エキセントリック童話『マッチ売りの少女』
エキセントリック童話 『 マッチ売りの少女 』むかーし、昔。ある所に、水銀燈という女の子が居ました。水銀燈のお家はとっても貧乏で、お父さんもお母さんも居ません。なので水銀燈は、こんなクリスマスの夜にも、一人ぼっちでした。とっても素敵なクリスマス。お隣の民家では、家族が美味しそうなディナーを囲んで幸せそう。でも、水銀燈には家族も居ませんし、美味しい七面鳥を買うお金もありません。「なによ、仲良し家族ゴッコなんてして……」水銀燈は、強がり半分でそう言って、ふて腐れたみたいにほっぺたを膨らませています。ですが……そんな事をしていても、やっぱり目の前の現実は残酷なばかりです。「……はぁ……寒いし……お腹もすいたわねぇ……」小さく震える肩を抱きしめ、水銀燈は寒空を眺めながら呟きました。見つめた空は冴え渡り、星がキラキラしています。吐く息は白く、それが甘くて美味しい綿菓子みたいに見えます。「……お腹、すいたわねぇ……」ついつい同じ言葉がもう1回漏れちゃいました。水銀燈はころころと泣いているお腹をさすってみます。せっかくのクリスマスなのに、食べる物も買えないだなんて、寂しすぎます。「何か……無いかしらねぇ……」そう呟いて、ちょっとでも虚しさを無くそうと、ポケットの中をゴソゴソ探してみます。ひょっとしたら、銅貨が一枚くらい入っているかも。淡い期待を胸にポケットを探る水銀燈でしたが、世知辛い現実しか入っていませんでした。「……何よコレ……マッチ?」ポケットに入っていたのは、小さなマッチ箱だけです。つまらなそうに水銀燈はため息をつき、マッチ箱を捨てようとしますが……その時、彼女の脳裏に一つの素敵なアイディアが浮かびました。「そうよ。このマッチを売れば、そのお金で……」上手く行けば、空腹と寒さに震えてひもじいまま過ごす事も無さそうです。そう考えると水銀燈は、ニヤリと笑みを浮べました。そして水銀燈は町の大きな通りまで行きます。楽しそうな家族連れ。幸せそうなカップル。町を見守る、大きなツリー。そんな中、通りを歩いている身なりの良い紳士に、水銀燈はとてとてと走って近づきます。そして、何の用ですか、と視線を向けてきた紳士に、水銀燈は言いました。「マッチはいかがかしらぁ?」 紳士は身なりだけでなく、人柄まで紳士だったのでしょう。暫くは、何かを考えるように首を傾げていましたが……やがて静かに頷くと、水銀燈に値段を尋ねました。水銀燈も、首を傾げて考えます。一体、どれくらいの値段が良いのかしらん?ちょっとだけ考えてから、水銀燈はニヤリと笑みを浮べました。「そうねぇ……有り金全部で良いわよぉ?」いくら何でも、ふっかけ過ぎです。当然、紳士もプンプン怒って通り過ぎてしまいました。せっかく捕まえたカモに逃げられて、水銀燈もしょんぼりです。それでもめげずに町を歩く人たちに水銀燈は声をかけますが……どうしても、最後の最後。「有り金全部」の所で失敗してしまいます。結局、ずーっと寒い中で売れないマッチを持ったまま、時間だけが流れてしまいました。「……このままじゃあ、クリスマスも終わっちゃうわねぇ……困ったわぁ……」水銀燈は途方に暮れて、元気なく呟きます。ぴゅーっと吹く冷たい風が、容赦無く体温を奪っていきます。水銀燈はころころ鳴るお腹をさすりながら、あまりの寒さに、震えながら小さな肩を自分で抱きしめました。「……ほんと、最悪」ちっとも売れやしないマッチを睨みつけて、恨めしげに言います。当然、マッチは何も答えてくれません。また、冷たい風が水銀燈の隣を吹きぬけ、わずかに残っていた体温を奪っていきます。このままでは、寒くて死んでしまうかもしれません。そこで水銀燈は、いけないとは分かってはいましたが、売り物のマッチを手に取ります。そして、シュッと、火をつけました。マッチの先に付いた火は、とっても小さくて、とっても弱いものです。それでも、今の水銀燈にとっては、その温かさはとっても嬉しいものでした。「ふぅ……少しはマシになったわね」自分に言い聞かせるように、ちょっと強がって呟きます。それから、今にも消えちゃいそうなマッチの火を、水銀燈はまじまじと見つめました。火はゆらゆら揺れていて、とっても神秘的です。小さいながらも、確かな輝きを放っています。それは手の中に納まる小さな太陽のようです。考え方を変えてみれば、この時の水銀燈は太陽すら手中に収めているのです。世界はこの手の中に。つまり、神です。水銀燈は、なんだか、自分がとっても偉くなったような気がしてきました。或いはそれは、空腹と寒さが見せた、クリスマスの幻なのかもしれません。でも、そんなの関係ありません。今ならマッチの一つや二つ簡単に売れそうです。水銀燈は改めて、自信に満ち溢れた表情で、町の通りを蠢く矮小な衆愚どもに視線を向けます。それから、つかつかと通りの中心まで歩いていくと、いきなり一人の紳士を殴り倒しました。訳も分からずに地面に倒れている紳士を、水銀燈はさらに追い討ちとばかりに靴のかかとでグリグリ踏みます。「……この私が特別に、貴方みたいな人間にマッチを売ってあげる。 むせび泣いて喜びなさぁい……」もの凄く高圧的な視線で、蔑むように、そう吐き捨てました。紳士も、最初こそ、いきなり殴られてとっても驚いていましたが……やがてグリグリ踏まれる内に、頬を赤く染めながら嬉しそうな表情を浮べ始めました。「ブ、ブラボォ!買いますゥ!買いますから、も、もっと……!」紳士はのた打ち回りながら、嬉しい悲鳴を上げています。水銀燈はさらに強く紳士を踏みます。足元では変態という名の紳士が、図々しくも人間の言葉で何かを叫んでいます。その声がさらに水銀燈の加虐心に火をつけました。「あらぁ?ザザムシの分際で、この私に話しかけるだなんて……お仕置きが必要みたいねぇ……?」水銀燈は踏みつける足に、さらに力を込めます。気が付けば、彼女の周囲には、頬を赤く染めた紳士達が、ザザムシに羨望の視線を向けています。まるでショーウインドウのトランペットを眺める少年のような目です。きっと彼らも、特殊な性癖の人達なのでしょう。 ともあれ。もう、水銀燈は寒さも空腹も感じていませんでした。それどころか、この世界に究極の存在として君臨すべきはこの自分、との自信が心から湧き出してきます。きっと彼女なら、その自信を確信に、そして、いつかは事実にする事だって出来るでしょう。 めでたし、めでたし……?
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