SEAVEN 第三話 「NeEDLESS」
暗い部屋。照明もなく。 そこにあるのは気配だけ。 そして、その気配は一人呟いた。「あぁ。もうこんな時ですか……。 あと少し……。もう少し……」 それは、気配から影という形に変わる。SEAVEN第三話「NeEDLESS」「知ってるかい? 今、地下では汚染が進んでいるんだ。 テレビではやってないさ。取り上げたら大変なことになるからね」蒼星石は、早く、しかし声高らかに話した。「ぼくが見てきたことからね。新生児の奇形が進んでるんだ。 例えば多指症、欠指症。もともとある先天性異常だけど、過去より確かに増えているんだ。それもその増加速度は年々増している 人だけじゃない。その他の動物にも言えることなんだ。背中に目のあるネズミも見たことあるしね。 これは、どの階層でも言えることなんだ。まぁ、仕方ないよね。それだけ地下には限りがあるんだから。 そのために、薬を使う。その結果、土壌は汚染され、染色体レベルでの変化まで来た」 一息置く。「これだけじゃない。聞いてみると、なんだ、そんなことかとも言われるかもしれないけど、平均身長が年々縮んでる。 過去のデータ、現存する限りにいちばん古いものだと、178㎝だったらしいんだ。で、今は146㎝。 まぁ、これだけだと何が問題か? って思えるよね。 けど、これ自体に問題があるわけじゃない。これ以外にも何かの自然変化。 目に見えない部分でのがあるかもしれない。いや、確実にあるだろうことが問題なんだ」
一気にまくしあげ、ぴたりと言葉を止める。 ここまでの言葉がほとんどジュンと翠星石の二人の頭に入っていないのは傍から見ても明確だった。 だが、それが蒼星石の目論見なのであろう。 理解をさせず、結果を求める。一種の詐欺とも言えるのかもしれない。
そして、翠星石が口を開くが、それは「……。きっとここに来るまでに疲れただろうから、休んでいけです……」という、答えを先延ばしするものだった。
これにはジュンも賛同する。彼も疲労の色は隠しきれない様子だった。 そして当の蒼星石は、「しょうがないな。でも、早いうちに考えておいてね」と、受けた。 食事を済ませ、風呂を浴びても、蒼星石と翠星石はどこかよそよそしかった。 いや、翠星石が蒼星石に遠慮をしていたというべきなのかもしれない。何かしら、負い目があるように見えた。 夜、寝る前にあてがわれた部屋でベッドに横になってジュンがそんな二人の間について考えていたところ、コンコンとドアを叩く乾いた音がした。「起きてますよ」 体を起こしながら言った。 そして、靴を踵を潰して履き、ドアへと向かう。 ドアを開けて、人を招き入れるが、彼はそこにいる人物に驚いていた。 そう、あのジュンを徹底して避けていた翠星石だったのだ。「どうしたんだ?」 視線を上に一瞬反らしたあと言う。 翠星石は周りを一瞬見回して、無言で車椅子の車輪を回し、強引に部屋へと入ってきた。 この時、彼女の瞼は固く閉じていた。 ジュンは何も言わず道を譲る。何かを感じ取っていたのだ。 彼女はベッドの前に車椅子を止め、静かに佇む。 彼もベッドに彼女と真正面から向き合わないように腰かけた。 対面しなかったのは彼なりの気遣いなのかもしれない。 二人が静寂を纏って数刻。 翠星石が重い口を開いた。「お前は、私と蒼星石の関係をどう聞いているです?」 ジュンは、目を一瞬つむり、「家族、双子の姉妹としか聞いてないな」その答えは予想していたものだったのだろう、「やっぱりそこまでしか聞いてないですか……」彼は首をかしげ、「どういうことなんだ?」「私たちは双子の姉妹って言うのは正しいです。ですけど、ここの家の人たちとは何の血の関係もないんです」 重い口調で言う。「私たちは、孤児だったんですよ……」「孤児?」「そうです。孤児です」 突拍子もない告白に、彼は驚きを見せる。「そして、私たち二人は別々の家に引き取られたです……」「……」「私は、この結菱家に。蒼星石は……。本人から聞いてないですか?」 ジュンは視線を上げ、また下ろし、「あぁ。聞いてない」「そうですか。なら、あの子が言うまで言わない方がいいですね。そう言うことは」何かを隠しているつもりなのだろうが、隠し切れていなかった。 ジュンは何を言わんとしているか、気づき、「大丈夫。僕は差別主義者なんかじゃないから」と言った。「な、なな。何で分かるですか!」 大きな動揺。「いや、聞いてれば分かるよ、そんな分かりやすいとぼけ方なんかさ」 笑って返す。「うー。なんか嫌な奴です」「で、言いたいことは何なんだい?」 無理やり本題に戻した。「あ! そうです」 すっかり忘れていたのか、手をポンと叩くそぶりまで見せる。 だが、逆にそれが痛々しかった。まるで、触れたくない問題をわざと先延ばししているようで。「あの子は……蒼星石は……きっと、いや、絶対私を怨んでるですよ……」 視線を伏せて言う。「また、なんで?」 彼自身も分かり切ったことを聞く。「だって、私はこんないい家に拾われたんですよ……。……何不自由のない暮らしです。 それに比べてあの子は……セブンに……。 昔、ずっと一緒にいて、守ってやるって約束したのに……。空に行きたいって言うくらい追い詰められてるんですよ」「あの話を聞いていると、そんな追い詰められた感じはなかったのになぁ」「私には分かるです!」 激しい口調。「分かるですよ……。あの子はそんな子じゃないって。だって、双子の姉妹ですから……」 一気に声量を落とし、言葉の存在さえも希薄なままに言った。「守ってやれなかったんです……。あの子を……」 ついに泣き出してしまった。「ずっと、あの子に会って謝ることを夢見てたです……。会えたら、何でもしてやるつもりだったです……。 でも、あの子が望んだことは、よりによって空です……」 涙を拭い、顔を上げる。 そして、笑顔を作り、「きっと、これは私への罰なんです。何度も耐えきれなくなって死のうとしました。 ほら、この手首を見てください。何度も、切ってみたですよ。 でも、いつも怖くて最後までできませんでした。 なら、薬なら大丈夫だろうと思って飲んでみたです。でも、すぐに吐き出しちゃいました。 今度こそって、飛び降りたです。でも、なぜか死ねなかったです。歩けなくなっちゃったですが」 その、笑顔はこの言葉には似つかわしくなく。「だから、きっと罰なんです。お姉ちゃんであることをやめた私にとっての」 考えての行動ではないのだろう。 だが、ジュンは気付けば、翠星石を抱きしめていた。 力いっぱいに。強く。温かく。優しく。
その腕の中で、彼女は泣いた。 きっと、今まで生きてきた中で最も大きく。 生まれたときの産声より、蒼星石と別れたその日より、死ねない運命を悟ったその時より。 大きく泣いた。 朝という時間になり、3人で朝食を摂った。 この時も二人の中に言葉はなかった。 出てゆく支度をし終え、玄関に立つジュンと蒼星石。ほぼ手ぶらとも言える状態なので、時間はかからなかったと言ってもいい。 どこにでもいるような服装の方が、目立つことはないだろうと言う判断のもとである。「これ、持ってけです」 無愛想な声とともに翠星石は、封筒を差し出す。「なんだいこれ?」 蒼星石は笑顔で聞く。「お金です。持ってけですよ」 二人は断ったが、無理やり押し付けられた。 他にもいるものはないかと聞かれたが、逆に多すぎても困るとして、辞退した。
「……。またですよ……」 重い空気を纏いながらに見送る翠星石。 二人は無言で手を振り返した。「なぁ。これでよかったのか?」 翠星石が見えなくなってから、口にした。「何が?」「翠星石のこと」 即答するジュン。「恨んでるのか?」 二人はくすんだ色のが塗りたくられた天井を見上げる。「ホントはね、嫌がらせのつもりだったんだ。翠星石のところに行ったのは」 目を閉じ、大きく息を吸い込む。「だけどね、もう、嫌になっちゃった。あんなに苦しいなんてさ」 ゆっくりと目を開ける。「分かるんだ。ぼくには。彼女がなんであんなになってたのか」 再び目をつむる。まるで、何かが零れないように。「だって、双子だから」 口を閉じ、聞いていたジュンが喋った。「まだ、間に合うんじゃないかな?」 まるで、独り言のように。 その言葉は、煙のように漂い、消えた。 視線を下げ、Uターンし、駆け出す。 その後ろ姿に、ジュンは「ここで待ってるからな」と叫んだ。―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 車椅子にぼうっと座っている少女。 目の前には机があり、その上には薬、ロープが置かれていた。「ごめんです」 誰にでもなく、呟く。 ロープに手を触れたその瞬間。 がたんと大きな音が鳴った。エントランスのようだ。 彼女は、いた部屋のドアをゆっくりと開け、誰が来たのかを確認した。
「翠星石!!」 叫び声が上がる。 その声にびくりと身を縮める。 そして、頭を上げず、やってきた人のもとへゆっくりと移動させる。 低い声で、「何しに来たですか。蒼星石」 蒼星石は走り、翠星石を抱きしめる。「ごめん!」 翠星石は驚いていた。 蒼星石の肩を力ずくで押し返し、「何なんですか!」と叫んだ。「ごめん」今度は優しく言い、再び翠星石を抱きしめる。「ごめん」三度目だ。「恨んでいたかったんだ。だって、ぼくは捨てられたんだと思っていた。 そっちは5thの結菱家で、こっちは7thの地獄でさ。 ぼくだけだと思ってたんだ。苦しい思いをしているのは。 でも、君と久しぶりに会って分かったよ。ぼくだけじゃない。君もだったんだね」 腕にこめた力を強くする。「もしかしたら、君の方がつらい思いしてたのかもね。ごめん。分かってあげられなくて」 翠星石は優しくその腕をほどき、「違うですよ。こういう時はありがとうって言うべきです。それに、ごめんなさいはこっちのセリフです。 守ってやるって言ってたのに、できなかったですから。出来る事なら、変わってやりたかったです」 そうして、蒼星石をしっかりと抱きしめた。 知らず知らずのうちに二人は涙を流していた。「これから、やっぱり空を目指すですか?」 翠星石は問う。「うん。もちろん」「何のために? とは聞かないでおくですよ。それがいい理由であることを祈るってるです」「ありがとう」「それでいいです」翠星石は笑顔だ。「で、やっぱりジュンと一緒に行くですか?」「彼が、いやって言うまではね」「多分、最後まで付き合うですよ、あいつは。優しい奴ですから」 蒼星石はにやりとし、「あぁー。翠星石、もしかして」「何バカなこと言うですか! あんなチビにこの翠星石様が惚れるわけないじゃないですか!」「ぼくは何も言ってないよ」 蒼星石はあきれて言う。「ほぁー! だましたですね! 蒼星石!」翠星石は耳まで真っ赤だ。「まったく。やっぱり分かりやすいな、君は」 二人、笑った。何年ぶりなのだろうか。 二人で笑っていた。―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 二度目の見送りを済ませた翠星石は、一人呟いた。「いつまでも、お姉ちゃんは待ってるですよ……。辛くなったらいつでも来てほしいです……」 その表情は、言葉とは違い、二人が戻ってこず、空への道を開いてほしいと祈っている物だった。――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――「ん。終わったか」 適当な段差に腰掛けていたジュンが言った。「うん。終わったよ。ありがとう」 蒼星石は歩み寄る。「じゃあ、行くか」「そうだね」 そして、蒼星石は思いついたように、一言、口にした。「この女ったらし」「は? 何のこと?」「天然か……」「訳わかんないって」 ジュンは呆れ顔。蒼星石は嬉しそうな顔で、歩きだした。―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 少女は歌うように言った。「そうだ。空を見に行こうよ」 まるで思いついたように。 僕は呆れた。――何を唐突なことを。
「だって、ここは風がないじゃない。あっても、色がついてそうな汚い風しか。 きっと、空へ行けば綺麗な風に会えると思うの」
――Needless 何時になれば自由と呼べるだろう 僕に合わない物 Ah 消えてほしい Needless 関係ない 第三者が軽く 僕に関すること 口を出すのが耐えられない
「何の歌?」――君に合うと思ってさ。
いつだって、彼女は夢見がちだ。 初めて会ったその時からそう。 まるで、童話の中のお姫様。 僕は純粋な少年のように、そんなことを思ってしまった。 でも、いつでもそう思っている。SEAVEN 第三話「NeEDLESS」 了
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