この町大好き!増刊号15
夏休みも残り少し。あんなに近かった太陽も、少しだけ遠くに行ってしまったみたい。そんな、とある一日。相変わらず蝉が賑やかに鳴いてるけど、どこか寂しい声に聞こえる。そんな、とある一日のお話。◆ ◇ ◆ ◇ ◆ この町大好き! ☆ 増刊号15 ☆ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆その日、翠星石はお気に入りのケーキ屋さんで、大量のシュークリームを買い込んでご機嫌で歩いていた。家に帰ったら、蒼星石にお茶を淹れてもらって、二人で食べよう。そう想像しただけで、自然と心も弾む。「ふ~ん♪ふふ~ん♪ですぅ♪ 」正体不明な鼻歌も、思わず漏れてしまった。と、そんな風にワクワクしながら翠星石が家へと急いでいると……横断歩道の近くで、おばあさんが立ち止まっていた。ちょうど向かう方向も同じだし、翠星石はその横で信号待ちをしながら、その老人の様子を窺ってみると……大きな、とは言えない位の量だが…それでもお年寄りにはキツイ。ちょうどそれ位の荷物を持ったおばあさんが、炎天下にさらされながら一人、信号待ちをしていた。 (こんなオババが一人だと、危ないですぅ!しゃーなしで手伝ってやるですよ! )(いやいや、知らない人間と一緒になんて、何が起こるか分からんですぅ!ここは無視ですよ! )ちょっと迷いながら、翠星石はお婆さんの方をチラチラ窺ってみる。と…そんな挙動不審な彼女に気が付き、お婆さんは翠星石の方を見ると…ニッコリと、少しだけ笑って見せた。「なぁ!?ななな何か言いたい事が有るならハッキリ言いやがれですぅ! 」突然の、予想だにしてなかった反応に翠星石もちょっと慌てる。ちょっと慌てながらも…それでも、この勢いに任せる決意だけは、瞬時にしてのけた。「そんな重そうに荷物持ちながら、余裕かましてる場合じゃないですよ! 下手に余裕見せたせいで後でバテられたらと思うと、目覚めが悪いだけですぅ! 分かったらさっさとその荷物を翠星石に任せるですよ!! 」一歩間違えば路上強盗にもなりかねない発言をしながら、翠星石はお婆さんから荷物を取り上げる。「偶然にも行く方向が同じだから持ってやるだけですぅ!! ……ところで、オババはどっちに向かってるですか?」発言の順番が何だかおかしな事に気が付いて、お婆さんは苦笑い。優しいんだけど、恥ずかしがりな変な子。お婆さんも、彼女の不器用な好意に甘える事にした。「はいはい…ありがとうね。この信号を渡ってから……――― 」◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 「全く、年寄りなら年寄りらしく、素直にしてやがれですぅ!! 」捨て台詞を残して走り去った親切な女の子。玄関先でその後姿を見送り、おばあさんは家に入ろうとした。そして玄関を開けると……近所の学園で校長先生をしている夫が、ちょうど家を出ようとしている所だった。 ◇ ◇ ◇今日は、ある教師の処遇に関する会議…。いつに無く重い気持ちで、柴崎元治は学園へと向かう準備をしていた。家を出ようと玄関に向かい、沈んだ気持ちで靴を履いていると…妻のマツが帰って来た。何でも、親切な女の子が荷物を持ってくれたから、予定より早く帰ってこれたらしい。嬉しそうにそう言う妻の話を聞く内に、何だか元治の気分も良くなってきた。「案外、この世の中も捨てたもんじゃあないのお… 」少し微笑みながら、会議の為に元治は学園へと向かった。◆ ◇ ◆ ◇ ◆『校長室』と書かれた、重苦しい扉。その前で、めぐは「あぁ…今、心臓止まらないかな…」と、ぼんやり考えていた。生徒(水銀燈)に対する、過剰なスキンシップ。授業中でも容赦無く倒れる虚弱体質。生徒には好評だが、内容の暴走した授業。それが学園のお偉いさん達にバレて…処分を言い渡される結果。つまり、今へと繋がっていた。 「減給かな……停職かな……それとも……ふふふ……クビ…? あーあ……死にたいなー…」虚ろな瞳で、ブツブツと呟く。でも、いつまでもトリップしてても仕方ないので…いっその事、早く楽になろう。そう考え、めぐは焦点のズレた目のまま、校長室の扉を開いた……◆ ◇ ◆ ◇ ◆「クビになるかも…」めぐにそう相談された水銀燈は、気が気じゃなかった。寝ても覚めても、落ち着かない。正直、変人ばっかり学園の教師陣の中でも、ひときわ目立つ変人・柿崎めぐ。いっつも自分にちょっかいをかけてくる困った相手ではあるが…水銀燈はその実、めぐの事は嫌いじゃなかった。そんなめぐの、今後を左右する会議。それが今日だと聞いた水銀燈は……正直、オロオロするばかりだった。結果が出次第、すぐにめぐから連絡が来る。そう分かってはいても…待つ時間は無限に感じるほど長い。と、そんな待ち時間の終わりを告げる着信が!! 水銀燈は大急ぎで電話を取ろうとして…でも、待っていたとバレるのは恥ずかしいから、あえてちょっとだけ待って…… プルル… プルルル……着信音を聞きながら、吸って吐いての深呼吸。そして…「もしもしぃ?どうしたのよぉ…? 」そっけない感じの声を心がけながら、電話に出た。『聞いて水銀燈!大丈夫だったわ!!クビも停職も減給も無しだって!やったわ!! 』「ふぅん……そう……」『何でかしらないけど、柴崎校長、やけにご機嫌でね?今回だけは見逃してくれるって!』「…あの校長がねぇ……?」『とりあえず、詳しい話もしたいし、今からでも出て来れない? 』「…別にいいけど……コーヒー位は奢りなさいよぉ? 」水銀燈は、ほんの短い言葉で答えただけだった。というより、これ以上喋ったらボロが出る。本当は嬉しくって仕方が無いのだけど……ここで一緒にはしゃぐのはマズイ。それこそ、今後の関係を大きく左右する事になりかねない。完全にパワーバランスがめぐ寄りに傾いてる事にも気が付かず、水銀燈は小さく飛び跳ねながら、興味無さそうな声を出し続けていた。◆ ◇ ◆ ◇ ◆ その日は、真紅にとって意外な出会いの日だった。何の予定も無かったので、一日中家で読書をするつもりだったが……残り少ない夏休み。ちょっとした気まぐれで、町へと向かう事にした。そして、お気に入りの紅茶専門店に行き紅茶を飲み…ついでに茶葉も買って帰ろうかと迷ったが、買い置きがまだまだ有る事を思い出し、そのまま店を後にした。そのまま帰ろうかと思った瞬間―――「こ…これは…!! 」駅前のゲームセンターのクレーンゲームの景品になってる、特大くんくん人形を見つけた!迷わず走りより、財布の中の硬貨をクレーンゲームの台に叩き込む!「くんくん!今助けるわ!! 」何だか、変な世界に浸りながら、真紅が叫ぶ。失敗する。叫ぶ。硬貨を入れる。叫ぶ。失敗する……。あまりの悲惨さに、せめてアドバイスでも…と近寄ってきた店員に、真紅は両替を命じる。つぎ込む。失敗する。まだまだつぎ込む……。「何故なの!?どうして取れないのよ!…何か裏があるに違いないわ!! 」そう言い、クレーンゲームの台を叩き始めて…真紅は店から退場させられた…。 「…くんくん…… 」通りから寂しそうに、出入り禁止になったゲームセンターを見つめる真紅。そのままトボトボと…何の収穫も無いのでは寂しすぎる。せめて、茶葉でも買って帰ろうかと、再び歩き出した…。◇ ◇ ◇お気に入りの紅茶の葉。それを買い、真紅は今度こそ帰るために駅前へと向かった。ゲームセンターの方向は…悲しすぎるから、見ないようにして。そうして歩く内に、真紅は背後から声をかけられた。「あらぁ?そのブサイクな顔は真紅じゃなぁい… 」普段なら、振り向きざまに一撃入れてやりたい所だけど…流石に今日は、そんな元気も湧いてこない。「……相変わらず失礼ね、水銀燈……」小さな声で答えながら、真紅は振り返り…やけにご機嫌な表情の水銀燈に気が付いた。「どうしたのよぉ真紅ぅ…えらく落ち込んでるじゃなぁい? 」そう言う水銀燈は、今にも飛んでいきそうな位に晴れ晴れとした表情。(正直、今の心境でこの水銀燈の相手をする気にはなれないわね… )真紅はため息をつき、駅前のゲームセンター…そこに置かれている人形を無意識に見つめながら、答えた。「あなたには関係ない事なのだわ… 」その仕草に、水銀燈もピンと来たのだろう。「ふふふ…」と笑うと、そのままゲームセンターへ入り……数分もせぬ内に、特大くんくん人形を抱きかかえながら出てきた。 「ねぇ、真紅…あなた、これが欲しかったんでしょぉ…?……うふふふ… 」「…ええ、そうよ。悪い? 」相変わらず、何があったのか楽しそうな水銀燈と、とことん不愉快そうな表情の真紅。「……だったらコレ、あなたにあげてもいいわよぉ……… ……なんて、言うと思ったかしらぁ? 」水銀燈はニヤニヤしながら挑発的に言葉を投げかけてくる。明らかに、おちょくられてる。そう感じた真紅は、プイっと顔を背けながら、不機嫌そうに返した。「思わないわね。あなたが私にくんくん人形をくれる可能性なんて、これっぽっちも期待できないのだわ 」そして…その答えに、水銀燈は嬉しそうに目を細めた。「ふふふ……そうよねぇ…? でもね……私がいつも、あなたの思い通りの行動すると思ったら…大間違いよぉ 」そう言うと水銀燈は、抱えていたくんくん人形を真紅に押し付ける。そしてそのまま、相変わらずご機嫌な表情を浮かべどこかに行ってしまった…。「……あの子……熱でもあるのかしら…… 」念願のくんくん人形を抱きかかえた真紅は…怪訝そうな表情を浮かべ、小さく呟いた…。◆ ◇ ◆ ◇ ◆蒼星石は家にお茶がない事に気が付いて、町まで買い物に来ていた。何でも、翠星石が『美味しいもの』を買ってくるからお茶を用意しようと思ったのだが…勝手に和菓子を想像していた蒼星石は…「とりあえず…緑茶でいいかな? 」そう考え、お茶の葉っぱを買って帰っていた。 その帰り道…向こう側から、大きな人形を抱え、幸せそうな表情をした真紅と出くわした。「あら蒼星石、お買い物? 」夢見るように幸せそうな表情で、真紅が声をかけてくる。「うん。翠星石がお菓子を買ってくるから、そのお茶を買いにね 」蒼星石はそう答え、緑茶の入った袋を持ち上げる。「緑茶も良いけど、紅茶も素敵よ? そうよ!翠星石がスコーンを焼いたりした時に、これを飲んでみるといいわ。 きっとあなたも、紅茶の魅力に気が付くのだわ! 」そう言った真紅が蒼星石に、紅茶の葉が入った袋を渡す。「え、でも…そんなの悪いよ… 」蒼星石は遠慮するが、真紅は譲らない。「気にしなくって良いのよ。私は家にも買い置きが…それこそ、山のようにあるわ。 このまま持って帰っても、置き場所に困るだけよ 」そのまま押し切って、真紅は蒼星石に紅茶の袋を手渡した。「……置き場所も無いって……じゃあ、なんで買ったりしたんだい? 」ちょっと戸惑った表情の蒼星石が、真紅にそう尋ねてみる。「さあ?どうしてだったかしらね…? 」真紅は嬉しそうに人形を抱きかかえたまま、帰っていく。「……何があったんだろう…? 」その背中を見送りながら、蒼星石が小さく呟いた……。 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆「ささっ!早く蒼星石も座りやがれですぅ! 」机の上にシュークリームの入った箱を広げながら、翠星石が元気いっぱい声を上げる。蒼星石は心の中で真紅に感謝しながら、紅茶の入ったポットをテーブルに置いた。二人でシュークリームを食べながら、幸せのひと時、ティータイム。ふと、蒼星石は思いつき、翠星石に聞いてみた。「ねえ翠星石…今日、何か変な事なかった? 」「はて?…う~ん……これといって無いですねぇ。どうかしたですか?蒼星石 」「いや、ね……この紅茶、真紅がくれたものなんだ 」「ほー。珍しい事もあるですね 」二人でシュークリームをもしゃもしゃ食べる。合間に、紅茶を一口。何でか知らないけど、とっても幸せな味がした。
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