第五話『エサ』
「…何をしているんだ?」 ジュンは目の前の漆黒の衣をまとった女性に問いかける。彼女はまるで子供が絵を描くように無邪気に、楽しそうに、不気味な紋様を地面に描いている。 真紅の前から連れ去られてからどれくらいの時間が経ったのか、時間を計る道具を持たないジュンには分かりかねる。しかし、ずいぶんと連れまわされたというのに一向に出口らしきものが見えないということから、この地下道はよほど広いらしい、ということは理解できた。「…これ? ふふっ、ただの『お絵かき』よぉ。それで、巴。どう? 『彼女』の力は」 ジュンの問いかけをさらりとかわし、漆黒の女─水銀燈はもう一人の戦士風の女─巴へと問いかけた。 "The Unknown" 第五話『エサ』 巴はどこか虚ろな眼差しで遠くを見つめながら、彼女の問いかけに答える。「先ほども『見た』けれど… 信じられないわね。彼女、本当に人間? 一個師団に匹敵するわよ?」 その声は見た目どおりの気丈を装ってはいるがかすかに震え、ジュンはその中に驚きと、少しの焦りが滲んでいるように感じた。 しかし、そんな巴とは対照的に、その事実を『取るに足らない』とでもいうような不遜な態度で、水銀燈は彼女に言葉を返す。「『魔』を取り込んで『力』にしているからよぉ。…ふふ、いい具合じゃなぁい」「どうするつもりなの?」 巴は最早焦りを隠すこともなく尋ねる。たった一人とはいえ、彼女たちの計画にとってはかなり大きな障害となり得る存在。水銀燈が、その存在の着実な成長を何事もないかのように了解しているのが、彼女には理解できないようだった。 「…どうする、って。そりゃこのまま私を追いかけてもらうわよぉ」「何を考えているの、水銀燈!? 聖十字騎士団が『あそこ』を見つけるのにそこまでの時間はかからない。 せいぜい一週間、といったところなのよ!? あんな女にかまっている場合!?」 一連の水銀燈の言葉が気に食わなかったらしく、巴は彼女が『予定』を伝えるのに間髪いれず、食って掛かるように大きな声で問いかける。 そんな巴の言葉を真正面から受け止めながらもなお、水銀燈はその余裕を微塵も崩さず、ひらひらと舞わせた手のひらを優しく巴の肩に置いた。「巴、そうかっかしないで。大丈夫。全部予定通りなんだからぁ」「長官が裏切ったのも、国教会が介入したのも……あのリスクブレイカーが化け物のように強いのも、みんな予 定通りだとでもいうのっ!?」 言葉とともに鈍い音が辺りに響く。巴は腕を壁に叩きつけた際の衝撃で多少自分を取り戻したらしく、荒げた息を整えながら、謝罪の言葉を口にした。「…ごめんなさい」 それを、やれやれとでもいうかのように肩をすくめながら、水銀燈は許す。その一連のやり取りはジュンの目に、非常に奇妙なものとして写っていた。確かにこの二人は仲間で、今回の事件の実行犯である。巴の、水銀燈に対する信頼に並々ならぬものがあるのは以前からのやり取りで理解できた。 しかし、二人の『見ているもの』は、『見据えている先』は、なにかこう…
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