『最終電車にて』(その5)
注:この章では微妙に死にネタが入っています!ご注意!
また、『※※※※※※』を境に場面自体が切り替わっています。
※※※※※※
12月10日、24時30分―― ○○電鉄、運転指令室。
中では指令員の男が数人、突然起こった異常事態に慌てふためいていた。
同日、24時20分頃、四方駅を定刻の10分遅れで出発した最終の1759F普通列車が、次の停車駅の三瀬川駅を通過。列車は暴走を続け、その次の駅も通過。 推定時速125キロで暴走を続けていた。 ATSが作動しているはずなのだが、なぜか停車しない。 ブレーキが故障しているものと推測された。
該当列車の運転士および車掌への無線の交信を試みるも、応答なし。 この区間は、風芽丘駅までの区間は下り勾配が続いていて、速度は上がったままになってしまう。風芽丘駅以降は登り勾配に転じるものの、速度から推測して、その3つ先の中丘町駅で最悪の場合、先行の2335F快速列車に追突する。 その場合、大事故になるのは目に見えていた。
とにかく、2335F列車を風芽丘駅の次の海鳴駅で運転を取りやめさせ、乗客を降ろして安全側線に退避させた。 その前を走る列車についても、さらには対向列車についても同様の措置が取られた。 だが、線路形状は終点の鐙台駅のまでは直線であるが、それ以降はカーブが連続していて、このままだと、尼崎の列車事故のように大惨事を引き起こす可能性も大いに考えられる。
「畜生、どうなってるんだ!運転士の連絡は!?」「ダメです!まったく応答なしです」「くそったれ!」 指令員の怒号が飛び交っていた、その時……
「風芽丘駅で列車が……消失しました……」「なんだと?」 時刻は24時41分。 列車の運行状況を示す表示板からは、該当列車の表示が消えていた。「ふざけるな!」「いや、本当です」「と、とにかくすぐに風芽丘駅と海鳴駅に連絡を取れ!」
24時45分。 風芽丘駅の駅長と海鳴駅の助役から連絡はあったが、いずれも列車の通過は目撃されずとの報告があっただけだった。念のためにその先の駅にも連絡を取るものの、やはり通過推測時刻までの間もそれ以降も、列車は目撃されずとの返事だけだった。 さらに風芽丘駅ではその時刻に構内にてなぜか濃霧が発生していたとの報告があった。 司令室の面々はただ呆然とするだけだった。
そんなときに指令員の一人の口からこんな一言が漏れた。「これって……40年前の列車事故の祟りかなにかでは……確か起こったのは今日……」「馬鹿なことを言うな!」 別の指令員がその指令員を殴る音が室内に響く。
窓の外を流れる景色は、まるで童話の世界。 リボンできた壁のトンネルが、そこに所狭しと並べられた巨大なぬいぐるみやお菓子が……猛スピードで流れていく。 日常であれば、まったくありえない光景だった。
ガチャンッ!
結菱さんが勢いよく5号車への連結部の扉を開く。 5号車の中は誰もいない。
しかし、あの不気味なうめき声が耳につく。
中に入った途端に、先程よりもさらに息苦しくなる。 前方から強い気流の流れを受けるが、同時に寒気がする。 オディールもそれは同じらしく、顔を苦痛で歪ませていた。
結菱さんは平然とその中を早足で歩いていた。何かしらの経文を唱えながら進む。 一方の蒼星石も一見大丈夫のようだが、時折息が荒くなっているのが分かる。
その時……私の頭の中を……断片的によぎったものがあった。 それは、過去の忘れ去られたと思っていた記憶から……。
――フユヤスミニナッタラアソビニイキタイノヨ……。
――エエ、ソウシマショウ……。
――ユキ、ミニイキタイノ……。
――ダッタラ、スキーニイキマショウカ……。
――デモ、オトウサントオカアサンガケンカシテイテ、ソレドコロジャナイノ……。
誰と話しているのか今ひとつ分からない。 でも、過去に――遠い昔に――こんな会話をした記憶があった。 まるで壊れたラジオのようにノイズを立てながら聞こえてくる……気がした。
何だったっけ。誰と話していたのだろう……。 うまく思い出せない。 ああ、何か頭に来る! 何だったかな……?
「……もえ、大丈夫……巴ってば!」 耳元で大声で叫ばれたものだから私は一瞬その場に立ちすくむ。
横で、私の肩を強く掴みながら必死に叫ぶ蒼星石。「あ……ああ。どうしたの?」 私は訳がわからず彼女の問い掛ける。「どうしたじゃないよ。いきなり立ち止まって倒れそうになるから」「そうだった……の?」 私は周囲を慌てて見回す。 場所は丁度、4号車との連結部だった。「柏葉さん、大丈夫か?ちょっと休むか?」 結菱さんが立ち止まってこちらを見る。 オディールも心配そうな面持ちでいた。「い、いえ。大丈夫です。行きましょう」 私はそう答えるとゆっくりと歩く。
4号車。 やはり誰もいない。 相変わらず、響く不気味な音。窓の外は異様な光景。 その中を足早に進み中で……。
……また一つの記憶の断片が浮かんできた……。
夕焼けの中での光景。
学校からの帰り道。
私とオディールはあともう一人の女の子と……その子の家の前で別れる時……。
家の前には、見慣れない車。
――マタ、アノ人が来テイルノ。何カイヤナノ……。
――大変だね。
――デモ、気ニシナイノ。
その子は笑顔で返す。さながら気にしていないかのように。
――ジャア、バイバイナノ!マタ、明日ナノ!
――じゃあね。また明日ね。
私とオディールは大きく手を振って、その子が家に入るのを見届けていた。
この女の子は……よく遊んでいたけど……顔が思い出せない。 でも、これが今の状況と何の関係が?
全身を悪寒で震わせながらも、なんとか3号車の連結部が間近になるところまで辿り付く。 その時、またフラッシュバックのように一つの光景が脳裏に浮かぶ。
――学校の朝礼。
沈みきった様子で教室に入ってきた担任の先生。 それまでいつものように騒がしかった教室が、一瞬にして静まり返る。 皆の顔を一通り眺めて、ゆっくりと話し出す。
「今日はみんなに悲しいお知らせがあります」
「うちのクラスの……さんが亡くなりました。昨日の夜に列車に飛び込んで……」
途端にざわめき出すクラスメート。
嘘だと叫ぶ子もいれば、泣き出す子もいた。
その子の机に本人の姿は無く……花をいけた花瓶が一つぽつんと置かれていた――
さらに、スローモーションで浮かぶ……また別の光景――
その日の夜の……自宅の居間で。
父と母が私の目の前で小声で話しこんでいた。
「巴の同級生の……ちゃんが風芽丘駅で亡くなったって?」「そうなのよ。……ちゃんのお父さんの愛人と一緒に終電に飛び込み自殺したみたい」「それって、無理心中じゃないか。可哀相に」「あの子の家、お母さんと愛人とで結構もめていたでしょ?でも、愛人の方も自分勝手ね。お父さんに交際を断られて……ちゃんを連れ去って巻き添えにしてるのだから」
その時見た、父の手にしていた新聞に書かれていた記事の見出し。
『終電に飛び込み自殺 交際相手の娘を巻き添えにして』
私ははっとして、立ち止まった。
思い出した……やっと思い出した! なんてこと!私は馬鹿だった。 相当嫌な記憶だったので……心の底に封じ込んでいたのだった。
今日は……『あの子』の命日! こんな大切なことを忘れて……思い出そうとしなかったなんて!
「巴!どうしたの?」 オディールが不安げに私の顔を見詰めてくる。「オディール……私、思い出したよ」「何をなの?」「……思い出さない?私と貴女が小学2年の……16年前の頃を」「え?」 言われている内容にピンとこない素振りのオディール。
「……貴女のいとこの……命日じゃない、今日」 私は静かにゆっくりと言った。
「あっ!」 ようやく彼女もそれに思い至ったらしく、口を両手で覆うようにして立ち止まる。「どうしたのか。心当たりがあったのか?」 結菱さんは3号車の手に掛けながら、尋ねる。
「ええ。小学2年の頃に……オディールのいとこの子が……その子の父親の愛人に連れ去られて……風芽丘駅で終電に飛び込み自殺したのです。その子とは親友でした……」 そこまで言いかけたとき、涙が流れそうになったが無理してそれをこらえる。「本当かね。としたら、君とフォッセーさんをこの電車に引き込んだのは……」 結菱さんが、私の話を聞きながら、3号車の連結部の扉を開きかけた時だった。
「マスター!」 いきなり3号車の中を唖然としながら指差して叫び声をあげる蒼星石。「どうしたのだ、蒼星石……むっ!」 結菱さんもその光景を目の当たりにして、思わず立ち止まってしまう。 私もオディールもその場に固まってしまう。
3号車の車内。
座席には、腰掛けるようにして並んでいた……数え切れないぐらいの等身大の動物のぬいぐるみが。
******
巴の親しかった子の自殺話を聞く余裕を、目の前の光景は与えなかった。
「いよいよ、大元のおでましだな、心して掛かれよ」 マスターは懐から札を数枚取り出すと、ゆっくりと3号車へと足を踏み入れる。「はい!」 僕も巴の手を繋ぎながら、ゆっくりと車内へと歩き出す。オディールさんもその後に続く。 ぬいぐるみが動き出す気配は無い。 4号車までに充満していた邪気や、車両を埋め尽くしていた亡霊の姿はない。 もちろん、不気味な声もしていない。
ただ……それらよりも強大な念がこの車内に満ちているのを感じる。 ゆっくりと警戒しながら、車両の中ほどまで進む。
その時だった!
どかっ!
いきなり僕とマスターは何かに突き飛ばされた。
見ると……何かの植物の蔦がぬいぐるみから生えてきていたのだ! 巴とオディールは……前の方に表情を強張らせながら立ち尽くして……。
しまった!
そう思った時には遅かった。 瞬時に蔦は次から次へと伸びてきて……僕とマスター、巴とオディールさんの2組を分け隔てる障壁を形成した! 彼女達の姿は完全に見えない。
さらに、それまで動かなかったぬいぐるみが一気に巨大化して、僕とマスターを一斉に取り囲んだ!
「彼女らが危ない!蒼星石、庭師の鋏は持っているか!」 マスターは札をぬいぐるみに投げつけながら怒鳴りつける。 札が当たったぬいぐるみは、一気に炎を上げて燃え尽きる。しかし、まだまだ数が多い。
パリーン!
さらに、窓の外にいたぬいぐるみも次から次へと窓を突き破り、車内に飛び込んでくる。 割れた窓から気流が勢いよく流れ出す。
僕はハンドバッグから……神器の鋏を取り出し、霊力で大きくさせる。
「とにかく外に投げ出されないように気をつけろ! 私はこの使いどもを撃破する。お前は鋏で蔦を刈り取れ!」 マスターは必死の形相で、九字を切る。「はい!」 僕は早速、鋏で蔦を切り取りにかかった。「臨兵闘者皆陣列在前!」 マスターは念動波でぬいぐるみを一つ一つ窓の外へと吹き飛ばしていった。
「いや……何が起こったの!?」「分からないよ!」 私もオディールも目の前で起こったことを理解できず、パニックに陥っていた。 いきなり、蔦が生え出して車両をふさいだのだ。蒼星石と結菱さんの姿が見えない。
どうしていいのか分からず、うろたえていたその時。
「オディール~、トモエ~」
はっきりと聞こえた。私たちを呼ぶ声が。 慌てて、声のした方向――2号車を見る。
一人の小柄な女の子が満面の笑顔で立っていた。
桃色のフリルのついた服。 頭には大きなピンクのリボン。 金色のカールのある髪をなびかせながら、緑掛かった瞳でこちらを見つめている。
「ひ、雛苺……?」
オディールはふらふらとその子――雛苺のもとへと歩き出す。 私はただ何も言えず、彼女を見つめているだけしか出来なかった。
「一緒に遊ぼうなの!」 雛苺は幼い声で声を掛けてくる。
信じられない……いや、ありえない!
私は目を閉じて大きく首を振った。
だって……この子は……。
「トモエもこっちにおいでよ!」 その子は私を呼んでいる。 でも、私は動けなかった。冷汗が私の額を流れ落ちる。
だって……16年前に死んだのだから! 風芽丘駅で愛人の無理心中に巻き込まれて、電車にはねられて!
-to be continiued-(その6に続く)
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