昼のひとコマ
「あ゛ーあ゛ーあ゛ー。ワレワレハーウチュージンデスゥ……」だらしなくパジャマのままで扇風機の前を占拠している翠星石。僕は、そんな彼女の頬に冷えた麦茶をピタリと当てた。「ひゃぁ!?何するですか!」驚いたみたいに目を白黒させながら、翠星石は僕の手からコップを奪い取る。それから、少し恥ずかしそうに、小さな声で聞いてきた。「その……蒼星石……聞いてたですか……?」「何の事?僕は何も聞いてないよ?」僕はわざととぼけた表情で、そう答える。それから翠星石からちょっとだけ離れて、「でも」と前置きをして続けた。「それにしても、翠星石が宇宙人だったなんて知らなかったよ」「やっぱり!しっかり聞いてやがったですね!?」翠星石は叫びながら僕に飛び掛ってくる。僕は一歩遠ざかっていたお陰で、簡単に避けてみせる。翠星石がバランスを崩して、床に倒れそうになる。僕は彼女の手を取り、倒れないように支えてあげる。「おっとっと……助かったですぅ。 それはともかく!姉をおちょくるなんて生意気な妹ですぅ!」せっかく助けてあげたのに、翠星石はそう言うと僕のほっぺたをつねりだした。本当、翠星石は大人気ないからどっちが姉だか時々分からなくなっちゃいそう。ほっぺたを引っ張られながら、そんな風に思った。「暴れたので、よけいに暑いですぅ……」「もう、すっかり夏だね」かみ合っているようでかみ合ってない会話をしながら、今度は二人で扇風機の前に。翠星石は足を放り出して座りながら、パタパタとパジャマの胸元から風を送っている。「翠星石。そんな事してたら見えちゃうよ?」「蒼星石しか居ないから平気ですぅ……」「そういう問題なのかな?」「そういう問題ですぅ」二人で扇風機の風に当たりながら、のんびりと過ごす。ジー、ジーと蝉の鳴く声が、どこか遠くから聞こえてきた。「そういえば、アイスが食べたいですねぇ」「うん、こう暑いとね。……買い置き、まだ有ったかな?」「もう無いですぅ。さっき確認したですよ」すっかり食い意地の張ってる翠星石の言葉に、僕は苦笑い。「あんまりアイスばっかり食べてると、太るよ?」「それは嫌ですぅ……」翠星石は元気なくそう言うと、そのままゴロンと寝転がる。僕も、翠星石と並んで寝転がる。風鈴が風に揺れる音が、チリン、と聞こえてきた。「夏、だね」「夏、ですね」 二人で天井を眺めながら、改めて季節を実感する。不意に翠星石が勢い良く飛び起きて、扇風機の首を回して、風を風鈴に当て始めた。チリン、チリン、と風流に鳴いていた風鈴が、目覚まし時計みたいにせわしない音で鳴り始める。「……これだけ派手に鳴られると、全く清涼感を感じないですぅ」なんだか釈然としない表情で風鈴を睨みつけていた翠星石。天井を眺めながら、僕も「うん」とだけ答えた。少しだけ視線を動かすと、空には大きな雲がひとつだけ。「いい天気だね」翠星石が隣に寝転がるのを感じながら、小さく呟いた。「いい天気にも程があるですぅ」「でも、お陰でおいしい野菜が出来そうだよ」「トマトにキュウリ。あと今年はゴーヤも植えたですよね」「うん。今から楽しみだね」二人で寝転がったまま、のんびろとした時間を過ごす。蝉の鳴き声も大きくなってきたけれど、不思議とうるさくは感じなかった。「それはそうと、お昼ご飯はソーメンで良いですか?」思い出したみたいに、翠星石がそう口を開く。「夏なんだし、バテちゃわないように栄養のあるものの方が良いんじゃないかな?」僕の提案に、翠星石はゴロゴロと転がりながら「うーん」と唸って。「なら、間を取って冷麺にするです」と結論。どう間を取ったのかは分からなかったけれど、僕もそれで、と答えた。翠星石は、僕の隣で暑そうにゴロゴロ転がっている。僕もつられて、ゴロゴロ。扇風機の風と、蝉の声と、風鈴の音。「夏、ですね」「夏、だね」何って事もない会話を、二人でしていた。
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