月蝕
月が欠けるらしい。テレビのニュースキャスターが愉快そうに話していた。別に月が欠けるくらいどうってことは無いじゃないか、と私はクッキーをかじりながら思う。元々、月はよく姿を変えるものだし、太陽が欠ける日食よりはインパクトに欠けるというか。「……月蝕っていうんだって、おねーちゃん」隣で私と同じようにクッキーを齧っていた薔薇水晶が呟くように言った。「見てみたいね」可愛い妹の手前、うん、と頷いてはみたが私はあまり期待は出来なかった。そして、と、私はちらりと外を眺める。空には鉛のような暗い雲が月を守るがように覆い尽くしていた。その夜、私は薔薇水晶の創る夕飯のいい香りを楽しみながら再び空を見上げていた。星の一つすら見えないその曇天。これでは薔薇水晶が、がっかりするだろうとチクリ、と心が痛んだ。「やっぱりくもりだったね」薔薇水晶がうどんをトレイに乗せ、こちらまで運んできてくれる。何やらいい香りだと思ったものこれだったらしい。「今日はせっかく月見うどんにしたのに」と、残念そうに薔薇水晶は笑った。いただきます、と私達は早速うどんを口へ運ぶ。月蝕に月見うどん。なかなかいい組み合わせではないだろうか。私は微笑しながら汁椀の『月』を一気に啜った。まるで月蝕のように、月は私の口の中へと消えていった。『月蝕』
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