『blindlove』
水銀燈とジュンは幼なじみにして恋人同士。付き合い始めてずいぶんたった。そんなある日のお話…
学校も終わり、二人仲良く帰宅途中。今日はあいにく朝から雨だ。「ねぇ~ジュン。私達、今日で付き合い始めて丸一年なのよぉ」「え?そうだったのか?」「うふふっ。やっぱりジュン忘れてたぁ」「あ…いやぁ…すまん…」「丁度一年前、この道を通った時にジュンは私に告白したのよぉ?」「ああ。そうだな」水銀燈は嬉しそうにステップを踏む。「この一年、いろいろあったわねぇー…」「今まで以上に水銀燈燈と仲良くなれて…俺は嬉しいよ」「私もよぉ♪」
水銀燈とジュンはアパートの階段を登る。彼らはどちらもアパートに一人暮らしだった。「ジュン…。これからもよろしくねぇ」「ああ。こっちこそ」「うふふっ。ずっとジュンと一緒よぉ♪」嬉しそうに階段を駆け上がる水銀燈。
その時もっと注意していれば…。その日の階段は雨のせいで濡れて滑りやすくなっていた。水たまりに足を滑らせ水銀燈は、階段から、落ちた。
「水銀燈っ!」とっさにジュンは傘を放り出し水銀燈を支えようと手を伸ばした。しかし…間に合わなかった…。水銀燈は側頭部から階段の踊り場に落ちていった…。鈍い、音がした。
「水銀燈っ!水銀燈っ!おいっ!」ジュンは水銀燈に駆け寄り彼女を抱き上げた。水銀燈は、ぐったりとしていた。「なぁ…おい…水銀燈…。目を開けてくれよ…。たのむから…」ジュンがいくら呼びかけても水銀燈は目を開かない。雨が、二人を濡らしていった…。
「…そうだ…救急車…。救急車だ!」ジュンは急いで携帯を取り出し、119を押した。10分程でやってきた救急車に水銀燈を乗せてもらい。自分も付き添いで乗り込んだ。
総合病院に搬送された水銀燈。彼女は即、緊急救命室に運ばれジュンは廊下のベンチで待つことを余儀なくされた。
病院にやってきて約二時間後。濡れた服が乾いてきた頃に、ようやく医師が救命室から出てきた。「先生っ!水銀燈は…彼女はどうなんですかっ!」「うむ…。とりあえず一命は取り留めた…が………」「が………?」なにやら嫌な予感がした。「………」「先生っ!はっきり言ってください!」「彼女は…どうやら視力を失ったらしい…」
「は……………?」「恐らく階段から落ちたときだろう…。骨折した眼の周囲の骨片で彼女の視神経が切断されてしまった…」ジュンの頭の中は真っ白になった。水銀燈が、失明?そんな………「そんなこと…………。…な…治るんですよね!?」「…医師の私が言うのもおかしいが……奇跡でも起こらない限り…」「そ…んな…」ジュンはその場に力なくしゃがみ込んでしまった。「…すまない。今の医学では…」「水銀燈…」俺が彼女を受け止めていたら…。あと少し…早く彼女を…。
「今、彼女は薬でねむらせてある。安静にしておかなくては…」「はい…」「また明日、来るといい…。彼女をささえてあげなさい」「はい…。今日は…帰ります……」
そう言ってジュンは病院をあとにした。
家に帰り、自分の不甲斐なさを思い出して一人泣いた。
翌日、学校を自主休校したジュンは朝一番で病院に向かった。受付で水銀燈の病室を聞いてそこに向かう。自然と早足になった。病室の扉を、勢いよく開けた。「水銀燈!」ベッドにいた水銀燈の眼には包帯が巻かれていた。それが、とても痛々しかった。「ジュン…ジュンなの…?」水銀燈は入り口に顔を向ける。「ああ…。そうだ…」「ジュン…………私ね、目が見えなくなっちゃったのぉ…」水銀燈は、落ち着いた様子で話した。「…」「全部聞いたのよぉ」「水銀燈…」ジュンには、彼女にかけるべき言葉が見つからなかった。
「最初は驚いたわぁ。だって視界が真っ黒なんですものぉ」「…」「停電かと思ったわぁ。…でも、お医者様の話によれば視神経が傷つけられてしまって…」「…」俺は…なんと言って水銀燈を慰めればいい?どんな言葉をもってしても彼女を慰めることなんて出来ないだろう…。
沈黙が、部屋を支配した。やがて水銀燈が口を開いた。「ジュン……。私達、もう別れましょう?」「なっ…!なにバカなこと言い出すんだ!」「私、ジュンの足枷になりたくない…。負担になりたくないのよぉ…」「水銀燈…。俺はお前の事を負担だなんて思わないぞ」「…優しいねぇ、ジュン。でもその優しさが、時には残酷」「…」
「こんなに側にいるのに…。手の温もりや…息遣いや…匂いを…感じられても…。私の瞳の中に貴方はうつらないのよぉ…。辛いのよぉ…」「で…でも俺は…」「やめて!…こんなもどかしい思いをするぐらいならもう…いっそのこと…」「水銀燈っ!」ジュンは水銀燈に駆け寄り、強く抱きしめた。「やめ…てぇ…」「俺はお前の事が好きなんだ。愛してるんだ。なのに…別れるなんて言わないでくれ…」「ジュン…」「絶対、お前の目に光を取り戻してみせる…。だから…」「ジュン…ジュン…」「水銀燈の為に…全てを失ってもいい…だから…」「…………ほんとに、私の目を治せるのぉ?」「絶対、なんとかしてみせる」「いっぱい、いっぱい、迷惑かけちゃうかもしれないわよぉ?」「ああ、かまわないさ。いっぱい迷惑かけてくれ」「………なら…まってる………」
数日後、水銀燈は退院した。もっとも、退院後は月に一度は病院に通わなくてはならなかったが。
実生活では、ジュンがいつも水銀燈に付き添って手助けしていた。
四六時中一緒に居るせいで周りから冷やかされることもあったが、ジュンは全く意に介さなかった。
ジュンは水銀燈の担当医の所に足繁く通い、水銀燈の瞳に再び光を取り戻す方法はないのかと嘆願し続けた。
そんなある日、医師から興味深い事を聞かされた。「桜田君じつは今度日本に『眼科医の権威』と呼ばれている間黒男氏が帰国する。と言う話を聞いたんだ」「先生…まさか…」「ああ。こんど水銀燈さんのレントゲン写真とカルテを送って、オペの依頼をしようと思う」「先生っ!ありがとう…ございます…!」ジュンは、深々と頭を下げた。
その日、いつものように水銀燈の家に行き夕食の支度をするジュン。「ジュン、今日はずっと黙ってるねぇ」「…ああ…。そうかな…」「何かあったのぉ?」「うん…。じつは今日病院いってきたときに先生に言われたんだ…。『こんど帰国する天才眼科医の人にオペの依頼をする』って」「えっ…」「でも、こうも言われたんだ。『オペ依頼を受けてくれる確率、それが成功する確率は、宝くじに当たるのと同じくらいのものだ』ってな…」「ジュン…。私は、ジュンがそうやって必死になってくれるのが、すごくうれしいよぉ?」「水銀燈…」
水銀燈の美しい薄紅色の瞳に、ジュンのことはうつらない。いつも、どこか遠くを見つめているようだった
「私は、ジュンの事を信じてまってるわぁ。いつまでも…」「水銀燈…」ジュンは、水銀燈に優しく口づけした。「お前の瞳に光が戻ったら、一緒に公園の桜を見に行かないか?もうすぐ桜の季節だしさ」「ジュン…。…ええ。必ず行きましょ。約束よぉ」「ああ。約束。だ」
数日後、ジュンは医師からの電話で病院に向かった。「先生…依頼はどうだったんですか…?」「喜んでくれ。依頼を受けていただけるそうだ。…まぁ、詳しくはこの手紙を読んでくれ」医師はそう言って一通の手紙を差し出した。『ご依頼の件、確かに承知した。非常に興味深いパターンであり、私としても全力でオペに臨みたいと思う。あと、普段だったら一億は貰うオペだが、どんな結果になっても文句を言わないのであれば今回は一切の費用は必要ない。』
「先生…この『どんな結果になろうとも』って…?」「うむ、なんでも水銀燈さんの症例はあまり前例がない上に成功例がないらしいんだ。しかし間先生は『手順を踏めば絶対に成功させられる』と意気込んでおられるそうだ」 「そうですか…」「桜田君。今は、信じて祈ることしかできないよ」「はい。ありがとうございます」ジュンは一礼して病院をあとにした。
そして、帰宅したジュンは水銀燈にこのことを伝えた。水銀燈はにっこりと笑い、「ジュン。ありがと」と本当に嬉しそうに言った。「手術、成功するといいな」「きっと…大丈夫よぉ…」「治ったら…桜を見て…映画にも行って…一緒に買い物行って…。…たくさん楽しもうな」「うん…。私、いっぱい甘えちゃうわよぉ?」「ああ。是非ともそうしてくれ」
手術の前日、いつものようにジュンは水銀燈の家に来ている。
「……………ねぇ、ジュン」おもむろに水銀燈は口を開いた。「ん?どうした?」ジュンはやさしく問いかけた「私………今すごく不安なんだぁ………」「水銀燈…」何だかんだ言って、やはり水銀燈は怖いのだろう。「ほんとは…すごく……不安で……怖くて……どうしようもないんだよぉ……」水銀燈は心の内を吐露した。ジュンは、そんな彼女を抱き締め、ささやいた「大丈夫。きっと手術は成功するさ。絶対に、絶対に。だ」「ジュン……でも私……」「俺がついてるから、な?」「………………ジュン、私に勇気を頂戴?」「えっ…?」「私を…抱いて?」
二人は今、水銀燈の自室にいた。「水銀燈…。ほんとにいいのか?」「うん…。お願い」「そ…そうか…」「…ねぇ、服、脱がせてほしいなぁ」「あっ…ああ…」ジュンは水銀燈の服を一枚一枚脱がしていったそして現れた美しい肢体。雪のように真っ白な肌美しさに、みとれた。「ジュン…?どうしたの?………来て…?」「ああ。まってろ」ジュンは手早く裸になると、水銀燈の待つベッドに向かった。………二人の間には甘く、切ない時間が流れた
ことはすべてすませた今、水銀燈はジュンの腕の中で静かに寝息を立てている。「水銀燈…。明日は、がんばれよな…!」ジュンは静かに言った――絶対、水銀燈は治る。そう、彼は確信していた。また、彼女の薄紅色の瞳で見つめて貰える。と…
遂に手術当日。水銀燈はジュンに付き添われ病院にやってきた
手術室の前。二人は短い会話を交わした「水銀燈…。俺はここで待ってるぞ…」「ええ…。もうなにも迷わないし怖くないわぁ。ジュンの…お陰でね」「ああ!」
そして、扉が閉じた。
廊下のベンチに腰をかけ、ジュンは目を閉じた彼女なら、大丈夫だ。絶対、また一緒に『見る』ことが出来る…。俺たちは、乗り越えられる。
窓の外に目をやると、桜吹雪が舞っていた。
六時間ほど経った頃、手術室の扉が開いて、間医師達が出てきた。「先生!水銀燈は?」「桜田ジュン君だね。安心したまえ。手術は問題なくすんだ。まぁ結果は彼女が麻酔から覚めるのを待つしかないが」「あ………ありがとうございますっ!」「なに。礼には及ばんさ」
ジュンの目の前には、あのときと同じように目に包帯を巻いた水銀燈が横たわって眠っていた。
「先生、水銀燈の麻酔は…いつ頃切れるのでしょうか…」「そろそろだろう。なに、手術は成功しているさ。安心しなさい」「はい…」
そして、水銀燈の、麻酔が、切れた。
「いいかい?包帯をはずすよ?」「はぁい…」医師が包帯に手をかけた。「水銀燈…」ジュンは固唾を飲んで見守った。
はらり、はらり、はらり…
包帯がすべて外された「さ、ゆっくり目を開けてごらん?」「はい…」水銀燈の瞳が少しずつ開かれてゆく。
「水銀燈…みえるのか?」「あ…あ…。…見える…見える…」「本当か!?本当にみえるのか!」「ああ…ジュン…。会いたかった…会いたかったよぉ…」水銀燈はジュンに抱きついてきた。「はははっ!やったなぁ!良かったなぁ!」ジュンも水銀燈を抱き締め、涙を流して喜んだ「見える…見ることができる…。こうして触れ合える…」水銀燈も、涙を流して喜んだ。
二人の幸せはまだ始まったばかり。一緒に見て、触れて、感じることができる。そう…彼女の瞳に光が戻ったのだ。
Fin
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