変らない笑顔(翠)
放課後の教室。既にほとんどの生徒が帰宅した中、独り帰り支度するJUM。そんなJUMを少し遠巻きに見つめる視線があった。
J「……まだ残ってたのか」翠「悪いですか」教室の出口から見つめる翠星石。その視線の意味を考えることもなく、足早に立ち去ろうとする。J「別に。それじゃあ僕は帰るから」翠「ま、待つですぅ!!」J「なんだよ。用でもあるのか?」翠「そ……その。ジュンは今……付き合っている人とかいるですか?」
J「いや。別にそういのはいないよ」言ってすぐ、翠星石の表情が明るくなる。翠「そ、そうですかそうですかぁ。それじゃあ……」J「それだけなら帰るよ。またな」最後まで聞かずに、鞄を持って教室を出ようとする。翠「え……あ、ちょ」出ようとしたところで、そこから歩けなくなる。引きずられる感覚。弱々しい力で、翠星石が制服の裾を握っていた。
J「何だよ。まだ何かあ」翠「……好きです」J「……何?」翠「……ジュンのことが、好きです」……予想外、というほどでもなかった。仲は良かったほうだと自分でも思う。翠「前から、ずっとずっと好きだったです。でもジュンは人気もあったし」わざと僕につっかかってきていたのは、彼女なりの照れ隠しだったんだ。翠「真紅や水銀燈と楽しそうにしてるの見て……もう、我慢できなかったです」少なからず気付いていた。なのに、こんなことを言わせてしまった。表情は見えないけど、制服を持つ翠星石の手が震えているのがわかる。翠「翠星石は、ジュンのことが……」すっと、一歩前に離れる。ひどく心が痛んだ。J「……ごめん、翠星石」
本当に、付き合っている人間はいない。だから断った理由は、単純に翠星石が好きな人じゃないからだ。J「僕は、翠星石とは、付き合えない。だから、ごめん」拒絶を口にする。でも、断ったからってこのまま帰れはしない。翠「……ふ、ふん。翠星石みたいな可愛い子を振るなんて」翠「こんな機会二度となかったですよ。後で、せいぜい後悔する……です」いつもより少し高い声で、いつもみたいな不遜な笑顔で。でも、やっぱりいつもと違う、何処か無理したような表情で言いながら。翠星石が僕の後ろから駆け足で教室を出て行こうとする。J「……翠星石」ひどい偽善だと自分で思いながら、後ろから翠星石を抱きしめてしまう。翠「なにしやがるですか!!もう用はないからさっさと帰るです!!」叫ぶ声にも、引き離そうと暴れる身体にも力がない。声はかすれてさえいた。J「……ごめん」気付いていたのに、こんなことを言わせて苦しませてしまった。翠「……ぅ……もういいから離すですぅ……そうしないと……ひっく」翠星石が、泣いている。ぽろぽろと涙が制服の袖にこぼれおちる。
翠「……ぅ……うぅ……好き……です……ジュン」J「うん。ごめん。……ありがとう」嗚咽しながらまだ、こんな情けない僕を好きだといってくれる。付き合いは出来ないけれど、苦しめてしまうだけかもしれないけれど。J「……ありがとう。本当に、今は全然そういうこと考えてなくて、ごめん」翠「チビ人間馬鹿ですぅ……ぅ……なんで謝るですかぁ」J「翠星石に嘘をつきたくないから。だから、ごめん」翠「ぅ……ワケわかんないです……やっぱり、ジュンは……」さっきから僕はずっと謝っている。今も、こうして彼女を傷つけているかもしれない。いっそこれで嫌いになってくれれば楽かもしれないと、少しだけ馬鹿なことを思いながら。泣きじゃくり続ける翠星石を、ごめんごめんと言いながらなだめ続けた。
翠「……ふ、ふん。本当に後悔しても知らないですぅ」時間が経って少し落ち着いたのか、目元は腫れているが表情はいつも通り。J「そうかもな。まあお前が5年後も独り身だったら僕がもらってやるよ」翠「ありえないです。もう遅いですぅ。翠星石は引く手数多って知らないですか?」日が落ちかけた薄暗い教室で、そんな風に軽口を飛ばせるくらいには回復していた。J「お前顔はともかく性格悪いしなあ。すぐ男に逃げられるんじゃないか」翠「チビ人間こそ根暗で眼鏡だから一生彼女なんてできないです。惜しいことしたです」そんな風にくだらないおしゃべりをして、笑いあった。辛かったけれど、嫌ではなかった。J「……帰ろう。もういい加減遅いし」翠「そうですね。蒼星石がきっと待ってるです」教室を出て、靴を履き替えて、校門を出て。そして、分かれ道で手を振りながら別れた。後ろめたさを、寂寥感を感じながら、駆け足で帰っていく翠星石を見つめていた。彼女の姿が見えなくなるまで、ずっと。ずっと……
JUMと別れて、一人で帰り道を歩く翠星石。そんな帰り道には何故か、蒼星石が立っていた。蒼「……おかえり、翠星石」翠「あ……あは。ダメ……だったです」どう見ても空元気な表情、搾り出すような声。何があったのか、蒼星石はすぐに気付いていた。蒼「……うん。頑張ったね、翠星石」翠「……頑張ったけど、ダメだった……です……あ、あれ?」さっきあれだけ泣いたのに、自然と翠星石の目から涙がこぼれてきていた。翠「あ、あれ……おかし……なんで」蒼「……うん、帰ろう」翠「……ごめ……勝手に……あ、あははは。壊れてしまったみたいですぅ」笑いながら泣いている翠星石を、蒼星石は抱きしめたりはしなかった。それは自分の役目じゃあないし、それで翠星石は喜ばないと思った。蒼「帰って、あったかくして寝て。それでまた元気に学校に行こう」翠「何言ってる……ですかぁ。翠星石はいつも……元気ですぅ」蒼星石が優しく手を引きながら。翠星石が笑顔で涙を流しながら。二人は帰っていった。また、元気で学校に行けるように。また、変わらない笑顔で話ができるように。
完
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