彼が見
あの日にさよならを、今日にまた会えたね 外伝~彼が見~
双子、それは魂を分けた分身だと思った。
二人でやっと一人になれる、完全な形に、欠如した部分をやっと補える。
お互いにそう思っていたあの子供の頃、付き合うことになった。
そして絶望した。
いつも目につくのは彼女と比較して浮き彫りになってしまう自分の自身が嫌悪する部分ばかり…。
逃げるように別れ、今ではロクに連絡も取り合わずにいる。
触れることは出来ても決して交わらないもの…それは鏡のよう…。
朝、机に突っ伏した格好で翠星石は目を覚ます。どうやら自営業でやっている花屋の売上の決算が終わって気が抜けて眠り込んでしまったらしい。
眠気眼をこじ開けるために洗面台の水で顔を洗う。ジメジメとした暑苦しい今の時期に冷たい水は肌に気持ちいい。
時間を見ると普段起きなければならない時間より遥かに早く目が覚めていた。何時も慌しい朝なので偶にはゆっくりと朝食を食べてみよう。
暫くぶりにまともな朝食を作って女子高生の頃のことを思い出す。あの頃は昼に食べる弁当も作らなければならなかったので自然と朝食も一緒に作っていたなぁと。
同時に思い出してしまう。双子の妹の蒼星石が後から起きて手伝ってくれていたことを…
今では吹っ切れたとは思っていたがいざ思い出してみると彼女のいない今の生活はとても寂しい物に感じられた。
現在、翠星石は高卒で自分の夢である自営業の花屋を営んでおりいち早く育ててくれた祖父母の家から独立しアパートで暮らしている。蒼星石は大学へ進学し自分のやりたいことを模索しながらあの家に留まっていた。
お互い忙しいので最近会ったのは水銀燈が帰国して来たぐらいのものだった。
彼女がフランスへ帰り日常が戻ると蒼星石は会うのを拒むかのように全く連絡を寄越すことはなくなってしまった。
「やっぱり…嫌われちまったですか…?」
ひとりごちりながら翠星石はそれでも朝食の準備に取り掛かる。開店時間もお客も決して待ってはくれないのだ。こういう割り切れるようになったことは自分の成長した部分だと自惚れていた。
ただ寂しい気持ちを押し殺して痩せ我慢しているだけだというのに…。
同じ時刻、蒼星石もまた目を覚ましていた。時計を見るとそろそろ準備をしなければならない時間だった。
台所へ行くともう祖母は食事の支度をしているところだった。
「おはようございます、お婆さん。」
「おはよう蒼星石ちゃん、朝ご飯食べて行くでしょう?」
年配なためか祖母は非常に物腰が柔らかく何処か抜けていると思われがちだが芯は確りとしているのでこれまで悪徳商法などに引っ掛かった試しがない。
蒼星石はそんな祖母を尊敬しお婆さんになるならこんな人になりたいと思っている。今朝も静かでいて透明感のあるような声で語りかけられる。
「ごめんなさい、今日は朝一で講習がある日だから朝ご飯は食べれないんです。」
「そうだったの?言ってくれればもう少し早く起こしに言ったんだけど…じゃあ蒼星石ちゃんが準備してる間にお弁当に詰めておくわね。」
蒼星石は礼を述べて顔を洗いに洗面所へ行く。その途中で思い出した。女子高生の頃は祖母のポジションは翠星石であったことを。
幾ら自分が早く起きても姉はそれよりも早く起きていつも学校に持って行く弁当を作っていた。
偶に蒼星石が早く起きると変わりにお弁当を作って驚かせてやったこともあったっけ…。今にして思えばあの頃は楽しかった。祖母も二人の自立を促すために朝の弁当の支度には手を出さずにわざと遅く起きてくれていたことを後から知ったのだが…。
二人で一緒に何かをしているとき、僕らは何処かで無敵の気になれていた。二人で居ればどんなことだってやれた気になっていたんだ…。
大学に行く途中の駅前でまた偶然真紅と出会った。前に会ったときと比べて彼女の表情はずっと明るい。
別れていたジュン君とよりを戻し2年間の後悔から解放されて幸せを満喫しているようだった。
「やぁ真紅、久し振りだね。」
「あら、久し振りね蒼星石。大学の方はどうなの?」
「うん、今は色んなサークルの活動に顔を出しているけれど…これといってやりたいことがないんだよね。」
僕は特に落ち込んでいないように振舞って見せる。けれども真紅は何処か心配している表情だった。
止めて…僕にそんな表情を向けないでッ!
「それよりも真紅はどうなんだい?ちゃんとジュン君とは仲良くやっているのかい?」
「え、えっと………その内に同棲も考えてる…ぐらいなのだわ。」
「同棲!?まだ付き合ってそんなに経ってない気もするんだけど…」
「でもお父様とお母様には許可は取ってしまったし…それに私とジュンの付き合いは実質的に4年はあるのだし。」
確かにそれぐらいはあるし両親の許可も下りてるのなら僕が何かを言うことはないだろう。
それから僕と真紅は別々の電車に乗って大学へ向かった。
正午前、翠星石は花屋でいそいそと働いていた。従業員は彼女しかいないので忙しい時は本当に目が回ってしまうぐらいだ。
バイトを雇おうにも今はそれほど経済的余裕も余りない。それに自分が好きでやっているので苦に思ったことは客に文句を言われる以外にない。
いつも贔屓にして貰っている女性のお客様が今日も来てくれていた。暇な時間に来てくれてはいつも世間話をしている。
「いらっしゃいですぅ。今日はどうしたんですか?」
「ええ、いつも通り入院している娘にお花をね…」
「そうですか…じゃあ今日も花束にするですね。」
この暑苦しい季節なので清涼感のある色の花を選ぶことにする。ちなみに病院に花束しかないのは根があると『根付く』という縁起の悪いところがあるからだ。
この人の娘さんは幼い頃から心臓病を患っており今まで長くは生きられないと言われ続けて現在は女子高生ぐらいまで成長している。
それでも何時命を落としても可笑しくはないと言われており治すには心臓の移植手術をしなければならないらしい。
「いつもありがとうね。あの子、お花以外何も受け取ろうともしないから…」
「そんなことねーです、お花が好きなのはいいことですよ。」
それから女性は世間話もたけなわにして病院へ向かってしまい翠星石は暇な時間が出来てしまった。
すると今度はなんと雛苺と金糸雀がやって来たのだった。
「お、おめぇー等何しに来たですか!?」
「何って翠星石の様子を見に来たのよー。ちゃーんとお仕事してるかなぁって…」
「翠星石はちゃんと真面目に働いてるです!おめぇー等こそちゃんと大学に行ってるですか?」
「失礼かしら、今日はカナも雛苺も講習は午後からだからお昼ご飯の時までは暇なのかしら。」
「金糸雀はちょっと経済史の単位落としそうになってるからこれ以上休めないのー」
「よ、余計なことは言って欲しくないかしら!!」
「おめぇー等揃いも揃って人の店で喧嘩しに来たですか…」
呆れ顔で言うが本当は二人が来てくれて翠星石は嬉しく思っていた。二人は偶に暇があったらいつも店に寄ってくれる。何も買わない時が殆どなのだが無理に買わせてしまうのも気が引けてしまう。
薔薇水晶と雪華綺晶も学校帰りに冷やかしに来るので店を開いている間は翠星石は寂しい思いをすることはなかった。
みんな彼女が一人暮らしをしていて寂しくはないかと心配しているのだがそれは杞憂で終わることはなかった。
やっぱり独りの夜は寂しい…。
「それで今日は一体何の用で来たですか?」
「えっとね、何時かの夜に皆でお泊り会をやろうって思ったのよ。」
「お泊り会…ですか?」
「そうかしら、薔薇水晶の屋敷で皆とお泊りするのかしら。もちろん真紅も呼んで…。」
「えっと…それって蒼星石も呼ぶですか?」
遠慮がちに聞いてみたけれどもきっと二人には聞きたくて仕方なかっただろうことはお見通しだったのだろう。何故か二人が顔を見合わせてほくそ笑んだ気がした。
「もっちろんなのよ、蒼星石も翠星石もヒナもカナも真紅も薔薇水晶も雪華綺晶も皆でやるのよ。」
「残念なのが水銀燈かしら、流石にフランスから呼び寄せる訳にもいかないし…」
「そうですか…う~ん…」
正直な話、翠星石は今にも荷物をまとめて行きたい気分だった。しかし蒼星石が自分を避けていることは明らかだったので誘われても来ないのかもしれない。
それはそれで余計寂しいを思いをしてしまいそうだった。
「ね、最近また皆で集まることがなくなったでしょ?だから翠星石も行こうよ~」
「しょ、しょーがねぇです。寂しいチビ苺とバカナリアのためにも行ってやるです。」
「Σ(´Д`)ば、バカナリア!?」
「じゃあ詳しいことが決まったら薔薇水晶からメールが来ると思うの。」
「ハイハイです。さっさと行かないと学校に遅れるんじゃないですか?」
「あ、本当かしら!雛苺さっさと行くわよ!」
「うゅ、待ってなのー!」
まるで嵐が去ったような静けさが再び店内に戻った。近いうちに蒼星石と会える、話をする機会が出来る。そう考えただけで翠星石の気持ちは沈んだり浮いたりした。
一方同じ頃、蒼星石は大学の講習の最中にメールが届いてそれを見ていた。
真紅からのメールとは珍しい、そして内容もまた珍しいものだった。何でも近日中に薔薇水晶の屋敷でお泊り会とやらをやるらしい。
それには水銀燈以外の薔薇乙女が来るという内容のものだった。ということは翠星石が来てしまう。
蒼星石は少し乗り気がしなかった。再び翠星石と面と向かうことになってしまう。
実を言うと昔に別れ話を切り出したのは蒼星石からだったのだ。以来翠星石と顔を合わせるのを避けるようになってしまい現在に至る。
仲直りするにはいい機会かもしれないけれども…果たして僕に真紅みたいな気丈さは持ち合わせているのだろうか?
状況は全く違うがまるで数ヶ月前の真紅と同じ境遇に蒼星石は立たされていた。此処がきっと今後の分岐点、道標の現れる時なのだろう。
しかし、何も迷うことはない。蒼星石の心の中ではもう答えが出ていた。携帯を打ち出席する旨を書いたメールを真紅へと送信する。
送信ボタンを押すのに少し時間がかかった気がしたがこれでもう後戻りは出来ない。後は時が来るのを待つばかりだ…。
そして夜、薔薇乙女達は薔薇水晶の屋敷に集った。
「「「「「お邪魔しまーす」」」」」
「どうぞ、お待ちしておりました。お嬢様たちはリビングで待っております。」
相変わらず大豪邸と言っても過言ではない巨大な洋館の広い廊下を歩くと少し大きな扉の前で止まり部屋の中に入る。其処に居たのは…
「あらぁ?やっと来たのね貴女達ぃ」
「す、水銀燈!?何で貴女が此処にいるのだわ!?」
「何でってそりゃ私だって薔薇乙女学園の卒業生なのよぉ?除け者にされたくないわぁ。」
「よっす、銀姉さまは実は少し前からフランスの大学を休学しててこっちに遊びに来てたの…」
「そ、そうだったのかしら…てっきり来てないかと思ってたからビックリしたかしら。」
「まぁ驚かせるために私と銀姉さまで仕掛けたんだけど…」
その二人の奥で雪華綺晶が微妙に悔しそうに水銀燈と薔薇水晶を見ていた。
「私は反対しましたけれども薔薇しぃちゃんがどうしてもって言うものですから…ただし水銀燈さん!薔薇しぃちゃんは私と一緒の布団に寝るのですからね!」
「キラキーとはいつも一緒に寝てる…」
「で、でももしも間違いを犯した場合には…」
何時の間にか三人の間で三角関係バトルが勃発していたがそれを尻目に翠星石達は適当な椅子に座ってくつろいでいた。
それから夕食を食べてお約束的に大浴場に入ってトランプをしながら夜を明かしていた。
周りの皆は寝静まってしまった。水銀燈などは両脇に真紅と薔薇水晶がいて寝苦しそうだった。さらに薔薇水晶の隣には雪華綺晶がべったりとくっ付いているので薔薇水晶もまた寝苦しそうにしている。
この暗い寝室には二組の緋翠の目だけが開けられていた。やがてベッドから起き上がりお互いの顔を見合う。
暗くても窓のカーテンが入る月光でぼんやりではあるがお互いの表情が見える。それは鏡を見ているように瓜二つだった。
やがてどちらからともなく寝室を後にして窓の外のベランダへと向かう。
「こうして二人で一緒の部屋で寝るのは何年振りだろうね…」
「そ、そんなの覚えてねぇです…中学校ぐらいじゃねぇーですか?」
「高校生の時に君が偶然にも頻繁に怖い夢を見たって言ってよく一緒に寝なかった?」
「う、五月蝿いですぅ…あれは、その…」
羞恥に顔を赤らめて翠星石は俯く。月光に照らされた彼女の肌、髪、その綺麗なオッドアイ…その全てが美しく儚く思えた。
彼女はとても女の子らしい、自分の思ったことを言葉とは裏腹にだが表現できる。それに対して僕は女の子らしくない、自分を表現することが苦手だった。
それは彼女と1年ぐらい付き合って見つけてしまった自分の嫌悪する写し身、彼女は僕にとっては鏡のような存在。
見たくもない自分の醜い部分を補った彼女は更にそれを自分の中で浮き彫りにしてしまう。お互いがお互いの理想であったが為にお互いを見るのが辛くなってしまった。
「お花屋さんはどうなんだい?順調かい?」
「それなりに常連さんも増えてて軌道には乗りつつあるです。でもやっぱり…独りでやってると寂しいってのはあるですね。」
翠星石は無理に笑顔を作っていた。僕らは姉妹、ましてや双子なのだからそのぐらいのことは容易に見抜けた。そして心が痛んだ。
「………僕は今やりたいことを探している途中なんだ。」
静かに語り出した僕の言葉を翠星石は黙って聞いてくれていた。
「そのために大学に入った、けれどもあそこには僕のやりたいことが見つからない。だからその…」
「蒼星石…?」
「もしも昔のことを水に流してくれるんだったら…僕を其処で働かせて欲しい。学校の無い時だけしか手伝えないけれども…いいかな?」
暫くの間沈黙が続いた。やっぱり駄目なのだろうか…?
「蒼星石はズルイです…そんなこと言われたら…翠星石には断る理由なんてねーですよっ」
不意に翠星石は泣き出してしまう。こんな突拍子もないことで彼女が泣くことは初めてだったので僕はうろたえてしまった。
「翠星石は…さ、寂しかったです…今まで独りで一日を過ごして来てたですからっ…でも蒼星石があそこに居てくれなかったから…翠星石は…翠星石は…っ」
泣き出してしまいガラスの瓶に仕舞い込んでいた真砂を吐露するかのように心に押し込んだ想いはとめどなく溢れては夜の帳に消えてしまう。
これまで何度も独りで想ってきていたことだろう、けれども今そこにはこの想いを受け止めてくれる人がいる。自分にとって最愛の人がいてくれる。
そのことがとても、とても嬉しかった…
やがて蒼星石は流れる翠星石の涙を指でそっと拭ってやり最後の雫を自分の唇で吸い寄せた。再び翠星石の顔が真っ赤になる。
「これから…よろしくね、翠星石」
「此方こそよ、よろしくですぅ…」
月が見守るなか、鏡の向こうにいた二人は漸く触れ合い止っていた時が動き出す…。
鏡、彼が見…
それは決して交わるはずのなかった二人の物語の序曲。
物語は此処から始まりそして今終わりへと動き出した。はてさていかなる結末があるか、それは誰も知らない。
「上手く行ったみたい…」
「この企画を立ち上げた意味があったものですわ。」
「うん、後は二人次第だね…」
「じゃあ私達も本当に寝ましょうか。勿論、水銀燈さんとは違うベッドで♪」
「………(チッ)」
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