『ザンリュウシネン それから』
それからの話、『彼女』は隠密に警察に回収された。正確に言えば『彼女』の祖父に回収されたといえばいいのだろうか、『彼女』の父親、母親も、もしかしたら本当の父親も、もう既にこの世にはいないらしい。 あれから私はピチカートに担がれながら病院へと戻った。右眼はまだ痛みが残るし、身体はまるで自分の肉体ではないように重い。金糸雀はアレを見たあとでも立ち直りが案外早く、私が看護師達に見つからないように率先して偵察をし、見つかってどこかしらに連れ去られた。多分、涙目で戻ってくるから、甘い卵焼きを薔薇水晶に焼いてもらって慰めてやろう。「キラキショウさん、着きましたよ」満身創痍の私をベッドへ寝かせると、ピチカートは病室のカーテンを閉めた。「実の話をすると私とカナリアさんは分かっていたんです。何故、キラキショウさんがあんな十数年前の事件の死体を探すことを」ピチカートがポケットからハンカチを取出し、部屋の端にある小さな水道でそれを濡らす。「貴方にはあの『声』が聞こえたんですね、『彼女』の悲痛な叫び声が」彼女が私のこびり付いた血で汚れた頬をハンカチで拭ってくれる。私はただ、うん、と一言発した。「私にはそういった霊的事は分かりませんから真実はわかりません。これから言うことは私の憶測ですが、多分、『彼女』はキラキショウさんに似ていたんだと思うんです。肉体的にも、精神的にも」 ピチカートは血に濡れ、染まった眼帯を外す。一瞬、眼帯に隠れた“部分”を見て、彼女は表情を変えた。やはり、というものだったのかもしれないが。「……父親が、眼を抉ったのにも理由があると思います。双子の妹は浮気相手の眼に似ていた、と理由だけでは片目だけを傷つけない。もしかしたら父親は妹を、姉に似せたかったのではないのでしょうか。姉は不慮の事故で片目を失った。だからその姉に近付ければ妹も自分の娘になる、再び妹も愛せる、と」 話ながら彼女は眼帯に隠れた部分を優しく拭う。白いハンカチが赤く染まってゆく。「しかし、妹は死んでしまった。父親はまさか死ぬとは思わなかったのでしょう。“自らの娘”を失ったと気が付きたくなくなかった彼は、彼女をドラム缶に隠した。彼にとっては保存した、のような心境だったのかもしれません。隠し場所は自らの会社が工事をしている川原にはいくらでもある。しかしそのままでは娘はいつか醜い姿に変わるだろうと彼なりに考えた結果があのホルマリンだったのかもしれません。キラキショウさん、新しい眼帯は」 私は右上の設置されている棚を指差す。確か薔薇水晶が持ってきてくれているはずだ。ピチカートは頷き、棚に近づく。ピチカートは優秀だ。あれだけの情報で真実に近づいている。私は溜め息を吐く。この話は父親も被害者だ。片目を奪ったのは気が触れた父親なりの愛の形だったのだろう。私にそれを咎める権利はない。ただ、一番の被害者が双子の妹である事は間違い無かった。彼女は苦しんだろう。悲しかったろう。まさか自分が愛した父親に命奪われるとは思わなかったろう。それを知りつつ私は何も出来やしない。何一つ、出来やしない。「一応事件上、行方不明は二人となっていますが実際は一人、まぁ、姉は父親にわけも分からず連れ回されたのでしょう。姉の話は……」「柿崎めぐから聞いたわ。姉は見つかってすぐに発作を起こし、この病院に運ばれた。死因は不明。だけど傷が無いのに苦しみ始め、吐き気を催し、そのまま……。死ぬ間際まで『○○、○○』と妹の名前を叫んでいた、って」 「どう……思いますか」「妹が姉を呪ったって事ですか? それはないと私は思います。多分、姉は見てしまったんでしょう、父親が妹の命を奪う瞬間を。それが引き金になって何かしら肉体的に支障をきたした、と」冷静なんですね、とピチカートは水道で血に染まったハンカチを揉み洗いしながら呟いた。冷静なんかじゃない。だけど冷静を保っていなくちゃやってやれない。姉も妹も無念でしょうがない。「結局、キラキショウさんは巻き込まれたんでしょうか」「……そうですね。巻き込まれたと言ったほうがいいでしょう。『彼女』は寂しかった。見つけてほしかったから残留思念となって私や雛苺にサインを送った。本当、可哀想な彼女」 「……キラキショウさんは優しいんですね」まさか、と私は笑った。「哀れみ……かな。彼女は私に境遇が似ていると思ったかもしれないけどそれは違うから」「だけど……貴方は優しい人です」ピチカートはそれ以上は何も言わなかった。私も何も言うことが無い。しかし、これで『彼女』が不幸で無くなるのなら、私はそれでいいと思う。遠くで「かしらー」という声が響く。金糸雀が逃げ惑っているらしい。「……カナリアさんを迎えに行かなくちゃ」ピチカートが病室のドアへと向かう。最後に、彼女は振り返って、「私の憶測はここまでです。真実は分かりません、いや、貴方なら知っているのかも知れませんが……では、また」と、言い出ていった。金糸雀の声が近づく。看護師がこちらへ来るらしい。私は静かにベッドで丸くなる。既に耳鳴りは止まっている。朝には何も知らない薔薇水晶が笑顔で見舞いに来てくれるだろう。それを私もいつも通りに迎えるのだろう。瞼を閉じた。その瞬間、『アナタモ、ワタシト、イッショノ、ハズナノニ』と聞こえたような気がしたが、起き上がることはなかった。『ザンリュウシネン』
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