海開き
今日は海の日。 近所にあるこの海水浴場も一昨日に海開きがされたばかりだった。 朝こそはあいにくの天気だったものの、昼からはすっかり晴れ渡って、真夏の強い太陽が容赦なく照り付けている。 祝日ということもあって、多くの人で賑わっていた。 家族連れや友達同士で…… そして……女連れも。
「ついに来たぞ、JUMよ!俺はずっと待ちに待っていたぞ!」 声を高らかにあげるベジータ。 アロハシャツに黒のトランクスという出で立ちがいかにも軟派っぽい。「何が?」 何のことやらさっぱり分からないが。「決まっているではないか。青い空、青い海、まぶしい太陽……そして色とりどりの水着を身に纏った女達!やることといえば一つ!」「ナンパかい?」 ベジータの性格から考えて、このようなものだとは大体想像はついていた。
しかし、懲りない男である。 僕とは昔からの親友だが、彼がプロポーズした女はかなりの数に上る。 だが、ことごとく失敗。 おまけに、木刀で殴られそうになったり、鋏で去勢されそうになったりといった修羅場も体験している。 でも考えてることは変わっていない。
この日も、暇だというので海に行くことにしたのだ。 確かに僕も家で一人でネットばかりしているのも不健康だと思い、友人の誘いという事でいったのだが。 実はさらに真紅も誘おうと思ったのだが、朝早くから翠星石や薔薇水晶と別の場所の海開きに行った様子だった。 まあ男二人で楽しむのも……なんだかなぁ。「むっ?あれは雛嬢と金嬢ではないか?」 ベジータが指差すと、確かにその先には。
「かなりあ~、早く来るの~」「ヒナ、待つかしら~」 沖合いでは雛苺と金糸雀が浮き輪をつけて、ばちゃばちゃと水しぶきを上げながら泳いでいるのが見える。 黄色のワンピースの水着の金糸雀にピンクのフリルのついた水着の雛苺。
「彼女らもここに来ていたとはね……」「身内に知られるのはまずいな。こちらに気付いていないようだから、早く行くぞ」 さっさとその場を離れるように促すベジータ。「ああ……」 僕は返事はしながらも、ある一点に目が釘付けになっていた。 幼児体型の金糸雀ではなく……雛苺の胸元に。 顔や体型は幼い小ぶりな女の子なのに……胸のふくらみだけは異様に飛び出している。 思わず、彼女のそんな姿に見とれてしまう。
おっと、僕も早く行かなくては。 彼女らに見られて、ナンパしているなんてことを真紅にチクられたらそれこそどえらいことになる。
「おっ、あの子なんか結構いいではないのか?」 ベジータは近くにあったビーチパラソルの下で寝転がっている一人の女の人を指差した。 長い黒髪。 バランスがよい体型に、白い肌に黒のワンピースの水着。 顔つきは物静かで、どこかのお嬢様といった雰囲気だった。 でも……どこかでこの人を見た気が?「ボサっとしているのなら、俺が行くぞ」 早速行動に出るベジータ。
「お嬢さん、お一人ですか?」「い、いえ。友達と来ているのですけど。ちょっとかき氷を買いにいってて」「そうですか、私も友達連れで来ているので、一緒に遊びましょう」 ベジータは意気揚揚と彼女に話し掛けながら、僕を指差す。「は、はあ」 その女の人はベジータの問いかけにしどろもどろしながら答える。 普通の人なら、興味が無いなんて言って突っぱねている所なのだけど、彼女はそんな素振りは見せない。どうやら、こうした男達への扱いには慣れていないようだった。
その女の人は僕をじっと見ていた。 あれ?何で? 僕はただじっとその場に突っ立ったままで、彼女をじっと見ていた。 やっぱり、どこかで見たことが……。「何だ?JUMお前の知り合いか?」 ベジータが怪訝そうな顔で問い掛ける。
その時。
バチャッ!バチャッ!バチャッ! 何か……カキ氷のようなものを落とす音が3つ聞こえた。 そして、背後からは物凄い殺気を感じた。
……え? 僕は後ろを恐る恐る振り返った。
「桜田君……」「ベジータ……ナンパしてるなんていい根性しているね……」 感情を押し殺した二人の女の声。それも聞きなれた人の……。
「と、巴嬢に蒼嬢!?」 ベジータが顔を引きつらせながら、二人の方を見た。
木刀を肩に担いだ柏葉。 大きな鋏を手にした蒼星石。
「……一遍殴られたい?」「斬られたい?」
黒のビキニの水着の柏葉に、水色のパレオ付きのセパレートの水着の蒼星石。 普通に見ていたら、水着姿もよく似合う年頃の女の子なのだが。 手にしているものと、口から出た言葉は明らかに不穏なオーラを周囲に漂わせている。
「まあ、柏葉君はそんなことするわけないのは分かっているから……ベジータ、一緒に話でもしましょ」「ま、待て!」「君の選択肢にNOの言葉は無いから」 両腕を彼女達に強く掴まれる。そして、強引に引きずられていって。
「これからが本当の地獄だ……」 海の家の裏側へと引きずり込まれるベジータ。 そんな彼を見て、脳裏にはドナドナの唄が流れていた。 合掌。
「桜田って……まさかJUMさん?」 先ほどまでベジータがナンパしようとした女の人がはっとした顔になる。「確か……柿崎さん?お久しぶりですね」 ようやく思い出した。 水銀燈の友達の柿崎めぐさん。 昔から病弱で入退院を繰り返していて、会ったことが少なかったから正直忘れていた。「海水浴なんか来て……病気の方は大丈夫なのですか?」「大分ましになりました。3ヶ月前に大手術を受けて、病気も一気に快方に向かいましたから。先月退院して、今では何やっても問題ないです。 手術費8000万も掛けただけありましたわ」 はあ、そんなものですか? 確か聞いた話では難病だと聞いたのですけど。 しかし、そんなとてつもない高額の手術費とは……。
「今日は柏葉と蒼星石と3人で?」「ええ。元気になれたのだから海に行こうってことになって。本当は水銀燈も連れて行きたかったのだけど、彼女朝から雪華綺晶さんと別の所で海開きに行くって。蒼星石のお姉さんや雪華綺晶さんの妹さんや笹塚さんも一緒だったけど……」 何?笹塚もだって。 あいつも結構抜け目ないな。 しかも、翠星石と薔薇水晶といるってことは……真紅とも一緒にいるってこと? 思うと何か腹立たしくなってくる。「でも、水銀燈ったら、ガッツリいくなんて息巻いてたから」 ガッツリ? よく分からない。 でも、まあいい。
「桜田君、お待たせ」 見ると、柏葉と蒼星石が戻ってきているのが見えた。 先ほどの不穏な空気は無い。「や、やあ……それで、あいつは?」 僕は先ほどのこともあり恐る恐る声を掛ける。「彼ならしかるべき措置をして、しかるべき人に引き渡してきたよ」 微笑を顔に浮かべながら答える蒼星石。 な、なにをしたのだ?「梅岡大先生喜んでたよ……やらないかって」 はあ、そうですか、柏葉。 ベジータの末路はだいたい想像がつく。 やっぱ、合掌。「まさか、JUM君もスケベ心があったなんて言うわけないよね……もし、そうじゃなかったら……嫌だよ」 表情に影を落としながらじっと僕を見つめる蒼星石。 やっぱ、怒らせたら怖い。
その後、僕はめぐさんと柏葉と蒼星石で海水浴を楽しんだ。 途中、先ほど見た雛苺と金糸雀とも合流して、大いに盛り上がった。
「やっほー……遅れちゃってごめん」 3時頃には、薔薇水晶までもやってきた。 彼女の紫のセパレートの水着に思わず見とれてしまう……じゃなくて、そういえば彼女一人で来たのが気に掛かる。 水銀燈らは?「今は離れられないって。夜になったら帰るって言ってた」 彼女の言うことが今ひとつよく分からないが、まあ真紅らと思い切り楽しんでいるってことだろう。 それはそれでいい。 しかし、真紅らに囲まれてハーレム状態でいるとは……笹塚、後で覚えてろ。
結局、夕方で切り上げることにした。 結構楽しかった。また、彼女らと行こう。
「よかったら、今から寿司でも食べに行かない?今日海の日だし……」 薔薇水晶がいきなりそんなことを言い出した。「え?いいけど」「だったら、行こう。私のおごりでいいから。今日の海開きではサムのおかげで金は結構入ったから……」 やっぱり彼女の言っていることの内容がよくわからないが、おごってくれるのだ。大いに結構。僕もその誘いに乗った。もちろん柏葉らも乗ったのは言うまでもない。
同じ頃――JUMがいた海水浴場から15キロ離れた大型パチンコ店にて。 イベントを示す電光掲示板には、『本日海開き!当店自慢の150台のCRスーパー海物語が織り成す出玉のビッグウェーブを楽しもう!』なんていう文字が流れている。
「……逃げ出したいけど、それやったら後が恐い……」 笹塚は震えながら、とある一角を物陰からじっと見ていた。 本日のイベント対象のCRスーパー海物語のシマの一つ。 祝日という事もあって多くの人で賑わっていて、台によっては10箱以上積んでいるところもある。 それなりに出ているようには見えるのだが……勝つ人がいれば負ける人も当然出てくるわけで……。
そのシマの中ほどにいた、4人の女も例外ではなかった。
「開店から来てこんなザマなんてありえないのだわ」 手にしていた紅茶のペットボトルを手にして、不機嫌そうに台上のデータカウンタを睨みつける真紅。 既に1863回ハマっている。手元のドル箱からは玉が無くなって底が見えかかっていた。「遠隔でもしてるんじゃないのぉ?」 手にしていたヤクルトの容器を握りつぶす、怒り心頭の水銀燈。 前の当たりから2015回も回しても当たりが来ない。「ちげえねえです。翠星石なんか、魚群10回もスルーしたですよ」 そう言って、缶ジュースの空き缶を握りつぶす翠星石もやっぱりハマっていた。その回数2367回。「……ここまで回して単発。後で火を放ってやりますわ、この店。ふふふ……」 単発当たりにがっくりしながらも、吸っていた煙草を怒りに任せて手元の灰皿でもみ消す雪華綺晶。その回数2783回。 彼女らの手持ちの金はすでに底をついていた。 もちろんドル箱は1つも積んでいない。「しかし、薔薇水晶ったら勝手に帰るなんてあんまりなのだわ」「まったくです!」「彼女、16万勝ちでしょ。あとで覚えてなさぁい」「せっかく、あの子から玉を借りてやってたけど……まあ、笹塚がいるからどうにかなるでしょ」 そう言って、彼女らは笹塚の方に不気味な笑みを向ける。
「「「「貴方は逃げないわね(わねぇ)(ですね)(ですわね)」」」」「ひっ……そんな滅相も無い」 足元をがくがく震わせる笹塚。 朝からこのパチンコ屋に強制連行された挙句、金づるにされていたのだった。折角取った勝ち分も手元の金も彼女らに毟り取られてすでに無し。 挙句の果てには彼女らに貸す(返ってくる保証は無い)金を下ろそうと銀行のATMを数往復する始末に。「こうなったら、閉店まで勝負よぉ!」 思い切り息巻く水銀燈に大きくため息をつく笹塚であった。 地獄の『海開き』はまだまだ終わりそうにないようだ。
-fin-
注意:18歳未満の人はパチンコを打ってはいけません。
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