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1-5 「ふむふむ。なるほど」 割り箸を手に、したり顔で呟くのは、柏葉巴。ジュンたちと相席して夕食を摂りつつ、互いの簡単な紹介を済ませた後のことだ。目下の話題は、ここに至った経緯と、今後の目的へと移っていた。「桜田くんは、ココロの樹を探す旅をしているのね」「まだ、始めたばかりだけどな」「……それでも、扉を閉ざしたままよりは、ずっといいと思うよ。 ひたむきな人って好きだな、私。応援したくなっちゃう」言うと、巴は優しい眼差しを、ジュンに注いだ。思いがけず温かな言葉をかけられたことに感激して、テーブルの下のポニョ――もとい、ジュンの暴れん坊天狗が、ビクビクッ! と反応する。その気まずさから、つい、目を逸らせてしまうジュンだった。「……で、みつさんは――」そんなコトは露しらず、巴は右へと視線を滑らせる。「どう言った理由で、桜田くんと同行を?」口調こそ平静だが、険のある瞳。汚れを知らないウブな娘にありがちな潔癖さが、声音にも滲んでいた。「まさか、桜田くんを若いツバメにしようと……」「やぁねえ。モエモエったら、想像力が豊かね。ぜ~んぜん違うから」みつは苦笑って、ひらひらと手を振って不定したが、巴の態度は和らぐことがない。「やめてくれませんか、その呼び方。なんだかバカにされてるみたいで、キライです」「あー、ゴメンゴメン。じゃあ、巴ちゃん……で、いいかな?」こくりと頷く間も、巴の瞳は揺らぐことなく、みつを射たままだった。あからさまではないにしても、敵愾心みたいな気配も、仄かに感じられる。ジュンは、どこで口を挟むべきか模索しつつ、結局、とっかかりを掴めずにいた。「巴ちゃんが考えてるような、やましい関係なんかじゃあ、決してないから」「そう言われて、ホイホイ信用すると思いますか?」「んー。若いのに、割と頑ななんだ」揶揄する風でもなく呟いて、みつは続けた。「ワケありの独り旅をしてたのよね、あたしも。 細かいことは、あんまり詮索しないで欲しいんだけどー」「つまり、旅は道連れ、と」「そういうコト。やっぱり、なにかと心強いじゃない。男の子にいてもらうと」「……ですね。解ります、それ」ようやく表情を和らげた巴は、「失礼しました」と会釈した。その折り目正しい態度に、ジュンは現実の柏葉巴を、脳裏に思い描いた。学級委員長を務め、剣道に打ち込む、しっかり者の幼なじみを。「柏葉も、旅をしてるのか?」この世界の彼女も、面倒見のよい性格で、大勢の人間をまとめているのだろうか。ジプシーと言えば、キャラバンでの移動。そんな連想から発せられた質問だった。巴は、料理を口に運びながら、コク、と首肯した。嚥下して、ふたたび巴が言葉を紡ぐ。「実を言うと、私も独り旅の途中なの。 食事のついでに、一緒に旅してくれる人を探すつもりだったのよ」生きていく以上、飲食と休養は、必要不可欠だ。畢竟、旅をする者は、酒場や食堂、宿へと集うこととなる。道連れを探すのに、これほど適した場所はない。「でも、探してみると、これがなかなか難しくて。 私も女の子だから、可能なかぎり、人は選びたいし」「解るわー。見ず知らずの人を誘うのって不安よねー。それが男の人だと、特に」「ええ。だから、女性をメインに探そうと――」なるほど。ジュンは、ついさっきのやり取りを思い出して、即座に理解した。みつが同僚の女性を呼んだと勘違いして、ジュンという響きに反応したわけだ。「ところが、期待して振り返って見れば、僕だったんだな」――『なぁんだ』てっきり、嘲りだとばかり思われた、あの一言。けれど本当は、溜息混じりに吐きだされた、落胆の呟きだったのだ。ジュンが訊ねると、巴は、ほんのりと頬を上気させた。「失礼な真似しちゃったわね。ごめんなさい」「確かに、カチンとはきたけど、もういいよ。間違いは、誰にでもあるしさ」「でも、私の気が済まないし……あ、それなら」ポン! と手を打って、喜色を露わにする巴。「ココロの樹の在処を、占ってあげる」なんという棚ボタ展開。ジュンにしてみれば、渡りに船だ。これで有力な手懸かりを得られれば、7日間も苦しまなくて済む。 だが一方で、こんなに簡単でいいのか? と自問するジュンがいた。そもそもが占いだ。百パーセント的中なんて、期待できない。鵜呑みにして右往左往した挙げ句、タイムアップで成果なしという可能性も――「あ、いや……気持ちは、ありがたいんだけど」「私なんかの助力は、必要ないかな?」「自力で探さなきゃいけないものだしな。 それに経験上、横着すると、大概よくない結果になるから」「そのかわりに」ジュンが、切り出す。「呪いの解き方とか知ってたら、教えてくれないか」呪い、とは無論、暴れん坊天狗のはずし方についてだ。鬱陶しいアレが取れるだけでも、ジュンのココロは、晴れ晴れとする。人目を気にして、コソコソ歩き回らなくたって済むのだから。しかし、巴の表情は浮かなかった。「呪術系は、お役に立てないかも。専門外だし」ごもっとも。一縷の望みは、身勝手な期待にすぎない。穿った見かたをすれば、畑違いの依頼をするなど、悪意を疑われても仕方のない行為だ。巴を不快にさせてしまっただろうか? ジュンは頭を掻き掻き、眉を曇らせた。「……だよな。ごめん」「気にしてないよ」素っ気ない言葉のやり取り。少しだけ重量を増した空気。周囲のテーブルから届く喧噪が、ひどく白々しい三文芝居みたいに感じられた。そんな中で貫禄を見せたのは、3人の中で一番の姉貴分である、みつ。彼女が指を鳴らした途端、凝固点寸前だった彼らの時間が、再び緩やかに流れだした。「だったらさー、あたしのお願いを聞いてくれない?」言うが早いかテーブルに身を乗り出し、返事をする暇も与えず、巴の手を握る。いきなりのコトに面食らった巴が、小さな悲鳴をあげて、箸を取り落とした。「な、なんですか?」「あなたなら知ってるでしょ。クラスチェンジについて」「ええ……それは、もちろん」また、妙な設定が出てきたぞ。ジュンは内心でボヤきながら、2人の会話に割り込んだ。「ちょっと待った。なんだよ、クラスチェンジって」「あたしも他人から聞いた話だから、よく解らない。巴先生、ご教授よろしく」「ええと……端的に言うと、ぬるぽ」――省略しすぎなので、ジュンが巴の話を聞いて、把握できた内容を整理すると、クラスチェンジとは、ロールプレイングゲームによくある転職のシステムらしい。経験値を稼いで、レベルを上げ、上級職に進化するというアレだ。だが、クラスチェンジはプレイヤーの任意ではなく、自動で行われるのだという。この世界での様々な行動がパラメーター化されていて、それが反映されるらしい。「てことは、盗みや悪事を働いてばっかりいると」周囲の目を気にして、ジュンがテーブルに身を乗り出し、声を潜める。「盗賊とか、ヤクザみたいなクラスにされるのか?」なにを分かり切ったことを。巴の瞳が、そう語りかけてくる。もちろん、ジュンとてベジータに襲われ、盗賊がいることぐらい承知していた。それでも訊いてみたのは、一応の確認としてだ。「やっぱり、命の危険に曝されることも、有り得るんだな」装備は貧弱。持ち金も少なく、下手をすれば野垂れ死に。夢世界のクセに、なんともまあ、変なところだけ現実そっくりだ。チートコードとか、ないのかよ。それか、プロアクションリプレイでもいい。ジュンは口を噤むと、憂鬱な気持ちで、椅子に座りなおした。「それで本題なんだけどさ、巴ちゃん」みつが会話を継ぐ。「あたしの、現在のクラスチェンジ予想をしてくれない?」「いいですよ。それでは」にこりと朗らかに微笑んで、巴は懐から、タロットカードの束を抜きだした。詳しくは、大アルカナと呼ばれる22枚のカードを、である。「夢とか、あるんですか?」カードをシャッフルしつつ、みつに訊ねる巴。「叶うなら、裕福になりたいわ」みつは胸の前で両手を合わせ、夢見ごこちに呟く。「ああ……お金持ち。ステキ……。逆玉サイコー! お宝ゲットだぜっ」「おーい、みっちゃーん。どこ行くんだー。帰ってこいよー」ジュンが脇から茶化すけれど、馬耳東風。ほわわ~ん、なんて擬音が聞こえてきそうなほど、みつは妄想に耽っている。巴はクスッと笑みを零しながら、一枚のアルカナを提示した。「こんなん出ましたけど」テーブルに置かれたのは、【女教皇】。巴から見て、正位置。「ふぅん……なるほどね」「これって、なに?」さも面白そうに眼を細めた巴に、みつが、不安の滲んだ声で訊ねる。「まさか、よくない意味があったり……する?」「いいえ」巴は笑みを崩すことなく、答える。「逆です。正位置ならば、いい暗示よ」「そうなんだ? よかったぁ」「知性面が優勢で、研究職が向いているみたい。 いまの行動パターンを続けていけば、サモンマスターにクラスアップできそう」「えー? 研究職って、地味で泥臭いからイヤなのよねー」地道な研究職こそ、民衆の生活向上において、最も重要な仕事なのだが……みつの言いたいことも、ジュンは解らないでもなかった。研究に明け暮れ、そこそこに高給を得ても、使える時間がなければ宝の持ち腐れ。愚かな浪費は慎むべきコトだけれど、やはり、お金は使ってこそ価値があるのだ。「じゃあ【女教皇】なんだしさ、新興宗教の教祖にでもなれば?」ジュンが、肩を竦めて笑いながら言う。無論、冗談のつもりで。しかし、みつは「それだわ!」と、メガネのレンズを輝かせた。「悟りを開いた――は古いわね。超能力系なら、まだ通用するかな。予言とか。 んー、燃えてきたわ。あたしだけの宇宙を創っちゃうわよー。おーほほほほ!」ダメだこりゃ。ジュンが、顰めっ面を横に振る。その正面では、巴が黙々とアルカナを捲って、「あ、変わった」。彼女が手にしていたのは【女帝】の正位置。「えっ? ちょっとー、天国から地獄パターンはイヤよ?」「大丈夫。もしかしたら……叶うかもね、夢」「マジ?! よぉーし、みなぎってきたわー」グイと拳を握って吼えるお姉さんを後目に、巴は大アルカナの束を差し出した。他でもない、ジュンの前へと。「な、なんだよ」「よく調べて。それから、桜田くんの手で無造作にかき回しちゃって」「か、かき回すのか?」「ええ。メチャクチャにしてね」「メチャクチャ……お、おう、わかった」なにやら微妙な言葉の響きに、奇妙な胸の高ぶりを覚えるジュン。またぞろテーブルの下のポ――暴れん坊天狗が、ビクビクッ! と反応する。なに考えてるんだ、僕は。ジュンは俯き、アルカナの束を混ぜる作業に専念した。「よし! これでどうだ」「貸して。それじゃあ、桜田くんのネクストクラス予想をすると……」巴が抜いたアルカナは、【愚者】の正位置。続いて、「私のは……これ」と開いた。同じく正位置の【隠者】だ。「……おい、なんだこれ」引きつり笑いをしながら、ジュンが肩を竦める。「クラスアップして【愚者】なんて、マジ有り得ないだろ。ダウンしてるって」しかし、巴は表情を変えない。自信に満ちた瞳で、ジュンを眺め返してくる。「残念だけど、桜田くん。それが有り得てしまうのよ。 この、タロットマスタートモエのアルカナは、驚異の的中率を誇るわ」なんなんだ、そのソードマス――もとい、パチスロ機みたいな呼称は。思いっきり突っ込みたい欲求に駆られながらも、ジュンは喉元で堪えた。その代わりに、別の台詞を紡ぎだす。「いや、でもさ……占いじゃん? これがハズレってことも、あるだろ?」「現実を直視しようとしない、その女々しさが、この結末を招いているのよ。 桜田くんは、扉を開いたんじゃなかったの?」「だけど、僕は――」「自力でココロの樹を探すと、言ってたじゃない。その気持ち……向上心を忘れないで。 いまは【愚者】でも、これから努力すれば【皇帝】にだって変われるわ」確かに、巴の言うとおりだった。ここで将来を諦めれば、脱落者の烙印を押される。それでは本当に、愚か者だ。気持ちや意欲を高めることで、意に満たない予想さえも覆すこと――おそらくは、それも短期集中エクササイズのカリキュラムなのだろう。「……気に入らない結果でも、現実として受け入れる度量がなきゃ、ダメだよな。 分かったよ、柏葉。自分でも単純だなって思うけど、頑張ってみる」「うん。それで、いいと思う。私も応援するから」「え? 応援って――」「あーもう、鈍いなぁ、ジュンジュンは」いつの間にか素に戻っていたみつが、ジュンの背中を叩いた。「巴ちゃんはね、一緒に来てくれるって、申し出てくれてるんだよ。 男の子なら、『黙って僕に着いてこい』ぐらい強引なこと言っちゃいなさい」みつに促されたからではないが、ジュンは、まっすぐに巴を見つめた。巴も、動じた風もなく対面する。「本気なのか?」「もちろん本気よ。迷惑だって言うなら、諦めるけれど」「いや、いやいやいや、ぜんぜん。ちっとも迷惑なんかじゃないから」この先、選択に迷うことは、多々あるだろう。そんなとき、気軽に相談できる仲間がいてくれたら、きっと心強い。占いだって、一歩を踏み出すキッカケにはなる。「僕らと旅をしよう。ただ、万年金欠状態なんで、贅沢はさせられないけど」「野宿ぐらい、平気よ。狼さんに襲われなければ……ね」「それこそ無用な心配だっての」ジュンは悠然と笑って見せたが、ココロの中では、血の涙を流していた。彼とて健康優良な少年。女の子に興味がないワケではない。でも、暴れん坊天狗に前面を塞がれている限り、一線は越えられないのだ。こうなればナニが何でも、呪いの解き方を探し出してやる。少しばかり斜め方向の決意を固めるジュンだった。 その後、3人はミーティングのため、上階の一室に場所を移した。無為無策では、すぐに期日も資金も尽きる。できる限り効率よく物事を進めるには、それなりに打ち合わせが必要だ。そう。そのためのミーティングだったのだが――「わぁ……これが、呪いのアイテムなのね」巴の熱を帯びた眼差しは、もっぱら、暴れん坊天狗に向けられっぱなしだった。初めて目にするイチモツに、興味津々らしい。「ねえ、桜田くん。その……ちょっと試させてもらっても……いいかな?」「なにをだよ」「呪いを解く方法。いま、ちょっと閃いたの」「マジか! それって、どんな?」「えっと……説明するより、実際にやってみるね」有無を言わせず、巴は、ジュンをベッドに横たえさせる。「みつさん。桜田くんの肩を、押さえつけててください」どういうことだ。不穏なモノを察知して、ジュンが飛び起きようとするも、そうはさせじと、みつの両腕が彼を押さえつけた。ばかりか、『お自動さん』とか言う6体の地蔵まで、四肢に乗ってくるではないか。「男の子なら覚悟を決めなさい、ジュンジュン」「ちょ、待て、お前ら! なにをする気だ、柏葉!」「じっとしてて、桜田くん。暴れると危ないよ」「やめろ! 下手なコトしたら、天狗の祟りで柏葉がっ」このままでは、梅岡のときと同様、巴がひどい目に遭わされてしまう。しかし、ジュンの手足は、盤石の重みで固定されている。ダメだっ!歯を食いしばって足掻きながら、目を見張ったジュンが見たもの――「天翔ける巴の閃きっ!」それは、竹刀を振り翳した幼なじみの姿だった。閃いたって、そういう意味か! て言うか、その竹刀どこから出した?胸裡では、怒濤のように言葉が飛び交うものの、なにひとつ吐き出せない。 空を斬る音。乾いた殴打音。駆けあがってくる激痛。竹刀が、天狗の鼻を打ち据えたのだと、すぐに解った。けれども、さすがは伝説の防具――なのかは不明だが、暴れん坊天狗は無傷だった。「くぅっ! まだまだっ!」「痛ててててっ! タンマタンマ! やめて柏葉っ! 死むうーっ!」ジュンは、それこそ必死で制止するも、巴は聞く耳持たず。「この出っ張りさえ壊せば、はずれるに違いないわ! エブリバディ、プッチン!」「なるほどっ! プッチンプリンの発想ね。さすがだわ、巴ちゃん」「バカーっ! お前ら、冗談やめろぉー!」懸命の叫びは、竹刀が天狗の鼻を打つ、小気味よい破裂音に遮られる。間断なく与え続けられる激痛。麻酔なしで外科手術されるような、生き地獄。どうして、こんな目にばかり遭わされるのか……。植物は踏まれるほど、強く芽を伸ばす、とでも?苦悶の中で答えを探すうちに、ジュンの意識は、プッチンと途絶えた。
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