娘よ
前略 薔薇水晶へ元気でやっているかい?お前がいなくなってから随分な日がたったね。毎朝起きると、お前の姿が無くて少しだけ寂しくなるよ。桜田くん……いや、ジュンくんとはうまくやれているか?困ったことがあれば、いつでも相談してくれ。……勘の良いお前のことだ、今日こんな手紙を送ったのは、他に何か訳があると気づいているだろう。笑わないでくれ……実は、父さんには今好きな人がいる。しかもその人は、お前と同じくらいの年齢の人なんだ。先週、六本木という街のある店で、偶然にも……いや、運命だろう、出会ったんだ。……薔薇水晶、むろん父さんはお前を愛している。もちろん、ジュンくんも今となってはかけがえの無い息子だ。だけど、六本木のその人は、すごい美人なのに……誰よりも、父さんに優しくしてくれるんだ。口下手な父さんがする、どんなつまらない話でも笑顔で聞いてくれるんだ。帰ろうとすると必ず袖をつかんで「あと1時間いいじゃなぁい?」って言ってくれるんだ。いいか薔薇水晶……父さんは、恥ずかしくなんかない。父さんは目が覚めたんだ。やっと愛というものが何か気づいた気がするんだ。父さんは……私は、これから本当の人生を生きようと思うんだ。……彼女と共に、ね。ははは、少し気が早いかな。……長くなったけど、この辺りにしておこう。ジュンくんに、よろしく言っておいてくれ。 ○月×日 槐前略 薔薇水晶へ元気でやっているかい?……実は父さんは、あまり元気ではないんだ。お前の言うとおりだった。先日の手紙に書いた人……あの人は、ひどい女だった。父さんのお金だけが目当てだったんだ。父さんが、ちょっとだけ、ちょっとだけ二人の愛を確かめようとしたら、「カン違いしないでよねぇ。オジサン」だなんて言われたんだ。今思うと、なぜ娘であるお前よりも、あの女を信じたのかわからない。すまない、薔薇水晶。ふがいない父さんを許してくれ。……でも薔薇水晶、父さんはもっと優しい人に出会ったんだ。疲れた体をもみほぐしてもらおうと思って入った、歌舞伎町という街の、S……マッサージ店で、偶然にも……いや、運命だろう、出会ったんだ。語尾に「です」という言葉をつける癖のある、とても上品で素敵な女王s……いや、女性なんだ。狭い部屋で60分しか会えないけど、父さんの悪いところを次々と口にして指摘してくれるんだ。特製の鞭でマッサージもしてくれる。そして、父さんを……天国へと導いてくれたんだ。いいか薔薇水晶……父さんは、恥ずかしくなんかない。父さんは目が覚めたんだ。いや、性的な意味でなく。やっと愛というものが何か気づいた気がするんだ。父さんは……私は、これから本当の人生を生きようと思うんだ。彼女と共に、ね。……ははは、少し気が早いかな。……長くなったけど、この辺りにしておこう。ジュンくんに、よろしく言っておいてくれ。 △月□日 槐前略 薔薇水晶へ父さんは駄目な男だ。お前の言うとおり……実は、あの人もひどい女だった。父さんのことを愛していると信じきっていたのに、その店に行ったとある友人が、父さんに自慢してきたんだ。彼女は、誰にでも同じことをしていたんだ。……今思うと、なぜ娘であるお前を信じられなかったのかわからない。ふがいない父さんを許してくれ、薔薇水晶。……優しいお前のことだ、この手紙を読んで、きっと私の身を案じてくれていることだろう。でも、平気だ。父さんは、傷つくのには慣れている。それに、人はダマされるより、ダマす方が辛いものだ。きっと今頃彼女たちも自分の過ちを悔んで、父さんのことを思って苦しんでいるはずだ。いいか、薔薇水晶、父さんは大丈夫だ。傷つくことなど、とっくに慣れているんだ。多少、紙の端にシミができてしまったが、ただの汗だ。男は目から汗を流すものなんだ。いつもどおりの、お前の父さんなんだ。……今日はこの辺りにしておこう。ジュンくんに、よろしく言っておいてくれ。 ×月△日 槐
このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー と 利用規約 が適用されます。
1文字以上入力してください
本文は少なくとも1文字以上必要です。
1文字以上入力してください。