・動きだす日常 編
10. 【過去との】【遭遇】 火が消えたような――管理人の真紅さんが去った有栖川荘は、まさに、その形容がピッタリだった。私を含めたすべての住人は、誰も彼も、どこか気が抜けた感じだ。特に、水銀燈先輩の虚脱ぶりは、傍目にも痛々しかった。 でも、先輩だけが特別ではない。私だって彼女と同じか、より以上は失望している。真紅さんを見送ってから、ずっと胸の奥が重たくて、奇妙に疼いていた。礼儀作法には口喧しい人だったけど、いい友だちになれそうな予感がしてたのに……。それが三日と経たずお別れだなんて、裏切られた気分だ。あまりにも寂しすぎる。 憂鬱な想いに引きずられるように、私はいつしか、あの寒椿の前に立っていた。無意識的に、昨日の記憶を辿り、彼女の面影を探していたのかもしれない。 「いったい、なにが真紅さんを衝き動かしたですか?」答えなど返されないのを承知で、寒椿に問いかける。さわさわ……。寒椿は春風の中で、枝葉を揺らした。去った人への手向けのように。微かな葉ずれさえもが啜り泣きに聞こえるのは、私の感傷ゆえなのか。 ふと、思う。真紅さんは、この寒椿に我が身を重ね、悲歎に暮れたのかも、と。三月と言えば卒業シーズン。いわゆる旅立ちの時期でもある。彼女は毎年のように、巣立ってゆく下宿生を見送ってきたのだろう。その都度、再会を誓った『誰か』を想い、果たされない過去に胸を焦がしたに違いない。 「貴女にとって、この寒椿は惨めな自分を写した鏡だったです?」だとしても、自身の立場を忘れて旅に出てしまうなんて、あまりに無責任だ。私も薔薇水晶も、そして雛苺も、新入り組には真紅さんが必要なのに。灌木を見上げ、私は、そっと独りごちた。「真紅のどあほう」 言葉にできない悲しみは、乗り越えていくしかないのです。それは解ってますけど……理屈どおりに行くのなら、誰も苦しまないですよね。
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