【乙女の涙を拭えるもの】
ジュン「……うぁー、今日も終わった終わった。 ベジータ、今日もジムか?」ベジータ「ああ。戦士は常日頃、体を鍛えねばならない。」ジュン「そうか。……じゃあ、頑張れよな。また明日。」ベジータ「おうっ」バシュ 僕の名前は桜田ジュン。ごく普通の中学2年生だ。強いて言えば裁縫が得意ってところかな…… ――もう6時を回ってしまったな。5組の真紅から頼まれてた「コレ」を作ってたら、もうこんな時間になってしまった……さて、体育館に自販機があったな。ジュースでも買って帰るかな……。 ジュン「ふぅ……もう9月にもなると、夜は少し冷えるな…… 日が落ちるのも早くなってきてるな……」 ――僕の教室、2年6組から体育館までは、結構距離がある。校舎から体育館に行くまでには、ちょっとした渡り廊下があってそこから夕闇に染まる街の姿を見ることが出来る。なかなか綺麗だ……針仕事の後に見るこの風景は。◆体育館横ガコンジュン「よし、出てきたな。今日はコーヒー牛乳の気分だ。」ジュン「さーて、帰りますかね……」梅岡「お、桜田、まだいたのか。」ジュン「はぁ……ちょっと、用があって」梅岡「ちょうどよかった。ひとつ頼まれてくれないかな?」ジュン「いいですけ……ど」◆ 梅岡ってのは僕の担任だ。訳あってあまり好きじゃない。まあ、学校に行き始めた今となっては、そんなことどうでもいいんだけどさ。……で、梅岡が僕に押し付けたものっていうのが……ジュン「プロジェクターですか……明日使うんですかこれ」梅岡「ああ。道徳でな。私はビデオを持っていくから、桜田はこれをたのむ。」ポムジュン「わかりまし……」ズシッジュン「重ッ……」梅岡「ハハハ。ちゃんと鍛えないとだめだぞー。」 ……チクショー。なんなんだ、この敗北感は。薄暗く伸びる廊下、職員室のある1階から、26段の階段を上り、2年6組がある2階までの道のり、僕と梅岡、二人の足音と、制服の右のポケットに入ったコーヒー牛乳の缶の中身が立てるタポタポという音以外、何の音もしなかった。◆2年6組ジュン「よっ……と。」梅岡「ありがとう、助かったよ。」ジュン「い、いいえ……」梅岡「じゃあ、戸締りと消灯よろしくな。」ジュン「はい。」◆ガラガラッジュン「ふぅー……腰が。あいててて…… 真紅の奴に明日『コレ』を渡して……任務完了ってとこだな」 僕が教室を後にして、ドアを閉めようとしたその時だった。左隣の7組のほうから、何かの音が聞こえてきた。ジュン「……? なんだ?」◆2年7組カラ……カラ……ジュン(失礼しま~す……。)ジュン(あっれ~……おかしいな、誰もいないのか? いやでも確かに音がしたような……)……グスッ……ジュン(! ……後ろか)ジュン(誰かが泣いているな。誰だろう……)ジュン「……おい、どうしたんだ?」 泣いていたのは、紫がかった白い髪の女の子だった。初めて見る顔だ。2学期からの転校生だろうか。左目には、薔薇の花の刺繍が入った眼帯をしているようだ。ふむ、なかなかいい仕事をしている……って、そんな場合じゃないな。ジュン「えと……僕は6組の桜田ジュンっていうんだ。」「ジュン……桜田、ジュン……。ろっくみの桜田ジュン……」 ジュン「……名前は?」「わたしは……薔薇水晶……。その、よろしく……」ジュン「ばらすいしょう、か。覚えたぞ。 ところで、何で泣いてるんだ?」薔薇「…… ……うぅ、…… ……」 マズい、しくじったか?こうなったら…… ……ジュン「…… よかったら、飲むか?」薔薇「あ……ありがと……」チビチビ薔薇「あ……ありがと……あの、あのね、えっと……」ホロホロ薔薇「……あれ、どうしたんだろ……」ボロボロ薔薇「…… ……安心したら……うう……」 薔薇水晶は、涙が止められなくなってた。僕に出来ることは……あと僕に出来ることは……そうだ、"コレ"を……あ、真紅の名前を入れてたっけ……ジュン「えいっ!!」ビリビリッ!!薔薇「な……なに……!?」ジュン「……こ、"コレ"、ハンカチだ、使えよな。涙、拭けよ。」薔薇「ありが……と……」 薔薇「わたし……みんなと……なかよくやって……いけるかなぁ……」ジュン「ああ、それで悩んで泣いてたのか……。大丈夫だ、僕もそうだったけど、 友達ならたくさんいるぞ。」薔薇「わたし……こっちに……来たばかりだし……それに…… 舌足らずだから……うまくしゃべれなくて……友達が……」ジュン「……よし、じゃあ今日から僕が友達だ。そんじゃ、暗くなってきたから帰るぞ。」薔薇「……ばいばい」ジュン「……何やってんだ、早く来いよ。一緒に帰るぞ。」薔薇「ほんとう……!? 桜田……くん……、わたしと、帰ってくれるの……!?」ジュン「当たり前だ、友達だろ? あ、僕のことは『ジュン』でいいから。」薔薇「ありがと……ジュン……♪」 かくして、僕は乙女の涙を拭う手助けをすることが出来、さらには友達が増えた。真紅には、今夜また改めてハンカチを作ってやろう。薔薇水晶とは、前にいた学校の話とか、好きなアーティストの話、好きな教科の話とか、いろんな話をした。◆分かれ道薔薇「あの、わたしはここで……。あ、"コレ"は……」ジュン「ああ、あげるよ。じゃあ、また明日な。」薔薇「うん……またね。ばいばい……今日は、ありがと。」ジュン「ああ。いいってことよ。またな!」 彼女が、また僕があげたハンカチで涙を拭う後姿を、僕は見届けながら家路についた。 次の日の昼休み、6組で談笑していた僕や真紅たちのところにやってきた薔薇水晶は、穏やかな笑顔を見せてくれた。彼女は、真紅たちに歓迎され、またもやあのハンカチでうれし涙を拭っていた。 【乙女の涙を拭えるもの 完】
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