As if in a dream
静かに。ただ静かに。激しい雨が降っている。激しい雨が。私は銃を握りしめ、息を潜めていた。DUNE第九話「As if in a dream」白崎の残した情報はかなりの物だった。また、白崎の所有していたバイクを勝手に貰うことに決めた。わずか1日で人探しはかなりの進展を見せている。前に使用していた事務所、そこは自宅でもあったようだ。オーナーから移転した時期、状況、移動先についての情報を得た。初めは怪しまれたが、うまく相手の隙間に溶け込むことが出来、最終的にはすべての情報を聞き出せていた。家賃の滞納もせず、よい借主だったらしい。そして、オーナーともうまくいっていた。そして、仕事は探偵。移動した時期は、私を襲撃したすぐ。こうなることを予測していたのであろうか。本当に転がるように出て行ったと言う。移動先は別の県であるが、本当であるかは疑問に思える。このようにして逃げて行ったものが、こんな手がかりを残すとは考えにくい。だが、掲げる業種が分かっただけでも幸いだ。探偵など、そう多く存在するものではない。ある意味、安心することが出来た。さきほどの事務所の近くでの路上の聞き込みを終える頃には、満足出来るほどの量を得ていた。近所でもさほど、悪い噂はなかったらしい。かといって、そう良い噂があったわけでもない。すなわち特に何の特徴もない、そんなイメージが多かった。だが、生活のサイクルは知ることができた。こればかりは急には変えることが出来ない。正直なところ、運に助けられていたと思う。相手が、私と同様に大きな組織の一部であれば、もう既に手詰まりになっていただろう。だが、相手は個人だ。どれほど巧妙に情報を隠しても痕跡は残る。その小さな痕跡を確実に辿って行ければ、やがて大元に辿りつける。かならず、見つけ出し、殺す。他の誰のためでもでもなく、私のために。私の、自由のために。いとしい安らぎは夕暮れとともに失われ。闇は夜の帳を下ろし、人々の視界を弱らせる。日が暮れる頃には、大体の情報を得られた。もうこの場所ではこれ以上の情報は期待できないだろう。次はあのオーナーから聞いた住所へ行くべきか。しかし、迷う。罠なのかもしれない。行くべきか、行かざるべきか。……白崎がいたころはこんなに悩む必要もなかったのに。バイクに跨り、夜風を切る。光の点滅が尾を引いて、後ろに流れては消えてゆく。結局のところ、行くしかないと判断したのだ。それが罠であろうと。前回のような襲撃を何度も繰り返されてはいつかは力尽きてしまう。守ってばかりでは生き残れない。きっと、相手の目的は私と白崎の二人だ。住所が完全に嘘でそのまま逃げだしたりはしないはずだ。予想、いや直感ではあるが、相手のプライドは高い。自らの失敗は許さないタイプの人間だろう。だから、白崎だけを殺した。あの住所を知っているにもかかわらず。私とはきっちり勝負を決めたいに違いない。そう、これは根拠も何もないが、正しいと確信できる直感だった。高速道路の景色を囲んだビル群はその数を減らし、夜空がその顔をのぞかせてきた。たまに見えるビルも、使われているのかどうか分からないほどに荒れていた。その廃墟のような景色が私の今を連想させる。そして唐突に、北半球にはかつて、高度に発展した社会があったのだが、戦争によりその社会だけでなく、北半球のほぼ全ての国までも崩壊してしまったことを思い出した。 どれだけ栄華を極めたものでも、崩れ落ちるのは一瞬か。切なさを感じてしまう。そういえば、白崎の残したメモに、近いうちに戦争が起きると書いてあったな。地上の世界の崩壊か……。一体どれほどのものなのか。いや、それ以上に現在目に見えない部分で何が起きているというのだろう。私も、世間一般には目に触れられない暗部だと自認している。しかし、それ以上の暗い部分か。無論、私が情報に疎いという訳ではない。むしろ、一般人以上に知っているはずだ。それでも、か。まだ起きていないことについて心配しても仕方がない。今は、すべきことをするだけだ。目的地まで半分ほど進んだところで休憩することに決めた。サービスエリアに入り、バイクから降り、エンジンを切る。そして、寒さで強張った体をゆっくりほぐした。体の関節がポキっと鳴る。心地よい疲労を感じながら、宿泊設備へと足を向けた。チェックインを済ませ、ベッドに腰掛ける。やはりこれは罠であろうか。そうだとしたら、どのように仕掛けてくるのだろう。深く、深く考える。相手になり切れ。敵ならどうする?そして、耳鳴り。目眩。この部屋にある椅子に誰かがギシと腰掛ける気配がした。“彼”は何も口にせず、ただ私を見つめてる。あの笑みを口元に浮かべながら。ああ、これは罠だ。その方が効率もいい。先ほども考えたことだが、プライドは高く、独特の誇りを持っているのだろう。白崎だけを殺して私を殺さない理由。それは、私に対する挑戦状だ。襲撃が失敗に終わったとき、これまで体験したことのない屈辱を味わった。それに、クライアントも“仕事”に厳しいことで有名だ。もはや後がない。なら、先に頭を潰してしまえばいい。きっと、自身のことも調べているだろう。これは賭けだ。自身のことをどれほど調べ終わっているかは分からない。あまりに知られてなくても、あまりに知りすぎてもこの罠は成立しない。だが、賭ける価値はある。そして、直接この手で始末をつけてみせる。きっとこのような思考だったのだろう。「なら、君はこれからどうするんだい? 」ついに、“彼”が口を開いた。「僕の指示なしにどこまで一人で出来るかい? 出来る事なら、こちら側も罠を仕掛けたかったところだけど」私が唯一この手で殺していない“死人”。「まぁ、それでも構わないか。それどころじゃないし、君は敵を殺さなきゃ前には進めないんだ。 話を戻すが、きっと敵は姿を見せてくるだろう」白崎は言った。「いつ、どこでかは分からない。ただ、人目に付かないようなところだろうね。 それにしても、正直僕は幼稚だと思うな」彼が死んでから、沈静化していた私の症状はまた再発しだした。きっと、予期せぬ死に動揺しているのだろう。「でも、君はそのまま飛び込んでゆくのかな。この症状のアドバンテージもあることだし。 おそらくそれを含めたならイーブンだろうね。あと、たぶん君はもうすでに敵の罠にかかっているよ。 いつ誘いに来るかは分からないと言ったけど、きっとその時は近い」
それだけを言い残し、消えた。分かっている。きっとその通りなのだろう。白崎の座っていた椅子に腰掛け、持ってきた装備品の点検をすることにした。拳銃をいったん分解し、丁寧に磨きあげる。また再び組立て、弾の入っていないまま、スライドを引き、デコッキングレバーを操作する。そして、引き金を絞り、カチンと音がすることに満足した。弾倉の中の弾丸の確認。また、昼間に買っておいた弾丸を弾倉に詰め込む。今日もまた、眠れない日々に流れた。終わりは近い。陽は昇り、朝を迎えてから教えられた住所へと向かう。この時間は通勤通学の関係で人通りも多いだろう。そして、挑戦状を受け取ったことを知らせてやろう。そっちの土俵に立ったことを。それからは早かった。もちろん、その住所にらしき人はいなかった。だが、ちゃんと敵は行動を開始した。その日の夜。交差点。バイクに乗って信号が変わるのを待っていると、街灯が深く影を落としているが、見覚えのある顔を見つけた。白崎のファイルに載せられていた顔写真。鮮明に覚えている。ついに、見つけた。その姿は私を誘うように角を曲がり、姿を消す。ウインカーも点けず、その角を曲がり追う。後ろでクラクションが鳴らされたが、気にしてなどいられない。口は急激に乾きを覚え、ハンドルを握る手に力もこもる。曲がり角の先に一台の黒い車。それは徐々にスピードをあげ、どこかへと走ってゆく。ついて来いと言うことか。もしかすると、私が見つけたのではなく、ずっとつけられていたのかもしれない。途中信号が変わるのを待つ時に、何度もそのまま車の横に並び、窓ガラス越しに銃弾を撃ちこむ姿を想像したことだろう。正直、それで全てが終わるはずなのだ。もっとも簡単な終わらせ方。目撃者もたくさんできるだろうが、それでも人の記憶は曖昧なもの。きっと、まともな証言は得られない。だが、そうする気にはなれなかった。きっと私自身、納得のできる終わらせ方をしたいのだろう。現在に。そして過去に。市街地を抜け、この時間帯はもう人気のない工場地帯へと入る。確か、この辺りは海が近かったはずだ。だがそれは何の関係もないだろうと頭を振る。屋内を選んでくる。この辺りにはもう使われていない工場も数多くあるはずだ。ここの近くの海には何の関係もない。あるとすれば船、ぐらいか。今更ながら、装備が心許ないと思えてきた。今持ってるのは、サイレンサー付き自動式拳銃1丁、弾倉5個、ダガーナイフが1本である。拳銃は32口径。装弾数10発。正直なところ、ダブルカラムの物にして、装弾数を増やしたいところだが、そうなると私の手には大きすぎてしまう。だが、弾薬の数でいえば50発であるから、十分すぎると思える。また、ダガーナイフの刀身は14cm。もともとが、戦闘用であるためか、その刀身は柄より2度ほど反っている。しかし、装備しているのはいいものの、使う機会はないと考えてもよさそうだ。私の勝手な予想ではあるが、この戦闘は私が弾倉を1個使い切るかどうかのところで終わる。そんな気がするのだ。間もなくして相手の用意していた舞台についたらしい。らしいというのは、もちろん私たちが言葉を交わさないのもあるし、ただその建物の中へ入ってゆくのを見ただけだからだ。それに、私たち二人の言葉は互いに通じないだろう。言語的な意味ではなく、立場的な意味で。二人に正義など欠片もない。ただ、エゴイズムが貫きとおるだけ。たったそれだけ。車が急に進む方向を変え、加速を始めた。見失わないように私もスロットルを開け、速度を増す。車の進む方向には、倉庫街。そしてその前にはフェンス。私は若干速度を緩めたが、車の方はさらに加速し、フェンスへ突っ込んでいった。きっと、そのフェンスは古びておりネジ等も緩んでいたのだろう。フェンスは車にぶつかり、一瞬だけその衝突に抗うが、それもすぐに力尽き、どれほどの歳月かは分からない役目を終えた。車をフェンスの支柱部分へ、真正面ではなく少し右にずれたところでぶつける。その支柱の土台部分は根元から地面を離れ、車に引きずられた。しかし、金網でつながれているため、完全にはすぐに外れず、また押し返そうとする。さらに、抵抗しているかのように車の表面に傷をつける。だが、車の勢いは止まらない。そのまま支柱部分を巻き込み、ついには金網から引きはがしてしまう。支えを失ったフェンスは車のされるがままになり、左右の支柱にもわずかとは言えないほどの影響をおよぼして、倒れていった。車は減速はしたもののそのまま走り去ってゆく。あとに残されたのは、私と引き裂かれたフェンスだけだった。この上をバイクで通れる気はしない。仕方なく降りる。ヘルメットを外し、装備品を確かめてから敵の待つ倉庫街へと足を踏み入れた。この時、視界の片隅に蜂の死体を運ぶ蟻の姿を見かけた。これが何かのメタファーなのかは分からない。だが、これで、終わりだ。どこへ行ったのか詳しくは分からない。車が曲がって行った先を急いで、しかし慎重に追いかける。曲がり角の壁に背をぴったりとつけ、ゆっくりとその先を覗き込んだ。覗き込んだ先には何もない。その先へと急ぐ。眼前には、倉庫でできた道。十字路。きっと、まっすぐへは行っていないだろう。となると、右か左か。人の考えていることなんて完全には分からない。ましてや、無意識に選ぶ道なんて。だが、直観が左へ行ったと告げている。その直観に従い、左側の壁に沿って曲がる。もちろん右側への警戒をしながら。先ほどと同様のやり方で、覗き込む。そこには、あの車があった。間違いない。そっと中を見る。誰もいないのか?罠だろうか?慎重に近づいてゆく。車まであと5m。周囲を見渡す。車まであと4m。誰もいないようだ。車まであと3m。銃を車に向け歩調を緩める。車まであと2m。体全身の筋肉が強張る。車まであと1m。息が止まる。そして……。車内へ銃口を向ける。その先には……。何もなかった。ほ、と息をつく。一瞬体から力が抜けた。だが、びくりと体は再び強張る。ガン、という音が聞こえたのだ。急いで音のした方へと駆けてゆく。罠かどうかなんて考えもしなかった。あれだけさんざん迷っていたというのに。そして、ついに敵を視界にとらえた。銃を構えるが、すぐに下ろす。仕留められるとは思わなかった。積み重ねられたコンテナの間にできた細い小道を通っているのだ。ここから距離にして約100m。無理だ。私も急いで追いかけるが、辿りつく頃にはもう逃げられていた。同じ道を通るか迷うが、やめておいた。100%狙い撃ちにされる。それに、敵がどちらへ進んだかも分かっていることだ。急いでゆけば、先回り出来る。右へ体を向け、走る。全力ではない。だが、それでも速く。そのときだった。足に何かが引っ掛かった感触。しまった。と思う前に熱風を感じた。そして破片や小石が飛んでくる。とっさに左手で顔を守る。しかし、右手は銃を持っていたため、とっさに動かせなかった。体に様々な破片が突き刺さる。そして、右目に激痛。何かが直接当たったわけではない。庇った左手に小石が刺さり、その反動で中指の関節の出っ張りがぶつかってきた。普段自分自身を触る時にはあり得ない速度で。この瞬間、不思議と冷静だった。あぁ。もう右目は使えないだろう。決して。これから決して。DUNE 第九話 「As if in a dream」了
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