改めて君、嘘
卒業式も終わり、静まりかえった夕方午後四時の学校にて。 3月というには冷たすぎる風が吹く屋上でフェンス越しに流れる景色を見ては物思いに耽っていた。 高校生というものから抜け出して、遥か下に見える、輪郭の緩み始めたグラウンドに想いを馳せてみる。 けれど思うことはなにもなかった。 空にはぽつりぽつりとオレンジ色の光で出来た痣が増え始めていた。 影もお昼よりかぐっと傾いて来ている。「あら、先客」 振り返れば、青いチェックの短めのスカートを揺らめかせながら歩いてくる絶世の美女。 多分女子高生というくくりで彼女の姿を見るのは最後だろう。 眩しい白いブラウスも、膝上20センチで揺れるスカートも、全部思い出になるのだ。 眼福眼福。「これはこれは……。水銀燈さんに話しかけてもらえるなんて、ぼかぁなんて幸せ者でしょうか」 無言で睨まれ、叩かれた。「おまっ、痛っ……」「最後の最後までふざける貴方が悪いんじゃない。自業自得よ」 彼女は風に流れる銀髪を手で押さえながら曖昧な笑顔を浮かべた。 気づけば、いつの間にか彼女は僕の袖を掴んで、ぐっと握りしめていた。それもえらい力で。「3年間ご苦労様ぐらい言えよな。お前の彼氏役は重すぎたよ、まったく」「そうねえ、貴方にしてはよく頑張ってたわよ。褒めてあげる」 高校に入学してからというもの、水銀燈にまとわりついてくる男は数知らず。 最終的に僕と付き合っていることにしてそれらを対処するという強引な手段で何事もなくめでたく今日を迎えたのだ。 恋にも、まして愛にはほど遠い“ごっこ”をしていた僕と彼女。 なんというか、奇妙な関係だったことには違いない。 オレンジ色の痣はどんどん大きくなってぼやけていた。「あー、大学に行ってもお前の人気は衰えるどころか爆発するだろうから、気をつけろよ」 可愛いんだからなー、もう。「……最後のお願い、聞いてくれる?」 身長差が生むこの上目遣い攻撃には未だに防御法を身につけていない。というか、防げない。「なんなりと」 彼女はずっと握りしめていた袖を離して、僕の腰に腕を回して後ろから抱きついて来た。 これには必然的に驚き、全身硬直に襲われた。「ちょっとだけでいいの。抱きしめさせて、貴方の匂いも感触もぎりぎりまで覚えていたいから」「そうですか」 寒さ対策のために厚着をしているにもかかわらず、なぜか彼女の体温だけは何もかもを通り越して直接伝わってくるようだった。 僕は腰にある彼女の手を解いて、正面に向き直った。「あのですね、桜田くんとしてはあんなことを言われるといろいろと歯止めが効かなさそうで」 こんなにも強く抱きしめたくなるんです。 ぎゅっと、ぎゅっと、壊してしまいたくなるほどに細い彼女の体を強く抱きしめた。 顔に当たる柔らかな銀髪がくすぐったい。「ジュン、私は貴方が好き。両手じゃ抱えきれないぐらい、溢れてしまうぐらいに好き……」「僕もだ」 気持ち悪く、吐きたくなるほどの幸せに溢れたファースト・キス。 それは“ごっこ”にサヨナラを告げ、新しい、彼氏彼女の関係に陥ってしまったことを告げる、青春の最後の鐘のようだった。 永遠に変わりゆく思い出のなかで、そのページだけはいつまでも輝きを放って舞い上がり続ける。「いい加減、僕のところで永久就職しませんか、水銀燈さん」 逢いたくて 少しだけ 切なくて 体育座りの午後四時に 夕日だけ抱きしめて Base Ball Bear『レモンスカッシュ感覚』 終わり
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