雪華綺晶短編19
雪「おじゃましますわ…あら銀ちゃん」銀「あらぁ雪華綺晶、貴女もめぐのお見舞いに来てくれたのぉ?」雪「ええ、まだまだ暑いのでお元気かと思いまして…めぐ様は?」銀「めぐは今検査に行ってるわ…私はちょと用事あるからもう帰るけど」雪「じゃあ私がめぐ様を待ってますわ。後はお任せ下さいませ」銀「ごめんなさいねぇ。これ私がお見舞いに持ってきた桃だから剥いてあげてねぇ」雪「了解ですわ。ではごきげんよう」銀「またねぇ」雪「…それにしても美味しそうな桃ですわね」雪「…じゅるり」雪「…めぐ様がお帰りになる前に剥いて差し上げねばなりませんわね」雪「…何て美味しそうに熟れた果肉なのでしょうか…」雪「…一口くらいいいですわよね」雪「…」め「ただいまぁ…あら雪華綺晶いらっしゃい」雪「はっ…ごきげんようですわっ」め「丁度よかったわ、水銀燈が桃を持って来てくれたの。一緒に…」雪「…」め「あれ?桃がない…」雪「…誠に申し訳ありませんわ…」め「うぇええええええええええん」雪「ああめぐ様、どうぞお泣きにならないで…」【そんな】【顔しないで】
め「う…ぐぅ…痛い…」雪「めぐ様!大丈夫ですか!?」簡素な寝台の上で、シーツを引き裂かんばかりにもだえ苦しんでいる友達を前に、私は思考を停止してただおろおろするばかり。かろうじて再び回り始めた頭が、私のなすべき事をはじき出し、私は枕元のボタンに手を伸ばし、ナースを呼んだ。雪「めぐ様、今看護師さんを呼びましたわ!ねぇめぐ様しっかりなさって!?」体中から冷や汗を流し、浅い呼吸を繰り返しているめぐ。そんな彼女を目の前にしておきながら何も出来ない自分が歯がゆい。め「ねぇ…雪華綺晶…」雪「何ですの!?」め「私…生まれた時からずっと…」雪「もう良いですわ!しゃべらないで看護師さんを待ちましょう!?」廊下の向こうから、次第に大きくなる慌ただしいサンダルの足音が聞こえる。め「後悔なんて…しないと思ってたけど…こんな時になって…今更…」めぐの瞳に涙が浮かぶ。私の瞳にも。め「泣かないで…?貴女には…似合わない…から…」雪「もう…しゃべらないで…」めぐの細い手を握りしめようとしたその時、乱暴に開いたドアから白衣がなだれ込み、私はそのうちの一つに廊下へと連れ出された。佐「水銀燈ちゃん、あとは私達に任せてねっ」そう言って病室に戻る佐原看護師の背中を茫然と見ていた私は、しばらくして、彼女に伝えるべき事を伝え忘れたことに気付いた。彼女が私と愛すべきお姉さまを間違えた事。そして。私が止めるのも聞かず、めぐがお盆に大量にもらって古くなった果物の詰め合わせを、つい先ほどまで私ですらドン引きするほどの迫力で処分していた事を。【そんな】【顔しないで】
ジ「この夏最後のデートだっていうのに遅いなぁ…」雪「ジュン様、遅れて申し訳ありませんわ」シュコージ「…どちら様?」雪「ちょっと!私ですわ雪華綺晶ですわ!」シュコージ「なな何だ雪華綺晶か、普段眼帯つけてる上にマスクまでしてるとさすがにぱっと見誰かわからん」雪「もぅ…自分の恋人が分からないなんてどう言う事ですの!?」シュコージ「そんなごついマスクしてるからだって…どうしたんだ?」雪「新型インフルエンザ感染防止のためですわよ」シュコージ「まるで生物テロでもあったみたいじゃないか…どうせならその左目にも眼帯つければ完全装備だなw」雪「…」シュゴオオオオオオオオオオ薔「どうしてジュン始業式に来てないの?」雪「『夏風邪』らしいですわ…うふふ…」シュコー【夏風邪に】【注意せよ】
空を見上げる為に、毎日屋上へ行く。 空の青いカーテンが引かれた今日は何の模様もなく、ただ涼しく、冷たい風だけが頬を撫でて流れていく。 時間もなにもかもが溶けたこの空間にいるときは、普通ではなく、特別と思うことのできる自分自身の存在。「ジュン様?」 空っぽの頭の中に反響する、聞き覚えのある甘く優しい声。 黒ずんだ固く冷たいコンクリートを下にして空を仰ぐ僕の顔を覗き込む、一つの笑顔。『なんでそんなに笑ってるの』と聞きたい言葉を飲み込み、ただ一言「おはよう」と声をかけた。「おはようございます」 雪華綺晶は長い睫毛をまたたかせ、昨日、おととい、その前と同じ微笑みを僕にくれた。 挨拶をしたあとは決まって沈黙が間を支配するが、それは不思議と居心地のよいもので、24時間あるうち一番好きなとき。 雲の流れを目に映しながら、生きる痛みを忘れさせる青さを心に満たしていく。「何でさ、いつもここに来るの」 ふと口をついて出た言葉。学校には来ているけれど出席扱いにはならない無駄な時間を過ごすのは、ただの阿呆か物好きかのどちらかだろう。僕はそのどちらでもないけれど。 しかし雪華綺晶は違う。品行方正――毎日遅刻しているから当てはまるかわからないが――、成績優秀、才色兼備と全てが揃った完璧な彼女を学校がみすみす放っておく訳が無い。 彼女の唯一の汚点は、学校に来てもサボってばかりのだらしない男に付き合って遅刻することか。そう考えると、僕は永久自宅謹慎処分ぐらいになってもおかしくはない。と言っても今がそんな感じには違いない。 涼風に吹かれて、ふわりと靡く雪華綺晶の髪の毛と短いチェックのスカート。「普通に授業を受けていてもつまらないんですもの。こうしてジュン様と一緒におしゃべりしている方が私にとって大切な時間なんです」「……そっか」 おしゃべりという会話はそこまで交わしていないつもりだったが、彼女が楽しいと思うならそれはそれでいい。 産声を上げてまだ数時間の太陽の光にきらりと反射した彼女の白い八重歯にくらっときたのは、多分どうかしている証。生きる痛みと引き換えにもらえる、恋という胸の痛覚こそ青春の痛み。 「僕も好きだな。この時間も、雪華綺晶のことも」「ふふ、やっと言ってくださいましたね。私も大好きです、ジュン様のことが」 これが泡沫の恋にならないように広い空の下で祈る。 やっと手に入れた青春の痛みをなくさないように、しっかりと握りしめて。
さて、と私は手にした真っ赤な薔薇の花束をソファに投げ捨て、ため息を吐いた。照明は付けない。その方が自分の本心が隠れているような気がして。愛してる、雪華綺晶。なんていう台詞は聞き飽きた。君のためならなんだってする、なんていう言葉も大概は嘘だと分かった。だけど私はこんな揺れ動く生活を辞める気はない。辞めてしまったら、それは私自身を捨てるような気がして。愛想笑いもこなれてきて、誰と、何をしようと私はもう気にしない。何をされようとも、何を求められても。最期の為に私は恥を捨てるのだ。全ては最期のため。最愛の妹のため。謀略、乙女。手を出した男は全て吸いつくす。
雪「きょうはふたりだけでおかいものですわよ」薔「わーい…」雪「なにかほしいものはある?ばらしーちゃん」薔「さがしてみる…」雪「そうですわね。おもちゃやさんにいきましょうか」薔「うん」…薔「このウサギさんのおにんぎょうかわいい…」雪「あっ、あっちにかびぱんまんのおにんぎょうが…」トテトテ雪「…」雪「あっ!ばらしーちゃんをおいてきてしまいましたわ、いけない!」薔「…あれ?おねえちゃんがいない…」薔「おねえちゃん…うぅ…」薔「ふぇええええん、おねえひゃぁん…」雪「ばばばばらしーちゃん」薔「!おねえひゃん…わあああん」ヒシッ雪「ごめんなさい、ばらしーちゃんをひとりにしちゃって…」薔「うええええん、おねえひゃんのばかぁ」雪「ほんとうにごめんなさい…」…薔「昔こんなことあったよねお姉ちゃん。覚えてる?」雪「そうでしたっけ…忘れてしまいましたわ」薔「…」パチンパチンパチンパチン雪「ちょっ痛い痛いばらしーちゃんお願いですから私の眼帯を引っ張らないでふぇえええん」【乙女の】【涙】
学校の帰り道。秋と冬がごちゃ混ぜで近づいている証か、空は瞬く間に夜の闇に覆われていく。真ん丸な月がぷかりと浮かんだ少し低い夜空の下、僕は家に向ってひたすら歩いていた。「しかし、どうしよう」またかと鬱陶しがる気持ちとそれが靴箱に入っていてうれしいという気持ちが鬩ぎあう、変な感覚。満月の下で小さな悩みを抱えた僕の手には一通の手紙。誰が何の目的で僕に手紙を出し続ける理由は知らない、というか知っているけれど、また認めるのが疲れる。そう、この手紙。もう1年も続いているのだ。それも毎週水曜日、きっかりと僕の靴箱の中に置かれている。中身は青春を謳歌しているものならば一度は憧れる、ラブレター、恋文なるものだった。故に僕は悩む。「ジュン様」水曜日の帰り道はいつもこうして声をかけられる。振り向かなくても声でわかる、ちょっと変なお嬢様の雪華綺晶だと。「そんなに走ってこなくてもよかったのに。今帰り?」彼女は息を弾ませて笑顔で頷いた。握っていたラブレターをポケットにそっと丸めて押し込み、隣の綺麗な横顔を見ながら言った。これはいつも思うことなのだが、あまりにも綺麗すぎる彼女と帰り道を歩くことができる僕は多分、人生の中で幸せの絶頂にいると。「やっと部活の方が一段落しましたので。こうしてジュン様と一緒に帰るのも久々に感じますね」「まあ……確か2週間振りぐらいだったっけ、最後に一緒に帰ったの」そんな前だったかと思い出そうとしてみるけれど、あまり鮮明には思い出せなかった。決して一緒に居る時間が楽しくなかっただとかではない。部活が一段落したというのは、どっかの品評会にでも出す作品が出来たことを表していた。彼女は美術部、それも県で有数の実力を誇っているらしい。実際に彼女が描いた絵は見たことがないが、庶民オーラ丸出しの僕では理解できる範疇を超えているだろう。「とにかくお疲れさま。手、絵の具ついてるよ」ふと目線を下げてみると、右手の小指に群青色がぐちゃっとついていた。彼女はそれを聞いてすぐに自分の手を見ていた。小指についているのを見つけた途端に不機嫌そうに眉毛がぴくりと上下したのはなかなかにおもしろかった。「この絵の具、落とすの大変なんです。あれだけ注意してちゃんとしていたのに……無念」「こら、女の子が無念なんて。時代劇の見すぎだ」ふふふと笑って、少し肌寒い風の中。アスファルトの小石が満月に照らされて表面が輝いている。僕は迷っていた。思い出すのは、ポケットの中で丸まっているラブレター。そして、『好きです』と書かれていた用紙の特徴も一緒に。だから故に僕は迷う。恋なんか、気づいてもらえるまでが面倒なものなのだ。「なあ」彼女は立ち止まって振り向く。左目の金色の瞳はオリオン座の欠片を映している。「気づいてもらえるまで頑張るのも恋、なのかな」滅多にそういう浮いた話題をしたことがなかった僕を見て、彼女は驚きながらもすぐにいつもの優しい微笑みに戻る。器用だとつくづく思う。「ジュン様もついに恋煩いですか?」「いや、うん、なんか違うんだけどさ」ポケットにあるラブレターを取り出して彼女に渡す。またも一瞬だけ眉毛が動いた。渡された紙切れをしばらく見つめて、口を開いた。「なんですか、これ」その問いには答えなかった。立ち止まった彼女から離れるように僕は歩き出す。「気づかれていない時が幸せなのか、気づかれてしまった時が幸せなのか。それを僕が知る権利はない。全部全部、自分自身が決めなきゃいけないんだよな」その子は幸せになったのかな、そう付け足して、数メートルの間が空いた向こうの彼女に笑ってみせた。 軽くのり付けされた青い封筒の中には、他校の校章らしきマークが入ったレポート用紙が一枚。それには、『好きです』とたった一言。故に悩む、迷う。しかし僕はちゃんと告げた。 “やっとここまで辿り着いたよ、一年もかかったけれどね”「貴方ならもっと早く、そう思っていたんですけれど。もうこのまま気づいてくれないのかと思ってました」彼女は苦笑を浮かべながらも嬉しそうに踊った声で言ってくる。青色のチェックのスカートが秋風に吹かれてふわりと揺れた。揺れた青いスカート、それは僕の通う学校の制服ではなく、市内の名門私立のお嬢様学校を証明していた。「気づくもなにも、きらきーが回りくどいことをするとは思ってなかった」「恋と戦争は手段を選ばず、そんな諺もあるでしょう?」「そこまで大層なことじゃないだろ」いつの間にか彼女は僕の横へぴったりと近づいていた。綺麗すぎるその顔には小悪魔が操っているとしか思えないほどに、にやりとした微笑み。「知らない方がいいことも世の中にはたくさんありますから。ジュン様も女の子が抱えている秘密にはうっかり入り込まないほうが身の為です」身の毛もよだつような恐ろしいことをさらっと言われた気がする。こんなことならば気づかなかった方が幸せだったのかもしれないと思った瞬間、唇が塞がれた。余計な思考を全てぶっ飛ばすほどに、脳が麻痺してしまうキスというもの。青春なんて気持ち悪くなる程の幸せとその裏返し、気持ち悪くなる程の不幸せ、その両極端しかないのだとようやく気づいた満月の夜。終わり
雪華「あぁ、空を飛ぶのは何て心地良いのでしょう…… 雲が綿菓子で出来てる、というのも素敵ですわ。 うふふ…… 地上があんなに遠くに……あら?あそこで手を振ってるのは…… ばらしーちゃん? うふふ……あんなに無邪気にはしゃいで……」… … …… …… 薔薇「……お姉ちゃんが変なキノコ食べて倒れてる……」【人が】【飛ぶ】
真っ暗な狭い空間に、私は体を折りたたむように小さくして隠れる。呼吸も浅く。鼓動すら止まれと願うように。私には、他の姉妹が今、どういう状況なのかを推し量る術は無い。今の私に分かる事と言えば、ただ一つ。見つかれば、そこで全てが終わってしまうという事だけ。私は自分の身を守るように、自分の肩を強く抱きしめる。ただ時間が流れるのだけを祈って。だけれど、時が過ぎ去るより早く……それは無情にも聞こえてきた。ミシリ、ミシリと足音を殺して近づいてくる足音。私は息を止め、ただ彼女が私に気付かず行き去ってくれる事だけを願う。「うふふふふふ……赤薔薇のお姉様?どこに居るのですか?ふふふふふふ……」呟くようにそう言った雪華綺晶の声が、やけに冷たく感じられる。僅かな呼吸も、肺が引き攣ったみたいになって出来なくなる。私はただ、彼女が私に気付かずいてくれる事だけを、ひたすらに祈った。「ふふふふふふふ……」彼女は小さく笑う。そして……ミシリと、足音が近づいてくるのが聞こえた。私が隠れている押入れの前で、彼女は立ち止まった。私は、絶望というものを感じていた。見つかった。見つかってしまった。蛇に飲まれる蛙のような、諦めにも似た感情が生まれるのを、私は目の当たりにしていた。かといって、絶望で恐怖が消える訳ではない。人間の想像力と言うものの厄介さを、私は嫌と言うほど、この短い時間で思い知った。自分の鼓動が、まるで壊れた玩具のように、不規則に激しく鳴るのが聞こえる。気が付けば、私は自分の肩を抱きながら震えていた。だというのに……雪華綺晶はいつまで経っても、私が隠れている押入れを開けようとはしない。まさか、彼女は私に気付かなかったのだろうか。一瞬そう思うも、それが唯の希望的楽観的観測でしかない事は自分でもよく分かっている。何故なら、雪華綺晶は私が隠れている押入れの前まで来た後……一歩も移動していないのだから。彼女が立ち去ったような足音は、何一つ聞こえてないのだから。それでも、まるで地獄に垂らされた一本の蜘蛛の糸のように。私は、雪華綺晶はもう何処かへ行ったのでは、という儚い望みを信じようとし始めていた。その時だった。「うふふふふふふふ……」ちょうど押入れの薄い戸を一枚挟んで。雪華綺晶が笑うのが、聞こえてきた。希望を打ち砕かれた事と、改めて突きつけられた絶望。私は全身の血が凍りつくような恐怖を感じながら……それでいて、どこか冷静に、こう考えたりもしていた。もう絶対に、雪華綺晶とかくれんぼはしたくない、と。【どこに】【いる?】
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