『最終電車にて』(その2)
――前回のあらすじ――
蒼星石と巴は残業で遅くなり終電に乗り込む。 降りる駅は一駅先。 でも……その電車は駅に停まることなく猛スピードで通過していった! その光景に二人はただ呆然とするだけだった……。
「ひょっとしたら、終電の前の快速に乗ってしまったとか?」 巴がふとそんなことを漏らす。 確かにない話ではない。前の電車が遅れていたからその後の終電も遅れているというのだろう。こういったことは過去にも遭遇したことがある。 でも……この電車に乗るときに、車両の行き先表示に「普通」とあったのを見た気がするのだが。見まちがえたのかな? まあ、快速だとしても次の駅では停まるはずだから、そこで降りればなんとか家には帰れる。もっとも、多少歩かなければいけないが。 しかし、直後にそれは違っていたことに気付かされる。 ごおっ、という気圧の変化の音とともに、次の駅も猛スピードで通過していったのだった。「ちょっと、ここなら停まるはずなのに?」 巴は動揺を隠せないでいた。 おかしい。さすがにおかしすぎる。 あと、考えられるとするなら……運転手が居眠りなんかしていて駅を通り過ぎてしまったということだろう。 ありえないと思える話だが、睡眠障害か何かで駅を通り過ぎてしまったという件をニュースで聞いたことがあったので、ない話ではない。 もしくはブレーキが故障して電車が停まらなくなったとか? ……って、どっちにしても冗談じゃない!! 電車はただ暴走を続けるだけなのだ。こんな状態でカーブにでも差し掛かったら! このまま事故に巻き込まれて死亡なんてのはごめんだった。「ちょっと運転室に行こう!運転手が寝過ごしているかもしれない!」 僕は巴の手を引いて前の車両へと移動しようとした。「ちょっと待って。それなら車掌さんに言った方が早いのでは?」 巴は後ろにある乗務員室を指差した。僕らの乗っているこの車両は、最後尾である。 列車の先頭には運転室が、そして最後尾には乗務員室があるのだ。そこには車掌が居て、おそらくこの事態がどういうものであるにせよ、状況を把握しているはずだと思えるはずなのだ。
「……そういえば、そうだね」 僕はそのままUターンして後ろへと歩き出し、乗務員室まで辿りつくと即座にドアを叩いた。
「すみません!」 だが中からは返事がない。 軽くノックをする。でも返事なし。「もしもし!」 やがてドンドンとやや乱暴に叩くものの返事がない。「もしもし、開けますよ!」 返事がないことに多少の苛立ちを覚え、乗務員室のドアのノブに手を掛けた。 がちゃり。 ドアはあっけなく開いた。そして中を覗き込むと……。「……え?」 思わず、声をあげてしまった。誰も居ない。狭い室内は、無人だったのだ。 トンネル内を走行する気流の唸りがうるさく室内に響いている。「まったくどうなってんだい?検札か車内清算で出払っているとか?」 確かに長距離を走る列車なら、検札などで車掌が部屋を空ける事はある。 しかしこんな都市部の路線の、しかも本来なら各駅停車の最終電車だ。車掌がフラフラ出歩く必要がどこにある?
「でも、乗ったときには車掌さんはそこから出てきていなかったよ」 巴の言うとおりだった。僕も車掌の姿は見ていない。「前の車両にでもいるのだろう。とにかく待つとでも……」 そこまで言いかけたとき、一つの矛盾があるのに気付いてはっとした。「じゃあ、ドアを閉めたのは誰?」 巴もその矛盾に気付いていた。 僕らが乗り込むと同時に閉まったドア。 閉めたのは恐らく車掌。 でも、その車掌はその後車内にいる僕らの前を通り過ぎたわけでもなく……乗務員室にもいない……!「どうなってるんだよ、これ」「分からないよ。でも、あるとするなら運転室にいてドアを閉めたとか」 巴の考えはない話ではない。地方のローカル線なんかでは車掌が車内巡回を頻繁に行うもので、停まる駅によっては運転室でドアを開閉することもある。 都市部のこの路線では普段ならありえない話だが……可能性はあるだろう。「とにかく運転室の方に行ってみる?」 そう言って、乗務員室のドアを閉めようとした時……ありえないものを目にした。 僅かにではあるが……外へ通じる乗務員室のドアが開いていたのだった!
「……なんでドアが開け放しにしているんだい?」「……」 僕の口にした疑問に巴は何も答えず、ただじっとそのドアを見つめていた。 誰もいない乗務員室。 開け放しになったドア。「そういえば……私たちが乗ったときアナウンスはなかったよ」 そんなことをふと口にする巴。 確かに僕らが乗り込んだ時には次の駅を案内する車掌のアナウンスを耳にした覚えがない。 普通ならあるはずだ。 となれば、考えられるのは…… 車掌がアナウンスをするのを忘れて車内巡回しているか。 もしくは、ドアを閉めた後に車外に飛び降りたか。 後者はまずないだろう。というかあってほしくない。 むしろ前者と見るべきだろう。 しかし、そうなるとかなりだらしがない車掌だな。 何となく怒りがこみ上げてくる。
「とにかく、行こう」 僕は乗務員室のドアを閉めると早足で前の車両の方へと移動した。「う、うん」 巴も多少おろおろしながらも僕についていこうとした。 その時。 異様な音……いや、声が車内に響いた。 高く、低く、未知の旋律をかなでながら、すすり泣きとも悲鳴ともつかない細い声が、尾を引くように、どこからともなく聞こえて来たのである。 僕は思わず、巴のほうを振り返った。「今の……君……?」 彼女は答えず、ただ激しく首を左右に振る。たずねるまでもない。その強張った顔を見れば、その声が彼女の発したものではなかった事など一目瞭然だ。
じゃあ、何? 風の音……? 確かに、強風が空中の電線を鳴らす音に似ていないこともない。 だがここは地下なのだ。ありえない。「やだ……何なの?」 巴は怯えながら周囲を見回す。「お、恐らく車内マイクの故障じゃないのかな?こんなのだから車掌がアナウンスもできずに慌てて運転席に駆け込んでいるとか?」 僕は咄嗟に思いついた理由と思しきものを口にする。声が上ずっているのが自分でも分かる。「そうかな……?」 彼女の不安がそんなもので拭い去れるわけがない。正直僕だってそうだった。 普通に考えれば、あまり突拍子のない話なのだが……そうであってほしいという気持ちで一杯だった。 僕は巴の手を引っ張ると、一目散に次の車両への連結部へと走り出した。 -to be continued-(その3へ)
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