・出会いと別れ 編
0. 【新しい】【世界】 ……ここは? 一瞬、自分がどこに居るのか、分からなかった。携帯電話のアラームに叩き起こされ、朦朧とした意識で考えること暫し。ああ、そう言えば。思い出して、不意に笑みが漏れた。 東京の大学に受かって、独り暮らしのために上京したのが、昨日の夕方。当座の暮らしに必要な物だけバッグに詰め込んで、下宿先の有栖川荘に入ったのだ。その他の荷物は、今日中に引っ越し業者の手で運ばれる予定だった。 「もう朝ですぅ? あいたたた……」寝袋から這い出しながら、思わず顔を顰めた。なんだか身体中が痛い。こんなことなら、布団だけでも先に送っておけばよかったと、今更ながら後悔。携帯電話で、故郷にいる双子の妹に、おはようのメールをしておく。 最低限の身だしなみを整えて、部屋を出た。……と、隣の206号室のドアが開かれて、やけに白っぽい妙齢の乙女が姿を見せた。「あら?」こちらに気づいた彼女が、愛嬌たっぷりの仕種で、首を傾げる。「新しいお隣さん?」なにごとも初対面の印象が大切だ。私は姿勢を正して、軽く会釈した。 「おはようございます。205号室に越してきた翠星石ですぅ。昨日の内に、ご挨拶したかったですけど」「……ああ。こちらこそ失礼しました。昨夜は帰りが遅かったもので。 あらためて、おはようございます。私は、雪華綺晶。以後、お見知り置きを」 優雅に腰を屈めた彼女は、私の脇を通り抜けざま、「安心なさい。ここの住人は癖のある方ばかりですけど、悪人は居ませんから」そう囁いて、いきなり私の頬に接吻してきた。「ふぇっ?!」一瞬、なにをされたのか分からなくて、ポカンと立ち尽くしていると―― 「ふふ……可愛らしいヒト」彼女――雪華綺晶は妖艶に笑って、階下へと降りていった。この新しい世界で、私は四年間もやっていけるですかね? ちょっと不安ですよ、蒼星石……。
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