛苺が首を傾げていると、時計が休み時間の終わりをしめした。
終わり
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