王子様の飼い慣らし方
「ごちそうさまでした。今日も美味しいご飯でしたわ」「そりゃどーも、お粗末様でした」口の周りをナプキンで丁寧に拭く、どこぞの深窓の令嬢。育ちの良さがオーラにまで現れるほど。圧倒的な威圧感とともに、その品格が庶民では追いつけないほどの最高レベルに位置するのがわかる。そんな名門のお嬢様がなぜ、普通の大学2年生の冴えない僕のボロアパートにいるのか、深くは知らない。それにわざわざ聞き出そうなんてめんどくさいこともやりたくない。 今日はありとあらゆる対策をして5人前を作ったはずなのに、テーブルの上にあるお皿たちは見事に平面。僕が食べたのは小皿にとった唐揚げ3つだけで、その他のおかずは全て、目の前のお嬢様がたいらげたのだろう。食い意地がすごいのか、ただ単に大食いなだけか。さすがに面と向って聞く勇気は持ち合わせてはいなかった。「ジュン様、お風呂お借りいたしますわね」ええ、どうぞと背中で返事をしながら、せっせと洗い物に励む僕は外で働くより家で家事をしている方がお似合いなのかもしれない。元が引きこもりということもあるし。 洗い物を終えて居間に戻ると、付けっぱなしだったテレビで『真夏の心霊特集』と銘打った胡散臭い番組が流れていた。人工的にでっちあげられた幽霊より、僕とお嬢様の不思議な関係のほうがずっとずっと怖いに決まっている。 テレビの中の悲鳴を耳に聞きながら、うとうとと目を瞑ればすぐにでも眠りへ飛んでいけそうな、ふわりとした感覚が体を支配する。途端、暖かな空気と馨しい匂いを引き連れてくる人が一人。鼻腔をくすぐる、シャンプーでもボディソープでもない、彼女の匂い。「もう上がったんですか」「他人の家で、お風呂を長く借りるのも悪いじゃありませんか」小さいクッションを一つ投げて彼女に渡し、寝転がるスペースを狭いながらも空けた。「別にそんなこと気にしなくてもいいだろ、もうこんなよくわからない関係なんだから」でしょ、と首を傾けて彼女に聞けば、彼女も首を傾げて妙な笑顔を浮かべて僕を見る。薄い桜色がかかった髪の毛が湿り気を帯びておとなしくし、いつもより大人っぽく見えるのは僕の錯覚かと思うぐらいに、彼女は美しかった。そんな軽い言葉で表すのも彼女には失礼だが、生憎ボキャブラリーに乏しい僕にはありふれた陳腐な言葉しか思いつかなかった。 「彼氏彼女って言うのも変な感じがするし、中途半端だよな」「曖昧な距離感ということがですか?」「曖昧なのが、なんというか」嫌ではないけれど、どこかではっきりしなければいけないような気がする。それさえも無駄なことに感じるのは、なぜだろう。「でもはっきりしたところで、無茶苦茶なことになる訳じゃない。ああ全くもっておかしい関係だ」「私たちには、この曖昧な距離が一番似合ってるんですよ、きっと」わざわざ空けたスペースをなくすように、ずいと近寄ってくるお嬢様の顔はとてもとても幸せそうで。僕はあくまで彼女だけで慣れた手つきで、その小さな体を抱き寄せ、腕の中へと閉じ込めた。「捕われたお嬢様を助けにくる王子様は何時になったら現れるんだろうな」「……他の王子様もどきの人たちに助けられるのだけは、嫌ですよ」「わかってます。わかったからそんなに抱きしめるなって……」「ぎゅってしたかったんです。お嬢様にだってそのぐらいの権利はあるでしょう?」 囚われのお嬢様にとらわれてしまった僕に、逃げ道なんぞある訳も無く。「迎えに来なかったら、nのフィールドに閉じ込めますからね」「……その目が本気で怖い」私を好きにさせたジュン様が悪いんですよ、と悪戯っぽく微笑みながら僕にキスを落としたお嬢様。本当にどちらが囚われているのやら。 そして、思惑通りに上手く飼いならされた貧乏学生の王子様は、きちんとお嬢様を深窓からさらって行きましたとさ。めでたし、めでたし。 お題配布元「確かに恋だった」
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