予感
VIP in 2ch車は走る。二人を乗せて。今までの冬は遠ざかり、春の足音が近づいてくる。ローゼンメイデンが普通の女の子だったら流されてゆく風景。どこも見覚えがある。風が車のウインドウを叩き、形を変えた。第十二話 「予感」時はきっと流れてゆくのだろう。どんな世界であれ。どんな未来であれ。色は沈み、瞳が凍りついても。人々の暮らしが2つに分けられても。人々が運命に支配されても。人々が空を忘れても。DUNE――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――地下の駐車場。拳銃を握り締めて。「―――――――――――――――!!」何かを叫んだ。目眩がする。これまでにないほど酷い。これで終わりと言えるほどに。これで、終わり。そして、私は引き金を――――――。――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――「どこかへ行きたい」どこでもいい。この世界がいまどう見えるのか、気になっていた。こんな私にとっても、今なら綺麗に見えるんじゃないか。ドレスはもう脱いでいた。流石にずっと着ているわけにはいかない。「どこかへって、どこに?」「どこでもいいの。本当にどこか遠くへ」「うーん。まぁ、明日は休日だからいいけどさ……」「やったー! じゃあ早く準備するの!」「分かった分かった。少し待ってろよ?」「はーい」準備と言っても、そう大したものじゃなかったようだ。上着を着て、鞄を探し、財布の中にお金があるのを確認した程度だった。「じゃあ、出すか。リクエストはないのか?」「うーん。じゃあ、海に行きたいの!」「今は泳げないぞ」ジュンは冗談を飛ばす。「分かってるの!」「おいおい。本気に取るなよ」くすくすと私たちは笑いあった。車は高速道路に入り、さらに速度を増した。ここまで、数多くの会話を交わしてきた。笑い話、真面目な話、冗談、馬鹿な話、思い出話。本当に数多くの会話を。満ち足りていた。楽しかった。嬉しかった。幸せだった。「けど、お前と会って、もうというべきか、まだというべきか……。2年なんだな」「そうね。2年ね」長かったのか短かったのか、分からない。けど、今まで生きてきた中で、もっとも濃い2年だった。それまでは殺ししかない中で命は希薄になり、生きるということも見いだせなかった。最悪から2番目の選択肢と言うのも、漫然と生きていくための処世術でしかなかったのかもしれない。「2年か……」「2年ね……」車の中は、2年と言う単語で溢れかえり、その足をも緩めさせていた気がする。「でも、僕にとっては悪いもんじゃなかったよ」「……。それって告白?」冗談のつもりだった。「かもね」そう返された時、私の頭は何も考えられなくなっていた。「えっ……」風がしずみ言葉は広がることなく口もとで止まる。「告白したんだけどなぁ……」彼は私から顔をそむけていたが、よくよく見ると耳元まで赤くなっている。それを見て、私は少しだけ落ち着いてきた。「ちゃんとした形でしてもらいたいなぁ」「う、うるさいな! いいだろう! 僕だって恥ずかしいんだからな!」「ふふふ。はっきりと言ってくれないと、ヒナも答えが出せないのよ」「この話はこれでおしまい!」そう言い、運転に集中してしまった。これからはどんな言葉を言っても、相手にしてくれなくて、少しだけ寂しさも感じたが、それ以上にうれしかった。ただ一抹の不安、憂鬱を残して。「ここで下りなきゃいけないんだよな……」ぶつぶつと独り言を言うジュン。初めての道なのだろう。確信が持てないようだ。「そうなのよー。ここでいいのよー」無責任に煽る。もちろん、私もここのことは全く知らない。昨日の夜の戦闘はこことは正反対の方向だ。車は高速道路を下り、一般道を走る。「途中で車から降りなきゃならないからな。まだ1時間と少しあるから寝ててもいいぞ」「ううん。起きてるの」正直なところ、眠いのは確かだった。だが、ここで寝るのはもったいない気がしていた。「ならいいけどな」時刻は午前6時。太陽はその顔をはっきりとは見せていないが、光だけは届けていた。朝の光に萌える市街地。「きれいね……」「あぁ。きれいだな……」何でもないはずの風景に心、奪われた。あぁ。こんなにも世界は奇麗だったのか。望んでいた世界はこんなにも身近にあった。砂丘のような世界。何もかもが淘汰され、荒廃しきった中でも、全ての命は失われることのない、厳しいけど、優しい世界。そういう、ことだったのか。駐車場に着いたようだ。今はもう、太陽が昇り、辺りを照らしている。「ここで降りるみたいだな」その言葉に従い、シートベルトを外し、車から降りた。両手を上に高く伸ばし、強張る体をほぐす。「ここから大体10分くらい歩くんだって」いつの間にかジュンは隣に立っていた。海岸へ続く甃。車の通りはほとんどない。時が、止まっているようだった。時が止まっている中を、時の流れる二人が歩く。その不整合性がとてつもなく気持ちよかった。互いに言葉はない。疲れているのもあるが、今は必要なかった。「わぁ」嘆声が上がる。どちらの物かは分からない。もしかすると二人同時だったのかもしれない。白以外の存在しない焼けるような砂浜。打ち上げられた漂流物も、その海岸線を明確なものにしている。普通の海岸なら流れ着いているであろうゴミは、片付けられているのか一つとして見当たらない。眼下に広がるのはただただ広い海。青く澄んでいるが、波は陽の光にきらめき白のエンファシスがその青さを彩る。波以外に何も動いていないようにも見えるが、その薄い膜の下で魚の黒い影は脈動していた。水平線の遥か彼方には何も映し出されることはなく、ただ、あるばかりの水面を区切る。視線を上げれば、昇ったばかりの太陽。その炎は温度を上げ、燃え尽きることなく、光、輝く。全てを彩り、光を与えていた。どれだけの時間、眺めていたのか分からない。「来て、よかったな」「うん」その一言だけを残し、私たちはこの海岸を去った。喫茶店で朝食を摂ることにした。「痛……」「どうしたんだ?」「ちょっと口の中も切ってたみたい」「大丈夫か? ゆっくり食べろよ」「ん、平気。ありがとう」
「結構、ここら辺雰囲気いいよな。いつか住んでみたい」「そうね。いいかも」「だな。まぁ、金はないんだけどな」二人で笑いあう。こんな会話が本当に楽しい。意味のあるようで、意味のない会話が。「あ。あれいいね」「ん? どれだ?」「あの椅子。いちばん右にあるの」「あぁ。あの白いやつ?」「うん。それなの」「うげ……」「ん? どうしたの?」「あ、いや。何でもないんだ」「?」椅子についていた値札を見る。なるほど。そう言うことか。「別に無理しなくていいのよ。ヒナが欲しいだけなの」「少しくらい甲斐性を見せるべきだよな……」「……。何ぶつぶつ言ってるの?」「よし! すみません! これ下さい!」「え!? いいのよ! ヒナが買うの!」「まぁいいからいいから」普通の女の子らしく、ショッピングをしている。本当に欲しいのか?と問われれば、よく分からないと言うのが正しい。だが、こうなるべきだろう、こうするべきだろうというのは頭の中にある。「結局買ってもらっちゃったの……」「いいんだよ。僕が買いたかったんだからさ」「でも!」「気にすんなよ。こんな時は笑ってくれればいいからさ」「うゆ。……。ありがとなの」「どういたしまして」実のところ、私は結構な額を今持っている。あの襲撃者探しのために、口座から多くを引き出していたからだ。だから、あの椅子ぐらいなら余裕で買えた。――まぁ、嬉しくないと言えば嘘になるのだが。店を見て歩いて休憩。また出歩いて休憩を繰り返すうちに、すっかり日が沈んでしまった。「すっかり暗くなっちゃたな。ちょっと、行きたいところがあるんだ」「いいのよ。無理に誘ったのはヒナの方だし」「いいのか? 戻ることになるぞ。かなりな」「構わないの。だって、行きたいのでしょ?」「まぁなぁ。じゃあ、駐車場まで戻るとするか」そこから、車に乗って高速道路へ戻り、長い時間をかけて逆の道のりを辿った。高速道路を下りて、ジュンの家とは別の方向へと向かう。確かこの辺りにあるのは――。「ここに止めるか」ジュンはそう呟いた。車は地下へと潜ってゆく。思ったより広い駐車場のようだ。他に車も数台止まってはいるが、人は一人もこのあたりにいない。開けた窓から体を乗り出し、機械から駐車券を抜き取る。適当なところで、車をバックで止めた。「じゃあ、行こうか」どことなく緊張しているジュン。「そうね」どこに行くかは、察しがついていた。“共感性”が無くたって、簡単に分かるだろう。案外彼はロマンチストなのかもしれない。その時。足元がふらついた。今までの疲れが出たのだろう。躓いてしまう。こけて、膝をつくことはなかったものの、持っていたハンドバッグを地面に落としてしまった。飛び散る中身。そこから覗いていたのは――。急いで中のものを、ハンドバッグに詰めなおす。「どうしたんだ? ほんとに大丈夫かよ?」冷汗が出ていた。心臓がどくどくと音を立てている。唇が渇く。「おい? 雛苺?」――まずい。見られたのか? 確実に見られている。「うん。大丈夫なのよ」ゆっくりと振り返る。ジュンの目が泳いでいる気がする。「大丈夫なのよ。ジュン」「そうか。それなら良かった」目眩が。耳鳴りが。頭が、ぼんやりする。「でも、ジュンって案外ロマンチストなのね」何も。考えられない。「何のことだよ?」「これから行く場所のこと」「うわ。分かっちゃうかな? 言うなよ。わざわざ」「ふふふ。ごめんなさい」「あー! もう! 仕方ない!」ジュンは息を吸う。「最初に出会った公園に行ってさ、告白するつもりだったよ。でも、もういいな!」ジュンは息を吐き出し、再び深く吸う。「僕はお前が好きなんだ! どんなお前でも受け入れたい!」視界が……、ぶれる。頭が……、痛い。「どんな私でも?」「そう! どんなお前でもだ!」「どんなお前でも受け入れてやるよ」耳元で、囁く声がした。「私はあなたのこと全部知っているよ」「俺は君の事なら何でも言える」「僕なら……」「私なら……」そこには、影しかなかった。真っ黒でも、真っ白でもない、影。顔どころか、輪郭も何もない。そこにあるのは、影という存在の概念。それらの発する声は、ただの空気の振動。どれも聞いたことがあるし、聞いたことのないもの。しかし、懐かしいもの。気がつけば――――。「あなたに私の何が分かるの!」拳銃を握りしめ、その銃口を向けていた。誰に?ジュンにだ。「あなたに私の何が分かるの!」再び言う。「どうしたんだよ雛苺!」その声こそ強いものの瞳は怯えを見せていた。「受け入れるって言うけど、私のことなんかあなたには分かるはずない! 分かるはずなんてないの!」「いや! 分かるよ! お前の強さも! 弱さもさ!」「うるさい! そう言ってもただの他人じゃない!」「他人だからこそだ! 分かるものもあるだろ?」「そんな戯言信じない! あなたよりか、みんなの方がまだ分かってくれる!」「なんだよ、それ? みんな?」「みんなよ! ここにいるみんな!」「ここには僕と雛苺しかいないぞ!」――?雛苺って誰だ?私の。私の名前は――――。「うるさい!」そして、引き金を――――。目眩が――。目眩がする。これまでにないほど酷い。これで終わりと思えるほどに。これで、終わり。この時なぜか精神科医の彼女を思い出した。乾いた音はしなかった。目の前には腰を抜かしている彼。血の跡はない。「ごめんなさいなの」「いや、それよりも大丈夫なのか?」「うん。そうみたいなの」「ならよかった」彼は優しく微笑んでいる。弱々しいものではあるが。その笑みに、私は救われている気がする。「まぁ、告白もおかしなことになっちゃったんだけど、返事を聞かせてくれないか?」視線を彼から外し、また再び戻す。「こんなヒナでよければ。お願いしますなの」「明日は、休みなのよね?」「あぁ。そうだぞ」「なら、ヒナに今度は運転させてほしいの」「おいおい。どこに行くつもりだ?」「どこか、遠くに」「ふぅ。いいけどさ」「ありがとうなの」ドアを開け、車に乗り込み、シートベルトをする。そして、車を発進させ、この無音の駐車場を後にした。夜の完全な静寂を切り裂くヘッドライト。車のタイヤの音さえしない。二人静かに、切り裂かれた闇を見つめる。車は光溢れる繁華街を通り抜けていった。人々の姿は見当たらない。いや、私には興味がないだけなのか。ただ、この狭く広い世界には彼と私だけ。そう、二人だけしかいない気がしていた。光の点滅は尾を引いて、後ろに流れては消えてゆく。その光も数を減らし、いまや、ヘッドライトが照らすだけに近い道へと入っていた。しばらくすると、電車の踏切にたどりついた。運悪く、遮断機が下りてきて、道を遮ってしまう。だがそんなことで、気が滅入るわけではない。助手席に乗った、私の未来への希望。まだ見ぬ未来に、私の胸は生まれて初めてと言えるほどに高なっていた。そう私にはあなたがかげろうの中に見えていたのかもしれない。しかし、こうしていると、案外近くにあり、かげろうより遥かに確かな存在だったようだ。砂丘にみえる蜃気楼。それをずっと追い求めていた、そんな気がする。なかなか開かない踏切にだんだんとイライラしてくる。ここさえ超えてしまえば、求めていた世界に行ける。そうに違いない。喜劇は、悲劇。誰も許さず、誰も許されない。自分の影さえ見えないこの世界で。だからどうしたというのだ。こんなにも、私は自由だ。家にはまず、あの椅子を置こう。大切にする。絶対に。いつ来るかも分からない電車を、ランプの点滅を延々と長く繰り返す踏切の前で、ただ待ち続けた。VIP in 2chローゼンメイデンが普通の女の子だったら第十二話 「予感」了DUNE 幕
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