DOLL -Stainless Rozen Crystal Girl- 第三話「THE IIID EMPIRE」
ミサイルが着弾して約一年、世界で一様の事件が起こり始めた。 食人事件。 犯人は赤子。いや、それは正しくない。どの子供も、離乳期を向かえた頃に急激に成長をし始めたのだから。早い所では、すでに小学児童の外見を持っていた。 生き残った親の証言によれば、事件前夜には今までより遥かに大きい夜泣きを聞いたという。そして、翌日には成長していた。呆然としているうちにその子らは外へ飛び出してゆき、近くにいた人間を襲い、食った。 さらに不可思議なことに、生まれた時には男児であった子も、全て女児になっていた。その後の分析で分かったことだが染色体はXYの分類に当てはまらない、完全に別生物のものであった。 すべては、かつてのウイルス兵器が原因である。ただ、その頃にはまだ、ウイルスがどのような影響を人体に及ぼすかが分かっていなかったのだ。 事件がその症状を解明させるに至った。DNA、遺伝子の変化。別生物への変化である。外見上の変化は特には無い。しかしそれは人間と言っても何ら問題ないだけであり、固体としての変化はすさまじかった。 端的に言えば、美しくなっていたのである。 体全身の色素が消え、肌は白く、髪や瞳の色も人間なら自然な色では無くなった。 体内で生成した化学エネルギーから運動エネルギーの変化の際に普通なら生じる熱のロスも無くなり、体温は外気温とほぼ同じになった。このため、かなり後の話になるが、感染者と健全者の区別として、体温測定法が発生する。右目に片眼鏡のようなサーモスキャナーを装備し、そこにいない者を探すのである。 また、人を食う理由については未だに分かっていないが、一説によると、欠損した遺伝子の補充のためという。 余談だが、それを人間の最終進化とよび、讃える新興宗教も存在した。 ここで、感染のルートに話を変える。 散布されたウイルス兵器が風に舞い、さまざまに流れた。しかし、未成年、成年関わらず発症はしなかった。では誰が発症したのか? 胎児である。栄養とともにウイルスもへその緒を通って母親から流れてくる。しかし潜伏期間が特殊なため、生後まもなくは何の変化も示さない。遺伝子情報はおろか血液もである。そして先述のように、感染者が離乳期を迎える頃に発症するのだ。 とある科学者はこう例えた。まるで蛹だ、と。 例えば日本国において、そのウイルスが重篤な疾患をもたらし、かつ胎児に対しと限定的では有るが、感染力も極めて高いものと判断し、国立感染症研究所はレベル4のバイオハザードと定義。また世界各国も同様にそのBSL――バイオセーフティレベルをグループ4と定めた。 そして、付けられたウイルス名はRozamystica-Virus、和名ローザミスティカウイルス。 これは、製作者の残したノートにあったものである。 また、その疾患者――新人類、新生物はその製作者の名前に基づき、ローゼンメイデンと呼ばれるようになった。DOLL-Stainless Rozen Crystal Girl-第三話「THE IIID EMPIRE」2030年9月18日「マルコムXとマーティン・ルーサー・キング・ジュニアは知ってるかい?桜田君」 助手席のくんくんさんがいきなりそんなことを聞いてきた。「ええ、一応は知ってますよ」常識の範疇であろう。「マルコムXが暴力的に、キング牧師が非暴力的に黒人を解放しようとしたんでしょう? くんくんさん」ある程度会話を先読みして答える。そのほうがくんくんさんは喜ぶのだ。もちろん、くんくんが本名なわけではない。だが、本人がそう呼べと言っているのだ。本名はあまり好きではないらしい。「そのとおりだ。どちらも方法は違えど、目的は同じだった。では、彼らが二人とも暗殺されたのは知っているかい?」「えぇ」実のところ、あまり知らない。「白人にとっては、黒人という存在が恐怖だったのかもしれないな。いや、マルコムXは、自身の教団に殺されたんだったな。ただ、白人の関与もありそうだが」「そうなんですか?」僕はウインカーを点けながら、返した。「そうだ」彼は一言口にする。そして、一息置き、「二人の目的に対するアプローチの違いの生まれた理由というのは分かるかい?」「いえ、全然」ブレーキを踏む。「なかなかに壮絶だよ、マルコムXの生い立ちは。詳しく語る気はしないが、今度暇なときにでも調べるといい」彼は前を向いた。そして、再び言葉を紡ぐ。「それに比べると、マーティン・ルーサー・キング・ジュニアはまだ恵まれているかな。桜田君もきっと知って、いや聞いたことがあると思うよ。彼の受けた差別についての例は」「確か、バスのでしたっけ?」街を彩る明かりが後ろに流れて消える。「そう、それ。バスボイコットにつながるそれだ」「逆に言えば、それくらいしか知りませんけどね」「いや、十分だろう。例として挙げられるのならばね。ここでだ。それならばその後の性格、活動は幼少時の環境で決まるのだろうか?」「そうなんじゃないですか?」よく意味が分からない。「僕自身は、それが正しいのか分からない。彼ら二人の例を挙げたのだが、実はマルコムXは暗殺される前年には、教団と手を切り、マーティン・ルーサー・キング・ジュニアとの会談を望んでたんだ」 僕は、いつの間にか集中していた。「それとは逆に、マーティン・ルーサー・キング・ジュニアの方はブラック・パワー運動の激化による暴動を見て、非暴力主義が時代遅れなことを自覚していたんだ」「そうだったんですか!?」僕は素直に驚いた。「そうだ、っと。前を見ようよ。前」身勝手ではないのか?「あ、すみません」とりあえず、謝っておく。「うん。けど、彼はそう思いながらも、非暴力抵抗をやめることはしなかったんだけどね」「そうなんですか」目的地に着いたことを確認し、車を止めた。今日はほとんど風がなく、空気が乾燥している。「まぁ、言っておきたかったのは、個人の人格形成についてだったんだよ」彼はシートベルトを外し、車を降りた。「もしかすると、今の僕らの行動は、白人による人種差別となんら変わらないんじゃないかって気がしてね」「こんな噂、聞いたことないかな?」「何です?」マンションの階段を上りながら話す。「政府が、例の子供たちの遺体を集めているってこと」「はぁ!?」ついつい、叫んでしまう。「声、大きいよ。一応、夜だからね。……僕は、もう政府は遺伝子解析が終わったんじゃないかって思ってる。いや、もしかすると、最初から終わっていたのか……。 どちらにせよ、今の状況はきな臭くないかい? 余りにも対応が早すぎる。一定時期に生まれた赤ん坊を全て調査しろなんて……軍事転用か…はたまた別の何かか…」 くんくんさんはぶつぶつと何かを唱えている。「よく、そんなこと耳にしますね」「スパイに憧れた、元探偵だからね」そう、彼は元々探偵だった。ひょんなことから刑事に転職し、今に至る。くんくんと言う名前も元々は昔の人形劇のキャラクター名だったらしい。 スパイと言う単語を聞くと思い出す。僕も昔はそれに憧れていた。ジェームズ・ボンドのようなスパイに。そして中学生の頃、姉の用意した上履きの名前を、桜田JUNから桜田JUMに落書きしたのを覚えている。jamesにしたかったのだが、途中で落書きがばれてしまった。それは懐かしく、今でも恥ずかしい思い出だ。 草笛と書かれた表札を見つける。正直、僕はここに関わりたくなかった。苦手な人が、いる。 くんくんさんが呼び鈴を鳴らし、応対をする。そして、思いのほか、すぐに中に入ることができた。さすがは警察手帳といったところだ。 出されたお茶を飲みながら、話をする。まだ世間話といった所だ。いきなり本題に入ったところで、反発にあうのは目に見えている。『Volia! In view, a humble vandevillian veteren cast vicariously as both vic-tim and villain by the fate. This visage , no mere venner of vanity is a ve-sige of the vox populi, now vacant, vanished』 テレビの中で、ガイ・フォークスの仮面を被った男が、長々と自己紹介をしている。 映画のようだ。僕が、それを見ていることに気付いた旦那さんがテレビの電源を切る。「すみません、点けっぱなしにしてしまってて」彼は謝った。「いえ、構いませんよ」むしろ、続きを見てみたかった。「では、そろそろ本題に移らせていただきます。明日、お子さんを連れて、この場所に来ていただけませんか?」くんくんさんは、一枚の用紙を取り出し、見せた。「これは、どういうことです?」奥さん――みつさんは首を傾げる。「いえ、ただの健康診断ですよ」嘘だ。そう思いながらも僕は言う。「ここに来て、彼女の血液検査をしたいんです」それだけなら郵送で済むはずだ。「血液検査、ですか」旦那さんが言った。「えぇ。すぐに終わりますよ。あと……、お子さん、離乳期はまだですよね?」くんくんさんが確認する。「はい。うちのカナは……いえ、うちの子はまだですよ」奥さんが言う。「そうですか。それならそれで」意図を悟らせないように、言う。マスコミには食人事件についての情報はほとんど与えてない。上からの圧力だ。いや、警察からではない。内閣から、議会からのだ。 その時、赤ん坊が大きく泣き出した。「あ、ちょっと待っててください」奥さんはベビーベッドのある部屋へと向かってゆく。奥のほうで、「カナ~、どうしたのかな~」なんて声が聞こえる。「すみませんね、うちの子が。でも、初めてかな。あんな大きな声で鳴いてるの」旦那さんは場を埋めるように言葉を発する。 僕と、くんくんさんは顔を合わせる。「すみません。ちょっと拝見させていただいてもよろしいですかね?」くんくんさんは言う。「構いませんが」との了承の声を背に受け、向かう。 襖を開けた。みつさんは、こちらを驚いたように見る。「ちょっと、抱かせてもらえませんか? その子」僕は尋ねる。 が、承諾を得る前に、くんくんさんが奪っていた。 彼はペンライトを口に咥え、赤ん坊の目を開かせた。「生後、何ヶ月くらいですか?」彼は聞く。 非難の声を上げていた奥さんは、急に来た質問に戸惑いながら、ちょうど半年です、と答える。「瞳孔が開いてる。…まずいな…」彼は呟く。「桜田君。発砲許可は?」「出てます」早口に応答する。「なら、こうしてしまうべきか」無表情で赤ん坊を床に置き、拳銃を構える。「なにするの!」奥さんが叫んだ。その声に、旦那さんも飛んでくる。そして、拳銃が赤ん坊に向いていることを見るや否や、掴み掛かってきた。 僕は暴れる旦那さんを抑えようとするが、なかなかに力が強い。もみ合っているうちに、一発銃声が響いた。 硝煙が立ち昇る。隣で奥さんがどさりと倒れた。「みっちゃん!」旦那さんは叫んだ。赤ん坊の泣き声が激しくなる。 急に僕らは動けなくなった。何かに。分からない、何かに。 赤ん坊を僕らは見る。もうそこにはいなかった。違う。別の何かがそこにいた。「か、金糸雀?」旦那さんは言葉にする。彼女は彼をちらりと見てから、倒れている母の元に向かった。 そして、彼女の傷口に唇を当てた。 くんくんさんは発砲する。慌てていたためか、肩を掠める程度だった。しかし、彼女は痛みに泣き出した。 そりゃそうか。見た目は児童でも、中身は赤ん坊だ。そんなことを冷静に、のんきに考えている僕がそこにいた。 だが、その泣き声は破壊を生んだ。置かれていた花瓶は弾け、ガラスは砕けた。この部屋だけではない。もしかすると、このマンション全ての部屋において同じことが起きているのかもしれない。 そして、彼女は部屋の窓から飛び出していった。おいおい、この高さだぞ。なんて思いながら下を見る。暗いが、何とか彼女の走り去ってゆく後姿だけは視認出来た。「ど、どういうことだ?」旦那さんは、震えながら口にした。「どうもこうも、見たまんまのことです。あなたのお子さんは危険な存在になりました。これから、彼女は殺されるでしょう。先生」僕は、何の感情も交えずに言った。 出来る限り、僕を恨め。僕はこの旦那さん――先生が苦手だった。「ここまで綺麗に壊れていると、追っかける側としては楽だね。うん、実に分かりやすい」くんくんさんはそんなことを口にした。実際、市街地の真ん中を駆け抜けていったのか、ガラス片、コンクリート片が散乱していた。その間、ずっとあの娘は叫び、悲鳴を上げ続けていたのだろうか。 応援も要請し終え、今は彼女の行く先を追うばかりである。「あの子の能力って何だと思う?」くんくんさんは運転しながら、僕にそんなことを聞いてきた。 「テレキネシスとか、サイコキネシスじゃないんですか? いわゆる」「そうだとしたら、最悪だ。でも、違うと思うよ。それならガラスだけじゃなく枠ごと壊した方が早い。花瓶も割れていた。まあ、ガラスと花瓶とじゃ固有振動数は違うけど……。でも、あの泣き声は長かったし、何度か一定の高さで止まっていた」「ええ、そうですね……」言い返せない。きっと、今回も彼は正しい。「捜査に必要なのは、どんな小さなことも見落とさない観察力。思うに、波長じゃないかと思うんだ」「波長?」僕には何がなんだか分からない。「圧力を操るんじゃ、ああいうことはおきるはずが無い。 オペラ歌手が声でグラスを割るっていう芸当はあるだろう?」「ええ、ありますね」「あれは共振の利用だ。共振の利用といえば、こんな事例もある。どの軍かは忘れたんだけどね、行進があるじゃないか。あれ。かなり規則正しい動きだよね。それで橋が落ちたことがあるらしいんだ」「重さの所為じゃないんですか?」「違う。その橋はそんなにぼろくない。行進の足音の振動と、橋の固有振動が偶然あってしまった結果らしいんだ。ホントに偶然だけどね」「その話と……彼女の本当の能力に何か関係が?」僕は彼の推理に毎度の事ながら感心し、そして話に困惑した。「なるほどな」と僕はその思いを口に出す。 しかし、彼はどこか呆れた、というよりも諦めたような表情で溜息を吐いていた。 その時、僕は気付かされた。そうか、試されていたのかと。彼の癖にはもう気付いていた。自分の優秀さを棚上げにし、それ以上の優秀さを誰かの中に無意識のうちに探している。 たぶん、先ほどの話の中に嘘が交えられていることだろう。本題には、全く関わりのないところで。「いや。彼女の音波を操る力ということがその程度のことだって知ってもらいたくってね」「その程度?」「あぁ、そうだ。電子レンジの原理は知っているかい?」「分子を振動させるんでしたか?」「そう。正確には水分子の極性の利用だが……今は関係ないな。とにかく、振動を使うんだ」「それが、何の関係が有るんです?」僕はとうとう言ってしまった。「音も結局は振動だ」彼は視線をバックミラーに移す。「まあ、光もそうなのかもしれないけどね」 意味が分かり、僕は背中に冷たいものが走るのを感じた。 僕らは、食い散らされたような道路を進んだ。「A班、B班狙撃地点へ。C班D班F班は移動。ヘリは上空待機、指示があるまで動くな」 着実に包囲網を狭めてゆく。ここ以上に戦闘に適した場所はない。「警察は見とけばいい、か」くんくんさんが鼻で笑う。先ほどの能力の予想もほとんど無視された。今は車の中で不貞腐れてるだけだ。「協力体制を取るべきじゃないのかねぇ」彼ら部隊に捜査権はない。おいしいとこ取りをされた気がしていた。「桜田君。ガソリン買いに行こう」「はぁ!?」何を急に言い出すのだ、この人は。「確実に必要になると思うよ。多分、経費で落ちる。それに知ってる?ガソリンはミネラルウォーターより安いんだ」 迷彩たちが目標に近づく。国立公園。もう閉園時間も過ぎていたため、客はいない。耳につけた無線機が、構え、の指示を出した。「ありがとうございました~」ガソリンスタンドの定員が元気良く言う。「くんくんさん! どうすんですか! こんなの!」「多分、彼らの単純な作戦は敗れる。敗因は多分、銃の暴発だろう。正直、こんな事態だ。公園の一つや二つ、どうなってもいいだろうね」彼は笑っていた。「まさか……」「そう、火計だよ。焼いちゃえばいいんじゃないか」 その時、車に積んだ無線が何事かを叫びだした。「来たね」まさに、彼の予想通りだった。死者が出ていないことが唯一の救いだった。「彼女は生まれたての獣だ。火というものを本能で恐れる。さて、僕らの出番だろう」「限界まで近づいてから、包囲するように撒いてください」彼は、隊員たちにガソリンの入った容器を渡す。これは彼の独断専行であり、上からの待機命令は全て無視されている。部隊のほうも分かっているのだろう。上層部で責任の擦り付け合いが起こり、指示が出せる状況ではないということ。これが重大な規則違反であること。そして、このまま待機命令に従っていては、手遅れに成ってしまう事も。 しかし、よく動かせたな、と感心させられる。ありえない、とも思わざるを得なかった。 足元の草たちは季節のためか、枯れかけている。きっとよく燃え、火は広がるだろう。 そんな所を見ながら、僕らはヘリコプターに乗り込む。落ちていなくてよかった。 所々に抜け道は出来てしまうものの、包囲は完了した。 それぞれに、ガソリンを撒き始める。広く、長く。 そして、無線がガソリンを撒き終えたことを伝える。「じゃあ、僕らも撒こうか。風も今はないね。上手く落ちてくれるだろう」 そんなことを言いながら、ガソリンの入った缶を倒し、ドアから散布する。地上にはオイルの雨が降り注いでいるはずだ。 散布完了、と短く指示を出す。点火、と一言返ってきた。 眼下には火の海。よく火の海を文章では、真昼のように明るい、と表現するが、昼の明るさとはやはり別物であり、一致どころか近似できないと思う。 燃え盛る炎の輝きと夜の闇の静けさが互いに拒絶しながら混ざり合い、火の粉がそれに弾かれたように空を舞う。 揺らめく火は夜空を嘗め、確かな存在を示すのだが、それも重力に縛られ宇宙までは届くことがない。「僕はね、ずっと自分が特別な存在だと思ってた」どこを見ているのか分からない眼で、くんくんさんは言う。「そう信じてた。実際に、僕は僕の能力を正しく把握しているつもりだった」「どうしたんですか?」と聞こうとしたが、彼は手を翳し、それを制す。「今は静かに聞いてくれ。僕は、優秀だ。でも、それでもどうしても勝てない存在と言うのはあるね。苦しかったよ、一番だと思っていたのに、そうじゃない現実を突きつけられると。苦しんで、苦しんで、嫉妬した。そんな自分が嫌だった。それでも折り合いをつけたつもりだったんだ。諦めようとね」こちらを向く。炎の揺らめきのせいか、彼の右目の周りに影が出来、それが犬のぶちのように見えた。「そんな矢先に、これだ。ミュータント。羨ましかったね。初めから特殊な何かを持っていることが。どうして、自分にはないものを持っているんだろうってね。そんなとき折り合いをつけたはずの自分が現れたんだ。どうしようもなかった。羨ましくて、嫉妬して、憎悪した。彼女たちを。逆恨みだってのは分かってるけどね。だから、僕は彼女たちに関する情報を集め出したんだ。少しでも近付きたくてね」 再び、外を見る。「きっと、僕は子供のままだったんだろう。探偵に憧れたまま、大人になれなかったんだ」 そうか、これは懺悔なのか。僕はようやく思い至った。 けど、悲しいことに、彼に対する、神父らしい言葉は見つからなかった。「もうここまで燃やしたら、きっと死んでるでしょう。降ろして下さい」彼はそう言い壁を掴んでいた手を放した。 その時、大きくヘリは揺れた。パイロットのせいじゃないのはすぐに分かった。 地上から大きな音が聞こえていたから。大きな、泣き声が。 そしてバランスを崩した彼は、落ちた。 僕はくんくんさんの名を叫びながら、確かに見た。 彼女の、姿を。 炎の中を泣きながら、彷徨う。 僕にはそれが母を捜す、唯の子供のように見えた。 そして、彼女の唇が「みっちゃん」と、先ほど聞いた母の名を呼ぶいるように動いていた。 上司たちが僕を迎えた。戻ったら、確実に処罰されるだろう。 だが、そんなこと、今更どうでも良かった。ただ疲れていた。「名前は?」僕は、車を運転している人に声を掛けた。どんなことでもいい。先ほどの記憶に何かを上書きしたい。「白崎です」彼は、こちらを見ずに答えた。「白崎さんか……」それだけを言い、沈黙した。彼とはきっとまた会うだろう。そんな予感がした。名乗らなくてもいいか。きっと後で彼も耳にするだろう。 この、大馬鹿者の名前を。 僕は、マルコムXとキング牧師の違いを思い出す。環境が性格に影響するなら、弾圧される彼女たちは一体何をするのだろう。 先ほどの少女を思い出す。 彼女たちも普通の人間と同じなのかもしれない。 僕には、恐怖しか残らなかった。 DOLL-Stainless Rozen Crystal Girl- 第三話「THE IIID EMPIRE」了
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