じはんきめーでん
丁度昼休みが半分くらい過ぎたころ、この学校で唯一設置されている自販機目指し廊下を歩いていた。たとえ喉が渇いていてもこんな蒸し暑い時は特に動きたくはない。仕方なく、なのだ。その「仕方なく」の原因が俺の左前方を、長い髪を涼しげに揺らしながら少し早足で歩く。見事なまでのその銀髪が、窓から射す陽を反射ギラギラ反射させて暴力的な輝きを帯びていた。ふと、ピョンピョン跳ねていた髪先が停止、半弧の軌道を描く。その先に銀先輩のちょっと不機嫌そうな表情が続いた。「なんでとぼとぼ歩いてるのよ。さっさと歩く!」「え、なんでそんなに急いでるんですか…」「次、移動教室なの、私」急に銀先輩に左手を掴まれ、俺は半ば引きずられるように歩いた。廊下でおしゃべりしている顔見知りの同級生達はこんな光景には慣れたらしい。ほんの一瞬だけ俺たちに視線を注ぐが、何事もなかったかのように話を続けていた。「銀先輩、自分でちゃんと歩きますから!放してくださいっ」「ホントぉ?」仕方ないわね。銀先輩は困った顔で呟いて、ようやく手を放してくれた。とは言ってもすぐそこが階段だ。このままのペースで引っ張られたら俺が死ぬ。少々高鳴る鼓動を落ち着かせながら、一段とばしで階段を下る先輩の後ろ姿を追いかけた。「やっと着いたわ、はいっ!アナタの出番よ。正確にはアナタの財布の」なんか嫌な感じのいわれようで、銀先輩に背中を押された。「ちょっ…って、ストップストップ!まだ自販機のところ人いるから押さないでください」「あら、気づかなかったわぁ」「なんていうか…もうちょっと気をつけてくれませんか、今日だってどうして財布を忘れてくるんですか?」はぁ…。と溜息が交じった愚痴が出た。俺の視線を受け流すように銀先輩の目は、あっちを見たりこっちを見たりで、どうやら俺の質問は完全に黙殺する方針らしい。仕方ないので俺も黙って、自販機のほうを見る。先客の男子生徒はお金を片手に考えているご様子。それから少し悩んでから、ジュースを二本手にして、俺たちが来た方向へと足早に帰っていった。「っと、空きましたよ、何飲みます?」「今の見た?」「え、何が」「さっきの子よ。信じられないわ。どうして熱い紅茶を買ったのかしら…」「なんなら先輩も熱い紅茶にしてみますか?」硬貨を投入して、あたたかいの列に並んでいる紅茶を指差した。「バカっ!私は冷たいジュースが飲みたいの」俺を押しのけるように、炭酸飲料のボタンに飛びついた。「まぁ、でも紅茶なら熱いのを飲もうって気持ちはわからないでもないですけどねえ」釣銭から20円、財布から100円を出して投入口にいれる。ピッ。という電子音と共に、それぞれのボタンに赤いランプがついた。「どうして?」「紅茶って熱ければ熱いほど甘さと、香りが際立つっていうか…、ま、俺は飲む気はないですけどね!」ボタンを押そうと手を伸ばした途端、「待って!」後ろで銀先輩が叫んだ。驚いて振り返ると、すぐそこに、息が掛かるほど近くに銀先輩がいた。
「な…っ。なん、ですか…?」まっすぐこちらに向けられるその瞳にのまれるように、俺は身動きができなかった。銀先輩が俺の顔に手を伸ばしてきて、耐え切れず目を瞑ってしまう。自分の心音だけが鳴り響く中、突如背後で、ピッという音の後、ガコン!と何かが落ちる音。次いで、「あの子がどうして熱い紅茶を選んだのか、分かったら明日教えてちょうだぁい」と、走り去る先輩の後姿。しまった!!唇をかみ締めながら、取り出し口から缶を手にする。買ってしまったものは仕方がない。喉も少しだけ渇いてるし、飲むしかない…。どっしりとその熱さと重量感が握った手のひらに広がる。あたたかい缶を口につけて一口、うへぇ…当たり前だが熱いし甘い。甘さが口を溶かすよう。紅茶の香しいはずの風味が、口にいやに残って気持ちが悪い。さ、最悪だ。額から一筋汗が流れ落ちる。目に入って、妙に沁みた。もし帰りに会ったら思いっきり怒ってやろう。今だけ20パーセント程増量中の憤りを冷ますように、また一口紅茶を飲んだ。やっぱり、嫌に甘かった。
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