居場所
私は学校が嫌いだった。いや、違う、学校が私を嫌っている。私の名前は真紅、一応帰国子女だ。それなりに裕福な家庭に生まれ何不自由なく育った私は一際自尊心が高かった。それが災いして私はいつも学校では孤立している。最初は何とも思わなかった、庶民が私に着いて来れないだけだ。と誤魔化していた。けれども、最近はどうして私は此処にいるのか分らなくなった。
真紅「私は…どうして此処にいるの?」
思わずこんな愚痴をこぼしてしまう。今日も独り昼休みに自分の席でお弁当を食べている。周りを見てみたらみんな何かしらグループを作ってはお喋りしながら一緒に食べていた。
真紅(別に羨ましくなんてないのだわ…食事中にお話するなんて無粋なのだわ…)
なるべく周りを見ないように真紅は俯いて食事をする。その後は決まって持って来ておいた文庫本を読む。それで昼休みが終わるのが日常だった、だが今日は違っていた。
「何読んでるんだ?」
急に声をかけられて驚き視線を本から声の主の方へと向ける。其処には眼鏡をかけた見知らぬ顔があった。
真紅「貴方誰なの?」「ああ、僕は桜田ジュンだ。」
桜田ジュン?そう言えばそんな男子がクラスにいたような気がする。あまりぱっとしない容姿なのに一部の女子には結構人気がある…
真紅「それで?その桜田君が私に何の用なの?」J「いや、だから一体何の本読んでるのかなぁーって…」真紅「別に貴方に教える義理なんてないのだわ。」
いつもどおり素っ気無い態度で相手を突っぱねる。それでもジュンは何処からか椅子を持って来て向かい側に座って本を読んでいる真紅を見ていた。
突っぱねられてもジュンは無言のまま真紅を見ていた。真紅はそんなジュンを無視してずっと本を読み続けていた。どうせすぐにいなくなる。そう思って放っておいたがジュンは一向に何処かへ行く様子がない。
真紅「貴方、一体何なの?黙ってずっと見てて…」J「いや、君とは一回も話したことないから気になってさ。」真紅「私は貴方とは話すことなんて何もないわ。」J「あるだろ、君の名前とか何が好物なのかとか好きな色とか何が好きなのかとか色々さ。」
帰国子女を珍しがって興味本位で聞いてきてるのだろうか?そう思って苛立った真紅は抑揚した口調で一気に言い切った。
真紅「私の名前は真紅、好きなものはハンバーグで好きな色は赤色、それで好きなものは本よ。 生憎と帰国子女と言っても中身は普通の人間なのだわ、珍しくも何ともないの、わかった?」J「そ、そっか…」真紅「分ったら何処かへ行って頂戴、読書の邪魔なのだわ。」
ジュンは困った顔をしていた。そのまま何処かへ行ってしまえばいいと真紅は思っていた。どうせ一時の興味だけなら誰にも相手にされたくない、何時しか真紅はそう考えていたのだ。しかしそれでもジュンは椅子から腰を上げない。
真紅「……どうして貴方はこんな私を構うの?」J「え、そうだな…特に目的とかはないんだけど…」真紅「目的もないのに付き合わされる私として迷わ…」J「だってさ、友達になるのに目的なんていらないだろ?」
私は黙った、彼は今なんと言ったのか理解に苦しんだ。私なんかと友達に…?どうかしてるとも思った。けれども、不思議と不快ではない。
真紅「いいわ、けれども庶民の貴方が私と対等だなんて思わないで欲しいわ。 貴方はこれから私、真紅の下僕になるというのなら傍にいることを許してあげるわ。」J「下僕って…まぁ、それでもいいか。ヨロシクな。」
最後の距離を置くための虚言でも彼は退かない。
真紅「そ、そう…なら好きなだけ傍にいなさい(///)」
結局引き返せなくなった真紅はそのまま彼と昼休みを過ごすことになった。
その日の夜、自室のベッドで真紅は頬杖をついて横になっていた。其処で昼間のジュンという少年のことを考える。変わった人だった、普通なら下僕なんて呼ばれたら不快感を覚えるのに。どうして私につきあってくれたのだろう?こんなに性格の悪い私なのに…それでも、これからは昼休みを独りで過ごさなくて済むと考えたら明日が楽しみに思えた。お気に入りの犬のぬいぐるみを持って来て真紅は毛布の中に入る。
真紅「ねぇ…くんくん、私『友達』が一人出来たのだわ。 今までは貴方だけしかいなかったのだけど…私、少し嬉しい…」
犬のぬいぐるみを抱いて真紅は眠った。今までは寂しそうな寝顔が今夜は少し嬉しそうだが困惑した寝顔だった。
そして翌日の昼休み、真紅はまた自分の席でお弁当を食べていた。其処へ昨日の少年ジュンと他に二人の女子が来ていた。
J「今日はコイツ等も一緒なんだけど…いいかな?」真紅「ま、まぁ別にいいのだわ…(こんな大人数でお昼ご飯…(///)」蒼「僕は蒼星石、よろしくね真紅さん。」翠「翠星石です、しゃーねーからヨロシクしてやるです。」真紅「む…別に仕方なくあら仲良くなんてしなくてもいいのだわ。」
思わず翠星石という女子の高圧的な言い方に反感を覚え言い返してしまう。言われた本人も少し呆けていた、もしかして嫌われてしまったかもしれない…。
翠「な、な…」蒼「ゴメンね、翠星石はこんなこと言ってるけど本当は君と仲良くしたいって思ってるんだ。 だからちょっと口が悪いけど見過ごしてやってくれないかな?」真紅「だったら別にいいのだわ、気をつけて頂戴。」
和やかな昼休みの空気に反して此処は少し緊張した空気が流れていた。
J(やっぱり行き成りこの二人を合わせたのは失敗だったかなぁ…)(汗
取り合えず後から来た三人は弁当箱を開けてそれぞれの昼ご飯をつつき始める。
J「お、その煮物美味しそうだな。」翠「とーぜんです、翠星石が作ったから美味しいに決まってるです。 しゃーねーからジュンに一個恵んでやるです。」
それを契機にお弁当のおかずの交換が始まった。私も参加してみたい…そう思ったのだが真紅の弁当はサンドイッチでもう後一つしかなかった。仕方なく三人がおかずを交換しあう様子を見てることしか出来なかった。
一人だけもう食べ終わった真紅はすることもなく本を読み始める。
蒼「何の本読んでるの?」真紅「…ドストエフスキーの『罪と罰』なのだわ。」蒼「ああ、あれか。あれを読んでると世界を動かす人って何なんだろうって(ry」
少しの間蒼星石という一見男の子っぽい女子と小説の話で会話が弾んだ。こういう話題を共有しあえる人のことを『友達』と言うのだろう。真紅はジュンと蒼星石とは上手く付き合っていけるような気がした。
翠「ジュン、今日の放課後暇ですか?」J「別に暇だけど?」翠「じゃあ、しょーがねぇですから翠星石の買い物につき合わせてやるです。」J「何だよそれ…けど断る用事もないしつきあっても…」
駄目よ!突然大声を出す真紅に蒼星石も翠星石もジュンも驚いた。
真紅「ジュンは私の下僕なのだから私の許可もなしに勝手に何処かへ行っては駄目なのだわ!」
真紅自身も驚いていた。自分は何を言っているんだろう?ひょっとしてとんでもないことを言ってしまったのではないか?
翠「な、何ですって!?ジュン、それは本当なのですか!?」J「えーと…まぁそういうことになってる…(汗」
今やクラスは普段は静かな真紅の言った爆弾発言にざわついている。真紅は顔中が火照ってくるのがわかった。
翠「ちょっと待つです!そんな勝手なこと許さんですよ!?」真紅「勝手も何もジュンが自分からそれでいいって言ったのよ? だから私の了承もなしに下僕を連れ回すのはやめて頂戴。」
翠星石はジュンの方を睨む。ジュンは引きつった笑みを浮かべざるをえなかった。それを見て翠星石はワナワナと震えだす。
翠「そんな人のことを下僕と言うなんてお前はとことん性悪です!」
それを聞いて真紅の堪忍袋の緒が切れた。
真紅「いいわ、だったらもう三人とも私のところには来ないで!!」
真紅は席を立ってそのまま教室を出て行った。ジュンにはわかっていた、去り際に彼女が泣いていたことを。
翠「全く、どうしてジュンはあんな奴の下僕になったですか?」J「…あの子さ、ずっとクラスに馴染めてなかったんだよ。」翠「え?」J「いつも昼休みは俯いて弁当食べてるか本ばっか読んでて… でも、たまに不安そうに寂しそうにみんなを見てたのをこの間見つけたんだ。 本当は寂しがり屋なのに…いっつも我慢してたから…ッ」
次の瞬間、ジュンも席を立って真紅の後を追った。残された翠星石と蒼星石はそんなジュンの後ろ姿を見ていた。
翠「………」蒼「僕らも行こうか。」翠「はいです…」
真紅は当ても無く校内を走っていた。やがて中庭の人気のない木陰に一人座り込んでいた。もう誰も傍に居て欲しくない、誰も私に近付かなければいい。しかしこの時期の外は予想以上に寒く走って温まっていた体もすぐに震えだした。かじかんだ手を自分の吐息で温める。白い吐息は口から出てはすぐに消えていった。自分もこの白い吐息のように消え去りたい。そう思っていたら背中に何かが被せられた。
J「こんな所にいたのか、風邪ひくぞ?」
ジュンが此処に来ていた。背中を見ると彼の上着が被せられていたのだ。
真紅「…それはお互い様なのだわ。上着を着てないと貴方も風邪をひくわ。」J「お前がちゃんと校舎の中に行くまで僕も此処にいる。」
自分の隣にジュンは腰掛けた。見るとジュンの手も冷えて赤くなっている。
真紅「もういいのよ、下僕なんてやらなくても…貴方はあの二人と居れば…」J「じゃあお前はどうなるんだよ。」真紅「私はいいのよ…また元に戻るだけ。」J「でも前だって寂しそうにしてたじゃないか。」
寂しそうにしてた?私が…?
真紅「甘く見ないで、今までそうして来たのだからこれからだって…平気…よ…」
そうだ、寂しくなんてない。今までだってこうして生きてきた私は独りでも大丈夫…。
J「だったら…どうして今泣いてるんだよ?」真紅「………ッ」
ジュンに言われて初めて気付いた。頬を生暖かい涙が伝う感触…涙の痕は凄く冷たかった…
J「本当はずっと寂しくって泣きたいのも我慢してたんだろ?」真紅「…うん…ッ」J「だけど意地っ張りだったから素直になれなかったんだよな?」真紅「うん…ッ」J「僕はお前がなんと言おうと下僕であり友達だ。これだけは本当だからな。」真紅「うんッ」
涙が止めどなく溢れる。ジュンは真紅の頭をぶっきらぼうに優しく叩いた。手は冷たいけれども、心は温かい…
暫くすると翠星石と蒼星石がやって来た。真紅は思わずジュンの後ろに隠れる。少しの間四人に沈黙が流れる。
真紅&翠「「あの…」」
二人は同時に喋りだす。
翠「そ、そっちからどうぞです…」真紅「いいえ、貴女から言って頂戴…」翠「あのですね…さっきは、ごめんなさいです… 真紅のこと、ちっとも知らないであんなこと言って…」
翠星石は頭を下げて謝っていた。思わず真紅は焦る。
真紅「あの、そんなことないのだわ… 私の性格が悪いのは合ってるし… あの時は初めて出来た友達のジュンが他の人と仲良くするのが嫌で…ごめんなさい。」翠「そのことなんですけど…真紅も来るですか?」真紅「いいの?私なんかが行っても…」翠「何言ってるですか、翠星石と真紅はもう友達です。遠慮なんてすることねぇですよ。」
真紅は困惑した顔でジュンと蒼星石を見る、二人とも笑って応えてくれた。
真紅「ありがとう…みんな…」
真紅達は放課後にスーパーに行った。翠星石がジュンを誘ったのは米を買うから持って貰うためだったらしい。初めての友達との買い物に真紅は嬉しくもあり何故か緊張もしていた。
J(本当は上がり症でもあるのかもな…)
そして買い物も終わり皆はそれぞれの家へ帰宅した。夜になり真紅は自室のベッドにまた犬のぬいぐるみを持って横になっていた。
真紅「くんくん、今日はね。ジュンと翠星石と蒼星石で買い物に行ったのよ。 色々あったけど…私はやっと自分の『居場所』が見つかったわ。今までありがとう…」
やはりぬいぐるみを抱いて真紅は眠りの世界へ落ちる。その寝顔にはもう困惑も寂しさもない、ただただ幸せを噛み締めている。
自分は独りだと思っていても誰かがきっと自分を見ていてくれる。『居場所』というのは案外その辺に転がっていて気付かないでいるだけかもしれない。貴方は貴方の『居場所』を大切にしてあげて下さい。 The END
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